第9話
いつのまにか終えていた拭き掃除に息を吐いたノアは、荒屋の近くの木になっていた木の実を口にしながら、木陰で魔女と共に休息を取る。
「本当に保存食じゃなくていいのぉ?あっちの方が栄養価が高いでしょうぅ?」
「け、結構です」
むしゃむしゃとりんごを齧りながら、切り株に座ったノアは、引き攣った笑みを浮かべる。
「………………魔女さまはどうしてここに暮らしているのですか?」
「どうしてだと思うぅ?」
「———………人と、………人と関わりたくない、とかでしょうか」
「半分あたりでぇ、半分不正解」
「?」
頬杖をついて遠くを見つめる魔女の横顔は、とてもさびしそうで、ノアはきゅっとくちびるを結んだ。
誰にも触れられたくない領域は誰でも、魔女でも存在しているだろうに、今のノアはとても不躾で無遠慮だった。踏み込んではいけない、踏み込まれたくない領域に土足で踏み込む行為だった
「………ごめんなさい」
「? なにがぁ?」
魔女が心底不思議そうに問うてくるために、ノアは戸惑う。
「聞かれたくないことを聞いてしまって、ごめんなさい」
まっすぐと魔女の黄金の吊り目を見つめていると、数秒間キョトンとした表情をしていた魔女は、ぶふっと思いっきり吹き出して笑い始めた。
「………?」
「んー、ごめんねぇ。ちょぉーっと面白くってねぇ」
ひぃひぃ言いながら笑う魔女が笑い止むのを待ちながら、ノアはじっと美しき魔女を見つめる。
紫のリップのくちびるがゆっくりと開くのに合わせて、ノアは真面目な顔を魔女に向ける。
「………子どもっていうのはぁ、我慢しなくてもいい生き物なんだよぉ。わがままをいぃーっぱい言ってぇ、いぃーっぱい悪戯をしてぇ、そんでもっていぃーっぱい大人を困らせてぇ、それで大きくなる生き物なのよぉ〜」
ノアには理解できない。
わがままを言っていいという意味が、悪戯をしていいという意味が。
言葉の意味は分かる。
けれど、王子として正しい道だけをまっすぐと進むようにと教育を受けたノアにとってそれは、まさにいくつもの次元を超えた異世界の言葉のように聞こえた。
「だからぁ、ノアもいぃーっぱいわがままを言っていいの。いぃーっぱい悪戯をしてぇ、いぃーっぱい甘えてぇ、いぃーっぱい大きくなるのぉ。わたしよりもずぅーっと大きくなって、たくさんの人を幸せにできる人間になるのよぉ」
「………うん」
魔女の言葉は暖かくて、でもどこか冷たくて、それでいて耳に心地いい。
「でぇ?今何かわがままはあるぅ?」
「わがまま………、」
じいっと考え込むノアは、青空を見上げながらその若葉の瞳にきらりと陽光を反射させると、困ったように申し訳なさそうな顔をした。
「………リフォーム。リフォームのお手伝いをしてほしい、です」
「リフォームぅ?」
「屋根と床と壁の穴を塞ぎたいと思っています。あとは、いくつか壁に燭台をつけさせていただきたいのと水回りをしっかりと補修したいです」
先程拭き掃除のついでに見つけたお手洗いとキッチン、お風呂は見事なまでに壊れていた。
コレらの代物は魔女にはいらないものかもしれないが、人間であるノアにとっては必需品。生活にはどうしても必要になってくるものだ。
———流石にずっとフルーツを食べ続けるわけにはいかないしね………。
特にキッチンとお手洗いは切実な問題だと思いながら、ノアはまっすぐと魔女の黄金の瞳を見つめる。
「なるほどねぇ。人間というのは生きているだけでも大変な生きものだわぁ」
魔女の物言いに苦笑したノアは、ぱんぱんとズボンについた汚れを払って立ち上がり、大きく伸びをして胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。
「では、作業を再開してきます」
てくてくと歩き出したノアの背中を魔女は何事かをぶつぶつと呟いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます