第8話
▫︎◇▫︎
「気を取り直して!これから大掃除を開始させていただきます!!」
魔女のお家に住み始めて約10日後の朝、口元に布を巻きはたきを手に握ったノアは魔女に宣言する。
「それでぇ?ノアは何をするのぉ?」
「まずは埃を落としていきます。掃除の基本は『上から下へ』です」
はたきを手に脚立に登ったノアはパタパタと埃を落としていく。
「けほっ、けほっ、」
「あらあらぁ、大丈夫ぅ?というか、このぐらい魔法でよくなぁい?ほらぁ!」
魔女の指先から風が現れ、ふわりふわりと部屋の中央に埃が集められる。
「………………、」
「ねぇ?簡単でしょぉ?」
———………コレ、僕って必要………………?
魔女の微笑みに、ノアは一瞬固まったのちに、気を取り直すようにぶんぶんと頭を振ってぎゅっと拳を握る。
———ちょっとでもお役の立たなくちゃ。僕は、居候の身なのだから。
ノアはパチンと小さく頬を叩くと、次の作業に移る。
「つ、次は埃を袋に集めてお外に出してから拭き掃除です」
「分かったわぁ」
魔女が魔法で埃を袋に詰める傍ら、ノアはぐるっと周囲を見回す。
埃や蜘蛛の巣を全て取り出したことによって、荒屋はほんの少しだけ綺麗になった。だからこそ気になるのは、屋根の抜けてしまっている箇所と壁に空いているいくつかの穴だ。ネズミが入ってきているっぽい感じの穴は塞いだほうがいい気がする。
「………それもこれも、拭き掃除が終わってからかな」
抜けている箇所の床の近くには行かないように気をつけながら、ノアは家の前にあるゴミの山の中から何枚かの布を取り出す。どうやらここ数日運良く雨が降らなかったらしく、荷物は1つとして濡れていない。けれど、時間が経てばもしかしたら雨が降ってしまうかもしれない。
———急いで終わらせないと………!!
手芸の箱を見つけたノアは箱を開け、中に積もっていた埃をふーっと払ってハサミを取り出し、布を王宮のメイドが使っていた雑巾の大きさぐらいに切り刻む。
ついでに山積みの本の中から、見覚えのある『建築のすゝめ』という題の本を分かりやすい位置に出しておきつつ、初めて針を握ったノアは、震えるてで布を2枚重ねて端と端をどうにかこうにか縫い合わせる。
縫い目は荒くヨレヨレで、お世辞にも上手とは言えないけれど、真ん中にバツの縫い目を足すことで、どうにかこうにか雑巾に見え………なくはないものが出来上がった。2枚目は1枚目よりもどうにか上手く作れたが、やっぱり見られるものじゃない。
「あらぁ?それって雑巾?」
「………次はもっと上手くできるもん」
「うんうん、ノアは向上心があっていいねぇ」
頭を少し強めにわしわしと撫でられて、ノアはぷくっと頬を膨らませる。
「それじゃぁ、それで巣の中を拭こうかぁ」
「うん」
魔女に連れられて荒屋の中に戻ると、部屋には水が貯められた桶が置いてあった。
「?」
自分が置いた覚えのないものがあることに首を傾げていると、横に佇む魔女が少しおかしそうに笑った。
「魔法だよぉ〜。今度ノアにも教えてあげようねぇ」
「………僕にも、できるのですか?」
にいぃっと目元を細めて笑った魔女は、その紫のリップが特徴的なくちびるに尖った爪の指を当て艶やかに微笑む。
「素質はあるわよぉ。『永遠の魔女』であるこのわたしがぁ、ちゃぁーんと、保証してあげるわぁ」
妖艶な笑みに、魔法は決してノアの踏み込んではいけない領域であることをひっそりと悟りながらも、ノアは魔女の言葉に厳かに頷く。
———魔法は、僕にとって大きな武器になる。
ノアが睡眠時間と己自身を削って身につけたものは、知識も、剣も、武術も、話術も、
生き残るために知らず知らずのうちには使っていたかもしれない。
そもそも何も考えなくても反射的に使えるレベルにまでに身体に叩き込んでいるのだから、使えていない方がおかしい。
しかしながら、ノアが自らの身体に叩き込んだスキルは決して決定打にはならなかった。
それどころか、教えられた常識がノアの足枷になることの方が多かった。
“王子として”何が正しいのかなんて、生き残る場には必要がなかった。あの時のノアにとって最も必要だったもの、それは圧倒的な———力だ。
桶に雑巾を入れて硬く絞ったノアは、そのまま壁を拭き始める。埃や木屑、蜘蛛の巣はしっかりと取り除かれていたが、やっぱり壁や棚にはたくさんの虫食いが存在していた。
魔女が魔法で布を使って荒屋内を拭く傍ら、ノアはいくつかの知識を頭の中で回転させる。
壁や床を拭いていると、なんだか心までもが綺麗に拭われていくような心地がした。
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