魔王、格下魔王を翻弄する 1

 俺たちは最初の村に二晩滞在した後、食料と水を補給して次の村へと出発した。俺たちの滞在中、村人の目は死んでたな。俺たちを派遣した国王への悪罵も聞いた。どうもあの国王は、国民から全然慕われていないっぽい。


 それにしても魔王より酷い政治を行う国王というのも酷いな。俺がそう言うと、意外な事に磨上は同意しなかった。


「魔物、魔族は弱い魔族や生き物を捕食するから、人間の王が必要とする租税を必要としないだけじゃ。この世が魔界に落ちたら、人間どもは魔族になって強い魔族や魔物に捕食される存在になる」


 守っているのは作戦上必要である今だけ。世界が魔界になり人間が魔族の一員になったら弱肉強食の魔界の理が元人類を襲うことになるのだという。それはまた恐ろしい。更にこの磨上がそれを承知でいくつもの世界を魔界に堕としてきた張本人だというのも恐ろしい。


「人間世界の支配の理は、こちらで足りない物をあちらから持ってくる、じゃ。この森の中の村だって、他から麦を買わねば生きては行けぬ。そしてその麦は租税として徴収された麦じゃ。村では森の木々で作った道具、そして動物の毛皮などを租税として差し出し、それは麦を作っている農村に回る。租税には人間社会で物を回すためという側面があるのじゃ」


 もしも税が無ければ、物の必要度合いの偏りや商売の巧さによって富の不均衡が起こり、儲からないことは誰もしなくなる。すると必要なものが十分に生産されなくなって人類社会全体が困る事になるのだという。


 税というのは不当に徴収されているように収める方は感じるのだが、それは結局回り回って自らに返ってきているのだと磨上は言う。


「普段贅沢をしている貴族どもも、いざ戦争や魔物の襲撃には率先して命がけで戦うリスクを負っておる。それに備える費用も必要だから楽では無いのじゃ」


 戦う技術や装備を持っているというのが貴族であるための資格であると言ってもいい。普段の贅沢も、命がけで戦う報酬の前渡しだと考えればけして不当でも無かろうと磨上は言った。


 スラスラという磨上に俺も神原も驚くしか無い。


「よく知っているな」


「其方もサツキも世界を救って直ぐに元の世界に帰った事しか無いのじゃろう。我は残った事があるからな」


 王国の政治に関わった事があるという事だろう。最初の三回目は勇者だったらしいからな。その経験が後に魔王をやる時に生かされたという訳だ。しかし、勇者として栄耀栄華を楽しんでいたはずの磨上が、なんて元の世界に戻り、あまつさえ魔王として転移することになったのだろうか。


 ……何か事情があるのだろうが、ちょっと恐ろしくて俺には聞けなかったな。


 俺たちはガンガン前進した。村に着けば非協力的な村人を脅して言うことを聞かせ、補給と休息をしてまた進む。かなり魔王城に近付いた気配はしていた。魔気が濃くなって普通の人間なら命を落とすか魔族化しかねないくらいになった。


「そろそろ魔物が出てくるじゃろう。ちゃんと補給を受けながら進んできた我々に兵糧攻めは無意味だと気が付いたじゃろうからな」


 磨上が言うとおり、それまで全く無かった魔物の襲撃が起こり始めた。魔物は動物(元人間の場合も勿論ある)が魔物化した動物型、魔気が純粋に魔物の形状になった悪魔型魔物、悪魔型が特に人間の格好に似た姿になった魔族がいて、総じて魔族>悪魔型魔物>動物型魔物という関係だ。この魔物、魔族の強さは魔気の濃さによって変わり、魔気の濃さは魔王の魔力に依存する。


 磨上の率いた魔物、魔族は強かった。不意打ちが多かったとはいえ、俺に不意打ちをかます事が出来るというのがそもそもレベルの高さの証明だ。


 磨上の眷属に比べれば、この世界の魔物、魔族は弱かった。しかし、レベルは高く油断は出来ない相手だ。特に悪魔型、魔族の強さは俺でも一撃では倒せないくらいであり、その攻撃はちゃんと防御の必要があった程だ。まぁ、前回に比べて2もレベルが下がっているという事情はあるのだろうが、この世界でも舐めプしていたら危なかっただろう。


 俺でこれなので二回目勇者の神原は結構大変な目に遭わされていた。攻撃は効かず、防御は貫通して何度も大きなダメージを喰らっていた。まぁ、俺も二回目はそうだったよ。俺はこまめに神原を回復させてやった。神原は涙目だが、これはいきなり魔王城の近辺にまで連れて来てしまった俺と磨上が悪い。本来は少しずつ仲間と共に前進してレベルアップしながら魔王城に迫るもんだからな。


 ただ、お陰で神原のレベルは上がっていた。良いなぁ。俺も強い魔物と戦っているせいで結構な経験値が溜まっているから、もう少しでレベル26には戻れそうなんだが。


 磨上の戦いぶりは、まぁ、戦いですら無い。動物型魔物なら睨んだだけで相手が爆散したからな。恐ろしい。魔族なんかは磨上を見ただけで敵わないと逃げ出してしまう事も多かった。ある時、結構強い魔族が出て、果敢に磨上に挑んできた事がある。


「ほう。その意気やヨシ!」


 磨上は嬉しそうに細身の剣を抜いた。ヴァルキリー装備で白いマントと黒髪を靡かせ、剣を煌めかせる磨上は美しく、勇者そのものに見えた。


 しかしやることは魔王そのものだ。


 襲い掛かってきた身の丈五メートルにもなる魔族に向けて、磨上はサッサッサっと剣を斬り払った。それで魔族の四肢はズンバラリンと斬り落とされる。緑の体液が噴き出した。ぐわー、グロイ。


 しかし磨上はそれはそれは楽しそうに、恍惚の笑顔を見せながら、のたうつ魔族の頭をガツンと踏み付けた。それだけであの大きな魔族が動きを封じられる。


「気合いは良いが実力が伴わんな。つまらん。魔気に戻ってもう一度出直してくるが良い」


 磨上が脚に力を込めると、魔族の頭はぐしゃりと潰れ、次の瞬間その魔族は黒い塵となって風に散った。……あの魔族、レベル13だったんだけどな。それを虫のように踏み殺しやがったぞ、あの魔王。いや勇者か。


 そんな感じで俺たちはサクサク進撃した。多分だが、魔王側も慌てだしたのだろう。魔物の出現率が上がり、しかも数も増えてきた。


 出てくる場所も、こちらが戦いにくい場所を選ぶようになってきた。これはここの魔王が特別というわけではなく、魔族の賢い奴なら企みそうな事で何度も経験している事だった。谷を細い橋で渡っている最中に襲ってくるとか、ぬかるんだ道の所で攻撃するとか。


 まぁ、俺と磨上は飛べるんだけどね。足場の不利は不利にならないよ。人間が飛べるなんて思いもしない魔物達は仰天している内に俺と磨上に魔法で打ち落とされる。神原? まぁ、死なない程度に頑張っていたよ。いつも戦い終わると涙目だったけどな。神原のレベルも9になり、あと少しで10だから、運が良ければ(覚えられる魔法はランダムなので)飛行出来るようになるだろう。


 俺もめでたくレベル26に復帰した。意外なほど早いが、それだけここの魔物が強かったという事だろう。


「勇者を魔物に襲わせるなんて、勇者にレベルアップの糧を与えるようなもの」


 と磨上は言っていたが正にその通りで、勇者を倒せる見込みが無いのなら、勇者を襲わせずに魔王城まで誘い込んで、最後に魔王と強力な魔物、魔族でたこ殴りにした方が、低レベルな勇者を相手に出来るので魔王軍の勝率は上がるだろうな。ここの魔王はその事が磨上ほど理解出来ていなかったのだろう。


 もっとも、勇者が進んで来ると、魔王軍の領域は必然的に小さくなり、魔王の力も弱まるので、磨上くらいのレベルの魔王で無ければそうそう取り得無い作戦なのかもしれないとは思う。勇者の魔力が魔気を浄化してしまうらしい。磨上の魔力でも魔気を浄化出来るのか? は微妙だと思うけどな。あいつの魔力真っ黒だし。


「そろそろ、魔王本人が出て来ないと不味かろうよ。魔物は率先して戦わぬ者には付いてこぬからの」


 なにせ魔物は弱肉強食。上に立つには常に自分の強さを配下に見せ付ける必要があるのだという。そりゃ、中々厳しいな。


「じゃが、強さを認めれば裏でこそこそ謀をして裏切りの算段をするような陰湿さと、魔物は無縁じゃ。その分はやりやすくはあるぞ」


 確かにそれは楽かもなぁ。勇者として戦っていて、後方支援をしてくれるはずの王国内部で政変が起きて、戻ってみたら政争に巻き込まれて大変な事になった事もある。戦いが長引くと勇者の力が疑われて、王国内部で俺を信用する派しない派の対立が起き、その中に魔王に従おうという考えの連中までも混ざり、大変な騒ぎになって魔王討伐どころでは無くなった事もあった。


 げに恐ろしきは人間かな。まぁ、今回はどうも魔王も人間くさいんだけどな。


「おう、ようやく腰を上げおったな」


 磨上の言葉に俺も魔力感知の感度を上げる。かなり大きな魔力が俺たちの方に接近してくる。これは恐らく魔王が来たのだろう。俺は後ろを歩いていた神原に声を掛けた。


「神原。ここで魔力を消してジッとしてろ。巻き込まれたら死ぬぞ」


「ひぇえ!」


 神原は俺と磨上の強さを知っているし、襲ってくる魔物が自分よりも高レベルな事ももう知っている。それでもこれまではこんな事は言われたことが無かったのだ。それでやってくるのが尋常な敵ではないと分かったのだろう。震えながら頷いている。


「わ、分かったわ! き、気を付けてね」


「ああ」


 俺は神原の激励に片手を上げて答えると、空に舞い上がった。磨上も続く。


「……随分、サツキと仲良くなったのではないか? カズキよ」


 ジトッとした目で睨んでくる。う、俺は背中がヒヤッとしたね。迂闊な返答は命取りになる気配だ。


「そ、そんな事はないだろう。そりゃ、普通に冒険すれば仲間意識も持つけどな?」


「ふむ。我の見ていないところで乳繰り合っているのではなかろうな」


「しとらんわ! そもそも、お前の目を逃れるなんてどう考えても不可能だろ!」


 これは本当で、磨上の魔力感知能力をシールドする事は俺と磨上のレベル差では出来ない。なので磨上に隠れて何かをする事は無理だ。例えば磨上に隠れて神原と逢い引きするなんて絶対に不可能なのだ。


 ただ、まぁ、最近は神原も俺を頼りにしてくれて、先輩と慕ってくれて、ちょっと良い感じに距離が縮まっているのは事実だ。うん。お互い勇者としての意識は強いし気が合うんだよ。恐ろしい磨上に対する防衛意識もある。貞操的な意味で。


「……ふむ。先に神原を消しておくべきか……」


「止めろ! そんな事をしたら流石に俺も怒るぞ! 絶交だ!」


「ふん。其方に怒られても何の痛痒も感じぬが、絶交は困るな」


 磨上が何故か満足そうにふわりと微笑んだ時、頭上から声が降り注いだ。


「貴様らか! 我が領域を侵すこしゃくな勇者とやらは」


 振り仰ぐと、飛行型の魔物の中に人影があった。デジャブだな。登場の仕方まで磨上に被らせる必要は無かろうに。


 背の高い金髪の男性が仁王立ちで空の上にいた。顔立ちがくっきりしているからもしかしたら外国人かもな。でも、羽も角もないから転生者で間違い無いだろう。こいつがこの世界の魔王か。レベルは流石に見えないけど、多分25にはなっていないんじゃないか? そんな感じだ。


「だが、ここで終わりだ! この大魔王サーベル様が直々に貴様達を滅ぼしてくれる」


 その名乗りを聞いて、磨上がポンと手を叩いた。


「おお。思い出した。そうそうサーベルとか名乗ったな。三回くらい前に返り討ちにしてやった勇者ではないか。なるほどなるほど。確かに高レベルの勇者だったな。貴様も」


 うんうんと頷く磨上を見て、魔王サーベルは怪訝な顔をしていた。


「なんだ? 何を言っている。貴様は誰だ?」


「おう、我を見忘れたか? 貴様の戦略のパクリ元じゃ。これを見てとくと思い出せ」


 そう言うと、磨上は装備を変更した。磨上の服装が一瞬でヴァルキリー装備から変更される。


 つまり、真っ黒なハイレグボンテージ。身体のラインがくっきりはっきり出て胸元がバーンと露出している間近で見ると色々ヤバい、磨上の魔王装備だ。同時に、真っ黒な魔力がブワブワと溢れだしている。


 それでも魔王サーベルは暫く分からないようだったな。それはそうだろう。凶悪な高レベル魔王だった磨上が勇者としてやってくるなんて、想像を絶している。


 しかしながらその格好、そして恐らく何よりその高魔力を見て、魔王サーベルは磨上の正体に気が付いたようだった。目が見開かれ、顔色が変わる。彼は震える手で磨上を指さしながら呻いた。


「き、貴様は! 貴様はあの、あの! あの時の魔王!」


「おう。思い出したか。感心感心。そうじゃ。貴様を散々苦しめた挙げ句に消滅させて元の世界に叩き返してやった魔王じゃ。久しぶりじゃのう。今度はおぬしが魔王とはな」


 魔王サーベルは最後まで聞いちゃいなかった。


「あ、悪魔だ! 魔王だ! た、助けてくれー! いやー!」


 と奇声を上げて、周りを囲む魔物もお構いなしに、全速力で空の彼方に逃げ出したのだ。魔物、魔族は呆然としている。おいおい良いのかよ。魔王の威厳は台無し。この先、魔王の権威ががた落ちになって、命令を聞いて貰えなくなるんじゃないかね?


「ふん。根性なしめ」


 磨上は吐き捨てたが、無理もないんじゃないかな。自分を完膚なきまでに倒して消滅させた相手に立ち向かうのは、勇者の誇りがあっても難しいぞ。俺だって磨上とまた対決するような事があっても、逃げ出さないとは約束出来ない、かもしれん。


 磨上はついっと右手を挙げた。その先には総大将がいなくなって戸惑う魔族集団。


 磨上の右手に黒い魔力が瞬間宿ると、そのままドーンと吹き出した。魔力の渦は森の木々も巻き込み魔物魔族の集団を飲み込んだ。


 次の瞬間轟音と共に大爆発が起こる。爆圧と爆風と熱波がぶわっと吹き寄せ、俺は顔を引き攣らせるしかなかった。勿論、魔物達は燃え尽きて跡形も無い。い、いきなり何をしでかしやがるこの魔王!


 そう。魔王。磨上の格好はもう完全に魔王だった。装備だけで無く、その表情も、溢れる魔力も。磨上は底知れぬ魔力を吹き出し、暗闇に何処までも落ちて行くのではないかと錯覚させるような、恐るべき視線を俺に向けて言った。


「遊びは終わりじゃな。あの痴れ者に我が恐ろしさを思い知らさねばならぬ」


 ……とっくに知っているんじゃないかなぁと、思ったり思わなかったり。

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