魔王、格下魔王を翻弄する 2

 そこからは手加減無しだったな。


 魔王は神原を小脇に抱えて(俺が運ぼうとしたのだが「シッシッ! このエロ勇者め。あっちゃ行け!」と追い払われた。酷くない?)飛び、真っ直ぐに魔王城へと向かった。神原は運ばれている最中、ほとんど失神していたんじゃないだろうか。


 雲霞のごとく押し寄せる魔物魔族は瞬殺だ。必要以上に周囲をも爆散させながら消し飛ばす。俺は後ろを付いて飛ぶだけだ。磨上は黒髪を振り乱してゲラゲラ笑っていたな。力を振るうのが気持ちよくて仕方が無いという風情だ。もう完全に魔王だな。一応はまだ勇者側の筈なんだけども。


 そして俺たちは魔王城に辿り着いた。禍々しい尖塔がいくつも聳え立つ魔王城は、磨上曰く魔王の魔力が増大する度に勝手に拡張されるのだという。魔王の守っている魔力の核から成長して行くらしいんだな。


 魔王が領域を広げると、領域から力を吸い取って魔力に変えて核と魔王城は成長する。すると魔気が吹き出して世界を魔界に変えて行く、という感じらしい。勇者が進むと大地が浄化されて、魔力の核に行く栄養が少なくなる。なるほど。魔力の核は生き物みたいだな。植物か。


「さて、一撃で吹っ飛ばすのも風情が無いからのう」


 磨上はそう言うと、地上に降り、徒歩で魔王城に乗り込んだ。


 魔王城には様々な仕掛けや罠が隠されていて、進むのは本当に難しい。本当は。


 しかし磨上は力でねじ伏せた。例えば仕掛けを踏むと天井が落ちてくる仕掛けなんて避けもしない。パンチをくれて仕掛けを天井ごと吹き飛ばす。矢だとか槍だとかが飛び出す仕掛けなんて磨上に触れるなり粉々になる。伏兵として隠れていた魔物は相手がドラゴンだろうが瞬殺だ。剣で斬るか魔法で吹っ飛ばすか、それとも殴り飛ばすかは磨上の気分次第。


 ……俺だってここまで行かなくても舐めプで魔王城を蹂躙したことはある。圧倒的強者が弱者を踏み躙るのは、気持ちが良いことは確かだ。うん。しかし磨上は更に、魔物には期待をもたせるような反応を(わざとダメージを受けたように振る舞うとか)して、それでかさに掛かって攻撃してきた魔物をニンマリと満面の笑みを浮かべて叩き潰すとか、ちょっと勇者がやっちゃいけないような悪辣な事をしていたな。


 磨上ほどの強さなら、砂のお城の中にいる虫けらを潰すくらいの感覚なんだろうなぁ。魔王軍の幹部、俺でもレベルが見えないほどの高レベルの魔族も、磨上には触ることも出来ない。いや、好き放題に攻撃させた挙げ句全然効かないところを見せ付け、そしてあえて術を使わず魔力の大きさだけでじわじわとなぶり殺して絶望を与えてたな。俺が見かねて介錯をしてやったくらいエグかった。


 神原あたりはもう放心状態で、レベルアップのために瀕死状態の高レベルな魔物にトドメを刺すのを機械的にやっていたな。ちなみに俺もやった。磨上が弱らせた魔物を俺がトドメを刺すわけだが、罪悪感が半端ない。あまりやりたい事では無いな。お陰で27レベルには魔王を倒せば到達出来そうになったのは有りがたかったけど。


 そして俺たちは遂に、うん、まぁ、一応遂に、魔王の間に辿り着いた。普通は感慨とか戦いへの予感に震えるとか、恐怖をかみ殺すとか、そういう心境になるもんなんだけど、磨上が大きな扉をぶっ飛ばしても俺も神原もチベットスナギツネみたいな顔するしか無かったな。


 広大な魔王の間。一番奥の階の上には魔王の座があり、その後ろには大きくて真っ黒なクリスタルが浮いていた。あれが魔力の核だ。


 魔王の座の前には魔王サーベルが立っていたな。堂々立っているのでは無く、逃げ遅れて右往左往しているような感じだ。もうちょっとしっかりして欲しい。魔王なのだから。


 しかし、気持ちは分からないでは無い。おそらくはレベルは俺と同じくらいだから相当に強い魔王なのだ。彼は。磨上に負けた後に魔王になり、何回かは世界を滅ぼしている可能性はある。磨上曰く、勇者より魔王はレベルアップが遅い傾向があるらしい。あまり強い敵と戦えないからかもな。それでも魔王サーベルは俺と同じくらい、25以上のレベルになっている。磨上に一度倒されて、ごっそり経験値を減らされたにも関わらずだ。


 かなり自信もあっただろう。磨上からパクった戦略も勿論悪くなかった。恐らく自分よりも高いレベルの勇者でも、あの戦略なら打ち倒せただろうな。相手が手の内を完全に知っている上に、勇者の常識が通用しない磨上で無ければ。


「な、なぜだ! なぜ貴様が勇者などやっているのだ! 魔王の中の魔王である貴様がどうして!」


 魔王の中の魔王とは言い得て妙だなおい。しかし磨上は魔王サーベルの言葉を鼻で笑った。


「貴様こそ我こそは勇者、みたいな顔をしておったくせに、魔王をやるとはどういう了見なのだ。しかも我の戦略をパクリおって」


 うん。俺もそれは気になっていた。磨上は魔王の方が向いていたからなんだろうなぁと何となく思っていたが、こっちの魔王はどうなんだろう。磨上の言葉に魔王サーベルは口元を歪めた。


「ふん、俺は勇者の欺瞞に気が付いてしまったのだ。もうバカらしくて勇者として世界を救うなんて事は出来ん」


 魔王サーベルの言葉に、磨上の表情が固く、怖くなる。


「なんだ、勇者の欺瞞とは? どういう意味だ?」


 俺が思わず言うと、魔王サーベルは俺に向けて吐き捨てた。

 

「貴様はおかしいと思わないのか? なぜ俺たちは何度も何度も召喚される? 何度も世界を救い、魔王を倒さねばならぬのだ? この戦いには終わりはあるのか?」


 ……ぶっちゃけ、俺はそんな疑問を持ったことなど無かった。しかしそんな事は言えんわな。曖昧な顔で聞いている。


「終わりなど無いのだ。勇者が救っても世界にはまた魔王が現れる。そして勇者がまた召喚されて魔王を倒す。その繰り返しだ。勇者には最終的な勝利を掴むことなど出来ぬのだ!」


 それは……。言われてみればそうかもしれない。召喚された世界には、当たり前ではあるけど勇者召喚術が伝わっている。これは、その世界に過去、勇者が召喚された事があることを意味している。つまり勇者が俺以前にもいて、既に一度は魔王が倒されているのである。


 世界がある限り魔王は何らかの理由でまた現れる。そして勇者が召喚される。俺がこの先もずっと勇者を続けていれば、同じ世界に二度召喚される事も恐らくあるだろうとは思う。


 なるほど、それは確かに悩ましい問題だ。勇者は世界を救い続け、勝ち続け、魔王を消滅させ続けなければならないのだ。


「しかし魔王になれば、世界は一度滅ぼし魔界に堕とせばよい! 終わりだ! これは、この終わりなく世界において最終的には魔王が勝利する事を示していると言っても過言ではなかろう!」


 理屈は間違ってはいないな。つまり勇者サーベルは魔王を倒し続けても、一度でも魔王に負けてしまえばその世界は滅んでしまうという事実に耐えきれず、魔王側に堕ちてしまったのだろう。


 何だか勝ち誇ったような顔をして胸を張る魔王サーベルを見ながら、俺はしかし不思議な気分だった。魔王サーベルの言ったことは間違ってはいるまい。勇者が一度でも負ければ世界は魔界に堕ちてしまい、二度と人間の世界に復帰しない以上、魔王に有利な条件で戦い続けなければならないというのも本当だろう。


 ……しかし、だ。俺は魔王サーベルに言った。


「勝ち続ければ良いじゃないか」


 俺の言葉に魔王サーベルは目を剥き、磨上はスッと目を細めた。


「負ければ魔界に堕ちてしまう世界を救うために、勝たなければならないのは当たり前の事だよな。何度召喚されても、何度でも何度でも戦って、勝って世界を救うさ。そうすれば良いんだろう?」


 魔王サーベルの口があんぐりと開いてしまった。んん? それほどおかしなことを言ったかな? 一度でも敗北したら世界を救えない。そのプレッシャーと俺は常に戦い続けてきた。実際、磨上に負けて俺は世界を一つ滅ぼされてしまった。


 もう二度と同じ轍は踏まない。次に磨上と戦うことがあっても、手練手管を尽くして、何としても勝って世界を救ってみせる。


 俺が改めて決意していると、カンラカンラと豪快な笑い声が響いた。


 磨上が天を見上げて爆笑していた。彼女はひとしきり笑うと、笑い過ぎて浮かんだ涙を指先で拭った。


「さすがはカズキじゃの。我が見込んだだけの事はある」


 そう小さく呟くと、磨上は魔王サーベルを睨みつけた。


「こん馬鹿者が! 絶望の深度が浅すぎるわ! 大層なことを言っておるが、大方我に敗れた事で自信を失い、勇者になる事が怖くなったのじゃろうよ」


 まぁ、な。もしも勇者として召喚されて、魔王である磨上とまた戦うことになったらどうしようと、俺でも思うからな。その気持ちが、勇者ではなく魔王になりたいという気持ちになり、それが召喚術に引っかかって魔王サーベルは魔王になったに違いない。


 ふむ、なるほど。となると、勇者になりたいと願っていれば金色の魔法陣で召喚され易くなり、魔王になりたいと願っていれば黒い魔法陣に飲み込まれやすくなると言うことなんだろうな。実際に召喚術に引っ掛かるには魔力量とか、資質とかが関わってくるのだろうけど。


「貴様のような半端者は勇者にも魔王にもなれぬ。速やかに退場せよ」


「おのれ! 言わせておけば!」


 魔王サーベルが流石にキレた。魔力が膨れ上がり、魔気が濃くなる。すると魔王サーベルの後にある魔力の核からズルリと巨大な悪魔型が生まれ出た。なんと、俺の索敵スキルではレベル判定が出来ない。かなり強力な魔物だ。腐っても魔王という事か。


 あの強力な魔物と魔王サーベルが襲ってくれば、俺一人なら苦戦は免れ得ないところだったろうな。神原なら瞬殺されるだろう。


 しかし相手は磨上だ。彼女は凶暴な笑みを浮かべながら、右手を魔王サーベルと魔物に向けた。


「せめてもの情けじゃ、我の最大魔法で跡形もないよう、念入りに焼き尽くしてやろう」


 磨上の周囲に黒い魔法陣が三つも四つも展開し、同時に魔王サーベルと魔物の周りにも魔法陣が一気に展開した。魔王サーベルの顔が引き攣る。


「我が魔力により地獄の釜よ開け。何物も焼き尽くす業火をもって我が敵を滅ぼせ」


 磨上は開いていた右手の平をギュッと握り込んだ。


「ヘル・プリズン!」


 瞬間、魔王サーベルと魔物の周囲に魔力の檻が立ち上がり、一気に周囲を囲んでしまった。魔物が反射的に攻撃を檻に叩きつけるが、跳ね返されるだけだ。


「な、なんだ! 何をするつもりだ!」


 魔王サーベルが悲鳴を上げたが、磨上の意図はすぐに分かった。檻の中が灼熱し始めたからだ。


「あ、熱い! ぎゃあぁぁぁぁあああ!」


 魔王サーベルと魔物は熱にのたうち回り、何とか抜け出そうと魔力の檻を必死に攻撃する。しかし、磨上の魔力は圧倒的だ。檻の中は赤から黄色へ、黄色から白へと変わる。見るからに温度が上がっている。魔王サーベルと魔物の熱耐性の限界を越えたのだろう、身体から煙を吹き始め、ついには発火する。


「ぐわあぁぁぁああああ!」


 ちょっと見ていられないほどの残虐な光景に、神原は立ちくらみを起こしてしゃがみ込んでしまった。神原を助け起こしながら、俺も思わず口元を押さえた。これはひどい。


 もちろん磨上は満面の笑顔だ。八重歯が出てしまうほどニーッと笑っている。実に楽しそうだ。なるほど。これは魔王の中の魔王だわ。間違いねぇ。


 しかしあんまり悲惨な有様に、俺は磨上を思わず叱り付けた。


「こら! 良い加減にしろ! お前には人の心がないのか!」


「そんなもん、とっくにないわい」


 磨上はそう言って俺を睨んだ。俺は思わず気押される。その瞳に、良いしれぬ絶望の色が見えたからだ。俺が見た事がない、この世の色んな事を見た、その結果がその瞳なのだろう。こいつ、一体何を見てきたというんだ?


 磨上はフンとビビる俺の事を笑うと、右手をギュッと握りしめた。それで魔王サーベルと魔物を閉じ込めた檻は一気に圧縮され、そして光も残さず消滅した。……かなり高レベルの魔王だったから、サーベルとかいう奴はレベルを奪われはするだろうが、消滅はせずに元の世界に帰っただけだろう。うん。きっとそうに違いない。


 魔王がいなくなった魔王城には、黒い巨大なクリスタル。魔力の核が残された。これを破壊すれば世界は浄化されて人間の住める世界に戻る。


 磨上は極めて嫌そうな目で魔力の核を見ていたな。見るのも嫌だと表情が雄弁に語っている。


「カズキ。其方が壊せ」


「は? 良いのか? 魔力の核を壊した奴に経験値が入るんだぞ?」


「かまわぬ」


 磨上が言うのでは仕方がない、俺は剣を抜き、剣に魔力を込めた。魔力の核は魔王のレベルに応じて硬くなり、簡単には破壊出来なくなる。このレベルの核では神原には破壊出来ないだろう。


 魔力が籠った俺の剣が金色に輝き出す。


「たあぁぁぁぁあああ!」


 気合い一閃、俺は剣を振り抜いて魔力を解放した。金色の光が走り抜けて、魔力の核に一筋の亀裂が入る。


 亀裂はすぐに二つになり、三つになり、次第に加速的に増えていった。そして黒いクリスタルが金色の網目に覆われるまでになった次の瞬間。


 魔力の核は弾け飛んだ。そして破片は黒い炎となり、そして消滅した。


 すると、辺りを覆っていた魔気がスーッと消えていった。世界が浄化されたのだ。勇者の、人類の勝利である。


「や、やった! やったのね!」


 神原が歓声を上げる。俺もホーっと息を吐いた。何だか色々これまでの冒険とは異なる展開だったが、一応は世界を救うことは出来たのだ。文句は言うまい。


 俺は神原とハイタッチをして勝利を喜んだ。その時、磨上の小さな声が俺の耳に届いた。


「……仮初の勝利か……」


 思わず俺は磨上の事を見てしまった。魔力の核を失った魔王城は崩壊しつつある。既に天井は失われ、明るくなった世界で魔王そのものの姿の磨上は、呆然と青空を見上げていた。


 そして俺の視線に気が付いた磨上は、何だか複雑な、寂しそうにも見える表情で、微笑んだのだった。

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