十回目の異世界は魔王と共に 2

 翌日、早速俺たちは魔王討伐に出発した。


 王宮に頼んで馬車を用意してもらった。悪路にも耐える、いわゆる荷馬車だ。魔王軍の領域まで三日ほど掛かるらしいが、それでも歩きよりも全然早い。


 神原は馬車で行くと聞いて驚いた顔をしていた。


「え? 歩くんじゃないの?」


 磨上が嘲るように言った。


「なぜ歩く必要がある。国王はあらゆる便宜を図ると言ったであろう。馬車を出すのは当然ではないか」


 これは磨上の言う通りなのであって、本来は移動手段、護衛なども含めて手配する事を「便宜を図る」というのだ。路銀を与えるからあとは勝手にやれ。というのではほとんど放置だと言える。


 そういう国王、結構多いんだけどな。これは意図して冷遇しているというより、気が回らなかったのだろうと思われるんだけど。今回の国王だって要求すれば即座に対応してくれたしな。


 まぁ、護衛はいらんから馬車だけ用意してもらった。俺と磨上は荷馬車で横になって寛いだが神原はそわそわしている。うんうん、覚えあるなぁ。日本は他人を使う事に抵抗を覚える民族だからな。異世界でも自分で金払って雇った訳でも無い使用人に馬車を運転させるくらいなら、自分歩く事を選ぶ奴は多かろうよ。


 だが、俺たちはお偉い勇者なのだから、国王が遣わした連中をこき使う権利があるわけで、そういう事が許されているのは俺たちが世界を救う能力を持っているからだ。最終的にちゃんと世界を救えば何の問題もない。帳尻はあうのである。それが世の中の役割分担というものだ。


 と、割り切れるようになったのは、なかなか仲間が集まらなくて、仕方なく勇者の権限を振りかざして国王の家臣を強制的に動かさざる得なかった、二回目か三回目の冒険の時だったかな。その事で散々俺を恨み罵っていた連中も、魔王を倒して帰還したら大感謝、大絶賛だったからな。あれで、結局は結果をちゃんと出せば、過程に多少の無理があっても大丈夫なのだと学んだのだ。


 磨上なんて荷馬車で使う用にクッションをたくさん用意させ、道中での食事と水、そして酒まで用意していた。ちょっと待て。酒を飲むな酒を。未成年だろ。


「固い事を言うな勇者よ。異世界には元の世界の法律は適用されんのだから」


 磨上はそう言って早速酒瓶に直で口を付けていた。ダメだこりゃ。


 クッションに埋もれてダラダラゴロゴロと酒を呑み始めた磨上を見て、神原は目を白黒していたな。憧れの完璧な磨上先輩の豹変ぶりに戸惑っているのだろう。磨上は元の世界では完璧な秀才美少女生徒を演じているからな。無理も無い。


 俺も荷馬車の上に寝転がるが、馬車にはサスペンションなんて付いてないからな。未舗装路面ではガタゴト揺れて寝てる場合じゃ無い。なるほど、磨上が大量のクッションを持ち込んだわけだ。布と綿を使ったクッションは異世界ではもの凄く高価なんだが。俺も代用品として藁束や籾殻を麻袋に詰めた物を使った事もあるな。


「勇者よ、遠慮せずこっちに来るが良いぞ」


 磨上がクスクスと笑いながら俺を誘うが、そんな胸の谷間が強調された格好の磨上の側に寄り添って寝たりしたら俺の理性が危ない。無理無理。


「異世界に来てまで高校生の貞節を守る事はあるまいよ。のう、そうであろう? サツキよ?」


「え? あ? え? そ、そうですね?」


 話を振られた神原は混乱している。そんな神原に磨上はニンマリと笑って手招きをした。


「こっちゃこい。サツキよ」


「え? あ? はい」


 神原がうっかり磨上に近付くと。


「お前でも良い」


 と磨上がガバッと神原を捕まえてクッションの山の中に引きずり込んだ。


「きゃー! 何を! みゃあー!」


「ういやつじゃ。それ、そんな鎧は外してじゃな」


「嘘、なんで私の装備が解除出来るんですか! ちょっと、止めてー! 脱がさないで! いやー! びゃああああ!」


 磨上はあっさり神原を押さえ込むと、神原の勇者装備を強制除装して、それから服を脱がせに掛かった。神原は脚をばたつかせているがお構いなしだ。そりゃレベル差があるからな。……あまりのアホな展開に俺は呆然として思わずガン見しちまったよ。え?


 神原は抵抗むなしく鎧の下に装備していたチェニックを剥ぎ取られ、薄い下着一枚になり、履いていたスカートをめくられてその下のパンツが露わになる。磨上の手がササッと動き、神原の小さな胸に……。


 って、おい!


「何してんだ馬鹿! やめんか!」


「何じゃ勇者。お前も混ざるか?」


「混ざるか! つーか、今はお前も勇者だろ! 魔族みたいに欲望を暴走させるのは止めろ!」


「異世界では自分の欲望に忠実になった方が楽しいではないか」


 磨上は神原の首筋をはむはむして、それから神原の小さい胸に向けて舌をツツツっと動かした。くっそエロい。なんてもん見せるんだ馬鹿! 


「やめろって。見ろ、神原が引きつけを起こしてるじゃねぇか」


 神原は口をパクパクさせて白目を剥いている。うん、そりゃ、高校一年生にはちょっと刺激が強いよな。


「なんじゃ、つまらん女じゃの。やっぱり人間はダメか」


 ……女型魔族と、夜ごと組んずほぐれつしている磨上のことをうっかり思い浮かべて俺は必死に打ち消す。こいつ、男性型魔族とよろしくやっているだけで無く、女型もいけるのかよ。両刀か。というか、この感じではこいつの誘惑は冗談でも何でも無さそうだな。本気で異世界では経験豊富なのだろう。


「どれ、仕方ない。勇者よやはり其方が来い」


「来いじゃねぇよ! 大人しく酒飲んで寝てろ!」


 俺は神原の脚を掴んで引きずり出して磨上の魔の手から回収する。神原は呆然としていた。うむ。胸は小さくて色気は無いけど、ぐったりしたあられも無い格好はそれなりにエロい。危ない。俺は慌てて毛布で神原を包んだ。


「大丈夫か、神原」


 神原は目の光を無くした顔でガタガタと震えながら言った。


「も、もうお嫁に行けない……」


  ◇◇◇


 まぁ、それから三日間、馬車や宿で俺と神原の貞操の危機がありながらも、俺たちは進んで魔族の領域近くにまでやってきた。次の村は既に魔王の手に落ちているということで、ここからは歩きになる。魔物の気配はまだないな。


「歩くのか。かったるいのう。サツキを置いて飛んで行かんか? カズキよ」


「ここまで来てそれを言うな」


 神原は項垂れている。ここに来るまでに何度も磨上に押さえ込まれて、レベル差を痛感してしまい自信を失っているらしい。俺と磨上は飛べるのに自分は飛べないのも知って大きなショックを受けていた。分かる分かる。俺だって磨上が俺よりも高レベルだと知った時はショックだった。十回目と十七回目だとどれくらいのレベル差なのかは分からないけど。


 俺たちは食料と水を買い込んでから最後の村を出発した。森の中をてくてく歩く。索敵スキルを展開して魔族が近付いたら分かるようになっているし、防御力上昇のバフも掛かっている。不意打ちの危険性は低く、もしもされてもほとんどの攻撃は無効化出来るだろう。磨上に至っては、素の状態でも近付いてきた低レベルの魔物なら消滅させられるそうだ。


 なので俺と磨上は無警戒にスタスタと森の中に分け入ったわけだが、神原は愕然としていたな。そういえば、低レベルの頃は森の中は怖かったっけな。視界は悪いし魔物は多い。寝ている時ですら気が抜けず、仲間と順番で夜警をするのも大変だった。今は熟睡していてもまぁ、問題無い。


「そんな余裕のカズキも、我にやられてボコボコになった時には結構焦っていたはずだがの」


 磨上が揶揄うように言って、俺は渋面になる。確かにその通り。前回俺は舐めプの挙げ句磨上の罠に嵌まり、ニュービーの頃のように森の中を右往左往したんだっけな。苦い思い出だ。だけど、今回はその辺は抜かりはない。俺は魔法無効化に耐性のあるアイテムを二個も三個も装備しているからな。大昔に使って以来アイテムボックスの片隅に眠っていたものだ。これを装備しておけば、少なくともいきなり魔法無効化の罠に嵌まることは避けられるはずだ。


 そして、途中の村々で装備を整えつつ行けば、食料切れでHPをだだ減らしにする危険性は低くなる。HPさえ十分ならもしも魔法を封じられても俺は簡単には負けない自負があるからな。


 それと今回は磨上が味方側にいる。こいつ程の高レベル勇者なら相手がカンストでも起こしている大魔王でなければ負けることはないだろう。そして敵がそんな大魔王である可能性は低いな。魔王の支配領域に入ったのに、そんな巨大な魔王の魔力は感じないから。ちなみに磨上の時には強大な魔力を感じてはいた。でも俺は自信過剰でこれを軽視した。もうその轍は踏まないぜ。


 しかし、魔物に襲われること無く俺たちは進み、二日後には村に到着した。ここはもう完全に魔王の領域の中の筈だ。かなり魔気が濃い。


 俺たちは村の中に入っていった。中には村人がいたけど、あからさまにこちらを警戒していたな。デジャブだ。前回の冒険の時と同じだ。


「ちょっと良いかな? 俺たちは国王から魔王討伐を依頼された勇者なんだが」


 俺が声を掛けると劇的な反応があった。


「勇者?」


 村人達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出して、家の中に閉じこもってしまった。前回と全く同じだ。俺は磨上を見てしまう。


「まさかお前が手引きしてるんじゃ無いだろうな? 磨上」


「馬鹿な事を言うな。じゃが、確かに我が行った戦略と一緒じゃな」


 磨上が村の中を見回す。そして村の入り口に立ててあるポール。禍々しい色に塗り分けられたトーテムポールみたいな物を指さした。


「アレがあると、村の中の魔気が薄くなって、人間がいても苦しくないようになる。同時に、魔物にここは味方の村だから襲うな、と命ずる目印にもなっておる」


「とすると?」


「ああ、我の戦略をまるっとパクりおったのだろうな。こしゃくな真似を」


 磨上は八重歯を見せてニーッと笑った。妙に嬉しそうな顔だ。その顔を見て神原が震え上がった。すっかり神原は磨上を恐れるようになっちまったな。あんなに何度も襲われれば無理も無い。貞操は守れてるんだろうな?


 しかし、これでは食料の補給も出来なければ、情報も集まらない。どうするか。俺は考え込んだのだが、磨上はそんな俺を笑い飛ばした。


「ふん。考えるまでも無い。こうすれば良いのじゃ」


 磨上はスタスタと歩き出し、とある家の横にある物置小屋の前に立った。そして片手を向けるとぼそっと呪文を発した。


「ファイヤーウォール!」


 途端、物置小屋が炎の柱に包まれた。は? 俺と神原の目が丸くなる。木と藁で出来た物置小屋はそれは盛大に燃えた。ガンガン燃えた。そして火の粉を隣の家に降り掛からせた。家には人が籠もっている。


 磨上は美貌を炎に照らされ、黒髪を振り乱しながら高笑いだ。


「ふはははははは! そぉれ! 出て来て火を消さぬと、村ごと丸焼けになってしまうぞ! 良いのか!」


 磨上は続けて二件三件と物置小屋に火を付けて回った。いきなり人家を燃さないだけ、魔王にしては配慮したという事なんだろうが、それにしてもおい!


「や、止めろ! 何をしてるんだ!」


 しかし狙いは直ぐに分かった。家々から村人が飛び出して大騒ぎになり、村長と男達が磨上の前に飛び出して泣きながら跪いたのだ。


「お、おやめ下さい! どうかお許し下さい!」


「何でも致します! どうか!」


 泣き喚く村人達を磨上はニヤニヤと笑って満足げに睥睨していたな。


「ふむ。では我々に協力して貰おうかの。とりあえず、宿と飯を用意せよ。カズキ、サツキ、火を消してやれ」


 ……俺と神原は文句も言わずに慌てて水魔法で火事を消火して回ったよ。物置きたって、貧しい農民にしては貴重な物品を入れていた小屋だ。こういう世界の農家では、水くみの樽だって滅多に手に入らない貴重品なのだ。燃えてしまったら明日からの生活にも困るだろう。


 俺は溜息を吐きながら、燃えてしまった物置小屋を一つ一つ修復魔法で直して回ったよ。この魔法は高レベルになると、壊れた物品を元通りに修復出来るのだ。燃えてしまったような物を元通りにするにはレベルも魔力も必要で、神原には出来なかったのだろう。随分と驚いていた。


「カズキも随分高レベルなのね」


 そうだぞ。だから俺もちゃんと先輩扱いしろ神原。呼び捨てにするなよな。まぁ、異世界では普通はファーストネームで呼び捨てが普通だから、別に違和感は無いんだけど。


 物置を修復して戻ると、磨上の前に村人達が跪いてへへーっと頭を垂れていた。完全に魔王に屈服した村人の図だ。磨上は今は勇者の筈なんだけど。まぁ、いきなり火を付けて回るなんて魔王の所業だからな。仕方が無い。


「村を消されたくなければ、我に逆らわぬ事だ。次は脅しでは済まぬぞ」


 言い草も魔王そのものだ。村人は震え上がって忠誠を誓約していた。


 俺たちは村人から事情聴取を行う。何でも魔王軍はこの村に来て降伏させたのだが、国王に収めるよりも少ない租税を課すだけで特に殺戮に及ぶ事も無く、それどころか飛べる魔物による物資輸送で迅速な交易が出来るようになり、村人の生活は便利で楽になったのだとか。これらは磨上がやっていたのと全く同じな政策だそうだ。


「魔王様は一度おいでになりましたが、金髪の人間のように見えました」


「ふむ。やはり転生者じゃの。ならば心当たりが無いでもない」


 磨上は呟いていた。どうも以前に転生した時に会った事のある転生者では無いかというのだ。口ぶりだと、前の俺と同じように魔王磨上に挑んで敗れた勇者なのではなかろうか。そういえば前回、俺で五人目の勇者だとか言っていたな。その中に、一度死んでも消滅しないレベル20以上の勇者がいたとしてもおかしくはない。それが次の転移をして、今度は魔王になっているということだろうか。


「ふむふむ。面白くなってきたではないか。人のアイデアをパクっていい気になっている奴など徹底的に潰して凹ませてやろうぞ。のう、カズキよ」


 磨上は勇者がしちゃいけないような恐ろしい目で、ニヤリと笑って見せた。俺はまだ見ぬこの世界の魔王に同情せざるを得なかったね。

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