十回目の異世界は魔王と共に 1

 足下に広がる金色の魔方陣。覚えがあり過ぎる光景だった。こ、これは!


「むぅ。金色か」


 磨上が呟くのが聞こえた、次の瞬間、俺たちはこの世界から消滅して、転移した。


  ◇◇◇


「うおおお! やったぞ! 召喚に成功したぞ!」


「これで世界は救われる!」


 大歓声と感涙に咽ぶ声の中に俺と磨上は佇んでいた。周囲では魔法使いとかお役人風の連中がガッツポーズをしている。


 異世界から勇者を召喚する術は、成功率があんまり高く無いらしい。甚大な量の魔力が必要であり、魔法使い個人の魔力では到底追いつかず、魔法石という魔力を宿した鉱石を使うのだが、これが希少で恐ろしく高価なのだ。それなのに失敗率が高いのだから、無事に召喚に成功して喜ぶのも無理はないのだ。


 まぁ、この風景を見るのも十回目となると、感動も感激もない。またか、と思うだけだ。


 しかし今回はいつもと違うところがある。


 俺の横には磨上がいるのだ。俺の腕を抱いた状態で眉の間に皺を寄せている。異世界召喚の時、近くに人がいても巻き込まれて召喚されてしまった事などこれまで無かった。


 家族で食事している最中に召喚された事もあったのにな。だからこれは磨上が近くにいたから、という理由では無いのだろう。


「久しぶりに勇者としての召喚か。やはり其方の側にいたせいかの?」


 ……久しぶり? その口振りだと、勇者として召喚された事があるというのか?


「……ああ。こう見えても最初の三回は勇者としての召喚だったな」


 ……勇者として召喚された経験があるのに、魔王として世界を躊躇なく滅ぼせるのか? 俺が愕然としていると、磨上はどこか寂しそうな様子で、ポツリと呟いた。


「そのうち、其方にも分かるようになる」


 ……分かりたいような、分かりたくないような。しかしとりあえず、今回は俺も磨上も勇者としての召喚を受けたのは間違いないらしい。魔王として、魔族に召喚された場合は召喚魔法陣が黒いのだそうだ。


 磨上は大騒ぎする異世界人達をうんざりした表情で見ていたな。勇者として召喚されたのが如何にも不本意といった風情だ。しかし、一応は勇者として召喚されたのだから、いきなり連中を消すような真似はしないだろう。


 俺はとりあえず手近な奴を捕まえて事情聴取を試みた。その時。


「なによこれ! また! また召喚されたの⁉︎」


 という叫びが俺たちの背後から響いた。驚いた俺が振り向くと、茶髪をツインテールに結った少女がペタンと座り込んだ姿勢で大騒ぎしていた。


「せっかく魔王を倒して、元の世界に帰ったのに! どうしてまた召喚されるのよ!」


 ……どうも、今回召喚を受けたのは俺と磨上だけではなかったようだ。


 そしてこいつもどうやら複数回の転移者らしい。そんな口振りだ。


「なにやら面倒な事になっているようじゃの」


 そう言いながら、磨上は何だか楽しそうにニヤッと笑ったのだった。


  ◇◇◇


 俺と磨上、そして茶髪ツインテールは役人達に連れられて移動した。国王に会えという事らしい。そして国王から魔王討伐を依頼されて冒険の旅に出る。定番だ。


 茶髪ツインテールは俺たちを見て驚いていた。


「なに! あんた達も召喚されちゃったの? 私に巻き込まれたのかしら?」


 いや、どちらかといえば俺たちにお前が巻き込まれたんだと思うぞ。彼女は俺たちをしげしげと見て。あっと驚いた。


「あ、あなたは磨上先輩! それとパッとしないその彼氏!」


「パッとしなくて悪かったな!」


 と反射的に言い返して気が付く。そういえばこの茶髪ツインテールが着ているのは家の学校の制服だ。つまり同じ学校の生徒なのだ。ならば今や我が校の有名人である磨上を知っていてもおかしくはない。


「うわ〜! せ、先輩とご一緒出来るなんて感激です! 私は神原 沙月って言います!」


 神原という女生徒は勇者らしからぬはしゃぎぶりで磨上に纏わり付いた。磨上はやや迷惑そうな顔で、それでも頷いた。


「そうか。よろしくな」


「よろしくお願いします! 大丈夫です! 先輩! 私これでも異世界に召喚されるの二回目なんです。だから先輩を守ってあげられますからね!」


 それを聞いて俺と磨上は少し落胆した。


「二回目か」「二回目のう」


「え? 何ですか?」


 戸惑う神原に俺は首を横に振りながら言った。


「何でもない。お前は邪魔にならないようにしてれば良いから」


「な、何ですか貴方! 失礼じゃない! 先輩ならともかく!」


「磨上が先輩なら俺も一応先輩なんだが」


 俺と神原がやいのやいの言い合っている内に、俺達は国王の待つ応接室に着いた。大きな扉が開けられて豪奢な装飾が施された室内に入ると、如何にも国王という感じの華麗なマントを羽織った中年男性が待っていた。


「ようこそいらしゃった。勇者様達。あなた方は我々の希望です」


 国王は涙を流して俺たちの前に跪いた。うーん。この調子だと人類はかなり追い込まれてるっぽい? これまでの中には「勇者なんていらん! 魔物など軍隊で滅ぼせる!」と叫んだ王様もいたからな。軍が大敗したら掌返したけど。


 よよよと泣き崩れた国王を見て、神原が勇者心を刺激されたらしい。その薄い胸を張りドンと叩いた。


「任せなさい! この勇者サツキが来たからには、魔王の一人や二人!」


 すかさず俺と磨上が突っ込んだ。


「安請け合いするなバカ!」「情勢もわからぬ内に大きな事を言うでない! アホウ!」


「ひぇ……!」


 俺はともかく推している磨上にまで叱責されて、神原は硬直してしまった。俺は目が点になっている国王を促した。


「とりあえず事情を聞かせて欲しい。人類がどれくらい追い込まれているか、魔王の強さ。それとこれまでの経緯だな」


 俺たちは応接セットに腰掛けて、国王からこれまでの事情と現状を聞いた。なにしろ前回、俺は舐めプしてろくに現状を把握せずに飛び出して、魔王磨上にコテンパンにやられたからな。俺は学習したのだ。


 何でも魔王が現れたのは二年ほど前で。そこから急速に魔王の領域が広がっているという事だった。


 魔王軍は当然だが強く、人類の軍隊は刃が立たない。そしてどうやら魔王は支配下にいる人間を籠絡しているらしく、多くの町や村が魔王軍の軍門に降っているのだけど、そこから逃げてきた人間はいないとの事。


 ……聞き覚えがあるな。この状況。前回に磨上が占領地域に善政を敷き、国王の手先である勇者に協力させなかった作戦を思い起こさせる。


『ふん。どうせこれまで重税や人員徴用などで国民に無理を強いてきたのであろう。だからほんの少し善政を施しただけで国民が魔王に靡くのじゃ』


 磨上が声に出さずに呟いた。まぁ、そうなんだろうな。人間の王国に愛着が無いから、平気で異形な魔物を率いる魔王軍に従うんだろうよ。そういえば今まで人類を上げて魔王に抵抗していた世界なんて無かったな。農民達とかは魔王でも国王でもどっちでも良いが、何とかしてくれ、という態度だった。


 国王は勇者である俺たちに魔王討伐を依頼し、そのためにはあらゆる便宜を図る。そして達成した暁には栄誉栄華を思うのままに与えると約束した。まぁ、これも定番だな。


 実際には、魔王を倒して帰還した俺を掌返して冷遇したり、謀殺しようとしてきた国王もいたんだけどね。帰還のための魔法石もケチって渡したがらないドケチ国王もいたな。懐かしい。


 もちろん、泣いて感謝してくれて姫を娶ってくれ、自由に贅沢を楽しんでくれと言ってくれた国王の方が多かったけどな。ダメ国王の周りにもいい人はいて、そういう連中が俺を色々助けてくれた。


 そういういい人々がいたおかげで、俺は勇者をやって良かったな、という思い出しか無い。最悪の思い出が魔王に倒された前回だ。


 磨上が口を出さないので、俺が国王と交渉した。


 魔王を倒したら報酬として帰還に必要な魔法石を必ず用意するようにと。俺たちは魔王を倒したら速やかに帰るから、魔王討伐後の国王の脅威にはならないと強調した。そうしないと名声を集める勇者に国王が嫉妬して妄動する危険があるのだ。


 そして路銀や地図、そして王都における本拠にするための家などを要求した。これは討伐が長引いて王都まで撤退した際に必要なのだ。宿でも良いのだが、便宜を図ると言ったのだからそれくらいはしてもらおう。


 国王は問題なく全ての要求を受け入れた。ここで妙な交渉を持ちかけてくる国王は、後から俺のやることに一々注文を付けてきてうるさい場合があるから、この国王はその意味で合格だ。やり易そうだ。


 ちなみに神原は俺の交渉を聞きながら口を開きっぱなしだったな。俺が持ち掛けたような交渉は考えもしなかった、という顔だった。とすると、こいつの前回の冒険は随分幸せで恵まれたものだったんだろうな。


 ちらっと磨上を見ると、磨上は不機嫌そうに出されたお茶を啜っていた。勇者など不本意だと顔に書いてある。しかし、勇者の勤めを果たさないと、魔法石が手に入らず、元の世界に帰還出来ないのだから我慢してもらうしかないだろう。


 俺たちは本拠地として王宮の離れを提供された。かなりの高待遇だ。路銀もたっぷり。支援する魔法使いや神官を付ける事も提案されたが、俺は断った。


「な、なんで断るのよ! 支援してくれる仲間がいないと!」


「大丈夫だ。俺も磨上も魔法も回復魔法もも使えるから」


 俺が言うと神原の目が丸くなった。


「あ、あんたと磨上先輩も転移経験があるの?」


「今頃気が付いたのかよ」


 俺はちょっとガックリきたね。なるほど、前回の召喚時の俺は磨上にとってこれくらい間抜けな感じに見えていたのかもな。


「ところで神原? お前飛べるか?」


「は? 飛ぶ? 人間が飛べるわけないじゃない!」


 はい。レベル十以下確定。まぁ、俺も飛行魔法覚えたのは五回目の転移の時だったからな。二回目では覚えてないだろうと思ったよ。俺は心配になって索敵スキルで神原のレベルを確認した。マナー違反だからあんまり他人のステータスを見るものじゃないんだけどな。


 神原のレベルは7だった。おおう。俺の一回目の冒険後のレベルより低い。よく魔王が倒せたな。まぁ、魔王のレベルは異世界によってバラバラだしな。ちなみに、索敵スキルでステータスが見れるのはレベルが最低5は離れている場合だ。磨上を見たって真っ黒で何も分からない。俺のステータスは見られているかもしれんけど。


 これは神原は置いて行った方が早いかも分からんね。しかし、勇者のプライドを持っているっぽい神原が置き去りに承知する筈もないだろう。仕方ない。歩いて行くか。


 俺はふと気が付く。


「磨上。勇者としての装備は持っているのか?」


 前回見たのは魔王装備で、つまりハイレグボンテージだ。あれはあれで凄い装備なのかも知れないけど、あんな格好されたら俺が困る。魔王にしか見えないのも問題だろう。


 磨上は気怠げに首を傾げた。


「別にこの制服でも良かろう。我は多分、この世界程度の魔物の攻撃では傷一つつかぬ故」


 それでも現代人丸出しのこの格好は不味かろうよ。俺は自分から装備を勇者の鎧姿に変える。もう何度か世界を救った、使い込まれた装備だ。神原も似たような金色の鎧姿になっている。やはり異世界には異世界の格好がしっくりくる。


 磨上は仕方なさそうにステータスウインドウを操作して装備を変更した。


「これで良いのか?」


 ブッ! 俺は思わず吹き出した。そして即座に回れ右をする。


「な、なんだその格好は!」


「何って、勇者装備じゃ。一番防御力の高い鎧なんじゃがの」


「そ、それにしたって……」


 磨上が着たのは、いわゆるビキニアーマーだった。その、肌が七割露出するような、アレである。た、確かにそういう装備があるのは知っている。仲間の女戦士が装備しようとして止めた事もある。


 そんな痴女装備をスタイル抜群の磨上が装備したらどうなるか。おおう。ヤバい。これはヤバい! 見るどころか気配すらやばい。妙な増幅効果持ってるんじゃないだろうな!


「ほう。なるほど。こういう格好が好みか? 勇者よ。次からはこれで迫ってみるとしようかの」


 磨上はここぞと俺の腕を抱いてきた。やめろー! 鎧着ている筈なのに肌の感触を明確に伝えてくるのをやめろー! やめてー!


 神原も磨上の艶姿を見て顔が真っ赤になっている。直視出来ないというように手を振って叫んでいる。


「せ、先輩! それはダメです! 反則です! 私まで戦えなくなっちゃいます!」


 俺もこんな格好の磨上と共に戦える気はしない。というか、一緒に歩いたら前屈みで歩き続ける事になるだろう。ダメ! その格好は却下!


「仕方ないのう」


 磨上は意外にあっさり諦めて装備を変更してくれた。


「これで良いじゃろう?」


 とクルリと回転してみせたその格好は。……さっきよりマシか。


 いわゆるヴァルキリー装備。軽装な鎧に、頭には羽付きの兜という格好だ。白いマントが美しい。露出は……確かにさっきよりはマシだ。


 だけど、なんでミニスカートで胸元は素肌がバーンと開けているんだよ! これで俺の鎧よりも防御力が高いとか、どうなってんの! 色々と!


 磨上曰く、他に勇者装備の鎧は無いという。し、仕方がない。胸の谷間に引き寄せられそうになる視線を、無理やり引き剥がせば何とかなるだろう。多分。神原は顔を真っ赤にしながらも磨上の胸の谷間をガン見していた。


 そしてポツリと呟いた。


「……私が手に入れた勇者装備がこれじゃなくて本当に良かったです……」

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