優等生魔王と平凡な勇者 3
磨上の奴はそれからも何度も俺を自分の家に招いた。もちろん勉強を教えるという立派な名目でだ。
実際、磨上に教わるようになって俺の成績は結構向上した。まぁ、あんなに真剣に勉強させられれば当然かもしれないが、磨上の教え方が良いのも事実だろう。
「それにしても其方はクソ真面目じゃの」
磨上はそう言って呆れていた。
「この美しい我と密着しているのに、よくも真面目に勉強出来るものじゃ」
堂々と自分を美しいと言ってのけても嫌味に聞こえないのが凄い。ふん。俺の誘惑拒絶能力を舐めるなよ! お前の、そ、そんな胸なんて、いや、嘘、止めて! 俺の背中に擦り付けないで! 我慢出来なくなったらどうするんだ!
「だから我慢の必要など無いというのに」
く、この悪魔め! じゃなくて魔王め! 勇者であるこの俺を堕落させようとしてもそうはいかんぞ!
磨上はこんな感じで俺を毎回誘惑してくるのだ。困る。うっかり磨上が俺に気があるんじゃないかと誤解してしまうのが一番困る。
誤解したが最後、磨上が冷たい目をして「勘違いするでない勇者よ」というのが目に見えるようだ。俺の事など遊び、いやそれ以前の問題で揶揄っているだけなのだろう。あるいは、勇者を誘惑して魔族にする魔王スキルがあるのかも知れん。
とにかく、こんなスーパー美人魔王が俺に気があるなんてある訳ないのであるから、何か魂胆があるに決まっているのだ。勇者としてそんな裏が見え見えの誘惑に乗るわけにはいかない。
しかしながらまぁ、結構辛い。本当に辛い。なにしろ広いとはいえ一室に二人きり。磨上はあからさまにベタベタしてくる。しかも表情は常に甘い笑顔だ。あの魔王スマイルとは違う人畜無害で人好きのする笑顔なのだ。あの美貌でそんな顔されたら、うっかり手が伸びそうになる。
いかんいかん! 煩悩退散! 色即是空! というわけで、俺はあえて全ての感覚をシャットアウトして、目の前の勉強に集中したのだった。それは勉強の効率も上がろうというものだ。
磨上の誘惑は勉強会だけに止まらなかった。
俺と磨上は隣同士の席に座っている訳だけど、人気者の磨上はいつもクラスメイトのみんなに囲まれているから、いつもはそれほど接点はない。
しかし、休み時間や下校時には、磨上は必ず俺を誘う「昼食を食べましょう、カズキ君」「一緒に帰りましょう、カズキ君」誰がカズキ君やねん。
その度毎にクラス中が驚きに包まれるわけだ。それはクラスの容姿も成績も平凡な男子生徒である俺が、今や学校一の美人であり秀才であると認識されている磨上に誘われていたら、それは驚くだろうよ、俺だって違う立場なら驚く。
ちょっと待て。こいつは俺を監視しているだけだ、魔力でインチキしないかどうかを見張るために側にいるだけなんだ。と言いたいのだがそんな事は一般人には言えないわな。
校内を仲良く並んで歩いたり、同じ高校の生徒がゾロゾロ歩く通学路を一緒に帰り、色んな所に寄り道して食事を共にしているとこを見られたら、まぁ、誤解される。仕方がない。
俺と磨上は今や学校全体が公認したカップルだった。誰もが俺と磨上は付き合っていると見做していた。ちょっと待って欲しい。俺の認識とは随分乖離があるのではないか。一度弁明の機会を頂きたい。
……磨上は魔王で、俺は勇者なのだから相入れない存在なんだから、カップルになんかなりようがないのだ。それに磨上は権謀術数に長けた魔王の中の魔王。奴の行動には慎重な計算と裏があるに違いないのだ。
つまり磨上はクラスメイトや学校の奴らに誤解させることで何かを企んでいるに決まっているのだ。どんなに楽しそうに笑っていても、俺の腕を抱いて胸を押し付けてきても、時折俺に自分の食べかけをアーンしてきても、俺は騙されないんだぜ!
……ううう、なんかもう騙された方が楽なんだが。だって、磨上の恋人役をやっていると、クラスメイトや学校の奴らからの風当たりがきついんだよ。なにしろ磨上は人気者だから。
「あんなパッとしない浜路なんかが磨上さんとカップルになるなんておかしい!」「磨上さんは騙されている!」「何か弱みを握って脅しているのでは?」「まぁ、酷い! 女の敵ね!」いやいや、ちょっと待ってくれよ。
誤解が誤解を呼んで俺の評判は大変な事になっているようだった。もちろん、磨上はニコニコ笑って噂を否定も肯定もしてくれない。
「噂など気にするな。我は気にせぬぞ」
気にしろよ! しかし実際磨上の態度はあまりにも超然としていて、噂でもって彼女を揶揄う事が出来るような雰囲気でもない。そして何の問題も無いというように平然と俺を引き連れて歩くのだ。
当たり前だが、磨上はモテる。そりゃあモテる。少なくとも家のクラスの男子は俺以外の全員が磨上推しだった。彼女がいる奴でも「それはそれとして」磨上を推していたからな。
恐らくは家のクラスだけじゃない。この学校に三百人はいる計算である男子生徒は、おそらく全員が磨上推しであると思われる。それが不思議でも意外でも何でもないくらい、磨上の美貌とカリスマ性は圧倒的だったんだが。
それほどモテまくる磨上なので、体育館裏に呼び出されて告白されるなどしょっちゅうであるらしい。下校の時は一緒に靴箱まで行くのだが、靴箱には毎日のように告白の手紙が入っているのを見るからな。
磨上はほとんどの場合、呼び出しに応じて出向いてバッサリ断っているらしい。多分だが秀才女生徒モードで如才ない態度で断っているのだろうよ。魔王モードで断ったら死人が出かねないから。
一度、家のクラスにまでやってきて、公衆の面前で告白劇をやらかす奴もいたんだが、磨上は「ごめんなさいね」の一言で葬り去っていた。結構イケメンで有名な先輩だとか、サッカー部の主将だとかが告白したとも聞いたが、磨上が靡いた様子はない。
……磨上がバッサバッサと男を振る度に俺の評判が酷い事になるんだよ。一般的評価では俺よりもずっと良い男である連中よりも、冴えない一般人である俺を磨上が選んでいるように見えるわけだからな。「何か裏事情があるのでは」と疑われるのだ。
あるよ裏事情。俺は勇者で磨上は魔王で、俺は磨上に殺されたどころか存在を消滅させられそうになったというな。でも、そんな事はクラスメイトには言えんわな。
結局俺はクラスの男子生徒に問い詰められても曖昧に笑って誤魔化すしかなく、女性とからの謂れ無き厳しい視線に気が付かないふりをするしかなかった。一体俺が何をした、俺にどうして欲しいのだ。あの魔王は!
そんな感じで俺だけが割を食っていたある日の事。
俺と磨上は例によって一緒に下校していた。もう二ヶ月以上も毎日のように一緒に帰っていれば、さすがに俺も慣れた。磨上が俺の腕を胸の中に埋めてももう動揺は、あんまりしない。いや嘘。毎回ドキドキする。
と、突然俺たちの前に若い男が立った。? どうも同じ高校生だな。ちょっと着崩していて直ぐには分からなかったけど、同じ高校の生徒らしい。何の用だ?
「おう、ちょっと顔貸せや」
見ると、俺と磨上の回りを五人の男が囲んでいる。俺は思わず索敵スキルを発動して周辺をチェックする。うん。この五人だけだな。この五人も特に脅威ではない「人間」だ。レベルまで分かる。1レベル。うん。ゴミだな。
だが、この場で斬り捨てる訳にはいかない。いや、斬り捨てちゃダメだな。殴り倒すのも問題あるだろう。俺は仕方なくこいつらに同意した。誘導されるまま歩く。
「どうするの? カズキ君?」
と磨上が身を寄せてくるけど、目は笑っているな。おいお前ら気を付けろ。俺の機嫌は兎も角魔王の機嫌を損ねると、この世界から消滅することになるぞ。
俺たちは喫茶店みたいな店に導かれた。うーん。ここで仲良くお話、という訳では無かろうな。中に入ると更に十人くらいの柄の悪い連中がいた。うん。ダメだこれは。荒事は確定だな。
「おう、よく来たな! 磨上よう! この間はよくもやってくれたな!」
中で椅子に座っていた、赤茶色の髪の男が立ち上がった。一応制服は着ている。身長百九十センチメートルに及ばんかという大男で、腕も足も太い。レベルは2。おお、凄い。この世界では滅多に戦いなど起こらないからレベルが上がることなどほとんど無いというのに、レベル2は凄い。ちなみに、格闘の選手で3か良くて4くらいだ。
そしてめっちゃ怒っているな。感情ゲージが真っ赤。つまり敵対だもの。そしてその視線は俺じゃ無くて磨上に向いていた。……磨上がこの男を怒らせたという事だな。何をした?
『告白を断ったんじゃが、しつこいのでちょっと捻った』
という事だった。それで逆恨みして磨上を締めてやろうとここに呼び寄せたというわけだな。十五人。最近の個人主義が行き届いた世の中でよく集めたもんだ。
「彼氏の前で痛めつけてやるぞ! 俺を舐めた事を後悔するんだな!」
痛めつけた後はお楽しみという訳だろうね。魔物の中にもいるんだよ。人間を喰うだけでなく犯す奴。こいつらはあの魔物と同レベルだな。徒党を組んで襲ってくる所もそっくりだ。下卑た笑い顔も。
魔物であれば倒すのは勇者の責務だな。心に何の後ろめたさもない。でも、この世界で殺人は犯罪だからなぁ。殺さない程度にやっつけるのは、このレベル差では逆に難易度が高い。
俺がそんな事を悩んでいるとは知らず、男どもはゲラゲラ笑いながら俺と磨上に罵声を浴びせていた。俺も磨上も知らん顔で聞いていたんだけど、大男が叫んだあるセリフで磨上の顔色が変わった。
「男を見る目の無い奴だ! 俺よりそんな軟弱な男を選ぶなんてな! 自分を護れない男を選んだ事を後悔するんだな!」
ブチッと、磨上がキレた。あ、不味い。
何やら大男のセリフは磨上の逆鱗に触れてしまったらしい。磨上から真っ黒な魔力があふれ出す。や、止めろ! そんな濃い魔力に触れたら、低レベルの人間なんて消滅してしまうぞ!
俺が思わず磨上の肩を抱くと、魔王様は俺の事を地獄の底に繋がるような目で見やった。
「勇者よ。我が許す。殺れ」
殺れ、じゃねぇよ。殺したら俺だけが犯罪者になるだろうよ。
「案ずるな。我が世界を改変してこいつらの存在を無かった事にしてやる」
や・め・ろ! ナチュラルに高レベル魔王の力を見せ付けるのは止めろ。そんな事をしたら俺の寝覚めが悪い。
「最期のお別れか? 熱いねおい!」
なんて男どもははやし立てているけど、お前らの存在が危ないんだよ。分かってんのかおい。
これ以上こいつらに好き勝手に言わしていると、いつ磨上の逆鱗にまた触れるやも知れない。仕方ない。
俺は男たちに向き直った。大男やその仲間達は身構える。中にはなんか鉄パイプみたいのを構えている奴もいる。そんなものが俺に効くか。俺はフンと鼻で笑うと、スキルを発動させた。
『勇者覇気』
パッと一瞬だけ金色の波動が広がり、男達を直撃した。それだけで男達は目を見開いて動かなくなる。このスキルは単なる威圧だけど、自分より低レベルの魔物の動きを封ずる効果がある。あまりにもレベルの低いこいつらに全力で覇気を放出したら、多分バラバラになっちゃうから加減したよ。
動かなくなった男達に俺は近付いて、小指を向けた。そしてそーっと。
デコピンを放った。最初に喰らわせた男は吹き飛んで壁に頭がめり込む。あ、これでも強過ぎるか。調節が難しいな、もう。
続けて俺はそーっと、頭が消えてしまわないよう細心の注意を払って男達にデコピンを喰らわせていった。男達は動けぬまま次々と吹っ飛んだ。天井に頭をぶつけ、戸棚にめり込み、床にゴロゴロ転がって行く。
それを動けなくなっている男達は信じられない、という顔で見ていたな。動けなくしたのは狙いが狂って殺してしまわないためだ。難しいんだよ調節が。相手が魔物の方がやっぱり簡単だなぁ。
最後の一人、例の大男は俺を驚愕の目で見ながら動かぬ口をなんとか動かして呻いた。
「て、てめぇ、何者だ!」
「勇者だよ。言っとくが、磨上はもっと強いぞ。二度と俺たちに手を出すな」
大男には少し、すこーしだけ強めにデコピンをくれてやった。テーブルを三つぐらい破壊して壁にめり込んでいたけど、死んでないから大丈夫だろう。
一応、帰りがけに回復魔法を掛けたから、男達の怪我は治療された筈だ。痛みは残るんだけどね、回復魔法。全員失神していたからかお礼の言葉は無かったな。
俺は磨上と一緒に喫茶店を出た。磨上は不満顔だ。俺は彼女の肩を叩いて宥める。
「其方は優しすぎるぞ。あのような者どもは世の役に立たぬのだから、消してしまえば良いのだ」
「俺は勇者だから、あんな馬鹿どもでも守るべき人類なんだよ」
磨上はなおも不満そうだったが、肩を抱く俺の手を見て、ニッと笑って機嫌を直したようだった。
「ふむ。護られるというのは気分の良いものじゃな」
まぁ、磨上くらい強ければ、護られる事なんて滅多に無い事なんだろうよ。今回だって俺がいなければ、あいつらを消滅させて世界を改変して色々無かった事に出来たんだろうからな。……そうしてみると、俺が護ったのは磨上じゃ無くてあの連中じゃね? とも思うのだが、磨上のご機嫌をわざわざ壊す必要はあるまい。
磨上はニコニコしながら俺に抱き付いている。俺も磨上の肩を抱いたまま、なんだかホッとして笑顔になった。そのタイミングで。
足下に金色の魔方陣がいきなり出現したのだった。
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