九回目の異世界 4

「ほほう。大したものだ。まだ生きておるとはの」


 大木の木の根に寄り掛かって休息を取っていた俺は上空から降ってきた声に身構えた。な、なんだ!


「あれほど念入りに弱らせたのに。感心感心。良い根性じゃ。勇者はそうでなくてはな」


 俺がキッと上空を見上げると、飛行型の魔物がウヨウヨと飛び回る中心に、そいつがいた。


 俺は思わず生唾を飲み込んでしまったね。それはなんというか、色っぽい美女だったのだ。


 長い黒髪の超美人。一言で言ったらそんな感じだ。その超美人が、ナイスバディをピッタリ身体の曲線が浮き出るいわゆるハイレグなボンテージファッションで包んでいる。なんというか、むちゃくちゃ色っぽい。


 人間型の魔物は珍しくは無いけども、どうも雰囲気が違う。角も翼も生えていないその容姿は、人間にしか見えなかった。しかも、異世界の人間ぽくない。


 切れ長で吊り上がった目も、高過ぎない鼻も、嫣然と微笑む唇も、白く滑らかな輪郭も、作り物のように美しいけど、日本人ぽいのだ。


 そしてその圧倒的な魔力、存在感。こいつが魔王に間違いない。俺は直感した。ま、まさか……。


「て、転移者! 転移者が魔王をやっているのか?」


 俺が叫ぶと、美女はにぃっと目を細めた。


「ほほう。勘も良い。ますます良い」


 俺は愕然とした。この瞬間まで「転移者は勇者になる」と思い込んでいたからな。


「おうとも。我は転移者じゃ。勇者よ。しかしそれを知ってももう遅いな。其方に出来る事は何もない。大人しく退場せよ」


 うぬぬぬ、そ、そうはいくか!


「俺は勇者だ! しかも八回も世界を救ったな! この程度でやられるものか!」


 しかし美女魔王はフフンと鼻で笑った。


「九回目か。どうりで高レベルな筈じゃの。正面からやり合わなくて正解だったわ」


 魔王は上空でゆるりとその肢体をくねらせる。


「ま、高レベルの勇者は慢心して突っ込んで来るものじゃからな。しかしいつも自分が所詮人間である事を忘れる。魔力を封じられれば、普通の人間と同じように食事と睡眠が必要な事を忘れるのじゃ」


 魔王は俺を見ながら嘲笑う。


「途中の村は我に好意的じゃったであろう? あれはな、勇者一行に補給をさせないためじゃ。そのために魔物に襲わせず、租税を王よりも低くして優遇して味方にしたのじゃ。レベルの低い勇者ならあれで補給が続かず先に進めぬ」


 な、なんと。確かにレベルの低い頃は歩きで旅をしていたのだ。その際には途中の村や町での補給は必須だった。もしも補給が出来なくなれば、旅は到底続けられなくなる。


「そして高レベルの勇者は、食糧を持たぬ状況で魔王城近辺にまで誘い込み、魔力を封じればやはり干上がるしかない」


 ぐうの音も出ない。俺はまさに今干上がり掛けている。


「魔物を正面から勇者に挑ませるなど愚の骨頂じゃ。単に勇者にレベルアップの糧を与えるだけ。出来るだけ温存し、正面からは戦わせず、勇者の体力を削らせるべきなのじゃ」


 確かに、魔法が無くても俺の剣は健在だ。魔物が正面から来るなら負けるはずが無い。が、戦ってくれなければ倒しようがない。


「こうして我は既に四人の勇者を屠っておる。王城で聞かなかったかの?」


 ……そういえば王様とか城の魔法使いとかが何かを言っていたような……。なんと、この世界に召喚された勇者は俺が一人目では無かったのだ。


「……くっ! だけど、俺は負けない! 尋常に勝負しろ魔王! こんな姑息な手を使うなんて、俺が怖いのか?」


 俺は必死に魔王を挑発する。どうやら魔王の方がレベルは高いようだが、初期の頃は俺だってまだレベルが低く、魔王のレベルの方が高い事もあったのだ。それでも俺は勝ってきた。正面から戦えれば勝算はある。


 魔王は赤い唇を大きく歪めた。八重歯がちらっと覗く。俺に向かってスッと手を伸ばし、細い人差し指をピッと振った。


 その瞬間、俺の魔力無効化が解除された。


 ヨシ! 挑発に乗ってきた! 俺は内心で快哉を叫んだ。HPは残り少ないが、MPは十分にあるのだ。俺は早速、自分に治癒魔法を掛けようとした。


「まさかせっかく戦えるようにしてやったのに、姑息な事はせんだろうな?」


 ……俺はグッとなった。尋常に勝負しろと言ったのは、俺だ。その俺が魔王に「姑息」と言われるような真似は出来ない。俺は勇者なのだ。


 俺は治癒魔法を中止して、飛行魔法で空に舞い上がった。


「俺を甘く見たことを後悔させてやるぞ! 魔王!」


 俺は叫ぶと魔力を高め、俺の持つ最大級の攻撃魔法の術式を組み始めた。これ一撃で日本列島をも消し飛ばせる凶悪な魔法だ。あまりに強過ぎるので今まで全力で放った事はない。しかしここは出し惜しみなど出来まい。


 身体にバリバリと雷光を纏わせて魔力を高める俺を、魔王はアーモンド形の目を細めて見ていた。全然動揺していない。麗しい唇が開く。


「勇者よ。教えておいてやる」


 俺は集中を切らさない。術式は組み上がり、魔力は剣に宿りつつある。この剣を振るえば魔力は爆発的に撃ち出されて魔王をこの世から消し飛ばすだろう。今更何を言っても遅い。


 しかし、魔王は憐れみさえ感じさせる口調で言った。


「其方は九回目かも知れんが、我は十六回目じゃ。可哀想じゃがレベルが違うんじゃ」


 …え? じゅ、十六回目?


 愕然とする俺の前で巨大な魔力が突然膨れ上がる。見れば魔王の頭上に真っ黒な魔力の塊が一瞬で形成されていた。その圧倒的な魔力は、俺の術なんて比較にならないような巨大なものだったのだ。こんなモノが解放されたら……、地球が消えてしまうかも知れない。


「さらばじゃ、勇者よ。運が良ければまた会えるじゃろう」


 と、魔王はよく分からない事を言い残すと、人差し指を無造作に振った。


 それだけで真っ黒な魔力の塊は俺にドーンと襲い掛かってきた。それは絶望的を具現化したような光景だった。


「うわあぁぁぁあ!」


 俺は反射的に自分の術を解放した。剣から金色の魔力が撃ち出されて黒い魔力にぶち当たり……。


 何も起こらなかった。あまりにも魔力量が違い過ぎる。大波に水鉄砲を撃つようなモノだった。


「ぎゃあぁぁぁぁああああ!」


 俺は黒い魔力に飲み込まれた。魔力防御なんて紙のような効果しか無かった。俺は焼かれ、引き裂かれ、すり潰され、かき混ぜられ、原子に還元し……。


 この世界から消滅した。

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