九回目の異世界 2

 王城の召喚の間で狂喜乱舞する魔法使いやお役人に囲まれるのも九回目となると、何の驚きも意外性も無い。俺は即座に翻訳魔法を起動して、涙ぐんでいる魔法使いに尋ねる。


「あー、それで、魔王は何処にいる? 勢力はどれくらい? 人類はどれくらい追い込まれている?」


 俺のいきなりの質問にその魔法使いは驚いていたけれど、俺としては「ここは何処なんだ! どうして俺はこんな所にいるんだ!」なんて驚きは一回目でもう十分やったので省きたいのだ。


 唖然とする魔法使いや役人から手際良く情報を収集した結果、どうやら魔王の勢力はまだそれほど大きくはないが、非常に強い魔王軍が確実に勢力を拡大しており、人類の軍隊は連戦連敗であるとのこと。ふーん。


 王様と会わされた俺は魔王討伐を了承して、同時に「終わったら帰るから、召喚術の用意をしておいてくれ」と頼んだ。この時は現実世界の家のベッドで漫画の新刊を読んでいる途中だったのだ。先が気になっていたのである。直ぐ終わらせて帰って漫画読もう。そんな考えだった。


 で、俺は王様から路銀を貰って(これが金貨や銀貨なので、現実世界に持ち帰って古物商に売ると良い小遣いになったんだよね)魔王討伐に出発した。同行すると申し出た魔法使いやプリーストは断ったよ。俺は王城のベランダからポンと飛び上がって空に舞い上がった。人間が飛べるなんて思いもしてない王城の連中は目が点になってたな。


 で、魔王が支配している領域にまで飛んで行く。魔王城の位置は分からないという事だったので、俺はとりあえず魔王の支配領域で、魔物に支配されている村を探した。そういう村で魔物を駆逐して村を救い、そこで魔王についての情報を収集するのが魔王討伐のセオリーだ。


 手頃な村を発見したので、俺は上空から偵察を行った。魔物には飛べる奴も多いけど、人間がまさか飛ぶとは思っていないから普通は上空を警戒したりしない。なので俺はゆっくりと村の上空を旋回して観察する。


 ……おや?


 王城で聞いてきた話だと、ここら辺は間違い無く魔物の支配領域で、この村は魔物に支配されている筈だった。


 魔物に支配された村というのは、まぁ、想像すれば分かると思うけど酷いもんなのだ。収穫物は奪われ、歯向かうものは殺される。それならマシな方で、面白半分に村が焼かれたり、遊びで子供が殺されたりもする。


 一応は収奪の概念があるらしく、村を皆殺しにすることはあんまり無いが、魔物に支配された村というのは恐怖と絶望に支配されているものなのだ。


 しかし、上空から見た限りでは、この村は普通の状況のように見えた。村人は普通に農作業に勤しんでいたし、子供は普通に遊んでいた。村が荒らされた様子もない。


 もしかして魔王軍がこの地域を支配しているというのは間違いだったのか? 俺は訝しみ、地上に降りると、歩いて村へと入っていった。


 典型的な農村で、茅葺き屋根の平屋が三十件ほど建っていた。村の周囲の畑で農作物を作り、それで租税を納め残りを売って必要な物品を買う。現代基準では貧しい暮らしだけど、異世界では大都会以外のところはみんなこんな感じである。


 魔王軍に占領された村や街なら、勇者が来たと聞けばそれはみんな大歓迎してくれる。占領していた魔物を討伐すれば泣いて感謝され、食べ物などの必要物資やアイテムを出してくれるのが普通である。


 のだが、この村では様子が違う。俺が村の門を潜って村の中央通りに入ると、不審そうな視線が集中した。まぁ、俺は黒髪黒目という典型的な日本人の容姿で、異世界人は大体ヨーロッパとアジア人の中間みたいな整った都合の良い容姿をしている。だから俺は目立つと思う。しかしこれまで、こんな目で見られた事はなかったと思うがね。


 俺は若干引きながらも、村人の一人、中年のおばちゃんに声を掛けてみた。おばちゃんには話好きが多いからな。情報収集はまず中年女性から。基本だ。


「ちょっと尋ねたいんだが」


「……なんだい」


 警戒心も露わに女性は応じた。俺はなるべくにこやかに笑顔を浮かべた。


「この辺に魔物がたくさん出ると聞いたんだが?」


「……出るとしたらどうするね」


 うーん。塩対応。俺は思い切ってカミングアウトすることにした。このままでは埒が開かない。


「俺は王様から認定された『勇者』だ。魔王を倒すために旅をしている。何か魔王軍に関わる情報を知っていれば教えて欲しいんだが」


「勇者?」


 その言葉の効果は劇的だった。村人たちの顔色が変わる。


 俺と話していたおばちゃんはさっと子供を抱き上げると走り去った。他の村人も蜘蛛の子散らすように走り出すと、自分の家に閉じこもった。家畜の鶏や豚さえも俺を避けて身を潜める始末だ。俺の周囲から生き物の気配が消えた。……え?


 誰もいなくなった村で呆然としていると、建物の中から声が響いた。


「帰れ! 王の手先! あんたなんかが魔王様に勝てるもんか!」


 手先って、まぁ、そう言われればそうなんだが。それと、なんだか魔王を応援しているような気配があるな。この口振りだと。


 俺は結局この村での情報収集を諦めた。


 ……俺は仕方なく先に進むことにした。

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