第3話 正しいはず

ほんとうは、わたし一人でこうばんに行って、届けたあとにそのことをおかあさんにいいたかったのです。なので、おかあさんにたのむことは、すこし、くやしかったのです。でも、それでもいいとも思っていました。

だって、ちょっとじゅん番がかわるだけなのですから。


家についたわたしは、ただいまも言わずにおかあさんに言いました。

「おかあさん、落としものを拾ったの

こうばんに連れて行って」

野菜を切っていたおかあさんは手を止めてふりむきます、

「落としもの?何が落ちていたの?」

「くつ」サンダルを見せます。

「靴!?」おかあさんも驚いています。

それはそうでしょう。なにせくつです。さすがのおかあさんだって、くつを落とす人がいるなんてしらなかったでしょう。

わたしは、そのはんのうを見てクスクスとわらいたくなりました。

おかあさんは、少しまゆを曲げて聞いてきます。

「それは、どこに落ちていたの?」

「橋の真ん中」

「どんなふうに?」

「きっちりかかとをそろえておちてたの」

こんなにくわしく話したのです。これでおかあさんもなっとくして、わたしのあたまをやさしくなでてくれると思いました。

ですが、おかあさんは顔を青くして

「玄関のところにゴミぶくろがあったでしょう

そこにつめておきなさい」

捨ててしまうつもりだと思いました。

「なんで?落としものだよ?こうばんに届けなくていいの?」

ムキになってそう言います。だってこれは正しいことなのです。

なのに、なんで、こうばんにつれて行ってくれないのでしょうか。

むしろ、おかあさんが正しくないです。落としものをすててしまうなんて。

正しくないことはわるいことです。おかあさんがもいつも言っているのに。

でも、おかあさんはさっきよりも強い口調で「つめてきなさい

それと、そこにはもう近いちゃだめよ」

わたしの目をじっと見つめてそう言ってきます。

わたしは、わけがわからなくなります。

それは、その目は、わたしがわるいことをした時に向けられる目です。

でも、今、わたしは、正しいことをしているのはずです。

だから、やっぱり、わけがわからないのです。

けれど、そのきもちも、あの目に見られてしまうと、しゅくしゅくと小さくなってしまって、「‥うん」思わず言ってしまいまいます。

それを聞いたおかあさんは、ほっとした顔をして、わたしの頭をなでてくれました。

ちっともうれしくありません。

わたしは「もうちょっとだけ遊んでくるね」と言っておかあさんからはなれました。

「気をつけてね

五時までには帰ってきなさい」

時計を見ておかあさんがそう言いました。

わたしは、それにうなずきます。それをかくにんしたおかあさんは、わたしに背を向けて、また野菜を切りはじめました。トントンと野菜を切る音がひびきます。わたしは、さえぎるように二回目の「いってきます」を言いました。左手に茶色のサンダルをかくし持って。

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