298 カラントつれづれ

※前話に引き続き、語り手、語り口、表現方法などが切り替わります。





○あるカラント貴族の日記より抜粋


「真鏡王陛下におかれては、身辺を警護させる女性騎士の最終選抜には必ず御自ら立ち会われた上で採用なさるのだが、それにしてもみなが豊かであることにはいささか苦言をていさざるを得ない。『巨乳連隊』などと揶揄やゆする下々の声も耳に入っている。」


「ある者が市井しせいの低俗な噂話を陛下のお耳に入れ、女性ばかりを寵愛しているかに見える私生活の改善と真っ当な結婚を勧めるも、陛下は歴史を勉強なさいと冷ややかに返答なされた。確かに、カランタラ王家直系男子とはいえ反逆者の血筋たる年齢一桁のナルドル様を養子となされている状態で陛下おん自らが実子をお産みになられるというのは、国が割れる悪夢以外見えないのは事実である。今後はそのようなことを勧めてくる時点でカラントを割ろうとする陰謀に従事しているとみなすと、いつになく険しい態度で断言なされた。とはいえ女王陛下、あるいはナルドル様に万が一があった時のことを思うと、王族がもう少しいてくださった方がいいということもまた事実であり、この問題はそう簡単にはいかない。」


「国の重要なことを、平民どもも含めた大人数を集めた場で決めるなどと言語道断。ガルディスの乱により知識階級、優秀な官僚たる貴族が激減したがゆえという仕方のない理由があるとはいえ、陛下のなさりようは遺憾である。

 大広間に、奴隷すら混じっている者どもを整列させた上で、見世物のように、国政における重要事の論議を聞かせるなどとは。しかも由緒正しき方々の美麗な修辞をきわめた真摯しんしな提言に耳を貸さず、平民の献上品である砂時計の砂が落ちきったら発言を中止させるとは言語に絶する。

 こちらは何もわからぬ小娘なのですから小娘にもわかるように簡潔に要点をまとめて語りなさい、それが苦手だというのでしたらそういうことに才能ある方を紹介しますよと、愚弄するように笑われるのも腹に据えかねる。

 さらには、重要な施策をどの者に担当させるかという重要事を議論する際に、陛下がまるで機嫌をうかがうように整列させた群衆に目を向けられることも正直言って不愉快である。カラントの伝統はこれからどうなってしまうのか。」


「多くの軍勢がバルカニアへ遠征している隙を突いて、貴族たちが蜂起した。女王周辺の成り上がり者どもを片づけて古き良きカラントを取り戻すと豪語しガルディスのように宮殿を襲撃するも、事前に察知されていたのか、狙った者の誰一人として討つことができず、陛下も庭園に逃れて身を隠された。追跡した兵はみな『巨乳連隊』の女どもに討たれたとの話。信じがたいが多くの遺体を前にしては事実と認める以外にない。死神ザグルが現れたと妄言を残した者もいた。

 陛下はしばらくお姿を隠され、討たれたとの誤報を受けて自らの野望をあらわにした者が出尽くした後にお姿を現され、それらの者を片づけられた。

 私も誘いをかけられてはいたが、以前にも似たような事例が起きたことを思い出し、一切参加せず同調の言質げんちも与えずにやり過ごした。自らの選択の正しさをここに誇るものである。」


「先の蜂起に同調しなかったことで、望外の出世を得ることができた。まさかこの私が王都の行政長官とは。祝賀の席にて直々にお言葉をたまわる。美しき真鏡王陛下万歳。

 何と陛下は、乱の間、首謀者の邸宅の下働きに紛れこんでいたのだという。あれほどに高貴なお方がそのような真似をなさっていたとは到底信じがたい。冗談に違いない。意味はわからなかったが、ついにばれずにやり通せました、というお言葉を耳にしたことを記しておく。」




○淫魔の跋扈ばっこ


・ある令嬢の手紙だとされているもの

「都へ上り女王陛下のお側でお仕えし始めたのですが、昨日、とても信じがたい、淫らでおぞましいものを見てしまいました。わたくしと同じ新任の女性騎士さまが……ああ、とてもここに書くことはできません。思い出すだけで身の毛もよだつほどに冒涜ぼうとく的で許されざる行為です。あのようなふしだらで破廉恥きわまりないことが許されてよいとは思えません。正しき風の裁きが必要です」


・その翌日に急いで届けられた手紙とされているもの

「先の手紙は間違いでした。女王陛下はお若いですが素晴らしいお方です。特にあのお手、あのお指のすばらしさ! わたくしは神の世界を知りました。ぜひ妹もこちらへよこしてくださいますよう」



・王宮につとめている知り合いから聞いたという不確かな話

「カルナリア様のご寝所に、ときおり怪しい黒い影があらわれるとのこと。カルナリア様に覆いかぶさるそれを見てしまった者は、人が変わったようになって、以後カルナリア様にどれほど無体むたいなことを言いつけられても従順に従うようになってしまうという……」



・犬も食べない馬も蹴らない


「わーーっ!」

「待て、落ちつけ」

「本当にあなたという人はいつもいつも! みさかいなしにもほどがあります!」

「いや、今度のは、見かけたからではなく、見られてしまったから、やむなくだな……」

「捕まえてあなたの目で魅了するのはともかく、腰が抜けるほど口づけし続ける必要が本当にあったのですか!? それもわたくしを愛してくださったその直後に! わたくしが眠っている間に! この間だってベレニスが帰郷の挨拶に来た時に!」

「いやあれは、向こうからそう仕向けられて、お前に見られながらだと背徳感と恐怖で最高に興奮するやつだったとわかったのは後になってからで……」


「またかよ」

「これでまた、明日の朝には仲直りののあとで、自分たちだけつやつやピカピカぁ。見せつけられるこっちもつらいよぉ。くそう、いい男ほしいぃ……ライルが育つにはあと数年かかるしぃ……」

「おい、レンカ、マリエ、今度は女王陛下は何に怒っているのだ?」

「……二十五歳でそのわからなさは本当にあたまに問題あると思うんだけどぉ?」

「ま、いつものやつ。余計な好奇心を発揮した侍女が、蜘蛛に捕まって吸い尽くされたって話」

「ふむ。蜘蛛というのはフィンのことをたとえたものだな。なるほど、わからないでもない。あいつに触れられると体が麻痺毒を注入されたようにフニャフニャになるからな。その先には頭が真っ白になる境地が来て、目覚めた後には体がすばらしく良く動くようになる! あれはいいものだ、うむ!」

「おいカナン、それ絶対にカルナリアに聞こえるところで言うなよ! いいな!」





○第三王女の推し、あるいは腐りゆく都


「アリアーノ様! あなた様こそが、乱れきったカラントを救う、真の救世主たりうるお方なのです! 今こそよこしまなる偽りの王カルナリアを討ち、あなた様による正しきカラントの復興を!」


「…………あ~~、どうしてもって言うから面会を許しましたけど、やっぱりでしたか。却下。いや。面倒。無理。できるわけない。そもそもわたくしに、剣を持って馬にまたがって何日も戦場に立つなんてことできると思って? そんなことはやらなくてもいいと言われて引っこんでるわたくしと、必要ならいくらでもやるあの子と、どっちに人が従うと思うの?」


 ――繊細にして生来蒲柳ほりゅうしつであり、降嫁した相手の公爵を事故で失い、できた子供も幼くして失った、第三王女アリアーノ。

 カルナリアよりちょうど十歳年上の彼女は、ガルディスの乱発生時には王都を離れた地にて静養していたため難を免れたが、それ以前より心を病んでおり、乱による恐ろしい報せの数々と押し寄せてきた平民兵士たちへの恐怖から完全に心が壊れ、乱の終結後も二度と世に出ることはできないと思われた……のだが。


 女王カルナリアが見舞いに訪れた際に。


 同行者の中の、を見た途端に、復活した。


「それよりもよ! あの方の新しいものはないの? ……あら、ないのですね。ではもういいです、お帰りなさい。

 やりたいことがあるのなら、わたくしにさせるのではなく、あなた自身でおやりなさい。ああ、あと、あなたが来たことも言ったことも、カルナリアに伝えておきますからね!」


 金髪巻き毛の美少年、「絢爛けんらんたるノエル」……まだ二十歳にもなっていないのに、老獪な貴族たちを陥れる謀略を次々と繰り出しその一方で着実に政務をこなす、きわめて優秀なカルナリア女王の腹心。

 幼少期に親を殺され山賊の砦で育てられたという経歴もまた異色の、今の新たなカラントを象徴するような人物である。


 美しく、優秀ではあるがきわめて危険な存在というその青年の姿に、アリアーノは雷を浴びたように、運命を感じたのだという。


 以来、アリアーノはみるみる健康を取り戻し、王都に戻り――。


 積極的にノエルの肖像画をはじめ様々なものを集めさせ、室内をノエルで満たし、同じように「絢爛けんらん」を激しくでる貴婦人たちと交流を持ち、日々明るく振る舞い、活発に動き回るようになった。


 しかしノエル本人と関係を結びたいという欲求は見せず、それをほのめかせてカルナリアとの敵対もしくは有力派閥を作らせようとするすすめに対しては――。


「わかっておりませんね。ノエル様を、自分のものにしたいのではなく、でていたいのです。そこを理解できない人と話すことなど何もなくてよ」


 と、容赦なく追い出した。


 事実、後継者のいなくなった旧家アルーラン侯爵家をノエルに継がせることの応援はしたものの、自らが彼の結婚相手にと望むようなことは一切せず。


 ノエルの方も、女性関係の醜聞は何かと多い人物だったが、不思議なことに、「ノエル党」あるいは「絢爛けんらん党」と呼ばれるそのような貴婦人一派に対してだけは、優雅かつ丁重に扱うのみで、直接関係を持とうとすることはなかった。


「アリアーノ様、が出ましてよ!」

「まあ! 早く見せて、早く!」


 ――このところアリアーノの関心は、ゴーチェ・ヌヌーが「グライル往還記」に記した一節……。

「ノエル少年は『覆面宰相』ライズ様に才能を見出され、しばらく行動を共にし、その知識や実務を吸収し見る間に成長していった」

 という部分を元に、美青年でありながらゆえあって顔を隠しているライズと山賊の砦で育った野生的美少年ノエルの師弟関係、ライズは妻を持つ身でありながら愛弟子たるノエルを深く気にかけており、山を下りたノエルもまた師匠を超えてみせようとその全てをかけて戦場に立つ……という基本設定を元に繰り広げられる、美しき貴公子たちの物語に向いている。


絢爛けんらん党』の中には文才豊かな者が幾人かおり、彼女たちが競って書き記す物語が一部の貴婦人たちに恐ろしいほどの人気を博し、同じものを楽しむ感覚を持った庶民の間にも激しく広まりつつあった。

 ノエルがかで貴族令嬢たちが数日にわたる猛烈な舌戦を繰り広げ、それぞれが家人を動員し王都において市街戦寸前にまで到ったという記録が残っている。


 ある貴族は日記で嘆いている。

「ノエル閣下、ライズ閣下、さらには国家の英雄たるレイマール殿下まで登場させる、不敬にして不道徳なものを愛好する『絢爛党』に、女剣士フィン・シャンドレンが恐れ多くもカルナリア女王陛下といかがわしい関係を結ぶようなものを広める『剣聖教団』がはびこるこの新王都は、我が祖国は、一体この先どこまで不徳にちてしまうのだ」





○研究者


「おはようございます…………うわっ! せ、先生、驚かさないでください、ああもうびっくりした、また徹夜ですか。長椅子でいいですから少しは横にならないと」


「いいから! 読め! これを!」


「何ですかこれ……? くたびれてるし、装幀そうていも地味っていうか、安っぽい……清書もされていないし、本というより本になる前の原稿をまとめたものじゃありませんか。題名もついてない」


「昨日の夜、ある筋からついに手に入れたものだ! さあ読め! 読んでみろ!」


「はあ、いいですけど……昨日読まれていた、ゴーチェ・ヌヌーの新作はどうだったのですか」


「ふん、『真実のグライル』、グライル往還記では書けなかったことを、二十五年を経た今、ついに明らかにだと!? 目は通したが話にならんわ!

 もうネタがないからとはいえ、いくらなんでも荒唐無稽こうとうむけいに走りすぎだ! これまでの定説と違うことを言えば、当事者だったからこそ信憑性しんぴょうせいが生まれ注目されるなどと考えているようなら、愚かというより他にない!」


「苦労して買ってきたのに……何が書いてあったのですか?」


「レイマール王子は、実は反逆者ガルディスと最初から通じており、兄弟示し合わせて反乱を起こしたものだった、だと! カルナリア様の逃避行に際して行動を共にし才能を見出されたとされている『覆面宰相』ライズは、実はガルディスの側近セルイ・ラダーローンだったとも! 意味がわからん! 奇抜なことを言えばいいと思っているのか!」


「はあ……それ、発禁にされるどころか、処刑されても文句言えないんじゃないですかね。グンダルフォルムの首につるされて」


「しかも、あの女侯爵閣下、その時はレイマール王子の従者だったベレニス・ラファラン様とヌヌー本人が刃を交えただの、押さえつけただの。自己顕示欲にもほどがあるわ!」


「ラファラン女侯爵様って、代替わりはしましたけど、まだご健在でしたよね。怒られますよね」


「そのくせ、肝心の『剣聖』のことは相変わらず少しも書いておらぬ! 共に旅をし、その剣技を再三にわたって目の当たりにしているはずなのに、ここでもまだ出し惜しむか!」


「タランドンの伝承は、もう盛られすぎててどれが本当かわかりませんからねえ」


「だからこそ、わしのような本当の学者が、『剣聖』の真実を調べ、まとめ、後世に残そうとしているのに! こんなものを真実などと言い張るなら、『グライル往還記』の方がまだよっぽどまともな史料というものだ!」


「あんなにめちゃくちゃに言ってるのに?」


「ああ、『グライル往還記』そのものは、書き手の教育が足りていなかったために語彙ごいや表現力に難があり、カルナリア陛下への賛美が過ぎ、自分はその女王に命を助けられた存在だということを強調しすぎ、当事者だからこそ逆に実際に何が起きたのかについての情報が不十分で、自分が経験しなかったところを創作で埋めているのだがその部分になると途端にきわめて非現実的かつ稚拙になり、文章量は多いものの本当に何が起きたのかを探る情報源としての価値はそれほど高くない代物に過ぎないが――」


「相変わらずひどい言いようですね」


「当事者の、記憶が鮮明な時期に記された貴重な文献であることもまた事実なのだ。

『往還記』の、最初期のものにはいくつも、カルナリア様が『ご主人さま』を振り仰いだり、行動の許可を得たり、共にお休みになられていたなどの記述がある。だがそれらは、後年の版ではことごとく削除されている。そこから作為と、削除した者の意図が読める。

 すなわち、『剣聖』の、本当のことは、隠されている。

 女王陛下とその周囲の者たちが、どういう理由かはわからないが、隠そうとしておられる。十五年前にブルンタークを壊滅させたあれが『剣聖』の仕業だったと言われているが、それほどの力を行使できる者が、グライルを越えるまでは陛下をお守りしていたというのに、ガルディスの乱でまったく活躍していないというのもおかしな話だ。そこにも何らかの意図がある。

 それを読みとるために、集められる限りの史料を集めてきたのだが――ついに、手に入れたのだ!」


「このボロい冊子ですか」


「その通りだ!

 これこそは、『剣聖教団』が――剣聖フィン・シャンドレンを崇拝しそれらしい逸話いつわや芝居をたっぷり広めてはいるが、そのせいでかえって本当のことがわからなくなってしまう、あの忌々しい連中の幹部が、ひそかに書き記し、隠し持っていたものよ!」


「え、そんなものが!? 何が書いてあるんです!?」


「『往還記』にもたびたび登場する、カルナリア様がグライルを通るに当たって大いに世話になったエンフなる者、その子がカラントで医学をおさめんと望んだため、その留学話をまとめるためにカルナリア様がグライルへ人を派遣した際に、従者にまぎれこんでいた『剣聖教団』の者が、グライル族からフィン・シャンドレンの話を聞き出した記録だ」


「えええっ!? いや、グライル族って、許可なしにグライルに入ったらすぐ殺しに来る、初めての人も入れてくれない、すでに入った人の紹介でなきゃダメっていう、すんごい排他的で怖い連中で、レイマール砦にももう近づけさせてくれないって話なのに……?」


「その頃はまだそこまでではなかったのと、『剣聖教団』ゆえにフィン・シャンドレンの逸話いつわを色々知っていたことが大きかったようだな。

 グライル族の間では『剣聖』フィンは『神剣』とも呼ばれている、事実上の女神扱いだったそうでな。同じく剣聖をあがめる者として意気投合し、彼らの口を割らせることができたのだ」


「神剣……って、じゃあ、『剣聖』はグライルで剣を抜いて、何かを切ったということですか? それを見たからそう呼ぶものですよね普通に考えて」


「そのことが書いてあるのだよ。とてつもないことが。ゴーチェ・ヌヌーの著作など比較にならない、これまで知られていたこととまったく違う、恐ろしい内容が!」


「き……聞いていいことなんですか……あ、そうそうもうすぐお客さんが来るのでその準備を」


「もう遅い。この冊子の存在を知った時点ですでに同罪よ。なにしろこれには、なぜヌヌーが著書で『剣聖』関連の情報をすべて隠し、カルナリア陛下をはじめカラント中枢の者たちがことごとく『剣聖』について口を閉ざすのか、その理由が明確に書いてあるのだからな!」


「うわ! 汚い! 先生汚いです!」


「だが、興味はあろう? 何が書かれているのか。読んでみよ。恐ろしいというのならわしが語って聞かせるぞ」


「……聞かせていただく方が、まだましな気がしますので……お願いします」


「ふふふ、ならば教えてやろう。

 これによるとな、レイマール王子は、砦で、山賊たちが気に入らないからというだけで殺して、グライルで人の血を大量に流したためにグンダルフォルムを呼び寄せた大馬鹿者にすぎず!

 騎士ディオンともども、あっさりグンダルフォルムに食われてしまい!

 本当にグンダルフォルムを斬ったのは、『神剣』フィン・シャンドレンであるというのだ!」


「……………………」


「ははは、そうだろう、そう間抜け面にもなろう、何も言えまい、何も考えられまい! わしもそうなった! だがこの内容に矛盾はない! 複数の者が語っている! その後の話も色々とな! グライル族がそのような嘘をつく意味がない! ただの腕のいい剣士というだけなら『神剣』などと呼ばれるわけがない! だがグンダルフォルムを斬ったというのならそれも納得だ! 何よりも、この内容通りなら、レイマリエの宮殿に飾ってあるグンダルフォルムの、あの骨の切れ目の説明がつく! 騎士ディオンが所持していた武具、それへの付与魔法の種類の記録と、あの切り口とが合致しないことは以前より気づいていたが、これならば説明がつくというものだ! レイマール王子と騎士ディオンの名をたっぷり使って国内をまとめた女王陛下とその周囲が真実を隠すのも道理というものよ!」


「そんなこと………………広めたら…………」


「ああ、大変なことになる。

 カラント=バルカニア連合王都レイマリエの名はもちろん、カラントの威信が地に落ちる、歴史が大幅に書き換えとなる、ここレイマール大学も改名となろう、各地の太陽王びょう、大英雄ディオン像を立てた者たちの失意、我が子に彼らのその名をつけた者たちの名誉も失われる!

 もちろん明かすような真似はせぬよ、だが学問に従事する者、真実の使徒として、これを追及せずにいることもまたできぬ。ただちにゴーチェ・ヌヌーに会いに行き、この冊子を突きつけて真実を聞き出すのだ! 寝てなどおれぬ、出かけるぞ、支度をせい!」


「はい…………でも、すみません先生、客が来ました」


「客? 今更逃げられると思っているのか? こんな朝っぱらからわしの所に誰が来るというのだね言ってみろ」


「本当に来たんですよ。俺の家族っす。ほい入って。うちの姉っす。沢山いるんすけど、すぐ上の、双子。完全に同じ顔してますけど気にしないでほしいっす」


「リゼルだよ」「アゼルだよ」


「で、先生、すみません、俺、実は、本当の名前、ディレルってんです。ディレル・セプタル・リスティス」


「……リスティス? ファラ・リスティス『大母』と同じだな。第七子セプタル……」


「四男っす。すぐ上が『鋼』だし他もすごいんで凡人の俺は肩身狭いんすけどね……で、この姉たちは……『風魔』ってとこで働いてましてね……」


「『剣聖教団』の幹部も兼ねててね」

「小さい頃に、に遊んでもらったこともあるんだ」

「だから」

「あのひとのこと、知りすぎちゃだめ」

「それも、盗まれて、探してたんだ」

「誰から受け取ったのか、全部吐いてもらうよ、先生」


 ――カルナリア女王が各地に設立した「学校」組織の最高峰「レイマール大学」で、教授がひとり失踪した。


 家族にも告げず、ひそかにどこかへ調査に向かったらしいが、その足取りはまったくわかっていない。


 また、劇作家・著述家のゴーチェ・ヌヌーが、英雄レイマール王子の名誉を汚したということで入牢にゅうろうの処分を受けたが、獄中でむしろそれまで以上に大量の著作を書き記し、彼の監禁部屋は実質彼の書斎も同然となり、その没後に整理すると、積みあげられた原稿はふた部屋を埋め尽くすほどにもなったという。






○その時


「どうしても、行かなければならないのですか?」


「仕方がない。めんどくさいが、私でなければには対抗できない。あれをどうにかしないと、お前のこの国にも災厄がふりかかる。行って、さっさと片づけて、急いで戻ってくるから、待っていてくれ」


「待っています…………どうか、ご無事で…………必ず、ご無事で、お戻りを……世界でいちばん強い、わたくしの、騎士さま……!」


「ああ、行ってくる。私の宝物たからもの





「……しかしフィンよ、あんなにあっさりとしたあいさつでよかったのか? 今度の敵は、お前をもってしても勝てるかどうか危ういほどの相手なのだろう? そういうことはなんだかごまかしたような気がするのだが」


「この馬鹿に気取られてるんだから、カルナリアにもとっくに見抜かれてると思うんですけどお姉さま? あいつはとにかくひたすらお姉さまを信じてるから、飲みこんで送り出してくれましたけどね」


「相手の本当の恐ろしさを伝えたところで何にもならん。あの子には余計な心配をさせたくない。知らないならそのままの方がいい」


「お姉さま、あのですね、そういうところが、何度も何度も怒られて、文句言われて、鬱憤うっぷん晴らしに寝床に引きこまれる原因になっていると思うんですけど」


「どうかーん。普通の人間じゃないくせにぃ、普通のふるまいできてないんだからぁ、そりゃあ色々こじれるってもんだよぉ。毎回見せつけられるこっちの身にもなってよねえ。でないとライルの童貞とこ、特等席で見せちゃうぞぉ」


「ぬう。とにかく、行って、手早く片づけて、何事もなく戻ればいいのだ。みんな、頼むぞ」


「おお、フィンに頼まれた! 初めてだな!」


「ほんと、初めてだねぇ。……これは悪い予感しかしないよぉ」


「お姉さま、やめてください。その言い方と初めてという組み合わせは、必ず悪いことが起きます」


「……なぜだ。仲間を信じて頼むことの何がいけないのだ」




 ――真鏡王の第九年。

「剣聖」フィン・シャンドレン、サイロニアの都市国家ブルンターク救援に出向き、その地で『破壊神の剣ゼレグレス』を持つ「剣鬼」ベルダと対決。




 以後行方不明。






【後書き】

幸せだった。

楽しかった。

色々なことが起きる中、ふたりはずっと一緒にあり続け、楽しい仲間も共にあり続け、この輝く日々がずっと続くと思っていた。


しかし…………どんなことにも、終わる時が来てしまう。


それでも人は生き続ける。輝く日々が終わっても。終わったと思っても。想像もしなかったことが起きても。つらくても、悲しくても、生き続けて、よろこびを得る。


次回、第299話「有為転変」。最初で最後の、あの人物視点。

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