299 有為転変

有為うい転変てんぺん・・・この世の現象がとどまることなく移り変わっていくこと。はかないこの世が休むことなく移り変わってゆくさま。


※277話あとがき参照。まさかの、この人視点です。








 まあまあ。こんな所まで、わざわざ足を運んでくださってありがとうございます。


 十分なおもてなしもできなくてごめんなさいね。このところ足が悪くなってきて、家のことは近くの人が来て手伝ってくれるのだけど、どうしても……ああ、お客様にそんなことをさせるなんて申し訳ないわ。ありがとう。


 ……お互い、すっかり年寄りになってしまいましたね。

 あなた以外のみなさんは? ああ、まだお一人、お元気なのですね。みなさんのお子さん、お孫さんも。よかった。心配していたのですよ。グライルを出ることになったあなた方がどうしているか。慣れない土地、慣れない生活というのはとにかくつらいですからね。


 あれから、もう………………になりますか。


 今でも時々、グライルのことを思い出しますよ。忘れようとしても忘れられません。

 ほんの数日なのに、とても色々なことがありましたね、あの旅では。

 よく生き残ったものだと、今でも不思議に思います。最初の夫シーロも、あそこで失ってしまいましたし……。


 でも、あの旅に負けないくらい、私もあの後、色々ありまして……本当に、人生というものは、わからないものです。




 バルカニアへ戻った私は、まずお仕えしていた方のところへ戻り、持ち帰ったお薬を差し上げました。

 本当によく効いて、ひどく苦しまれていたのが、とても穏やかになられたのです。

 フィン・シャンドレン様には深く感謝しています。


 ご高齢だったために、その後、ほどなくして亡くなってしまわれましたが……その時も苦しまれることはなく、眠るように……朝になってもお目覚めにならないことでみなが気づくという、静かな、安らかな旅立ちでした。


 その後、アランバルリ様とライネリオ様――おぼえておられますよね。あのお二方に求婚されました。


 アランバルリ様は、カラントの反乱に巻きこまれてもう戻ってこないと思われて、行方不明という扱いをされ奥方より離縁されてしまっており……。

 ライネリオ様は、ご存知の通り奥様と息子さんをグライルで……ええ、あの恐ろしい蜘蛛は今でも夢に見ます。


 どちらも、私の気持ちを尊重して、あの方が亡くなるまではずっと待っていてくださって……シーロの墓を立て、私がそこに参ることも認めてくださり、お断りする理由はございませんでした。


 でも、そのお二方が、同時に私をのちえにと求めてくださって……そのこと自体は嬉しかったのですが、どちらも譲ろうとなさらずに、決闘にまで至ってしまわれて。ええ、バルカニアでは男性の名誉のために、よく行われることです。

 それで年齢的には若いライネリオ様がお勝ちになったのはともかく……アランバルリ様が、亡くなってしまわれたのです。即死だったものですから、グンダルフォルムのお薬でもどうすることもできませんでした。


 私はライネリオ様の求婚を受け入れ、妻となりました。


 夫としてのあの方は、悪い人ではありませんでしたよ。私がシーロを忘れられないように、あの人もパストラさんとカルリト君のことを忘れることはできないままで。その上で私を求めてくださって。私もあの人を支えられることが嬉しくて。傷をかかえつつ寄り添い合う私たちは、けっこう上手くやっていけていたと思います。


 でも、一緒に暮らせたのは、半年もありませんでした。

 しばらくして、激しい戦が始まって……詳しいことはわかりませんが、グンダルフォルムのお肉やお薬を巡って始まったことだったようです。


 私たちの家がある街にも、軍勢が押し寄せて、火が放たれて……とても恐ろしいことになりました。


 ライネリオ様はグンダルフォルムのお薬を配られて、それを口にした守り手の方々が、押し寄せる兵士たちを文字通り蹴散らしてゆくところは、現実のものとは思えない光景でした。

 それでも何千何万という数には抗えず、風にあおられた火も燃え移ってきて、お屋敷は焼けて、私たちは逃げ出すより他になくなってしまいました。


 私はよくわかっていなかったのですが、グンダルフォルムのお肉や血やうろこなどの色々なものは、最初に売り出した時でもかなり強気な価格だと思っていたのですが、その頃にはそれよりもずっと高い、ものすごい値段になっていたのですね。特に血から作った薬とお肉は、若返りの効果があるとされて、同じ重さの黄金よりも高いほどで、それでも貴族の方々が求められていたとか。


 それを持って逃げていたために、私たちは兵士にひたすら追いかけられました。本当にいつまでも、いつまでも。グライルの獣も恐ろしかったのですが、欲にかられた人間というものはそれ以上にひどいものです。


 それで、生きるためにやむなく、最後のお肉も手放しました。


 本当に身ひとつになってしまわれたライネリオ様は、グライルのあの時よりも落ちこんでしまわれました。グライルでは生きて戻りさえすればまだ屋敷も財産も商会の人たちもいたが、今はもう誰もいない、何もない、おしまいだと。

 川に身を投げようとなさって。


 初めて、男の人を引っぱたきましたよ。

 あのグライルを越えておいて、こんなところであきらめてどうするんですか、って。

 アリとか、石人とか、蜘蛛、グンダルフォルム。あんな恐ろしいものに遭遇して、五十人が五人になってしまうようなところを生き残ったのに、こんなところで自分から命を絶つなんてありえませんって。


 それでライネリオ様も何とか気力を取り戻してくださって、ふたりきりで、とにかく安全な方へ逃げようとしたのですが……。


 兵士に捕まってしまいました。

 正規軍ではありません。傭兵です。

 身ひとつになっていたのがよかったのでしょう、金持ちと思われ殺されることだけはなく、奴隷として売るためにおりに入れられて――。


 引き回されている間に、私はその者たちの隊長の、慰みものにされました。

 ライネリオ様は、耐えながら、経理の才や様々な知識を利用して、徐々に傭兵たちの間で認められるようになってゆき、もう少しで二人で逃げ出せるのではないかというところまで来たのですが……。


 カラント軍がやってきたのです。

 アルマラスが開かれたそうで、大挙して押し寄せてきました。

 とても強かった上に、バルカニア軍はそれまでの内戦で弱り切っていました。

 傭兵というものは、不利とみると逃げ出してしまいます。

 私たちがいた傭兵団も、戦場に出される前に逃げることにして。

 その時に、邪魔だと、ライネリオ様が……。


 私は団長に気に入られて、なおも連れ回されて、言ってみればあの男が三人目の夫ということになるのでしょうね。


 しかしやはりというべきでしょうか、不義理をはたらいたということでバルカニア軍から警戒され、待遇が悪くなり……。

 傭兵契約に到らなかったようで、ならばとカラント側につきました。


 ですがその頃のカラント軍は、略奪はもちろん、捕らえた人たちを奴隷として売ることを禁じており――が女王になられたのですから当然ですよね。

 それで、所有している奴隷を解放するように命令されて。

 もめて――どういう流れでそうなったのかはわかりませんが、戦いになって、傭兵団はみなしまいました。ええ、あのガザード砦のように。またああいうものを見てしまうのはとても恐ろしかったです。


 私は、もう戻るべき場所がありませんし、戦が続くところに居続けるのはとても無理でしたので、いっそのことカラントへ行こうと思い定めました。図々しい話ではありますが、カルナリア様やファラ様など、顔見知りのどなたかを頼らせていただこうと。


 同じようにカラントへ逃れようとしている人たちは他にもおり、集められていました。


 ただその前に、今のバルカニア国内の様子を知りたいと、カラント軍を率いておられた方が、私たちのところへやってこられたのです。


 そこでお会いしたのが、ランダル様でした。


 最初は、他の人と同じようにこれまでのことや見聞きしたことを話していたのですが、私がグライルを越えたという話をすると、興味を持っていただけて。

 話していくと、それはもう驚かれて。

 私も驚きましたよ。まさかあの方が、カルナリア様、フィン・シャンドレン様のお知り合いだったなんて。バルカ様のともしびに導かれたのか、ナオラル様の風向きか、あるいはエルム様のりなす糸の絡み合いでしょうか。


 私は女王陛下のお知り合いということで、特別扱いされまして、危険な目に遭わせるわけにはいかないからと、ランダル様のお側に留め置かれました。


 でも、大勢の方々が死力を尽くしておられる戦の只中ただなかで、何もしないでいるというのは耐えられず……バルカニアの者を害しようとしているわけではない人たちでしたから、食事の支度や皆様の身の回りのことなどを手伝わせていただいていると――ランダル様も、元は田舎の村長をなさっていたお方で、くらいの高い貴族様のように振る舞うのはどうにも苦手で、何もしないでいるのは気が滅入ると、いろいろ雑事をご一緒に……将軍という地位にあるお方と、意気投合というのもおかしな表現ですが、感覚が重なる感じをおぼえました。


 そして、何度も戦場に立たれ、「不動」と呼ばれるその通りに、大きな栄誉を得られることはないけれども、歩兵隊を指揮して常に戦場の中心にあって揺らぐことのない、ランダル様のお姿に、いつしか、強く惹かれるようになっていたのです。


 大変嬉しいことに、ランダル様も、私を気に入ってくださっておりました。

 あの方は以前に、これもライネリオ様と同じように妻と子を亡くしており、その負い目もあってためらわれていたようですが、戦場に立つ身である以上明日にも命を落とすかもしれない、それならば後悔はしないと、それはもう堂々と、求婚なさってくださいました。


 戦乱は続いておりましたが、落ちついた時も訪れるもので、兵の交替の際にランダル様は、私を連れて一度カラントへお戻りになりました。


 ランダル様が結婚、それも相手が私と知った時の、カルナリア様のお顔はもう、すごいものでしたよ!


 ファラ様、ライズ様、ゴーチェさんなどの、懐かしい方々にもお会いできました。

 ……正直、ファラ様のお変わりようには、かなり驚かされましたが……あのお子様の数にも。ライズ様は逆に……ええ、あれはあれで、この上なく幸せな人生だったのでしょう。


 そして――今ならばもう、言ってもかまわないでしょうね。

 カルナリア様の王宮の、裏に広がる森の中に、フィン・シャンドレン様がひそんでおられたのです。


 あの頃は絶対に漏らしてはならない秘密でしたが……私と、ランダル様を連れて、カルナリア様はそこへ……フィン様、レンカ様と、再会を喜びあい、とても楽しい時を過ごさせていただきました。


 その後は、ランダル様は戦場へ戻られましたが、戦役を終えて、いくつもの武勲を立てた上で、無事に帰還なされて。


 戦いの結果、バルカニアとカラントがひとつの国になってしまったことには、本当に驚いたものでしたが。


 でもそのおかげで、一度バルカニアへ戻って、大切な人たちのお墓を整えることができたのはありがたかったです。


 私はそれから、二人の子供に恵まれました。

 どちらもカルナリア様にお仕えして、今ではそれぞれ結婚し孫も産まれて、時々顔を見せに来てくれます。


 その後、二度目のルーマ侵攻を防ぐ戦で、負傷し引退なされたランダル様に従って、私もこの地に住まうことになりました。


 穏やかで、幸せな日々でした。

 ランダル様は、かつて戦場で幾度となく苛烈かれつな場に立たれたとはとても信じられない、穏やかで、子供好きなお爺さんになって……。


 三年前に、亡くなりました。


 功績ある方なので、都で盛大にとむらっていただきましたけれども。


 それとは別に、この村で、普通の村人と同じような葬儀を行いました。ご本人の心からのお望みでしたので。


 そこに、カルナリア様がこっそりいらしてくださったのです。


 あの方は、『王のカランティス・ファーラ』のお力もあるのでしょうけれども、相変わらず、おいくつなのかわからない見た目のままでしたね。


 それにお振る舞いも……失礼ながら、とても貴族、女王陛下とは思えない平民のようなお姿で、言葉づかいや仕草も全然貴族の方のようではなくて。あの頃とは比べものにならない、上手な偽装ぶりでした。


 村の人たちは、自分たちと一緒に白い花びらを振りまいている、このきれいな女の人は誰だろうと不思議がっていましたよ。

 陛下は、昔ランダル様にお世話になったルナという者ですと名乗られ、葬儀の後のふるまいのお食事まで一緒に召し上がってゆかれました。

 みなさん、最後まで、自分たちがこの国の女王陛下と同席していたとは知らないままで。それを思い出すと、悪いことなのですが、今でも笑いがこみあげてきます。


 本当に、おいくつになられても、あの頃のまま……。


 カルナリア様は、私より一回り以上お若いのですから、これからもずっと、この国を守り続けていってくださることでしょう。


 いずれ私もランダル様と同じところへ行くでしょうけれども、あの方がおられる限り、子供たち、孫たちの行く末には何の心配もしておりません。


 そういう方が人の世にいらっしゃってくださったことを、大いなる神々に、深く感謝いたします。


 そういう方々のおかげで、私のような者も、ここまで生き続けることができました。


 出世やお金稼ぎは、できてもできなくてもいいのです。

 生きてさえいれば。

 何があっても、どのようになっても、生き続けてさえくれれば、闇夜に温かなともしびが灯り、荒野に良き風が吹くこともあるのです。

 本当に、本当に、そう思います。



 ダンさん、今日は本当にありがとう。

 あなたも、あなたのお仲間の方も、どうか、ずっと、お元気で。





【後書き】

人に歴史あり。

人に運命あり。

ありとあらゆる者に、それぞれの人生がある。


数奇な人生を経験した者がまず語り終えた。

続いて、歴史と運命そのものである女王が、最後の語り手となり、その流れゆく果てを示す。


次回、すべての物語の終わり、最終話。


第300話「風吹く先へ」。





最終話には後書きはつけません。

ですので、ここでみなさまにお礼を申し上げておきます。


ひたすら書き続け、書き続け、ついに最後までたどりつくことができました。


作中のどこかの一文だけでも、セリフひとつだけでも、あるいは場面ひとつ、登場人物の誰かひとりでも、心に残していただくことができましたら、それ以上の喜びはありません。


半年にわたって読み続けてくださいまして、本当にありがとうございました。

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