297 新王朝略史
※時代も場所も視点も色々変わります。
ふたりの旅は、完全に終わった。
なぜなら、もうふたりはひとつのものとなったから。
これからはずっと、ひとつの旅、ひとつの人生。いつまでも。
――そのはずだった。
しかし、時は流れ続け、世の中も、人も、変わってゆく。
変わっていってしまう。
※
○カラント王国暦三〇八年、春
ガルディスの乱勃発。第一王子、王太子であったガルディスが蜂起し、実父「麗夕王」ダルタスを討つ。
○三〇八年、初夏
グンダルフォルム討伐。
第二王子レイマール死亡。
逃亡中の第四王女カルナリア、
この年を真鏡王の初年とする。
○三〇八年、冬
モーゼルの戦い。カルナリア軍勝利。
○三〇九年、真鏡王の第二年
春、ムノール侯爵、ヨンリューズ侯爵、ガルディスの元へ走る。
以後、有力貴族、騎士の移動相次ぐ。
冬、トルードン領を地震が襲い、それに伴い発生した内紛により、ガルディスの乱終結。
○真鏡王の第三年、新年直後
ガルディス処刑。
○真鏡王の第四年、新年
カルナリア女王、成人を迎える。
生涯、人とは結婚せず、カラントそのものと結婚すると宣言。
※
「炎神バルカの御前にて、己の求めるものを手に入れんがため、正々堂々戦うことを誓う!」
「決闘の結果は、バルカの御裁定と思し召し、すべてを受け入れ、潔く従うことを誓う! さあ、いざ!」
「あ、あの、やめてください……こんな……あなた方が、決闘など……!」
「いえ、これはどうしても避けるわけにはいかないものです。この決闘に勝利して、堂々と、あなたを我が妻に迎える、アリタ殿!」
「それは私の台詞だ、レイ・アランバルリ様! このライネリオ・ルエタ・オルティズ、商会の代表ではなくひとりの男として、この決闘に勝ち、あなたを必ず我が妻に! もちろん我がもとに来てくださった後は、シーロ殿の墓参はいくらでも!」
バルカニアにて、男と男が剣を交えた。
※
○真鏡王の第四年、秋
バルカニア戦役勃発。
グライル山脈よりもたらされた、強壮剤、老化阻止の薬となるグンダルフォルムの血や肉は、バルカニア国内において飛ぶように売れていた。
それにより国内の富が猛烈にカラントへ流れていることは判明していたが、現実にどのような秘薬とやらより効果があると確認されているのである、老境にさしかかった貴族たち、容姿の衰えを実感しつつある貴婦人たちの欲求を止めることは誰にもできなかった。
規制しようという動きはあったが、その場合陰にひそんで、より高騰した価格でやりとりされるだけとなるのは明白。
そもそも規制を主張する者自体がどうにかして手に入らないかとひそかに打診してきている状態だった。
その販売を一手に担うオルティズ商会と、グライルを踏破し現地人との関係を築き上げた功績により昇格を果たしたイバン・レイ・アランバルリによる宮廷工作で、バルカニア王宮にまたたく間に強大な派閥ができあがったのだが。
その中心人物であり政と商の両輪となって活躍していたレイ・アランバルリとライネリオ・オルティズとが、ひとりの女性を巡って争い、バルカニアではよく起きる「恋争い」すなわち決闘を行い、アランバルリが死亡するという事態が発生した。
それを受けて、新興派閥を苦々しく思っていた貴族層が一気に動き出し、潰しにかかった。
国王その人も同調した。
しかし、グンダルフォルム肉という現物を握っているオルティズ商会およびそれを求める客層による派閥はきわめて手強く。
ならば供給を断とうと、グライルに兵を突入させた結果、五千に及ぶ精鋭兵が消滅し――文字通りひとりも生きて戻らなかった――国王は一気に権威も実力も
王子への代替わりを暗に求める貴族たち。
それに対して王も統制を強めようとし――。
反発する者たちが、蜂起して。
バルカニア国内が大混乱に陥ったのだった。
○真鏡王の第五年、新年直後
元カラント第一王女ヴィシニアの救援要請に応じて、グラルダン城塞よりカラント軍がバルカニアへ。
バルカニア側のアルマラス城塞は、ヴィシニアの長子カンデラリオが占拠し、開門した。
カラント軍元帥「料理人」ローラン・ランシュ=コンテ、カラント最強をうたわれるグラルダン城塞戦士長「ひとり防壁」ヴィルジール・サルトロン、「不動」のランダル・ローツほか、優れた武将が数多く参戦。
戦で苦しむ民を救うという名目のもとに、バルカニア人を数多くカラントへ移住させ、ガルディスの乱でひどく減少した労働力を確保することを目論んだ。
『カルナリアの五天将』が一、「騎士の中の騎士」テランス・コロンブ、難民の保護任務中に敵と遭遇、きわめて劣勢な中、果敢な突撃により一日のうちに敵将五名を討ち果たし民を守りきる大戦果をあげ、戦局を一気に有利に進める。
○真鏡王の第七年、夏
バルカニア戦役、もしくは「グンダルフォルム戦争」、終結。
バルカニア国王、戦に敗れ逃亡中に、隠れた小屋に火を放たれ、そのまま死亡。
王太子、戦場にて重傷を負い、のち死亡。グンダルフォルムの血を元にした薬を強く規制しようとしていた立場だが、病床においてその薬をひたすら求めたと伝えられている。
バルカニア王位は、カラントの援軍を背景に勝ち抜いた、ヴィシニアの長男カンデラリオが継ぐものとなった。
カラント王カルナリア、荒廃したバルカニアの立て直しに、大胆な施策を進言。
カラントおよびバルカニア両国を、カルナリアとカンデラリオの共同統治とする。
叔母と甥にあたる関係ゆえに、道徳的にも因習的にも婚姻関係を結ぶわけにはいかないが、事実上それと同等の関係を二人が結び、
カルナリアの子ナルドルと、カンデラリオの娘テオドラの将来の婚姻が約束され、カラント=バルカニア連合王国がここに成立した。
のちに「カルナリア帝国」とも呼ばれる、結果的にカルナリアが完全支配することになる政体の誕生である。
バルカニアの人材を次から次へと見つけ出し登用することで、たちどころに新領土を復興させ確固たる地盤を築き上げたカルナリアのことを、カンデラリオは魔女と呼んで恐れたが、やがて和解し、仲睦まじくしている姿が見られるようになった。カンデラリオが事故で怪我をした際にカルナリアが治療したことが心を開くきっかけであったとされている。
グライルの只中に築かれることとなった新都は、人が通れぬと言われていたグライルを突破し巨獣を退治した英雄、太陽王レイマールの名をとり、レイマリエと名づけられた。
グンダルフォルムの首もそこへ運ばれ、誰もが見上げる場所に飾られた。
なお、カルナリアは時折レイマリエに滞在はしたものの、あまり腰を据えることなく、もっぱらカラントの
レイマリエ建設のために、グライルから大量に石材や木材を採取することに難色を示したことが記録されている。
レイマリエはその後、東西両端を堅固な城塞に守られ水も豊富な好立地、連合王国の首都として大いに栄え、カラントとバルカニアの富を集めに集めて、地上の楽園、神の都とまで言われるほどに繁栄するが。
カルナリア女王は、ひとつところにのみ富と栄誉を集めるのは危ういです、いずれ人の想像を超えたものにより滅びることになるでしょうと不吉な予言を残し、やはりほとんどレイマリエには滞在しようとはしないままだった。
※
○真鏡王の第九年
カラントの東方サイロニアに、さらに東の、ルーマ帝国の軍勢襲来。
兵五千という、都市ひとつを落とすのも難しい、威力偵察規模にすぎないその軍勢の動向を、カルナリアがきわめて重要視したことが記録されている。
○真鏡王の第十年
カルナリア、たびたび体調不良に襲われ、政務の場に姿を見せなくなる。
臣下を厳しく叱責、罵声を浴びせるなどの、これまでと異なる厳しい態度も示すようになる。突然涙をあふれさせ退席することも。
まるで我が子か、愛しいつれあいを失ったかのようだ、と当時の貴族の日記に記されている。
カラントでは国王不在のまま臣下による合議で政治的決裁が行われることが増え、王権そのものはむしろ強まる。
○真鏡王の第十三年
「ああああああああああ!」
複数の子供の泣き声が重なった。
「覆面宰相」ライズ・ディルーエン、死去。
カルナリアの即位当時より最側近としてカラント統治に尽力し、優れた能力を示しつつ働きに働き続けた結果、骨と皮だけになっての落命だった。
新生カラントの基盤を確立した名臣の、凄絶な過労死だった。
……と、されているが。
誰もが真実を知っていた。
彼は、妻を
多数のいや全員からの忠告を受けつつも、それでもなお妻を愛することをやめずに。
十度目の妊娠、双子をひと組産ませているので十一人目の子を妻の腹に宿らせたそのまま、枯木も同然になった体をすべて、愛しい相手の巨大な肉体に埋もれさせた状態で、世を去ったのだった。
その死に顔は、およそ人として望みうる限り、最良の幸福に満ちたものだったという。
妻、「偉大なる母」、物理的にもカラント最大の女性となっていたファラは、忘れ形見となった第十一子たる息子に、セルイと名づけた。
その名の由来を知るものは、カルナリア女王の他にはすでにほとんど残っていなかった。
※
○真鏡王の第十五年
「大侵攻」始まる。
はるか東のルーマ帝国があふれた。
以前より危惧されていた、数十万に及ぶ大軍勢の侵攻が始まったのである。
先の威力偵察を踏まえていることに疑いはなかった。
カラントの東、サイロニアが、優れた装備を身につけた軍勢の津波に埋め尽くされた。
救援要請に、カルナリア女王は全力で応じた。
凄まじい形相で、自分の支配下にあるあらゆるものをつぎこむよう命令した。
なぜなら――弔い合戦だったから。
先の、第九年の威力偵察。
ルーマが出してきたのは特に大軍というほどではないのだが、その先頭に、『
あらゆる人も、防具も、城壁も、街すらも、その手に持つ赤い刃の前に粉砕され、破壊されていった。
その人物にまかせることで、ルーマは大軍勢を出す必要もなく、労少なくして多大な成果を手に入れることができる。防御施設を破壊しておいてくれるだけでも、その後にどれだけ楽になることか。
その猛威を止め得るのは、同格の神剣『
出身地ブルンタークから必死の要請を受けた、『
戦役で荒廃した旧バルカニア地域の復興と治安維持のために、カラントが国外へ出せる軍勢が十分に用意できない状況のもと、とにかくめんどくさいやつを止めなければと、自分とわずかな仲間たちだけで東へ向かい。
そのまま、戻ってこなかったのだ……。
ブルンタークは消滅した。
すさまじい力が渦巻き、何もかも吹っ飛んだと報告を受けた。
その寸前に、漆黒の剣を持つ者と真紅の剣を持つ者が対峙していたとも。
その後、女王がどれほど待っても、どれほど探させても。
二度と、黒髪の、美しい剣士は、姿を見せることはなかったのだった…………。
――この年のルーマとの戦いには、カルナリアみずからが出陣した。
このときのために準備していた全てをつぎこむことにより、ルーマの野望を阻止することはできた。
しかし、女王が勝利の感激に浸ることは一切なかった。
彼らは本国にまだ余力を残している。
いずれ、また来る。
(皆殺しにしてさしあげます)
女王は、かつてブルンタークがあったとされる地、六年前に地面がすさまじい規模でえぐれた跡に水が溜まった新しい湖のほとりで、暗い瞳を東に向けた。
※
○新鏡王の第十六年
カラント=バルカニア連合王国のもうひとりの君主であったカンデラリオ、処刑。
カルナリアが対ルーマ戦に出陣している間に、レイマリエの東の門をふさぎ、旧バルカニアのみでの独立を策謀したためである。
しかし同調したのは、わずかな元バルカニア貴族、昔に戻したいというカラント貴族のみであり、軍をはじめ大半の民は命令に従うことを拒否し、自分たちの手でカンデラリオほか首謀者たちを捕縛するという行動に出た。
帰国したカルナリアは、この魔女め死神の化身めと自分を散々に罵倒するカンデラリオたちをずっと冷笑を浮かべて見つめ続け、やがて彼らの方が完全に気死して何も言えなくなったという。
「わたくしは自らの手でこの国を守りました。あなた方は何をしたのですか?」と一度だけカルナリアが口にしたと記録されている。
カンデラリオの娘であるテオドラは、事件に一切の関わりなしとして処罰されることはなく、翌年には成人となったことで、ナルドルとの結婚式がとりおこなわれた。
――カンデラリオを排除したことで、旧バルカニア勢力が外戚として食いこんでくる可能性がなくなったゆえにこそ婚姻させたというのが一般的な見解である。
なお、若い二人の仲自体は、きわめて良好であった。
幼なじみ同士がそのまま結ばれたこの王太子夫婦は、多くの子をなし、その死の時まで仲睦まじくあり続けた。
対ルーマ戦での親征からこのカンデラリオ処刑に到る一連の行動を経て、それまでは可憐さをたたえられていたカルナリアに対して、偉大なる、恐れ多い、威厳あふれる、絶対の支配者などといった形容が使われるようになり、カルナリアは「女帝」と呼ばれ畏怖される存在となっていった。
○真鏡王の第二十六年
二度目のルーマ大侵攻。
「大母」ファラをはじめ、長男「死神」ライル、三男「
激戦の末、ルーマ軍敗退。
ルーマとの和平条約締結。
サイロニアを
ルーマの野望、ここに潰える。
ルーマ皇帝クレアドルス、失意から倒れ、崩御。
以後、女帝カルナリアは公の場にほとんど姿を現さなくなり、連合王国の統治は、「代王」ナルドルとテオドラ夫婦および、各部門の長たちが集まった「執政院」が担う体制へ変化してゆく。
貴族と平民の区別は残されていたが、貴族への法的優遇が段階的に撤廃されてゆくことで事実上格差がなくなり、国内の各「領」も領主ではなく中央から任命される知事が治めるように変えられてゆき、中央集権が進んだ連合王国において貴族は、それぞれの家に伝わる芸術、学問などによって「尊敬される」のみの存在となってゆく。
※
○真鏡王の第五十三年
カラントとバルカニアの中間に位置し繁栄をきわめていた巨大帝都レイマリエ、『若い』グンダルフォルム三頭の同時襲来により「消滅」する。
同種同士が凄まじい戦いを繰り広げ、その巻き添えおよび栄養補給で数十万とも言われる人々が命を失ったその後に、グライルを移動する石人の大群が襲来。
レイマリエは、人の手になる何もかもが消え去った、がらんとした、
連合王国の事実上の国王ナルドルとテオドラ夫妻をはじめ、国の中枢を成す者たちの完全消滅という非常事態に、ほぼ隠居状態にあった女帝カルナリア、政治の表舞台に復帰。
強権を振るい無数の人材を
カラント=バルカニア連合王国分裂。
失われたレイマリエに再び都を築くことは、経済的にも心理的にも不可能となり、そうなった以上は両国をひとつの国とし続けることは困難と判断してのことだった。
どちらもナルドルとテオドラの孫をそれぞれ君主に据えた両国は、お互いの首脳同士が緊密に連絡を取り合う、並び立つ国として別々の道を歩むことと決定される。
○真鏡王の第六十年
カルナリア、ナルドルの孫ルイダールに正式にカラント王の座を譲り、引退。
静かに余生を過ごすこととなる。
ガルディスの乱に続いて彼女が再度建て直した新カラント王国(カラント第二王朝とも)は、国王は存在するものの儀礼を司るのみの存在となり、国政は「学校」を出た優秀な者たちによる『内閣』が担う、完全に以前とは違う国となっていた。
王の証たる『
その三年後、急激に進んだ加齢による衰弱から離宮で療養していたカルナリア、『
「返却の時が来た」と、カルナリア自身の手になる書き置きを残して。
【後書き】
時は流れ続け、何もかも変わっていった。
さまざまな人が、さまざまな運命をたどっていった。
不変のものなど何もなかった。
不変だと思っていた愛も、あるところで突然失われた。
愛を失った女王は、復讐のために生き、それも終わって…………そして。
次回、第298話「カラントつれづれ」。雰囲気がらりと変わって、外伝とかこぼれ話的な、後日談いろいろ。
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