172 もみほぐし
フィンは、ここまでの途中で薬草をいくつか見つけていたので、暗くなる前に採集してきたそうだった。
「標高の高い所にしか生えない、貴重なものがあちこちにあってな。それにこのグライルのは、他のところと同じ草でも、効き目が強そうな感じがする」
レンカに言って、ファラを捕まえさせてきて。
袋に詰めこまれた、肉厚の草の葉を見せた。
「魔力回復薬の原料だったはずだな、この葉は」
「あっ、そうっす、これは……うわ、上物っす、こんなのめったに見ないっすよ! すごい、こんな質のいいの、今までうちらに回ってきたことほとんどない、みんな貴族が買い占めて…………って、わっ、こんなに! どっさり!」
「群生していたぞ」
「うおおおおお!」
「手伝うから、可能な限り、ここで作れ。空っぽになってから、まだ万全には戻っていないだろう?」
「それはそうっすけど……なに企んでるんすか?」
「いやな予感がするのでな。できるだけ戦力を整えておきたい」
カルナリアはぎょっとした。
このご主人さまのそういう勘は、当たる。
「な、何か、危ないものが……?」
「わからん。今夜、明日ではないと思うんだが、とにかくこの先、とんでもなくめんどくさいことが起きる気がしてならない」
カルナリアに寒気をおぼえさせたまま、フィンはファラと連れ立って離れていってしまった。
食事が振る舞われた。
いつもの、大鍋で作られる雑炊である。人数が減った上に
もっともカルナリアは固形物を食べると痛むので、できるだけ細かくしてもらったものを、少しずつ流しこむしかできなかったが。
もらってきたゴーチェが教えてくれた。
あのミラモンテスたちは、おとなしく行列に並んでいたという。
案内人たちが、貴族ぶってくれることを期待してとにかく注目しているので、傲慢な振る舞いをするわけにはいかなかったのだろう。
モンリークおよびアランバルリは、従者を並ばせた。少なくともモンリークの文句の大声は聞こえなかったそうだ。
食事がすむと、寝る支度だ。
今日の天幕は、ライズ班が男性、女性のふたつ。
ライネリオ、パストラ、カルリト親子とアリタ、エンフが休むものがひとつ。
それ以外の者たちがふたつ、と割りあてられた。
ライズ班には護衛の必要はいらないと判断され、むしろ全体の護衛を期待されて、この崖に囲まれた場所の出入り口近くに配置される。
ライズ班の女性用天幕の中で、カルナリアはレンカに体を拭かれた。
腹に、エンフの
ファラに治してもらって肩のあざが消えたばかりなのに、今度はこちらに色濃く。
「このままだと、戦士みたいになりそうですね。全身傷だらけの」
「どんな王女だよ、まったく……」
レンカは不満そうにしながら、新しく薬を塗り、布を巻きつけてくれた。
「お返し、しますよ。私も拭きます」
「いい」
レンカはじろりとカルナリアをにらみ、警戒のポーズ。
「前から思っていたんだが、お前には、ファラと同じにおいがする。人にさわったり、いじったりするのが大好きな、変態だ」
「…………はい?」
「あいつはあの通り隠そうともしてないが、お前は自分はそうじゃないと思っているからたちが悪い」
「………………」
「あの泥をかき落としてる時、きれいになってきたファラの胸を見ていたお前の目つき、すごかったぞ」
「…………………………」
「ワタシも普通の体じゃないし、ファラみたいなのも実際にいるわけで、人それぞれだ、好みに文句は言わねえ。でも、自分はまともだ、みたいな顔はすんな。見てておぞましい」
「そっ、そこまで言いますか……!」
「記憶転写の魔法、って知ってるか。自分の記憶を、他人に見せることができるやつだ。他人のを見ることもできる。ファラも使えるはずだ。それで、オレが見たお前のツラ、お前自身に見せてやろうか」
「…………」
カルナリアはとてつもない危機感をおぼえ、全力で拒否した。
見せられてしまったら、立ち直れなくなる気しかしない。
ファラが知ったら、嬉々として見せてきそうな気しかしない。
(わたくしは、王女です!)
自分に強く言い聞かせて――その認識自体がずいぶん久しぶりであることに気がついて、それにもショックを受けた。
ともあれ、服を着直そうとしたところへ、フィンとファラが天幕に入ってきた。
少し鼻につんとなる、青臭いにおいも入りこんでくる。
ファラが持つ小さな鍋からそれが濃厚に漂っている。先ほど盛り上がっていた、作りかけの魔力回復薬だろうか。
ファラは半裸のカルナリアを見てくわっと目を見開いたが、さすがに飛びついてくるような真似はせず――。
「これ、煮詰めるんすけど……火、どうします?」
「これに乗せておけ」
発熱サイコロが組まれた。
これまた見るのはずいぶん久しぶりである。エラルモ河に落ちてずぶ濡れになったあの時以来か。
……カルナリアはあの夜の色々を思い出して体が熱くなった。顔が腫れていなければ赤面が誰の目にもばれていただろう。
「ほう! ほほう! これは! …………って、うわあ!」
ファラには、赤黒いサイコロについてわかるものがあるのだろう。鼻息を荒くして顔を近づけのぞきこむ。
「うるさいぞ」
「これ、バルカニアの連中に見せちゃだめっすよ。火の精霊の具現化、実体化物なんて、
「そのようだな」
「しかし、これは…………便利っすね。どのくらいいけるんすか?」
「鉄は、溶かせた」
「うわあ……」
あの様子だと、フィンとファラはこの後もさらに色々な作業を続けるのだろうと判断して、カルナリアは服を着ようとした。
……が。
するりと、ぼろ布が自分の横に来た。
怪我をした自分をいたわって、添い寝してくれるのか。
胸が高鳴った。
「ちょうどいい。そのままで」
素肌と素肌を重ねてくれた状態で寝てくれるのではないかまさかいやレンカにきつく言われたばかりだからそんなことを求めてはいけないきちんと断らなければ私はそういう変態では……。
「きついところを歩いたからな。まず、足だ」
カルナリアの思惑など全然気づかれずに、ころりとうつ伏せにされ、足首とふくらはぎを握られた。
「え」
壮絶に、いやな予感がした。
「アイラには感謝しないとな。新しいやり方を色々学ばせてくれた」
アイラ――タランドンの、あの猛々しい女戦士。
関節技の鬼。
「おっ、お待ちをっ!」
「レンカ、口をふさげ」
「りょーかいっ!」
嬉々として、口に布が押しこまれ、腕も縛られて。
「ファラ、ここの魔獣にかぎつけられない程度に、音を遮断することはできるか」
「全力でやっちゃいます!」
誰も助けてくれない状態で――。
「んげっ!」
あれが、行われた。
とても効くが、とても痛くて、やると聞かされただけで脱走を試みる者が続出する――。
「んごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ああ…………いいなあ…………」
号泣し苦悶する自分を、うっとりレンカに見下ろされて、そちらだって人のことは言えない顔してやがりますよと脳内で罵ったが、それが何の救いになるわけでもなかった。
足の指一本一本全てをへし折られ、足全体が粉々にされたのではないかと思うような激痛の後に。
「んふぅ………………ほわぁぁぁぁぁぁ…………」
あの、ゆるやかに何もかも溶け、ほぐれてゆく心地がやってきた。
「私のやり方に、アイラの技を混ぜてみた。ゆるむのはいいが、お漏らしだけはしないでくれよ」
「それは、貴重な光景っすね。どれ記録させてもらいましょうか」
「や、やめ…………」
抗おうとしても、今はもう足首から先が液体になっていて、何もできない。
続いて、膝から下が、
「ほへぇ…………」
噛ませられている布に、唾液がべったり染みてゆく。
「わかるぞ……痛みの先に、幸せがあるんだよな……」
「レンカちゃんを、その年でそこまで目覚めさせちゃうなんて……まったく罪深い人っすよあんた」
「疲れているなら、お前にもしてやるが」
「まだ人間でいたいっす」
周囲の会話が聞き取れたのはその辺りまで。
ふとももからお尻にかけて、指が食いこんでくる激痛と揉みほぐされる恍惚とを繰り返されて、もう何をされているのが自分がどんな反応を示しているのかもわからなくなり。
これだけは明確に記憶している、腰の後ろ、尾てい骨か背骨の突起か、その辺りに指をねじこまれた途端に。
「~~~~~~~~~~!!!!」
全身に、いや心身に、脳髄に、魂にまで、真っ白な雷のようなものが突っ走り、炸裂して。
あとはもう何もわからなくなった……。
【後書き】
前話の深刻なものが全部吹っ飛んだ。「ルナ」に心服しあるいはあれこれ考えている外の男たちは、女子だけの場所で何が行われているのかまったく知るまい。
色々あり、またも命が失われ、思い悩み苦しんだ一日はこうして終わった。次回、第173話「第五日、巨獣の朝」。また過酷な一日が始まる。
【解説】
フィンが離れていたのは、申告通り薬草の採集に駆け回っていたからです。宿営地を見てここは安全だと判断してから出て行きました。
出発直後にアリタに栄養剤を渡し、カルナリアには痛み止め、同じく解熱剤、炎症止めなど一切遠慮なく使ったので、残りが心細くなっていました。一番最初の時にカルナリアの顔面を治した時と比べるとその対応の違いはすごいものです。
「もみほぐし」したのも、九十九折りを登りきり、おとしまえを食らったカルナリアへのいたわりです。純然たる好意でやっているというのがこの人物のダメなとこ。
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