162 解体



「おお、こいつはいいもんが手に入った!」


 様子を見に来たゾルカンは上機嫌になった。


 レンカが斬り落とした、バールの尾の先端部分である。

 人の握り拳ほどの大きさのものから、鋭いとげが突き出ている。


「こいつの毒は、獲物を麻痺させるんだ。薄めれば、いい痛み止めになる。売るよりも、俺たちが持ち歩くものになる」


 もちろん、先日フィンが「色仕掛け」したのと同じように、これをもたらしたことでレンカの待遇もより良くしてもらえる。


「皮をはいでもここじゃし、肉も食えるようにするにはちょいと手間取るから、ダメだな。爪と牙だけ持っていけ」


 前の時もそういうことになったのを思い出し、これもまた懐かしく思った。


 かつて「火傷」がついていた顔に手をやる。

 あの時は、自分は生々しいものにおびえ、ひとりで作業するを見ているしかできなかったが。

 今は、解体を手伝ってみたいとすら思えている。


 あの時はフィンひとりだけだったが、今回は、複数の案内人が群がって、たちまち――。


 たちまち……。


「くっそ、やっぱ硬ぇ」


「刃、欠けさせるなよ」


 カン、カンという音。まるで石を切り出す時のような。

 骨に刃物を食いこませて、切り離そうとしているらしいが……。


「あんなに手間取るものなのですか?」


 気になってゴーチェに聞いてみた。


「はい、バールの骨というのはとにかく硬く、頑丈なので、関節のところをうまく砕いていかないと、切り取ること自体が難しいそうです。骨の隙間に刃先が入る特別な道具を、狩人は用意していると聞いたことがあります」


「そう…………ですか…………」


「何か、気になることが?」


「いえ、前に同じようなことをなさった方を見たことがあるのですが、あっという間に切り離しておられたもので」


「それは、コツを身につけた、バール狩りの達人なのではないでしょうか」


「達人…………なるほど」


「あのひとなら、簡単にやるだろうな」

「あらゆるものを狩る達人っすよねー」


 妙な気配に振り向くと、レンカとファラが、目を細くしてこちらを見ていた。


 どうにもこの二人は、歯にもののはさまったようなことばかり言ってくる。

 言いたいことがあるならはっきりと教えてくれればいいのに。


「……ん?」


 さらに妙な気配がした。


 今度は視線を、バール解体現場の方に戻すと。


「手伝おう」


 ぼろぼろが出現していた!


「!!!」


 カルナリアは反射的にそちらへ飛び出しかけるが。


「いけません!」


 ゴーチェに止められた。


 確かに、案内人たちが見つけ、開いて、通りやすくなっている山道と、ただの自然の斜面は、安全性が違いすぎる。ゴーチェが止めるのは当然。


(ご主人さまがすぐそこにいるのに……!)


 まだフィンのことをよく知らない案内人たちがぎょっとして、しかしこの者は何をやってもいいとお頭に言われているということを思い出し場所を空けると。


 ぼろぼろは、あの時と同じように、こちらに背を向けてかがみこんで。


 何かをやり――すぐに、牙の並んだ、肉がたっぷりついたままのあごまわりと、大きなてのひらが切断されて地面に落ちた。


「うおっ!」

「すげえ……!」


「次は、そっちだな」


 牛獣人たちがバールの死骸の向きを変えて、そこにフィンは移動し、これもかがみこんですぐに掌を切断。


 どういう道具を使いどうやったのか、カルナリアをはじめほとんどの者からは何も見えない。


 見える位置にいる案内人が、目を真ん丸にしている。


「それの方がやりやすい。貸してくれ」


 フィンは案内人にのみつちを借り。


 コン! コンコン! と強い音を数回させただけで――。


「あとひとつ」


 あっさりと、切断してしまった。

 特別な道具あるいは刃物を使っているわけではないということが証明された。


「これで終わりだ。細かい処置はまかせる。洗って、持っていって、落ち着けるところでじっくりやればいいだろう」


「おお……すげえ、すげえよあんた! ありがとう!」


 案内人たちの賞賛と感動の中を、ぼろぼろはスイスイと降りてきて。


 カルナリアの傍らにくると、獣臭を漂わせつつ。


「じゃあ、この後も、怪我をしないように、気をつけて登るんだぞ」


 言って――消えてしまった。


 いや、今回はさすがに、においで、カルナリアにもあっちの方向へ行ったというものは識別できたのだが。


「………………」


 見失ったことに驚愕しつつも、案内人の視線の大半が、カルナリアに向けられていた。


「…………やりやがったっす。レンカちゃんの活躍の記憶は薄れて、自分は賞賛されて、カルちゃんのこと案内人さんたちに強く意識させて、今後の守りに。

 楽なことだけやって、おいしいとこ持っていきやがったっす……」


 ファラの声が耳に流れこんできた。


 それで理解できた。

 いかにも、最小の労働で最大の利益を得ようとする、あの真のぐうたら者らしい行動だった…………が。


「すごい…………ああ………………ワタシも、いつか、あんな風に…………!」


 レンカが、完全に夢見る乙女の顔つきになっていた。


「あんなのが二人になったらこの世の終わりです」

「心から同感っす」


 ファラと気が合った。






 てのひらふたつ、後ろ足ふたつ、牙まわり。

 長い木の枝に、最小限の血抜きと水洗いをされただけの、生々しすぎるものが縛られぶら下げられて運ばれていった。

 じっくり洗うのは、水が確保できる場所に着いてからということになるようだ。


 ワグル村に降りた時と違って、グライルではこの程度の血臭や獣臭はどうということもないようで、案内人たちは嬉しそうにしている。


「前の時には、ご主人さまは、何か必要な処置というものをしたそうなのですが、何をするのでしょう?」


 案内人に訊ねてみたが。


「処置? 下界のやり方は違うのか? 俺たちは、道をふさがないように、それと食いにきた獣が次に通る者を襲わないように、斜面の下の方へ落とすぐらいで、後は放っておいて、山に還すだけだが」


「そうですか……」


 フィン本人に聞いてみなければわからないだろう。


「ああ…………あの時のが、芸術ってものなんだな。角豚ゴルトンもすごい技と切り口だった……」

「絶対に違うっす」


 レンカとファラがここでも意味のわからないことを言い合っていた。





【後書き】

前には「自分もフィンのやり方を学びたい」と言っていたカルナリアだが、学んで同じようになりたいと言い出す他人が出てきたらダメだと否定。人間あるある。そんなもの。

また、最初の山越えではかなり重要なアイテムだった熊の掌も、ここでは日常的なもの。そして相変わらず何も知らないままのカルナリア。昨日の出来事が凄まじすぎたせいで、熊の出現と退治、解体にもほとんど驚かなくなっている。

だがグライルは甘くない。前にゾルカンが「昼前にきついところがある」と道のりを説明していた、それが現れる。次回、第163話「安らぎのひととき」。


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