158 第四日、朝の殺人事件


「……!?」


 ただならぬ気配でカルナリアは目覚めた。


 朝だ。

 夜明け直後。空に色がついている。


 人が動き回っている。

 だが、自分が寝過ごしたわけではない。


 危険な気配。


 即座に喉に手をやり、自分の体や持ち物、荷物などの無事を確かめてから、静かに身を起こした。


 自分および周囲には、特に問題なし。


 フィンは――いなくなっていた。

 レンカも。


 不穏な気配は、自分たちが休んでいるこの一角の外、大勢が休んでいる方からしていた。


 エンフが横になっていたが、自分と同じくいやな気配で目を覚ましたようで、すぐ鉈に手をかけ周囲を見回した。


 セルイたち、ゴーチェといった、守りについてくれる男性陣が起きてくるのを待ってから、様子を見に行ってくれる。


 ほどなくして戻ってきた。

 レンカが一緒だった。


「こっちには、危ないことはないよ。心配しないでいい」


「何が起きたのですか?」


「……人が殺された。何人も」


 ぎょっとして、血の気が引きつつ、レンカを見る。


「…………」


 レンカは、自分は何もしていないと首を振ったが、近づいてきて、小声で言ってきた。


「多分、だ。にいた男たちが、られてた」


 その言葉の意味がわかって、総毛立つ。


 あの家。男たち。

 つまり……………………トニア。


「想像だけど、もう一晩ここにいることになったから、またと思ったんだろう。でもあいつは、今日は、させなかった。だから襲い、だから殺った。

 武器はわかった、多分投げナイフ。針みたいな細いのを周囲にばらまく。毒も塗ってある。回収されてて現物は見てないが、そういう傷だった。争った痕跡もない。一瞬で四人が食らって、全員死んだ。ほとんど血は出ていない」


「………………」


 身震いした。

 あの女性が、そんな技、そんな真似を。


「それとは別に、あいつがだめならと、アリタって女を襲いに行ったやつが出て……」


「アリタさんが!?」


「そいつも殺られた」


「!」


 トニアが、五人も。


 襲ってきた相手から身を守ったのだから、非難できる筋合いではない――が、やはり、苦いものが口に満ちた。


「あと、これは予想通り、ものを盗んだとか、きつい状態で寝て体がぶつかったとかで、殴り合いやらかした連中が何人も出た。

 こっちは自業自得ってことで放っておかれるけど、治してくれってファラに寄ってくるだろうから、側にいるお前もくれぐれも気をつけろ」


「……はい」


 それでレンカは話を終えた。


 これまで通り、エンフがみなの体調を確認して回る。


「色々あったし、野宿だし。大丈夫かい」


「眠たいけど、大丈夫~~~でも、この後また、っすかね」


 ファラが寝起きの美女顔を地べたから持ち上げた。

 寝袋に入っているが、それでも胸の盛り上がりがはっきりわかる。


「悪いけど、多分そうなるね。焼いてもらわないと。五人と、


 死体の数なのだろうが、いくつかとはどういうことか。


「まあどうであれ、ここの面々には関係ないよ。身支度して、出る準備整えな。もうすぐゾルカンがみんなを集めて、朝メシにするからね」


 その通りになり、客たちは呼び集められた。






 昨日の惨劇のせいで、人数がかなり減った。

 そのせいでどの顔も暗い。


 しかもはっきりと三つのグループに分けられている。


 荷物なし、身ひとつの者たち。もはやこの先の旅を続けるには他人に頼るしかない。


 荷物あり、これまで通りの者たち。


 きわめて有能だということを示し、他のどの客たちよりも、場合によっては案内人よりも優遇されるだろう、セルイもといライズ班。


 まるで、奴隷、平民、貴族のようだとカルナリアは思った。


 ライズ班が貴族だとすると、自分はその中で唯一、まったくの無力、無能な…………ダメ貴族。


 言ってみれば、モンリークのような存在。


 そのモンリークが、奴隷客の立場になっていることも、何とも皮肉な話であった。



「昨日は、沢山、死んだ。

 だが、お前ら……いいか、とりあえず、生きてることを喜べ。

 生きて、また太陽を拝めることを喜べ。

 自分の足で歩けることを喜べ。

 グライルに挑み続けられることを喜べ。

 まだ、自分の国へ帰れる道が残されていることを喜べ!」


 ゾルカンがみなを鼓舞した。


 その通りだった。

 昨日は、本当にわずかな差で、生と死の天秤が生の方へ傾いたのだ。

 全滅していてもおかしくなかった。

 それが今、こうして、生きている。


「今日は、ここを出て、また山に入る。ひたすら登りだ。下りは全然ねえ。小休止は時々するが、長く休むのは昼だけだ。その昼前に、きついところがある。覚悟しておけ」


 何一ついい要素のない道のりの説明の次に、客たちを並べて、班分けを確定させた。


 荷物なし組。十数人。三つの班に分かれる。モンリークたちはおとなしくしていた。


 荷物あり組。バルカニア貴族二人と従者たちが貴族班、それ以外の者たちで一班。シーロとアリタの夫婦もここ。


 ライズ班は言及されない。もはや案内人たちが頼りにする側の存在で、立場は特権的だ。自分たちの荷物を他の客に持たせることすら命令できるだろう。


 今日もまた、案内人の区別しぐさと、合い言葉を教えられた。

「教育」も抜き打ちでやられて、指示に即座に従えなかった者が何人か出た。


 その後、朝食となる。

 昨日、焚き火の下に埋められ塩を振られた後に長く火を通された鰐蛇セルゲータ肉は、薄く切ってパンと共に食べると、直火焼きとまったく風味が違って驚く。


 が……じっくり味わい、美味に感動することはできなかった。


 味わえない理由がやってきた。


「おい、ゾルカン……」


 村の住人たちの代表。


 昨日は笑顔で見送りの挨拶をしてきたが、今は恨みがましい顔つきだ。


やった?」


「知らねえな。というか、殺された? 理由あるんだろ? 言ってみな、ほら」


「わかってる。別に俺の手下ってわけでもねえしな。だが、これで、ここの再建が厳しくなった。ちょっとくらい言わせてくれ」


「まあせいぜいがんばれよ。せっかくアリがいなくなってくれたんだ、きちんと埋めて、新しいのが来ないようにしとけよ」


 客たちも、人死にが出たことは耳に入れている。

 建物も何もないので、横たえられている「それ」がどうしても目に入ってしまう。


 カルナリアも、すでに見てしまっていた。

 遺体が、四つと、ひとつ。


 眠っているだけのような、五体満足のものが四つと――。


 人体の各パーツはちゃんとそろっているのに、やたらと平べったい、奇怪な状態になっているもの。


 後ろから縦に、脳天から尻までにされ、しかし体の正面側の皮一枚だけを残してあって、つまり背中側できれいに割れて、体のがすべて後方へこぼれ出たものだという……。


 聞きたくもない凄惨な話だが、しかしそういうものほど人の口から口へ早く伝わってゆくもので、カルナリアの耳にも入ってきてしまっていた。


 先にエンフが言った五人といくつかというのは、普通の死体四つと、一応は人のかたちをたもっているひとつと、数えようもなくばらまかれたその中身ということなのだろう。


 他の住人たちが、とにかくそれだけはさっさと見えなくしようと、土気色の顔をして、ものすごい勢いで穴を掘っていた。


 集められた時点でそれが見えていたので、朝食の味わいにひたりきることができない。


 さすがに吐き戻すような者は出なかったが、食欲が湧かないらしい者はあちこちにいた。


 カルナリアも、穴を掘っている方は一切見ないようにして、とにかく口に入れたものを飲みこんだ。


 ゴーチェもおおむね同じようにしていた。


「お、美味うめえ、いいな、これ」


 レンカは平気な顔で、味わうことができている。

 これもまた、殺す殺されの世界の住人、凄惨な現場にも慣れきっている、常人ばなれした存在だった。


 そのレンカを、案内人たちがこわごわと見てくることにカルナリアは気づいた。


「もしかして…………あれは、レンカが?」


「女を襲ったやつだからいいだろ。怖がらせないよう、アリタには血の一滴も浴びせないように、怖いものも見せずに片づけたんだ」


「…………」


 それは、自分の手際を自慢するようなもの言いではあったが。


 肯定でもないことに、カルナリアは気づいた。


『自分が』やったような言い方ではあるが、はっきりそうだとは言っていない。

 後ろに、たとえば『が』とつけても意味が通る。


 そう言えば、死者が出たと聞いて目を向けた瞬間には、レンカは自分ではないという仕草をしていた……。


(まさか、ですね)


 アリタを襲った男を、レンカではなく――レンカが口をつぐむ相手、すなわちフィンが斬ったなどということは、まさか。


 気にはなりつつも、それこそ詮索しても何にもならないので――。


「人を殺すのは、いけないことです」


 それだけは言っておいた。


「お前が、自分でらずにすんでる、運のいいやつってだけだ」


 あっさり返された。


 自分たちの主張は永遠に平行線だろうが、カルナリアは譲るつもりはなかった。





【後書き】

朝からろくでもないことが。ゾルカン隊には他人を簡単に殺せる人間がいるという事実。ひどすぎた昨日より今日はであれと、カルナリアはただ願うのみ。そして再び移動が始まる。次回、第159話「前進」。

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