157 葬儀


 夕食に、かなり大量の、鰐蛇セルゲータの肉が追加された。


「これについてだけは、あの連中に感謝だな」


「ちょっと、ゾルカン。感謝するならレンカにだろ」


 エンフが腰に手をあて叱った。


「あの子が一発でやってくれなかったら、暴れて、被害出てただろうし、他のも上がってきてたかもしれないんだからね」


「ああ、そうだな。感謝してるぜ、ちっこいの!」


 食え、食えと、レンカに、木の枝に刺されてよく焙られた、白っぽい肉の塊が押しつけられた。


 ついでにお前も、とカルナリアも大きめの塊を渡される。


 元の恐ろしい姿の中に、こんな澄んだ色の肉があるのかと不思議な心地がした。


 見た目は鶏肉に似ていたが、香りが良く、噛むと似たものを思い出せない独特の弾力があった。脂身はほとんどないが、肉そのものにかなり含まれているようで、持っているうちにもしたたってきて、それがまた実に美味い。


 焚き火のあちこちで、同じように肉が焙られ、あるいは蒸されている。肉の塊を、内臓の膜で包んで埋めた上で火を焚くと、じっくり熱せられてまた違う食感になるのだという。明日以降のお楽しみらしい。


 角豚ゴルトンの時のような燻製くんせいは作らない。

 周囲に木があるわけではないので、いぶし続けるということができないからだ。今燃やしている焚き火も廃材利用である。


 今まではどうやってまきを確保していたのかと思ったら、湖を渡って、血吸蟻のいない、水辺に岩が突き出ているところに上陸して、そこで切った木を湖に落として、舟で引っ張ってこちらに持ってきて加工していたそうだ。


「キシャーーーーーー!」


 威嚇の声がして、ある方向をにらみながら、豹獣人ギャオルが村に戻ってきた。

 案内人数人と、牛獣人たちが続いてくる。

 怪我人を助けるために出ていった面々である。


 わずかだが、血のにおいをカルナリアはかいだ。


「実際に怪我人はいました。死人でしたが。現場に着くまでに何度も迷ったふりをされ、そして罠でしょう、突然岩が転げ落ちてきました。牛の二人が防いでくれましたが、危ういところでした。合図を聞いて、しっかりきました」


「仲間うちの、気に入らないやつを殺してから、それを利用したかな。まあとにかく、ご苦労だった。肉がたっぷり手に入った、しっかり食え」


 凄惨な報告だったが、向こうもこちらを殺そうとしていたので、同情の余地はなく、片づけたという言葉を非難することもできず、カルナリアは重たい気持ちになるだけだった。


(こんなところで、人間同士で殺し合うなんて……)


 エンフの言葉が胸に染みてきた。


 人の力は、人じゃないものと戦い、人を守るために使うべき。


 自分には何の力もないが、力があるなら、そういう風に使いたいと心から思った。






 食事と並行して、班の再編成、寝場所の割り振りがなされてゆく。


 水上住居は、おびき寄せられた鰐蛇セルゲータがまだこの辺りにいて襲ってくる可能性があったので、使用は見送られた。


 亡くなった者がそれなりの数いるので、詰めればなんとか、一行の天幕や寝具だけでどうにかなりそうだった。


「私たちは、外で休みますよ」


 率先してセルイが言い、村の跡地の角のところを寝床に選ぶ。

 まだ明るいうちに、ある程度だが堀を作り直した、その曲がり角のところ。


 女性たちを守りやすい場所というのが理由である。


 あの優美な貴公子が、地べたに横になるのかと、カルナリアは妙な気分になったが――。


「カルちゃんが他のみんなと同じように寝てるのを見た時の、私たちの気分わかったかな?」


 ファラが苦笑した。


 ちなみに襲撃があった時は、姿を隠していたらしい。


「いっぱい魔法使って、『流星』も見せちゃってるからねー。もし逃げおおせるやつがいたら、私のこと広められちゃうから、隠れてたんだ。まあそもそも、うちの鬼上司がやられるような相手でもなかったっすからねえ」


 それから真剣に言われたのは――。


「『流星』のことは、怒らないであげるけど、もう絶対に触れないこと。何を聞かれても、何のことでしょうととぼけて、逃げること。

 でないと、使え、自分を運べ、売れ、譲れって、大変なことになるからね……カルちゃん以外の、持ってる私たちやご主人様がね」


「…………はい」


 カルナリアはうなだれた。


 昨日は、あれを使った原因はといえばファラであり貴族たちであり、その後の、フィンが身にまとってしまった恐怖のおかげで、大半の人が雨中を飛び交った輝きのことを気にするどころではなくなってくれたが。


 今日は、あの輝きを人の目に入れてしまったのは、完全にカルナリアのせいである。

 使ってくれることを期待して、飛び出してゴーチェを助けた。

 フィンも、それを見て赤い光で飛んできた。

 緑の星の二つ目も披露させてしまった。


 使った、いや使わせたことで命をいくつか救えたので、後悔はしていないが――今後『流星』を巡るトラブルが発生したならば、全てカルナリアの責任だ。


 フィンなら大丈夫だろうが、だからといって面倒をかけることが許されるわけではなく。

 手に入れられるかもしれない、話が聞きたいとカルナリアに群がってくる可能性も非常に高い。


 本人がその気なら簡単に相手を排除できる魔導師であるファラにすらあれほどの勢いで群がってきたのだ。

 奴隷の小娘にどういう態度で出てくるか、想像するだけで恐ろしい。


「まあ、やっちゃったことは仕方ない。

 今日はそれどころじゃないものすごいこと連続したから、みんなの頭から消えてくれてるのを期待しようね」


「はい……」


 女性であるファラ、カルナリアが最も奥まったところで寝る。

 戦えるレンカと、現れるとすればフィン、そしてエンフがその外側。

 セルイたち男性がそのさらに外に場所を取り、女性陣を守るかたちになる。


 もちろん、外に出て堀を越えて狙ってくるやつが出ないとも限らないので、そちらには簡易的にだが引っかかると音の鳴る仕掛けを設置してあった。


 自分たちにとって危険な相手の居所を知っておかなければならないと、ゴーチェが他の人々の配置を調べてきた。


 荷物を失った者たちと、荷物を保持している者たちとは、はっきり分けられて、案内人たちがその境界となったそうだ。


 パストラたち親子は、他の荷物なし組と共に天幕に押しこめられて。


 モンリークは、荷物の中の布が割と多めに回収できたので、平民たちと同じ天幕内にすし詰めで寝るのを嫌がって、自分たちだけで横たわるつもりだという話だった。


 またバルカニア貴族の二人は、こちらの近くにいるという。

 ファラをまだ狙っているのかもしれなかった。

 もしかしたら自分のことも。






「お願いしたいことがあるんだけど、いいかい?」


 寝床の支度をしている中、エンフがやってきて、セルイたちに小声で何かを告げた。


「それは、確かに必要ですね。いいでしょう。ファラ、行ってきてください」


「じゃあ、レンカちゃんも来てくれる?」


 ファラにこれも何か耳打ちされたレンカは、わかったと言って立ち上がった。


 女性がみないなくなり、自分とセルイたちだけが残される状態に。


 きわめて居心地悪くなるが、もうじき完全に空の色がなくなるという黄昏たそがれ時、態勢の整ったこの寝場所を離れるのは、それはそれで危険だ。


 幸い、ここぞとばかりにセルイが寄ってくる様子はない。


「何の用事なのでしょう?」


「さあ……」


 ゴーチェにも見当がつかない様子。


 と……そこへ、魔力を感じた。


 誰かが魔法を使った。

 ファラしかいない。


 感じる魔力は、かなり強い。大規模、あるいは威力の強いものを使っている。

 場所は、村の外だ。


 そんな所で、一体何を。


 獣、あるいは侵入者よけの結界魔法なら、魔力は広範囲に薄く広がるはずである。


 魔獣か何か、危険なものが現れたか。

 あるいはあの虫が生き残っていたとか。


 しかしそれなら、あんなに静かにファラを呼ぶわけがない。

 戦闘担当者やセルイたちも急ぎ呼ばれるはずである。


 ゴーチェに見に行かせるわけにもいかず――そもそも彼は、カルナリアが魔法を感知できることを知らない。知ったら、ますます評価が高まり同時に疑惑も深まり、自分の正体を気にするようになるだろう。


 わからないままに――。


 松明を持った案内人が、葬儀をすると知らせて回った。


 亡くなったものたちの遺品を、遺体の代わりとして埋めて、冥福を祈るのだという。

 もう暗くなったし強制はしない、死者に祈りたい者だけ来いとのこと。


「行きます」


 もちろんカルナリアは立ち上がった。





 ゾルカンが、参列者を引き連れ、魔物よけの煙をたなびかせながらその場所へ向かう。


 主立った案内人たちと、客の中からは十人ほどが出てきた。


 人妻アリタがいた。一人だけだ。


「夫は……限界だったのか、食事を終えるなり、倒れてしまいまして……」


 疲労だけなので、休ませ、荷物の見張りを他の者にお願いして、葬儀に参列することにしたらしい。


「私たちは、運良く生き残れましたから……亡くなった人たちの思いも一緒に、国へ連れ戻してあげたいと思いまして」


「ええ、ぜひ、そうしてあげてください」


 カルナリアは、自分を守るために命を落としたレントとエリーレアを、二人が葬られた墓地で抱いた気持ちを、あらためて思い出した。


 首輪に触れる。

 レントやエリー、騎士ガイアスたちみなの想いが宿るこれを、レイマールへ届ける。そのために何としても生き残る。それが自分の役目、しなければならないこと。




 葬儀は、村の外で行われる。

 だから濃いめに魔物よけの煙を立てている。


 先ほど魔力を感じた方角とほぼ同じだった。


「…………?」


 すでにかがり火が置かれているそこで、妙な作業が行われていた。


 穴である。


 葬儀なのだから不思議はないが。


 村の住人たちが、穴を、掘るのではなく、

 それもかなり大きな穴に、山盛りになった土を流しこんでいる。

 かなり長時間働かされているのか、住人たちはみな汗まみれで、泣きそうである。


「襲ってきた連中の死体を、先に埋めたのさ」


 エンフに言われて、怖気おぞけに襲われつつも、納得した。


「湖へ流して、鰐蛇セルゲータや他の生き物に人の味おぼえさせるのはよくないからね。罰も兼ねて、深めに穴を掘らせたんだ」


「罰、ですか?」


「あの『棘』をばらまいたやつらだからね」


「…………」


 同情の余地はなかった。


 変な臭いがした。

 焦げくさい上に、肉を焼いたような。

 まったく食欲をそそるものではない。


 ファラが使った魔法の結果だろうことは疑いなかった。


 炎は見えなかったが、熱を放つ魔法を使ったのだろう。

 つまり――死体を焼いた。血を流してまた血吸蟻を呼び寄せないように。


 確かに、ひそかに呼ばれるわけだった。


 そのファラが、灯りの届くぎりぎりのところにいた。


 レンカもいたが――なぜかカルナリアを見ると、まずいやつが来たとばかりに身をひるがえし、ファラともども闇にまぎれてしまった。


 死体を焼くならファラがいる意味はわかる。

 しかしレンカに手伝わせたというのはどういうことだろう。レンカが魔法を使えるとは聞いていないのだが……。


「ようし、もういい。道具を置いて、戻れ」


 案内人が、住人たちに厳しい声音で言った。


「ここはもう血を流しても大丈夫な場所になった。だから、次は即座に報復する。する。お前たちとの取引も厳しいものになる。二度とするな」


 住人たちは、かがり火だけの薄暗い中でもわかるほどに、彼ら自身が死人のような顔色になっていた。


 そして、案内人ではなく、暗がりの方をこわごわと見てから、小さくなって村へ戻ってゆく。

 途中でへたりこんだ者も出た。誰も助けてくれず、自力でよろめきながら起き上がって、どうにか帰っていった。


 あのように、とは何なのか。

 彼らは何を見せられ、あれほどに恐怖したのだろう。






 その後から、葬儀が始まった。


 死体を埋めたのとは別なところに、浅く掘られた穴があり、そこにまったく使い道のない踏みつぶされた遺品が、ひとり分ずつ少しずつ間を空けて安置されてゆく。


 死んだ客は十五人。

 全員が虫に食われたわけではなく、逃げ損ねて山崩れに巻きこまれた者が二人いた。


「誰か、祈りを唱えられるのは?」


「私ができます……結婚前は、神殿でお手伝いをしていました」


 意外にも、と言っては失礼だが、アリタが進み出た。


 バルカニアの主神、炎神バルカのあたたかな御許みもとへ魂が戻りますように、そして再び命の炎となって新たな生を歩みますように、という意味の鎮魂の祈りが、澄んだ声で唱えられる。

 バルカニア人たちは、両手を丸いものを持つような形にして瞑目した。命の炎の塊を抱いている、という仕草である。


 カラント人の死者は出ていないので、カルナリアは一歩引いたところから、カラントの主神、風神ナオラルに祈りを捧げた。

 風よ、どうか、亡くなった人たちの魂が故郷へ戻る後押しをしてあげてください。


 ゴーチェを助けた時にはまだ生きていたかもしれないのに、助けられなかった人たちへの謝罪もした。


 祈り終えると、隣にフィンがいた。


 無言で、肩に手を置いてくれる。

 体をもたせかけて、あらためて死者を悼んだ。


(でも…………思えば……あのアリを退治してくださったのですから、このひとが一番沢山、命を救っているのですよね……ファラを呼んで、レンカやゴーチェさんを山へ運んで、そこでも人命を救いましたし……)


 だがフィンはそんなことは一言も口にしない。

 このひとがそれだけのことをしたと、知る者は自分の他にはほとんどいない。

 誰も救い主だと知らず、怖がり続けている……。


(私がいます。私はちゃんと知っていますから)


 頭をぼろ布にくっつけ、軽く額を擦って、ありったけの思いをこめた。



 客たちの後に、案内人たちの葬儀が営まれた。

 案内人も五人死んでいる。

 ゾルカンよりも年上の案内人が祈りを唱えた。

 グライルの者たちは、グライルそのものと、天の神に祈りを捧げた。






「血、ちゃんと洗った?」

「一応は。、頼む」

「カルちゃんには刺激強いからねー」

「そういうとこはまだまだ、お姫さまだよなあいつ」






 フィンに伴われたカルナリアはこの夜、何も知ることなく眠りについた。


 星空を見上げつつ、地べたに座るかたちのフィンのすぐ隣で、横になり。


 フィンがいない朝から始まって、入浴中の石人通過、本隊との遭遇、血吸蟻の海、死んでゆく人々、腕を切断したレンカ、フィンによる救出、木の根巨人、ゴーチェの治療、遺品回収、フィンとのやりとり、山師たち同じ人間に襲撃され、鰐蛇セルゲータと、今日もまた起きた無数の事件を思い返し――。


 セルイたちがすぐ近くにいるのでくっつくわけにはいかないが、フィンが自分を守ってくれることを確信しながら目を閉じた。

(明日は……誰も、命を落とすことがありませんように……!)

 良き風の流れを願ったのが最後の意識で、疲れきっていた体は、昨夜と違って即座に眠りに落ちていった。

 眠りこむ寸前に、ほんのわずかだが、麗しい手が頬を撫でてくれたことを感じた。


 ――カルナリアは何も知らないままだった。


 襲撃者たちの死体が埋められたのは事実だが、その際に身につけていたものはすべてはぎとられて。

 裸の遺体を、レンカが切り刻んで、村の住人たちに絶大な恐怖を植えつけたことを。


 ――襲撃者たちの生き残りが、自分のすぐ近くで、静かにくびり殺されていったことも。




 そして翌朝、知ることになる。


 眠る前の願いはまったくかなわず、さらに新しい死者が出たことを。


 それも、何人も。





【後書き】

ようやく、長い一日が終わった。初日、二日目は死者は出なかったが、この日は沢山死んでしまった。明日はいったい何が待つ。次回、第158話「第四日、朝の殺人事件」。残酷な表現あり。


【解説】

ファラがレンカを連れていって死体を切り刻ませたのは、処理しやすくするためはもちろんですが、『流星』について余計な詮索や要求をさせないため、人体をあっさり切断する剣技を見せつけるという目的がありました。村の者たちは恐怖を叩きこまれましたが、見ていた案内人たちも大体同じ気持ちになっています。前話でセルイたちが戦闘力を披露したのも同じ理由。荒事に縁のない育ちをしてきたカルナリアだけがわかっていません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る