143 石人



 大急ぎで肌をぬぐい衣服を身につけ、三人とも問題ないことを確認してから外に出る。


 ひどいことになっていた。


「うわああああああああ!」


「来るな、来るな、来ないでくれええええ!」


 住人たちがわめきながら、それぞれが貯めこんだものを持ち出そうと狂奔きょうほんしている。


 案内人たちも、殺気だって亜馬に荷を乗せていた。


 元から自分の荷物を持ち歩いている客たちは――。


「動くな! じっとして、どっちにでも逃げられるようにしてろ! うるさくするんじゃねえぞ、俺たちにもどうにもできねえんだからな!」


 ゾルカンの大声が飛び。


 全員が、血の気をなくして同じ方向を――北を見ていた。


 グライルの中では珍しく平地の広がるこの土地は、東西を山に挟まれている。

 右、東側は、自分たちが越えてきた山。

 左、西側は、湖とその向こうの平地が、あるところから急峻な山になっている。壁のよう。


 北から川が流れてきており、その川沿いにもまた、東西の山の間に、細いがある程度の平地が形成されている。


 その、みなが見つめる北側の平地を、近づいてくるものがあった。


 ずん……ずん……という地響きは、もはや靴をはいて立っていても全身に感じるほどになっている。


石人ゴーレム…………!)


 小柄なカルナリアには、最初のうちは、人が邪魔で見えなかった。

 進み出るのもはばかられて、地響きに耐えるだけ。


 だが、人々のおののきと地響きの強まりにつれて――。

 揺れ動き、できた隙間から、見えてきた。


 村を囲む堀の向こう、北から、川沿いにやってくるもの。


 五体いた。


 いちおう、人のような形をしている。

 胴体と、二本の脚、二本の腕、頭部。


 人間のプロポーションよりは短足で、横幅がある。

 短めな二本の脚を交互に動かし前進――つまり歩いている。

 その一歩ごとに地響き。どれだけ重たいのか。


 太い腕が左右に長く伸びており、ほとんど地面につきそうで、バランスが崩れた時はそれで支えることもやりそうだ。


 サイズは、周囲に比較できるものがないのでわかりづらいが――人間の倍ではきかない高さがあるだろう。


 胴体も、両腕も、両脚も、いくつもの岩石が組み合わさってできていた。


 五体、どれもこれも、完全に同じつくり。

 同じ形の岩石パーツを複数用意して組み上げたように、五体ともすべてそっくりな形状をしている。


 しかし…………人で言えば首、あるいは頭部。


(お顔、でいいのでしょうか、あれは……)


 それが、すべて違っていた。


 ただの岩だった。

 人の顔を模したわけでもない、頭部に見える縦長でもない、形がそろっているわけでもない、似通った形状ということすらない、本当にそれぞれ違う、ただの岩。


 胴体が岩を乗せて運んでいるようにも見える、異様な姿。


「大体、魔導人形ゴーレムってのは、人間でいえば脳みそにあたる『核』を用意して、それに土とか木とかの材料をくっつけて、魔力通して動かすものなんだけど――岩を組み合わせたものも、作れる魔導師がいるにはいるんだけどね……」


 ファラが説明してくれた。


「グライルの石人いしびとってのは、頭の以外の体部分が、みんな同じってとこが、人が作る岩人形と違うんだよね。

 人の手で削らない限り、岩や石に、まったく同じ形ってものはないから……自然のものを組み合わせて動かしてるんじゃなくて、頭になる岩から、あの石の体がんじゃないかって考えられてる。

 このグライルそのものが核。そこから生み出される体だから、みんな同じかたち、同じ大きさ」


「生えてくる……ですか」


「でも、生えかけとか動き出すところとか、逆に止まる、壊れてるところとか、そういうの見つけた人まだいないんだよね。だから仮説にすぎないけど。

 あの『あたま』に飛び乗って調べてみた人はいるけど、魔力で動いてるってこと以外、まるでわかんなかったそうだよ」


「三年、追いかけた人がいると、案内人さんから聞きました」


「ああ、それ。その記録読んだの。私が思いつくようなことは全部やってる。それでも何もわかってない。

 つなで引っかけて倒してみても、あの頭は外れない。腕で簡単に起き上がられてしまう。全身縛っても止まらなくて綱の方が先にちぎれる。火とか水とかの攻撃魔法は全然効かない。硬い石ぶつけてちょっと砕くことに成功はしたけど、次に見た時は元通りになってた。砕いた石は何ひとつ変わったところの見つからないただの石。

 精神魔法とか呪い、動物とお話する魔法なんかも、まったく通じなかったし、やりとりもできなかったって記録されてた」


 説明を聞いている間にも、地響きは強まり、ずんぐりした石の体は大きくなってきて……。


「来るか!?」

「来るな! あっちいけ!」

「ひ、ひ、ひぃぃぃっ!」


「頭部」がそれぞれいびつな岩であるため、こちらを「見て」いるのか、意図を持っての接近すなわち「狙って」いるのかどうか、まったくわからない。


 五体が歩調をそろえているわけでもないので、地響きはずん、ずんから、ずずんずんずずずずんずずんと途切れのない太鼓の連打のようになってきて。


「客人ども、俺が逃げろって言ったら、とにかくあれの来ない方向へ走れ! あれは人間を追ってくるようなことはしねえからな! 踏みつぶされなきゃ何とでもなる! でも転ぶなよ! この状況で血ぃ流したら最悪の中の最悪だからな!」


 ゾルカンが怒鳴り、緊張感がはしり、さすがのファラも無言になって石人の来る方をきつく見据えた。


 息詰まる時間が流れ、地響きの連打のうちに、とうとう人垣の上に「あたま」が見えてくる。


 黒ずんでいたり、明灰色だったり、青みがかっていたり。

 五種類の岩がそれぞれ揺れ動き、移動し続けて……。


 大きさがわかった。

 三階建ての建物ぐらい。

「あたま」の大きさの違いで身長差は出るが、おおむねそのサイズ。


 見るからに硬そうな岩が組み合わされた太い脚。

 人の手によるどのような攻撃も通用しそうにない、岩の塊そのものの胴体。

 もし動くことがあれば、人の作ったものなど簡単に粉砕するだろう岩の腕。

 それを動かし、地響きを立て、石人たちは歩み続ける。


 こんなものが向かってくれば、家をはじめ、人が作ったどのようなものも粉砕され、踏みつぶされてしまうのは当然だった。


 速度はそれほどでもなく、人の小走り程度で、全力で走れば逃れることだけはできそうだ。

 だが、それはつまり、自分で持てる荷物以外のものは、あきらめるしかないということ。

 休めるが住めない、という案内人の言葉の意味も、住人たちの恐怖も、身に染みて理解できた。


「…………来ねえ! こっちには来ねえ!」

「助かったあああああああ!」


 声が上がり、歓声が続いた。


 誰もが恐れおののきつつ、それの「通過」に見入った。


 村の堀の外側、昨日警戒しながら通過してきた草原を、石人は踏みしだき、新しい丸い足跡を作りつつ歩いてゆく。


 その姿が、五体すべて、横向きになった。

 完全にもう、こちらには来ないことが確定した。


「あっちいけ、あっち!」

「クソ石どもが! 行っちまえバーカ!」


 堀に一番近いところを通り過ぎる、黒ずんだ「あたま」の石人に罵声が浴びせられ、石も投げつけられた。


「………………はぁ」


 カルナリアは、いつの間にか大きく開いていた口を閉じ、あごをあげて見上げていたためにずれていたフードを直して息をついた。


 心臓が激しく打っていた。

 へたりこみそうになったのを何とかこらえる。


「あれが…………あんなのが、たくさん、来たんですね……」


「そりゃ、せっかく作った村も、滅ぼされるよねえ……」


 ファラも冷や汗を浮かべていた。


「ちょっと『見て』みたけど、確かにあれ、魔法生物だねえ……勝手に動く魔法具、って言った方が近いかな……近づいて調べても、三年間調べた人以上のことわかるとは思えないけど……」


「あれが、このグライルの中を、ひたすら動き回っているのですね?」


「そういうこと。あの調子で、木があろうが川があろうが全部踏みつぶしたり乗り越えたりして、ずっと動き続けるんだって」


「三年、追いかけ続けてもですか」


「止まる、休む、修繕する……そういうのは一度も見なかったって書いてあったよ。山の斜面も登っていくし、どういう仕組みか、あの『手』も『足』も岩にはよくくっつくみたいで、人が登れない岩壁も越えていく。

 あのくらいの数のやつならあちこちにいるけど、群れというか本隊というか、すごく数が多い集団があって、それに出くわしたらおしまいだそうだよ。あらゆるものが踏みつぶされて、地形も変わるとか……」


「ひぃぃぃ……!」


 土台だけを残している家はもちろん、ここにあった村が「消滅」した際に、住人が「踏みつぶされた」という話を思い出して、カルナリアは恐ろしさに身震いした。


「…………よぉぉし! みんな、湖へ戻れ! まだ体洗ってないやつ、続きだ!」


 安全を確信し、ゾルカンが指示を出した。


 それからは、割と平穏な時間が続いた。

 石人に魂消たまげた人間たちには、トラブルを起こす気力などなかったのだ。


 客たちはそれぞれ順番に「入浴」していって。


 今の震動で少し壊れた家があったようで、案内人たちが住人に協力して修繕にかかっている姿が見えた。


 自分たちが消費した食糧の埋め合わせか、湖畔からかなりの人数で長く大きなあみを引くところも見えた。


 すでに入浴を終えた客たちのうちには、特にすることもないので、ゾルカンに許可を取ってその「あみ引き」に参加する者も出てきた。手に入れた魚を自分の食事にしていいらしい。


 女性班はあいにく、自由行動を禁止された。これは仕方ない。


 一般女性はそれぞれの夫と寄り添い、カルナリアは――レンカとお話できないかなと期待した。


 フィンのことについて。

 夜には聞き損ねた、何があってレンカがああなってしまったのか、その話。何とかして知りたい。


 だが、時間があればすぐ体を休め、今も暇になるなり座りこんだレンカが――べったり地べたに横になってしまった。

 大胆にも、ここで眠るのか。

 その場合、自分がレンカを守る状況になるかもしれない。


 と、思ったのだが……。


「……ファラ。こいつのこと、少しまかせていいか」


 すぐに、妙に険しい顔で起き上がってきた。


「どうしたの?」


「気になるんだが、自信がねえ。ちょっと聞いてくる」


 レンカは、素早く動き出し――客たちの最外縁にいるセルイのところへ行った。


 セルイに何か言い、その体の陰から、フードをかぶった、あのグレンという男が現れる。

 今までどこにいたのかわからなかったのに。


「あのおっちゃんはレンカちゃんの、いわば師匠なんだよね」


 カルナリアの視線を追って、ファラが言った。


「レンカちゃんのこと、聞かされたでしょ。ひどい目にあって、死にかけてたレンカちゃんを助けて、治して、今のレンカちゃんに育てたのが、あのおっちゃん」


「………………」


「すごい人だよ。フツーのおっちゃんにしか見えないのも含めて。

 ものすごい技を発揮するでもない、魔導師でもない。強そうでもない、怖い感じもしない。

 でも、沢山の人集めて殺し合いさせたら、すごい、強い、怖い、優秀な人たちがどれだけいても、最後に生き残ってるのはあのおっちゃん。そういう人」


「…………」


 カルナリアには理解が追いつかなかった。

 つまるところ、フィンのような、何をどこまでできるのかがまったくわからない人物だということだろうか。


「……そのお師匠さまに、レンカは、何を聞きに行ったのでしょう?」


「わかんないなあ。私は、魔法関係ならともかく、そうじゃないことについては普通の人だからね。レンカちゃんの勘とか嗅覚とか、そういうのは全然ついていけないよ。何か気づいたのなら早めに教えてほしいねえ」


 そうは言うが、モンリークを治療すると決めた時のファラの身ごなしはきわめて素早かった。


 この女性はこの女性で、本当の緊急時には、思いもよらない能力、あるいは容赦ない戦闘力を発揮するのではないだろうか。


 ……レンカとグレンは、じっと見ていたはずなのに、人の中にフッと消えてしまった。あれもまた技術だということも、わかるようになっていた。


「よーし、客ども、集合!」


 だがそこで、ほぼ全員が入浴を終えたようで、ゾルカンが呼び集め始めた。


 レンカは戻ってきていないが、従わないわけにはいかない。





【後書き】

ただ動き、ただ踏みつぶす。人の思惑も損得勘定も感情も、一切通用しない、恐るべきグライルの一端をカルナリアは見た。そしてレンカは何を感じ取ったのか。不穏な気配が漂うまま出立することに。

次回、第144話「村からの脱出」。残酷な表現あり。



【解説】

 石人は、3~4mある体の上に自動車ほどの岩が乗っている感じです。二階建ての一軒家の、屋根の上までぐらい。「天空の城ラピュタ」のロボット兵が設定上は「3m44cm」だそうですのであれくらいの背丈で、もっと幅広く手足もごつい。

 そんなものが、ハイキングで歩いている山道の先に現れこちらに向かってくるのを想像すれば、カルナリアたちが味わう恐怖が実感しやすいと思います。

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