129 お叱りと提案


 レンカは、フィンに連れられてきたが、失禁はしていない。


 不満そうである。

 ふくれっ面である。


「………………」


 ぶっす~、としているレンカに、ファラが真顔で言った。


「レンカちゃん。まず私に、ものすごく苦労した私に、言うことあるよね?」


「……ごめんなさい」


 目を合わせようとはせずに、レンカは口だけで言った。


「あんなクソ貴族の、腹ん中に手ぇ突っこんで、あちこちつなぎ合わせる羽目になった私の気持ち、想像できるよね? 逆の立場だったらどう思うかは考えられるよね?」


「ごめんなさい」


「よし。次からは、やる前に、片づける人のことも考えなさい」


「はい」


「気分と勢いだけで人を殺してはいけません」


「はい」


「じゃあこっちは終了。お話おしまい。それじゃ、そっち、どうぞー」


(え、それだけですか!?)


「それだけか、って顔だねー」


 読まれた。


「まあ、レンカちゃんと私じゃ、所属も経歴も任務内容も、全然違うからね。初めて会ってからまだ十日ぐらいしか経ってないし。もしかするとカルちゃんの方がつきあい長いかも」


「そうなのですか!?」


「なんで、私には怒る権利はあるけど、処罰する権限はない。だから今のでおしまい。私は怒った。謝ってもらった。終了。問題なし」


「…………」


 セルイをはじめ皆同じ、同志、仲間、とにかくひとまとめで「反乱軍の一味」「敵」とだけ認識していたカルナリアにとって、かなり意外なことだった。


「…………オレの方も、話がある。お前に」


 レンカが、カルナリアを向いて――ぎろりとにらみつけてきた。


「何でしょうか」


「お前には、謝らないからな」


 ふてくされた顔――カルナリアよりも年下っぽい表情。


 カルナリアの中にも、子供っぽい感情がふくらんだ。


(そうですか。それでしたら…………こちらも)


「……私も、あなたに話があります」


 カルナリアは静かに告げた。


 ファラに頭を下げ懇願して、ひどいものを見ることになり、ものすごい経験をさせられた――その原因を作った相手。

 自分にも怒る権利はある。げんこつをくれてやるくらいはしてもいい。


 レンカが「死ね、貴族!」と憎しみをこめて叫ぶ、その理由を知っている。

 自分はその理由を作った者の、実の妹でもある。


 だから、あの瞬間のレンカの行動も、理解はできた。

 理解だけは。


 でも、受け入れることはできない。


「謝ってほしいとは、私も別に、思っていません。

 私が望むのは、質問と、お願いだけです」


「質問と、お願い?」


「あのモンリーク様が、あなたに、何をしたのですか? あなたは、あの方に何をされたのですか?」


「それはっ……!」


 レンカは気色ばんだ。


 カルナリアにも、レンカの暴発の理由は大体わかっている。


 レンカはカルナリアは王女だと知っている。

 最も憎むべき、貴族の頂点たる王族というやつは、憎むに値するものでなければならないと思っている。


 その自分が、頭を下げ、屈辱的な言葉を発しそうになったから。


 それを言わせ、仇敵の価値を下げさせようとするモンリークを許せなかったのだ。


 タランドンでも聞いた。カルナリアを守るためではない。自分の心を守るため。


 だが。


「あの方が、直接あなたやあなたの家族を傷つけたり、苦しめたり、殺したりした相手ではないのなら…………あれだけ痛く、苦しく、怖い思いをしたのです。あの方への仕打ちは、これでもう、やめてもらえませんか」


「な………………!」


 レンカは、目も口も真ん丸にして、固まった。


 先だってのモンリークのように、その満面が真っ赤になって、血管が濃厚に浮き、ものすごい形相になった。


 しかしカルナリアは臆さず続けた。


「私も、あの方は好きにはなれません。

 でも、好きではないから殺すのなら――自分が好きではない人たちを殺して作る新しい世の中というのは、貴族が気に入らない平民を殺しても許されてきたこれまでの世の中と、何が違うのですか?」


「なっ……!」


「私は何もわかっていないということを、沢山教えられました。ですからこの考えも甘いのでしょう。色々足りないのでしょう。

 でも、わかっていないからこそ、もっと学び、考えて、今より少しだけましなものを目指せると思うんです。

 一緒に、色々勉強していきませんか?

 そういう相手が欲しかったのです」


「ふっ、ふざけるな!」


「ええ、ふざけていません。大まじめです。

 ですから、まず私とまったく違うあなたと仲良くなることから始めてみたいのですが、いかがでしょうか」


「何がですからだ! 意味わかんねえ!」


 レンカは地団駄を踏み、手を振り回した。

 子供そのままの、激しい感情表現。恐らく素の年齢相応。

 ……剣を抜かないだけましと思うべきか。


「じゃあ、わかるまでお話ししましょう」


「いやなこった!」


「聞きたいことも色々ありますし」


 カルナリアはちらりとフィンを見やった。

 もちろんレンカはそれにすぐ気づき、唇を引き結ぶ。


 最も知りたいことについては絶対言わないという強い意志を感じる。後ろに立つフィンもわずかに揺れ動いた。何を隠していやがるとカルナリアは目を細くする。


「誰がお前となんか!」


「仲良くしてくださるのですよね?」


「いやだって言ってんだろ!」


 ムキになるレンカに、ファラが言った。


「……レンカちゃん。ムカついたからぶっ刺しただけの君と、吐きながらその後始末を必死にこなしたカルちゃんとは、もう対等じゃないんだよ。これについては私はカルちゃん側。カルちゃんの言うとおりにしなさい。文句あるなら、いきなり刺す前にその影響を考えられる冷静さを身につけて、どんな怪我を負っても自分だけで治せるようになってから言ってね」


 ファラは真面目な美女顔で言ってから、にへらっと崩れた。


「ちっちゃい子同士が仲良くなって、お互いなしではいられなくなる展開も、これはこれで…………どちらが攻めか受け次第で、新しい扉が開けそう……うぇへへ」


「寄るな」

「近づかないでください」


 レンカとカルナリアの言葉はほとんど重なった。





【後書き】

水と油、天と地、王女と庶民、お姫さまと殺し屋。あまりにも違いすぎる二人だが、同じ場所にいて同じ立場で言葉を交わす、これもまた人の世の不思議。次回、第130話「モテモテ」。誰が誰に。

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