ex03-1 星を目指した忍び(前編)

※番外編です。これまでとはまったく違う場所、違う時系列です。





 かっこいい、と心から思った。


 戦場である。

 郷里では見たこともないほどの大人数が互いに殺し合っている場である。


 凄惨な光景の中で、ある武将の姿に目を奪われた。


 数百人にもなる敵兵の列に、わずかな騎馬兵を率いて突っこんでゆく。

 敵の隊列を崩し、次から次へと敵兵を斬り倒し、隊長らしい者を討ち取って高々と声を放った。


 その将のもとに大勢の騎士たちが集合し、隊列を整える。

 号令一下、集団が動き出す。


 先頭に立った将が怒号を放つ。

 続く者たちも猛々しく叫ぶ。

 整然と、そして圧倒的に、敵軍を断ち割り、踏みにじり、粉砕してゆく。


 勝敗は決した。

 自軍の旗を掲げた部下を背後に従えて、武将が堂々と戦場の中央に馬を進める。


 剣を高々と掲げ、勝利の雄叫びを放った。


 数千数万の歓声が大地を震わせた。


 剣先が鋭く輝いていた。


 地上に現れた星。

 まばゆいきらめき。


「かっこいい…………!」


 幼い少年は星に憧れた。


 あんな風に星を宿す者になりたいと心から願った。


 ――だが、許されなかった。


 少年の一族は、『ミルパ』だった。

 地べたを這い回る、無数の脚を持つ気色悪い虫の名だ。


 姓というわけではないが、『ミルパの者』というだけで誰もが軽蔑してくる存在。


 地べたを這うようにして動き回り、常人には入りこめない場所に入りこんだり、天井に張りついたり、とにかく人に見つからないように動き、はたらき、そして汚い仕事をこなすのが役目だ。その動き方からミルパと呼ばれ、さげすまれた。


 少年もひたすらミルパの技を仕込まれている身だった。

 とにかく姿勢を低くして動く。熟練した者は、這ったまま、肘も膝も使わずに手首と足首だけで地べたを這い回ることができる。


 その動き方をあざけり笑う者は多かったが、そういう者は、夜や悪天候に乗じて接近してくるミルパの者に気づくこともできないまま殺されていくことになる。


 少年は自分も早くその技を身につけ、一族の役に立ってやろうと意気込んでいた。


 しかしその道は開かれなかった。

 体が大きくなり始めたからである。


 同年代のミルパの子の誰よりも背が伸びて。

 まだ子供のうちに、なまじな大人よりも高くなり。

 鍛えるとすぐに筋肉がついて、骨格も大柄になり。

 できるだけ低くあることを求めるミルパの動きがどうにも合わなくなってしまった。


 力は強く、動きも速く、身軽に跳ね回ることも自在だった。

 だがミルパの動きができないという一点をもって、少年はミルパの中では低く扱われていた。

 周囲から見下されている集団の中では、さらに見下す者を作って結束を強める。その対象とされたのだった。


 彼自身、自分は役立たずだと思いこんでいたのだが――事件が起きた。


 よくある話である。からまれたのだ。

 買い物のために街を訪れた彼を、成人したて、十五歳くらいの若者たちが囲んだ。こいつミルパだぜ。金持ってやがる。よこせ。


 喧嘩になり――完勝した。

 自分の体には拳のひとつすら触れさせることなく、一方的に、相手全員を地に這わせることができたのだ。


 拳を天に突き上げた。


 自分は強いのではないか。


 もしかして、行けるのではないか。

 あの日、地べたから見上げた、あの星のところへ。


 父に、兵士になりたいと告げた。

 自分はミルパでは役立たずだが、兵士なら。いずれは騎士に。そして将軍に。戦場を駆け、勝利をつかむ者に。星を宿す者に。


 父は――笑うでも怒るでもなく、ただただ静かに、無理だと言った。


 そんなことあるもんか。少年の無謀さで里を飛び出し、兵士を募集しているところに飛びこんだ。

 本当はまだ十歳だが、自分はもう成人している、十五歳だと言い張った。それで通るほどの体格だった。どんな大人よりも強いぞ、とわめくと通してもらえた。


 笑う大人たちに、腕試しをされた。


 最初の兵士は、すぐぶちのめした。

 気配が変わった次の兵士にも、手こずったが勝った。


 三人目に、隊長とか何とか呼ばれているやつが出てきた。強かった。純粋な力で負けて、技も相手の方が上で、何をやっても通用せず、悔しかったがミルパの技を使うと相手の意表を突けて、これなら勝てそうだと思った瞬間に、気絶させられた。


 目覚めると、縛られていた。

 強いやつが目の前にいて、負けた以上は殺されるのかと思ったが、お前本当はいくつだと問われた。負けたのだから嘘を言っても仕方がない。悔しさに泣きながら、十歳だと告げた。


 惜しい。本当に惜しい。ミルパでさえなければ。

 そう言われつつ、追い返された。

 ミルパの里に生まれたというだけで、ミルパになる以外の道はないのだった。それがこの国の決まり、この国に生まれた者の当然の運命。

 少年の行く先に、星は存在していなかった。


 彼の体はさらに大きくなり、さらに強くなった。

 だが、巨体すぎるゆえにミルパの技には向かないと、同年代の者たちが任務につくべく里の外へ連れ出されてゆく中で、彼はずっと里から出されないまま、黙々と鍛錬を続けていた。


 十二歳の時、妙な男が里にやってきた。

 ミルパと同じような仕事をしている、別な土地の者らしい。

 里の連中は追い出したいようだが、それができない立場の相手であるようで、ひたすら無視し、避けている。

 その男が少年に目をつけた。

 強さを試された。


 その男は、里の誰よりも、少年よりも、あの隊長というやつよりももっと、いやはるかに強かった。


 一方的にぶちのめされ、投げ飛ばされ、関節を極められ。

 力はあるがそれだけ、技はろくに身についていないなと見下ろされながら冷静に評価され。

 悔しくて、何度も何度もかかっていった。

 さらにぶちのめされた。気絶した。引き起こされてまた叩きのめされた。何をしても通用しなかった。

 自分の唯一の取り柄が否定される。

 恐怖よりも、腹の底から熱さが湧き、これまで経験したことのない感情が爆発し、自分が何をしているのかもわからなくなった。


 気がつくと――倒れていた。

 指一本動かせない。あちこち骨が折れている。顔も無残に腫れ上がっている。

 相手は無傷。少し疲れていた。それだけ。

 絶望した。


 こいつをもらっていくぞ。

 男は里の長にそう告げた。

 動けない少年は、どこからか現れた者たちに馬車の荷台に放りこまれ、運ばれていった。


 近くの街を通り過ぎ、少年の知っているわずかな世界の先へ。


 これも正体のわからない者たちに治療されながら、男は『風』の者だと自分を紹介した。

 ミルパの者のような、陰の仕事をしている組織。ただし働き場所は自領だけではなくこのカラント王国全体。


 自分はその一員となるのだと宣告された。

 お前には見込みがある、と。


 信じられなかった。

 ミルパの技、特に人目につかないように移動することはもはや不可能な体格である上に、唯一のよりどころだった戦闘技術で完敗。こんな自分に何の価値があるというのか。


 その歳でその体、あれほど戦えるというのは尋常ではない。生まれが悪かった。あのような所でなければいくらでも働きどころはある。そう言われ、訓練所へ放りこまれた。


 地獄だった。

 ミルパどころではない過酷な訓練の日々。

 毎日のように気絶させられ、体力の限界まで消耗させられ、様々なことを頭に詰めこまれ――。

 しかし、確実に、強くなっていった。


 十五歳になり、成人し、ダガルという名を与えられた。

 これからはそれが自分の名。


 ダガルは、誰よりも大きく、誰よりも強くなった。

 技も身についた。あらゆる武器を使えるようになり、あらゆる武器の防ぎ方を会得した。


『風』の他の者たちは、様々な立場の人間になれるような変装術、振る舞い方を学ばされていたが、巨体すぎるダガルにそれは無理。

 だがミルパの里と違い、それでいいのだと言われた。


 確かに『風』は忍び組織で、人々の中に潜入し情報を探り、あるいは姿を見られずに相手に近づき、時には暗殺も行う……が。


 それとは別に、正面きっての戦い、純粋な武力が必要になる時もある。


 ダガルはその時に役立つ、そのための体と武芸だと。



 嬉しかった。

 自分の巨体が、みんなと同じことができない負い目が、すべて認められた。


 初任務にも成功した。

 暗殺だった。


 用心深い貴族。

 常に周囲を、自分の領地で育成している、ミルパと同じような陰の者たちに守らせている相手だった。

『風』の者たちがひそかに近づこうとしても、やり口を知っているだけに、みな防がれてしまっていた。

 そこでダガルが、いわば正攻法で、正面から襲ったのだ。


 屋外に出た相手に、覆面で顔こそ隠したものの、姿は隠さず堂々と馬で突っこんでゆき、護衛の者たちもろとも目標を粉砕した。


 ダガルが振るう鉄の棒は、護衛の鎧も貴族の防御も、すべてを一様に破壊することができた。陰の者たちではどうすることもできなかった。


 そしてダガルは、自分がなまじな騎士よりも強いことも知った。


 血みどろの鉄棒ではなく、予備の武器である短剣を抜いてみた。


 高々と掲げる。


 先端がきらめく。


 あきらめていたけれど、もしかしたら、あの星を自分は宿せるのではないだろうか。


 幼い頃の憧れが、夢が、再び湧き上がってきた。


 下手人の正体がばれないように違う土地へ移動させられる間、ずっとそのことを考えた。




「軍に、入りたいです」


 一度だけ、告げた。

 自分を『風』に入れたあの男、『風』の中でも腕利きで、『7』という数で呼ばれる、上位十名のひとりである師匠に。


『風』を抜けることは許されないのは百も承知。

 だから一度だけの告白。


 騎士になりたい。

 騎士身分ということではなく――将になりたい。武将に。戦士たちを率いて駆ける者に。剣に星を宿す者に。


「いいだろう」

「……え?」


 割とあっさり許可された。


「お前ならいずれ、俺と同じ『数つき』になれる。そのためにも、いい経験になる。行けるところまで行って来い」


 もちろん『風』であることは秘密にし、偽の出身地や親の名前を用意して軍営へ。――バレる心配はない。身元調査をするのは『風』の者だからだ。


 ついに夢への第一歩。

 だが少しだけ、師匠の声音が気になっていた。

 はるか昔、幼いころ、兵士になりたいと言った自分に、実の父親が告げたような――静かに、無理だと言ったあの声と同じ響き。




 採用された。


 ダガルより強い者は、新兵の中にはもちろん、教官の中にもいなかった。


 期待がふくらむ。


 もちろん、この国だけでも自分より強い者はまだまだいるだろうし、腕力では対処できない魔法を使う魔導師というものもいる、城ひとつを丸ごと焼いてしまうような強力な魔法具というものもある、どんな相手でも殺す『風』の暗殺技術も肌身で知っている。自分が無敵だと勘違いするようなことはない。


 それでも、もしかしたら……とは思った。


 星を宿すことができるかも。





 新兵訓練期間を経て、ダガルは中央へ推挙された。


 地方領主の軍ではなく、王都、中央軍。国王その人が最高指揮官である軍団に優秀な人材を出すことは、各地の領主にとって名誉のこととされていた。


 いよいよ胸ふくらませて王都へ上り軍営に入ると――。


 訓練用の木剣を持った貴族の子弟に取り囲まれた。


 自分が強いと思っている生意気な平民どもに、身の程を教えこむ儀式なのだという。


 普段からいいものを食い、凄腕の騎士たちからたっぷり訓練を受けている彼らは、確かに体は立派で戦技にも長けていた。地方から上がってきた才能ある少年たちが次々と袋叩きにされ倒れていった。


 ダガルは最後まで倒れなかった。


 腹立たしく、くだらない「儀式」であるが、こちらから手を出すのはまずいということはわかっており、ひたすら防ぐか、かわすかを続けた。


 全身アザだらけになったが、師匠との訓練に比べればこのくらいは楽な方だったし、本当の殺し合いを思えば、貴族の少年たちには殺気のかけらもなかった。軟弱な連中のじゃれ合いも同然。

 やがて、攻撃する貴族少年たちの方が疲れ果て、動けなくなった。

 化け物め、とへたばった者たちに言われ、誇らしく思った。


 うまくやれたはずだ。上の者の目にも止まるだろう。




 ――投獄された。


 平民の分際で、貴族の子弟たちを疲れさせ、へたばらせ、手にまめを作らせたことが罪とされた。


 それ以上に、倒れこんだ貴族を立ったまま見下ろしたことが許されないのだと宣告された。


「そんな!」


 夢への道は鉄格子と共に閉ざされた。

 道どころか、死刑にこそされないが、牢獄で衰弱させられ、そのまま死ぬということになりそうだった。




「くだらないよねえ」


 牢の外に、整った顔をした貴族の少年がやってきて言った。


「僕はガルディス。この国の、次の王になる者だ」


 自分と同い年だという王太子は、ダガルを賞賛しながら牢から出してくれた。


「貴族は、民よりも優れているから貴族。そう言うのなら、正々堂々、優れているところを見せるのはもちろん、自分より優れた者を認める度量も示せばいいのに。それをこんなくだらないやり方で、せっかくの人材を台無しにするなんて、つくづく、この国のありかたは間違っているよ」


 王太子は、厳しい鍛錬を自分に課し王族という身分にしてはあり得ないほどの強さを身につけていたが、さすがにダガルほどではなかった。

 しかし自分で言った通り、自分より強いダガルのことをその通りに認め、賞賛してくれた。身分のことなど一切気にせずに。


 人としての途方もない大きさ、奥深さを感じ、ダガルは魅せられた。


 この方を支えるのが、自分の役目だ。


「いつか、僕のために、その力を存分に振るってくれ、ダガル」


「はっ……!」


 ダガルはひざまずき、忠誠を誓った。




『風』に戻ると、師匠は全てを知っていた。

 そもそもガルディスにダガルの存在を知らせてくれたのが師匠だったのだ。


 まあ、お前が最後まで立っているとは思わなかったがな、と苦笑された。他の者と同じように早々にやられていれば、少なくとも軍に残ることはできていただろう。


「だが、わかっただろう。この国では、俺やお前みたいな平民は、、将軍になどなれないんだ」


「……はい」


 ダガルはそれ以降、自分の欲求を外に出すことなく、ひたすら鍛錬と任務に励んだ。


 自分は星を宿せない。だが星を宿すだろう人の手助けをすることはできる。


 武芸だけではなく忍びの技も、自分にできるものを身につけて、魔法は使えないが魔法具の扱いを教わり、強さの幅を広げてゆく。


 その甲斐あってか、ほどなくして、『風』の中でも腕利きに与えられる序列番号、『10』番を得ることができた。


 ガルディス王太子も成長し、妻をめとり、子を成し、国を継ぐ者としてふさわしい、堂々たる風格を宿す人物へと成長していった。


 この方が国王になられた時には、カラント王国は変わる。

 その期待が、ダガルをはじめ、多くの者たちの心の中にあった。


 だが、国王、麗夕れいゆう王ダルタスは、壮健であり続けた。


 年配の第一王妃の侍女に手をつけ、第三王妃とし――ランバロ王子を産ませ、翌年にもカルナリアという王女を産ませた。七人目の子だった。


 ガルディス王太子は王太子のままで、第二子が産まれた。


 師匠が、老いてこれまでのような動きができなくなり、『数付き』から引退し後続の指導にあたることになった。


 様々な任務を続けるうちに、ダガルは『5』に上がった。


 ダガルの兄弟子にあたるグレンという男がひとつ上の『4』となり、二人で組んで様々な任務をこなした。






 さらに時が経っても、カラント王国は何ひとつ変わらなかった。


 王宮では、老齢や病気で重臣の誰かが引退しても、代わるのは同じような家柄の誰かでしかなく、新しい風が吹きこむことはないままで。


 軍営でも、相変わらず「儀式」は行われ続け。

 そこで軍に絶望してしまった優秀な平民が何人も、『風』の一員として採用された。


 ダガルは生まれ故郷に行く機会を得たが、ミルパの者は相変わらずで、幼いころ一緒に技の練習をした者たちが、大人になり同じ技を同じように次代の子供たちに伝え、同じように周囲から蔑まれ続けていた。


 変わってゆくのは、ガルディスが成人と共に与えられた、王国南東部の領だけだった。


 トルードンというその領では、学校が開設され、貴族も平民も奴隷も共に机を並べて学び、共に体を鍛え、成績の良い者が表彰され――ガルディスの子供ですら一切忖度されることなく成績をつけられた。


 知識院と呼ばれる施設も作られ、これも家柄はまったく関係なく、能力優先で集められた者たちにより様々なことが研究され探究され開発され、魔法具を始め国内の他の所にはないものが次々と生み出され、それによりトルードン領は発展し、さらに人を集め、力を蓄えていった。


『風』の訓練所もひそかに設けられた。

 かつての師匠のように、素質ある子供を見出し、連れてきて鍛え上げる任務にダガルも従事した。


 若い者、奴隷、異国の者も、才能ある者ならば分け隔てなく鍛え、教え、技を仕込んだ。




 しかし――。




「限界だ」


 と、ある時、王都から下ってきたガルディスが言った。




「これ以上は待てない。この国が腐ってしまう」




 ガルディスは三十歳になっていた。


 先年、今年とカラント王国は気候不順に襲われ、王国内は飢饉寸前にまで追いこまれた。餓死者続出という領もあった。搾取される農民が追いこまれ反乱を起こした領も。

 しかし王国はかろうじて持ちこたえた。

 特にガルディスが治めるトルードン領は、天候観測記録の蓄積による事前察知や、農作物の品種改良、農法の研究、いち早い救荒作物の準備などにより、それほどひどいことにはならず、逆に王都をはじめ各地に援助をもたらすことすらできた。


「恩に着ろというつもりはない。技術や作物を教えてくれというのなら考えないでもない。平民どもが生み出した技術など信じぬ使わぬと拒んで自領を荒れさせるのも、領主の責任として好きにすればいい。

 だが王宮のやつらは、この領を豊かにするための、みなの長きにわたる苦心、苦労、努力をひとかけらも考慮することなく……。

 きわめて豊かな領なのだから王直轄領にすべき、私には別な領に移ってもらうということを言い出してきた!

 私ならばどの領でも見事に治められるだろう、とな!

 しかも知識院出身の技術者たちを取り上げ各地に分配する計画まで!

 伝統ある貴族家が使ってやるのですからみな喜ぶでしょう、と!

 ふざけるな!」


「いかがなさいますか。お立ちになりますか」


「いや、やつらはそれを待ち受けているだろう。今立ったところで、この領だけで戦うことになってしまう。

 まだ足りぬ。

 味方を増やし、戦力を増やし、態勢が整ってからでなければ。


 私は王宮で、老人どもとの静かな戦いに挑み、時間を稼ぐ。その間にお前たちは、各地に、私の評判を広めてくれ」


「悪い、ですか?」


「王太子領になると、誰もが今まで以上に働かされる、勉強もさせられて仕事の時間が奪われる、成り上がりが増える、まったく楽をさせてもらえない、きついぞ、とな。

 それにより、能力に自負のある者は私の所に来たがる。一方で今まで通りを望む頭の古い者は、私の領になることを拒否するだろう。

 良い評判なら私の仕込みを疑うだろうが、悪い評判なら誰も疑うまい。それにより私の移封を拒む一助とする。

 そしてまた、今まで以上に、優れた者を私のもとへ集める流れを作ってほしい。悪評の一部として、強引な誘拐を行ってもかまわん。


 ――五年だ。五年後に、この国の病巣をえぐり取り、新しく生まれ変わらせる」


「はっ!」


 五年後、その時自分は三十五歳。


 万全に体を動かせるのはその辺りが限界だろう。






 ガルディスと二人きりになった時、告げた。

 師匠に夢を告げた時と同じく、ただ一度だけ、心からの思いを。


「私を、将にしてください。一度だけでいいのです。兵を率い、軍を率いて、星を宿したいのです」


「…………わかった。我が覇業が成るかどうかという決戦の時、お前を一軍の将として任命しよう。頼むぞ」


 ガルディスはそのあと、周囲を油断させるために自分はこれから少々女や遊興に溺れてみせる、子供をもう一人くらい作るのもいい、新しい国ができたらお前にも妻をめとらせるぞ後継者を産ませて働かせるぞと笑って言ってきた。


 ダガルも、ガルディスのために働く今はそれどころではないが、新しい国ができ自分の夢がかなったら、そうしてみるのもいいかもしれないと思った。


 動物が好きでもあった。妻を持ち、犬を飼い、家畜の世話をしながらゆるやかに過ごす日々というものも、幸せなのかもしれない。





【後書き】

閉塞感漂う古い王国、人々の力を引き出し改革しようとする王子と同志たち。カルナリアの敵である彼らの方がよほど主人公っぽいという皮肉。

本編と関連するのは、カルナリア誕生と、冷害です。オティリーの実家がそれで破綻しました。


後編で、本編とつながります。次回、番外編第3話後編「星を目指した忍び(後編)」。残酷な描写あり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る