094 観客の話

※前書き

「羅生門効果」という言葉があります。黒澤明の映画「羅生門(1950年)」が元で、同じ出来事でも人々がそれぞれの主観で語ると食い違い、矛盾が発生してしまう現象のこと。これからそれがもりもりと描かれます。



【本文】


 もう離れない、離さない、絶対に離さない――というつもりでフィンにしがみついていたのに。


 安心しすぎたせいか、薬の効き目か、また眠りに落ちてしまった。


「!」


 目を覚ますとフィンがおらず、部屋を飛び出しかけたが――。


「入っていいか」


 ノックされ、フィンその人の声がした。


 ぼろぼろと、医師だという男性が入ってきた。


 その男性には「色」が見える。自分の目は正常に戻っているとそれでわかった。


 首輪の合わせ目を前に回して背中を見せる。


「傷はほぼふさがっとるな。魔法薬とはすごいものだな。肉が裂け骨が見え血を吐いておったというのに」


(そんなことになっていたのですか!?)


「だが、強く打たれたために、体そのものが歪んでしまっとる」


 一日かけて体の歪みを矯正きょうせいする治療をしなければならないと言われた。


「ご主人。これから治療をしようと思うが、連れ出してもいいか?」

「ああ、頼む。私は用事があるのでしばらく――」


「待って下さい! いやです! 離れるの、!」


 カルナリアは叫んで、しがみついた。


 手が出てきて、頭をなでられた。


「色々、使ったものの補充をしたり、壊れたものを直してもらったり、世話になった相手に礼を言いに行ったりしなければならん。めんどくさいが、やらなければもっとめんどくさくなる。仕方ない。ここは安全だ、しっかり治してもらえ」


 頭だけでなく、頬にも触れてきた。

 さすられ、揉まれ、くすぐられた。

 何をされてもたまらなく心地良い。体が甘く痺れて、逆らうことができなくなってしまう。


「お前には、早く元気になって、たっぷり働いて、私がのんびりできるようになってもらわないとならないからな」


「ずるいです、ご主人さまぁ……」


 骨が砕けてもいいという勢いでぼろ布を握りしめていた手がゆるみ、そこからするりと布が抜け出ていってしまう。


 自由を取り戻した後から、フィンが言った。


「お前の世話は、がしてくれる」


 部屋の外からぞろぞろと女の子が入ってきた。

 四人。

 

 見覚えが――


「きゃあああああああっ!」


 あの『若魚』たちだった!


 オティリーと共に、自分を拘束し、「とす」のを目論んできた…………自分がカルナリアだということを知っている少女たち!


 ではここはラーバイなのか。

 あの館なのか。

 の続きをやるつもりか。まさか。フィンがいるのに。どういうことか。カルナリアの全身が汗に濡れる。何の汗かよくわからない。


 だが、四人とも、あの時のようなどこか卑猥な服装ではなく、みな清楚な、そろいのお仕着せ姿で、態度もおしとやかで淫らさのかけらもなかった。


「あの時は大変失礼いたしました」

「ですが、もう、あのような真似はいたしません」

「事情はすべてうかがっております」

「誠心誠意、勤めさせていただきます」


 四人はそろって礼をしてきた。

 口調といい仕草といい、貴族家で働く侍女と言われてもまったく違和感のない丁寧なものだった。


 そして不思議なことに、彼女たちの「色」が、あの時とは大きく変化していた。


 悪い色が消えている。

 代わって、前の時は見えなかった、妙な色が濃くなっていた。


 そういう変化を、どこかで見たことがある……。


(…………山を下りた時の、ワグル村で!)


 騎士ネレイドが、フィンの素顔を見た直後に、このように変化していた。

 ――強烈な恋に落ちて、人生の目的そのものが大幅に変わり、それまでとまったく違う才能を発揮し始めた時の変化。


 では、この四人全員が、恋に?


 誰と?


 考えると――まずあの捕食者が頭に浮かんだ。

 美しすぎ、危険すぎる『夜の姫』。


 この四人が無惨に食われ、自分も食べられかけていたあの時のことがよみがえってきて、カルナリアは慌てて打ち消した。

 あれは危険すぎる。思い出すだけで自分から食べられに行ってしまいたくなる。ようやくフィンと再会できたばかりだというのに。


 その、肝心のフィンが、カルナリアが四人に驚いていた隙に部屋から消えてしまっていた。


(ずるい!)


だとは存じ上げておらず、申し訳ありません」


 慌てるカルナリアは、少女たちに謝罪された。


 自分を王女と知っているはずのこの者たちが。

 フィンの奴隷であることの方が、王女であることよりも重要だと言わんばかりの態度。


 そう……まるで、『夜の姫』ではなくフィンに心を支配されているかのような。


 いや、それはあり得ない。

 そもそもあの認識阻害の布で人目から隠れているはずのフィンのことを、どうして知っているのか!?


「……私たちも、あの広場にいたのです」


 重大な疑問は、医師が診察の準備をすると退出した後に、食事や着替えをさせられる中で、答えを与えられた。


「あの後、ラーバイが火事になり、かなりの店が燃えてしまって」

「うちにも燃え移って、人がたくさん亡くなってしまって」

「場所を移ることになって」

「その前に仕事をしろと、あの広場へ……歌って踊って、しばらくはこちらでお仕事しますと、新しいお店のことを知らせて回っておりました」


「…………火事、ですか……」


 それは初めて聞いた。

 自分が気絶した後に、そんなことに。


 たくさん人が死んでしまったとは。ミオや第三班の子たちは無事だろうか。とりあえずこの四人がまったくの無傷でいるからには、オティリーも無事だろう。好きにはなれない相手だが、死んでほしいとは思わない。『夜の姫』は――考えたくない。


 そもそも、自分があの捕食者に食われかけた後に、何が起きたのか。どうして城に、誰が運んだのか。――思い出すだけで顔が熱くなる卑猥な姿で失神させられていたこの少女たちに聞いても、何もわかるまい。


 実際、四人はあの店についてはそれ以上触れることはなく、広場で自分たちが見聞きしたことしか口にしなかった。


「それで、広場の、大騒ぎの中で、あの方をのです」

「お城の上の方で、鞭にバチッと背中をやられたあなた様を、颯爽さっそうと助けにお姿を!」


「見た……!?」


 あの認識阻害の布があるはずなのに?


「すばらしかったのです!」

、女神のようないえ女神そのものの美しさ!」

「もう、もう、もう…………ああっ!」

「誰もが見とれ、あの大人数が、一瞬で静かに!」


「………………!!!」


 カルナリアの目と口は限界まで開いた。


 声を出せていれば、自分を王女と知るこの少女たちを幻滅させる、えええええええええええええええええという素っ頓狂な声を張り上げていたことは間違いなかった。


 ぼろ布を、まとっていなかったというのか!?

 目隠しをされていたが、素顔を、見たと!?


 彼女たちの「色」の変化は、そのせいで!?


「声も、広場に、響いてきました」

「フィン・シャンドレン、見参…………ああっ、あの声音、思い出すだけでもう、おかしくなりそう!」


 自分が激痛のあまり頭が真っ白になっていた時だ……!


「鞭を振るった下品な女と、あの方が向き合って!」

「やっと現れたか、仲間の仇、あのひとの仇、お前を殺すと下品な女がわめき散らして!」

「先に襲ってきたのはお前たちだ、呪いをかけたのもお前だな、この子がお前たちに何をした、私のものに手を出した報いを受けてもらうぞと、ゾクゾクする声でおっしゃって!」

「けれどもいきなり相手に背を向けて!」

「相手の女が、わめいて、襲いかかろうとした、その瞬間!」


「…………!」


 カルナリアが息を飲んだ――その時、ドアがノックされた。


 少女たちはぴたりと話をやめてしまった。


 それは侍女としてはきわめて正しいことなのだが……!


 カルナリアは空中を引っ掻くように手を震わせる。


(続き! 続きを!)


 入ってきたのは先ほどの医師だった。

 治療の用意ができたので来るように、と。


「あ、あの、少しだけ待ってください!」


(続きを! ギリアがどうなったのか続きをお願いします!)


「ダメだ。来い」


 医師はカルナリアを奴隷と思っているから、一切遠慮してくれず、強く命令してくる。


 少女たちも医師に忠実に、カルナリアを左右から持ち上げるようにして連行していった。

 憎たらしいことに、一切口を開かない。

 仕事モードの侍女としてはこれも正しい態度ではあるが……!


 治療など今はどうでもよかったが、実際に立ち上がり、体を動かしてみると、違和感があるのも事実だった。


 部屋の外に出て廊下を歩いてゆく。

 窓があり、幅広い川とかけられた橋が見え――。

 その対岸に、いくつもの建物から白い煙が上がっている島、いや中洲らしい場所があった。


「あれは……火事の跡…………だとすると、あそこがラーバイですか?」

「はい。ここはグリ川の北側、あの橋がラーバイ北側の『貴族橋』です」


 周囲はびっしり建物の壁が並んでいて、窓はほとんどなく、実質的に城壁も同然。開いているのは船着き場だけ。

 自分はあの「学校」から逃れることすらできなかったが、逃れたとしても、魔法具もない状態であの島そのものから脱出するのはさらに難しかっただろう。


「こちらです」

「治療は、もっぱらここで行うことになっております」


 部屋の前で少女たちが言ってきた。


「では、

は用意しておきますので」


「…………え?」


 思わず見回したところ――。


 四人とも、を浮かべていた。

 自分がこれからちるところを期待する、残忍な…………!


「なっ!?」


 押しこまれ、背後で扉が閉ざされる。


「どうした。来い」


 室内には、色々な器材があった。

 長椅子、ぶら下がるための横棒、腰ぐらいの高さの台など……時々遊びに行っていた騎士団の鍛錬場に、似たものがあったような気がする。


 床には厚手の絨毯じゅうたんが敷いてあった。

 質は良くなく――すぐ取り替えられるようになっている。

 そのあちこちに、茶褐色や黄ばんだ染みがこびりついていた。

 茶褐色…………乾いた血の色。


「………………」


 とてつもなくいやな予感がした。

 いやな予感しかしなかった。


 医師とは別に、背の高い女性がいた。

 フィンよりさらに背が高く、体も大きい、いや太い。

 侍女のマリエールを、一回り大きくして、さらに筋肉をつけたような――女性に使うにはよろしくない表現だが、印象の人物。


 女戦士でも何でもなく、医師の助手であった。


 まずは、様々な動きをさせられた。

 女戦士が模範を見せるので、真似をする。

 立ったまま、両腕を上へ。体をひねる。前屈から、腰に手を当てて後ろへ。仰向け、寝返り、両脚を左右に交差させるようにも指示された。色々な段差の踏み台を昇降させられたり、横棒にぶら下がることもさせられた。


「どうだ」

「はい、ええと……こうした時に、右側が、引きつるような……」

「ふむ。では、立って、膝は曲げずに、右手を伸ばして、左脚の爪先を触ってみろ。届かなくてもいい、触ろうとするだけで」

「はい…………っ、背中が、何だか……斜めに引っ張られてる感じがします」


 今までは感じたことのない、動きづらさや鈍い痛み、変に強ばる感覚があった。


「ふむ、肺と、肋骨と、内臓もいくらか。脚にも来てるか。言葉を色々知っていてくれてありがたいよ。奴隷だと、しか言わないやつも珍しくないからな」


 ひととおり診断がついたらしく、服を脱ぐよう言われた。


「いやならそのままでもいいが、替えがないなら、脱いどいた方がいいぞ」

「それは、どういう……いえ、言うとおりにしますけど……」


 相変わらず裸身をさらすことには羞恥心がはたらかない。

 医師の視線も、完全に職業者としてのもので、いやらしいものはまったく感じなかったので、カルナリアはさっさと靴や靴下、スカートなどを脱いでいった。

 首輪も外すように言われ、ためらいつつ衣服と一緒に置く。

 最後の一枚だけの姿になり――。


 女戦士が動いた。

 滑るような足取りにはおぼえがあった。

 フィンのような――手練れの、戦士あるいは剣士のもの!


 悪寒をおぼえ身を引いたが、それより早く腕をつかまれ、絨毯の上へ引っ張りあげられる。


「きれいな肌ね。痛むけど、我慢しなさい」

「え?」


 意外に澄んだ声で言われた、次の瞬間。


 ゴキッ。


「ふべっ!」


 巨体が、からみついてきた。


 メキ、メキ、メリメリメリ。


「ぐおおぉぉぉぉぉぉ……!」


 長い手足がカルナリアの四肢にからみついてきて、なまじな男性よりもボリュームのある筋肉がふくれ上がり、締めつけられ、引き延ばされ、折りたたまれ、押し潰され、圧迫され、ねじ曲げられ……。


「息を吐きなさい」


 優しい声の次には、肺や腹腔ふっこうが押し潰され、まったく息が吸えないまま体の内側をごりごりされる地獄の苦痛がやってきた。


「ぐげぇぇぇぇぇぇ……!」


 どうあがいても逃れることができず、悲鳴をあげても聞き入れてもらえず、痛みと苦しみに泣きわめいた。


 治療だということはわかる。

 だがこれは、この痛みと苦しみは!


「まっ、魔法薬っ、お願いしますっ! あれで!」


 哀願した。塗っただけで何もかも治してくれる、あれを使ってほしい、贅沢でも王族の傲慢ごうまんでも構わない、あれで治してもらえるのなら!


「そんなの、手に入るなら苦労しない。あんたに塗ったのは、あのが、悪いやつから奪ったものだそうだ。使いきったからもう残っていないとさ」


 変な人――フィンしかいない。

 悪いやつから奪った……あの猫背の男が持っていたということだろうか? それとも自分が知らないところでまた別に?


 とにかく、この医師が持っていないということは確定してしまい――。


 また、が始まった。

 逆さまに吊された。背骨が折れるほどに反らされた。聞いたことのない音が自分の体のあちこちから発せられた。


「次。股関節。右側が歪んでるのでそちらを重点的に」

「はい」


 ゴキ、ゴキュ、メリ、メリメリメリ……。


 途中からはもう涙も出なくなり、ほとんど停止した思考の隅で、あの鞭打ちとどちらがましか他人事のように比較していた。


 絨毯に血の染みがついている理由も、黄ばんだ色合いがなんなのかも、心の底から理解できた。

 自分もいくらか新しいものを作ってしまった。


「終わりだ。おつかれ」


 医師の宣告が、神の声に聞こえた。


 カルナリアは絞られきった雑巾ぞうきんも同然でまったく起き上がれず――少女たちが入ってきて、体を拭いて、新しい服を着せてくれた。


 担架の四方を持たれて、寝室に戻されてゆく。


「腕はいいんですよ、あの医者」

「明日には信じられないほど良くなってますよ」

「あの助手の人は、時々、格闘試合に出てるそうです。関節技の鬼」

「時々私たちの治療や整体にも来てくれます。死ぬほど痛いですけど、ものすごく効きます。ええ、死ぬほど痛いですけど。あの人が来ると聞いただけで脱走を試みる者が出るくらいに」


「………………」


 ずたぼろのまま、寝台に寝かされた。


「フィン様、いらっしゃいませんね……」

「残念です」

「さて、ルナ様、お時間ができましたが、どうなさいますか? お飲み物でも? それともこのままお休みになられますか?」


「…………続きを…………」


 自分はこのまま死ぬだろうが、その前にせめて、フィンがあのバルコニーで何をしたのかは聞いておきたい。


「続き…………ああ」

「どこまでお話ししましたっけ」

「あれでしょう、あの下品な女が成敗されたところ!」

「そうですね、ええと、じゃあその後に、フィン様は――」


 ――間が空いたせいか、少女たちの話は肝心なところを飛ばして再開されてしまった。


(成敗された…………ギリアが? ご主人さまが、どうやって!?)


 ものすごく気になったが、口がまともに動かない。


「無事だった騎士様たちが、何とか盾を並べてお偉い方々を守ろうとなされる中、フィン様は、まったく恐れる様子もなく、侯爵様に剣を突きつけて」


(剣を!? 抜いたのですか!?)


「……私のものを返してもらう。私のものを奪い、傷つけた罪を償ってもらう」


(あのひとが、そんなことを!?)


「驚きです。すごいです。格好いいです。みんな声をあげました」

「騎士様たちが、無礼者と怒鳴ります! 捕らえよ!」

「しかしフィン様、まったくひるむ様子もなく!」

「我が剣は、神の力ですべてを切り裂く。いかなる盾も、鎧も兜も、どれほど離れていようとも、我が斬撃を防ぐことはできぬ……!」


 カルナリアをよそに、少女たちはどんどん盛り上がってゆき、声真似だけでなく、身振り手振りも混じってきた。


「剣を一閃、こう、ビュッと!」

「すると遠くにあった旗が! スパッと!」

「みんなびっくり、これでは騎士様たちも皆殺し!?」

「騒ぎはもう最高潮!」

「一触即発、血の雨が降るかと思われたその時!」

「……侯爵様が、連れていけとおっしゃり、背を向けられて!」

「剣を構えて動かないフィン様に代わって、テランス様、騎士の中の騎士様が、あなた様の手をほどき丸木を投げ捨ててくださって」

「フィン様は、ようやく剣を収められ、あなた様を抱きかかえ、これは私のものだと高らかに宣言!」


(あのひとが、高らかに!?)


「赤い光を輝かせ、広場へ舞い降りてこられたのです!」

「みんな拍手です、叫びます、私も腕を振り上げました!」

「最高です、愛です、感動です! 私もあの方のものになってしまいたい!」

「あなた様をお運びするのも、みんなが我も我もと手伝って!」


(あの男性の声はそういうことでしたか……)


「衛兵たちも、侯爵様がお見逃しになられた以上はと、道を空けようとしたのです……!」

「ひとりの騎士様、それはもう大きな、強そうな方が、立ちふさがって!」


(私が運ばれていった時、ご主人さまが一緒じゃなかったのは、やっぱり危ない目に!?)


 少女のひとりが、肩をそびやかせ胸を張り、男の声音を真似し始めた。


あるじがひとたび認めたからには、家臣としては従わねばならぬが、戦士として、主に刃を向けし者を、むざむざ見過ごすわけにはいかぬ!

 我が名はダガル! ただのダガル、騎士にあらず、家名も所属もない、名のみの男!

 タランドンの男の意地、お見せいたそう剣聖どの!」


(そんな強そうな相手が!?)


 少女たちはとうとう寸劇を始めた。


「構えるはフィン様の背丈ほどもある豪剣! 身につけるはぎらぎら輝く騎士の甲冑かっちゅう!」

「一軍の将とも思える偉容、一振りした剣の恐るべき速さ、構える姿勢にみなぎる迫力!」

「対する剣聖、麗しき容姿に妖しき剣、吹きつけられる武威の烈風、それを断ち割る氷の殺気!」

「踏みこむダガル、かわすフィン様!」

「ダガル、速い! 横なぐりの一撃、フィン様が両断されたかと見えた、しかしそこで神業、なんと!」


「…………入っていいか?」


 ノックされ、フィン本人の声がした。


 四人は一瞬で寸劇をやめ、寝台や部屋のあちこちに散り、カルナリアについている忠実な侍女の姿勢になった。


 カルナリアは首だけを動かす。


(ダガルは!? 決闘はどうなったのですかあああああああ!!!)


 内心で叫びつつも、まさかフィンを待たせて続きを演じさせるわけにもいかない。


「ど、どうぞ……」


 カルナリアが言うと、四人のひとりが扉を開け、ぼろ布が入ってきた。


 わざとだろう、足音を立て、認識阻害を自分から破ってくれる。


 周囲の四人が、たちまち夢見る瞳になった。

 布の中の素顔を知っている目。

 魅了され、この人物に都合良く使われる身に堕ちてしまった、恋する少女たち。


 他人をそうしてしまう外道な美貌を知らないのは、カルナリアだけ……。


「終わったか。かなりきつい治療になると聞いてはいたが――ふくれるな。先に言わなかったのは悪かったが、知っていたら嫌がっただろう?」


 ふくれているのはそれが理由ではないのだが、まったく伝わらない。


「ふむ。飲み物もお菓子もあるな。よし、下がってくれ」


 フィンが言うと、四人がすぐに退室していった。

 完全に言いなりである。


 きわめてモヤモヤしたが――他の者を追い出し、ふたりきりになってくれたことで、許せるとは思った。


「私の、今日の用事も大体終わった。しばらくのんびりできる」


 横たわるカルナリアのすぐ近くに、ぼろ布のお尻だろう部位を落としてくれた。


 カルナリアは、何とか体を動かして、しがみつこうとする。


「ひどくやられたみたいだな。これでいいか?」


 フィンの方から抱き寄せ、ふとももを枕にさせてくれた。


 相変わらず顔は見せてくれないが、手を出して、カルナリアの額をなでてくれる。


「ん………………♪」


 体にも心にも、温かいものが流れこんでくるようだった。

 そのおかげで口も動くようになる。


「ご主人さま。私のことを、これは私のものだ誰にも渡さないとおっしゃってくださったと聞きました。ありがとうございます! 嬉しいです!」


「あ~~~~」


 フィンは、照れたような、困ったような、聞いたことのない声を発した。


 さらにカルナリアの胸の中が熱くなった…………が。


「そういうことにのか」


 妙な返しをされた。


「どういう意味ですか?」


「ひとことで言うのは難しい。流れや事情の積み重ねがある。

 順番に行こう。

 まずは、あの橋を渡って私が縫い止められた後、逃げたお前に何があったのか、聞かせてくれ」





【後書き】

まずは目撃者たちの話。しかし肝心な所を抜かされてしまった上に、実はフィンの容姿について具体的なことは一言も語っていない。明らかに籠絡されている少女たちの話はどこまで真実なのか。次回、第95話「舞台裏の話」。隠し事をしている同士が語り合う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る