093 ざんげ

※後半は別視点になります。文体も変わります。読みづらいのは長い文章を書き慣れていない人が書いたものということで意図的です。





 ――着地した。


 周囲から、うわああああっと、大勢が放つものすごい声がした。

 広場に下りたのだろう。


「すまなかった。一撃目だけはどうしても止められなかった」


「ご……しゅじん…………さま…………?」


 カルナリアは闇の中で、これは自分が死ぬ前に見ている夢ではないかと疑った。

 地面に下ろされる。横倒し。

 背中が熱い。心臓が打つたびに激痛がはしる。

 このまま死ぬのなら、その前に、顔を。

 最期のお願い。

 あなたのお顔が見たいです。


「しゃべるな。じっとしていろ。すぐ治してやる」


 目隠しがほどかれた。


 だが、視界が戻るよりも先に、布に覆われた。

 一瞬見えたのは、緑色。

 フィンのぼろ布の内側だ。


「そっち持って!」

「あいよっ!」


 至近距離で、フィンではなく、子供の声がした。

 それも複数。


「しっかり! 薬、塗るよ!」


 真っ暗な中で、背中の、熱の中心に触れられる。


「ぐあっ!」


 その瞬間だけは苦鳴を漏らしたが――少しして、痛みが引いてきた。


 わずかだが魔力を感じる。

 魔法薬だ!


「このまま運んでくからね! じっとしてて!」


 痛みが引いたとはいっても、少しましになった程度であって、まだ立ち上がれる状態ではない。


 子供たちに、肩と足を持たれ、転がされた。


 布に、ぐるぐる巻きに。


 そして持ち上げられる。

 子供の力ではない。前後とも、大人の腕力。


「行くぞ!」

「道をあけろ!」


 放つ声も、男性のもの。聞き覚えはまったくない。


 周囲からは無数の声。歓声。わめき声。怒鳴り声。

 カルナリアには何一つ見えない中、移動し始める。


(待ってください、あのひとは……!?)


 少しだけものを考えられるようになり、気になった。


 広場に下りたといっても、周囲には騎士や衛兵がたくさんいるはずだ。


 もしかして……自分を逃がすために、居残って、囮をつとめているのか!?


(いけません! ご主人さま! また、私だけになるのは! 逃げるなら一緒に! 一緒です! ずっと!)


 だがもがく以外のことはカルナリアにはできず。


 揺すられ、運ばれ続けていくうちに――気を失ってしまった。






 ――寝台の上で、目が覚めた。


 明るい。陽光のまぶしさ。

 清潔で上等なマットレスとシーツ。

 体は横向きにされ、背中には鈍い熱感があるが、あの激痛は消えていた。

 薬だろうか、妙なにおいが漂っている。

 気絶している間にこれも薬を飲まされたのか、口の中に変な苦味もあった。


 服は着ている。

 下はスカートで、背中を傷つけられたせいだろう、上は前掛け状の、背中が大きく開いたやわらかな服を着せられていた。


 首輪は――ない。


 一瞬だけ心臓が跳ねたが、落ちつかせる。


「ここは…………?」


 とにかく自分の現状を確認だ。


 割と広い部屋。

 カーテン。大きめの窓。入ってきているそよ風は心地良い。

 タランドン城の、あの部屋ではないことだけは確か。


 寝台以外にほとんどものがない。

 その寝台はいいつくりで、装飾も施されている。

 貴族の邸宅、その一室のようだ。


 身動きしても、痛むことはなかった。

 打たれた場所に引きつるような感じは残っているが、ほとんど問題ない。

 魔法薬の効き目だろう。


 痛まないことに安心して、室内を見回す。

 目覚めたことを知らせるベルはないのだろうか。

 起き上がり、外に出るべきか。そもそもここはどこなのか。


「!?」


 魔力を感じた。

 見えない。だが輪郭がわかる。


 そこに、


「あ…………あの…………!」


 心臓が急激に打ち始める。


 ぼろぼろが、そこにいる。


 いるとわかった。

 だから見えるようになる。


 椅子に座っているのか、少し折れ曲がった円錐形。


 それが――動き出した。

 滑るように、音もなく、近づいてきた。


 夢か。現実か。


「……大丈夫か」


 あの麗しい手が出てきた。


 額にあてられた。


 ひんやりする。


 撫でられた。


 すべて、現実だった。


が、片づいた。もう大丈夫だ」


 強い、きわめて強い魔力を感じた。


 ぼろ布の中から、それが出てくる。


 あの首輪が。


 麗しい両手が出てきて、『王のカランティス・ファーラ』が中にしっかり入っている粗末な首輪が、フィンの手で、つけられた。


 その際にわずかに触れた指先から、とてつもない感覚が流れこんできた。

 枯れ、乾ききっていた体を、一瞬で瑞々しいものによみがえらせ、生き返らせるような。


 首輪をつけたあと、麗しい手は布の中に引っこむことなく、そのままカルナリアの頬にあてがわれた。


 左右から、はさまれた。


 優しく、愛おしく、撫で回された。

 長い指で、顔面のすべてを確かめられた。


「やっと、取り返した」


 熱いものが流れこんでくる。

 自分のことを気にかけてくれる――大切にしてくれる――この世でただひとりの……。


「ご…………ご主人………………さま…………!」


「遅くなって、本当にすまなかった」


 カルナリアは飛びついた。

 ぼろぼろは逃げなかった。


 しがみつき、顔を埋め、泣きじゃくった。


 ずっと、ずっと、泣き続けた。






            ※






 これを読んでいる者は、我が愛する子孫の誰かであろう。

 私の葬儀は無事に終わっただろうか。

 このテランス・コロンブの魂は風となりこれからもお前たちを見守り続ける。良く生きよ。


 お前たちがいてくれるおかげで憂いなく世を去ることができる幸福に浸りつつも、私にはひとつだけ、心残りがあった。

 私がしたこととされている数々の事柄について、特にあの時タランドン城で実際に起きたことについて、真実を語りきっていないことだ。

 あの事件については、世に出回る噂にしても到る所で演じられる芝居や講談にしても吟遊詩人の歌にしても、いかに見聞きする者たちが楽しんでいようともその内容があまりにも真実とかけ離れたものであることをどうにも心苦しく思っていた。

 そこで、子孫のお前たちには真実を知っておいてほしいと思い、これを密かにしたため、我が恥を、不名誉を、無様さを告白しておくものである。


 いま世に知られているあの事件の、日付や場所については、間違ったものはない。

 だがまず、登場人物が違う。

 エリーレア・アルーラン嬢は、その場にはいなかった。カルナリア様をお助けしたのもエリーレア嬢ではない。

 エリーレア嬢は、ガルディスの乱に際してカルナリア様が王都を逃れ出た際に付き従った侍女にすぎず、逃避行の途中で落命していた。

 彼女がたまたま帰省していた東部のアルーラン領で異変を知り、カルナリア様を助けるために身ひとつで飛び出し女だてらに得意の剣を振るい大冒険を繰り広げる『エリーレア冒険たん』は、いかなるものであっても、すべて完全な作り話である。楽しんでいる者たちやあやかってその名を自分の娘につけた無数の民たちを軽んじ否定するつもりはひとかけらもないが、事実は事実として知っておいてもらいたい。

 また同じ理由で、エリーレア嬢がこの私と恋仲だったということもない。これは我が妻のためにも強く言っておく。

 事実は、かの剣聖、フィン・シャンドレン殿が、エリーレア嬢の名前を使ってタランドン城に入り、カルナリア様をお救いするために我が主、当時のカンプエール侯爵フィルマン様に協力を要請なされたというものである。

 フィルマン様は快諾なされて、フィン殿は侍女としてひそかにまぎれこむことを望まれておられたが、このテランスの隣を堂々と歩くがよいその方がむしろ目くらましになると愉快そうにお命じになられた。したがって露台に出た時私の隣にいたのはエリーレア嬢ではなく、また私と彼女はあの場においては共にフィルマン様を護衛する立場であり、私が彼女をエスコートしていたというようなことはない。恋仲であったというようなことなど一切ない。

 エリーレア嬢に関しては以上である。


 そして、フィン・シャンドレン殿である。

 あの方については、エリーレア嬢以上にめちゃくちゃなことが到る所で語られており、もはや何が本当のことか識別は不可能だが、私は私が見たことのみを語る。

 フィン殿は一切の疑いようなく女性であり、使うのは反りのある長剣一本だけであり、おひとりだった。男性であるというもの、様々な武器や魔法を駆使するというもの、仲間と共に城に攻めこんでいったというもの、レンカという少女を連れていたもの、四人組だったこと、それらはすべて真実とは違う。広場から衛兵を斬って斬って斬りまくって城に突入しタランドン侯爵閣下を討ち取ったなどというものなど荒唐無稽にもほどがある。フィン殿が斬ったのは二人だけである。ましてタランドン侯爵ジネール様を孫のような年齢差があるカルナリア様を狙う悪逆非道の助平すけべじじいとしている創作物については、王国西方守護者の任を長らく続けておられた国家の重鎮たる御方の名誉のためにも今からでも我が剣を振るい断罪してやりたいところである。

 だが、そうした様々な作り話の中で、どのようなものであっても必ず共通している点については、私は一切否定しない。

 フィン・シャンドレン殿は、きわめて美しいお方であった。

 むしろ、作り話の方が及んでいない、あの美しさを描ききれていないとすら思う。それほどのものであった。

 さらには、その剣の冴えのすさまじさは、実際に見ていない者にはどれほど言葉を尽くして語っても真に理解させることはできないだろう。私も騎士の中の騎士などと呼ばれ、自らの剣技をはじめ各種武技には自信を持っており最強とまでとは思わぬがカラント国内では屈指の強者であるつもりでいたが、その増上慢はあの時のフィン殿の伝説的な二連続の死闘と神業とも言える剣技の前に完全に粉砕された。そのおかげでさらなる精進に励み、我が生涯の誉れであるあの「五将討ち」を成し遂げることができたのだ。我が子孫たちよ、知っておいてほしい、お前たちが祖先として誇るこのテランスの名誉も技も全ては『剣聖』フィン・シャンドレン殿あってのものだったのだ。また今の世には反りのある長剣を振り回すだけのシャンドレン流を名乗る剣士が跋扈ばっこしているが、それらのほとんどは勝手に名乗っているだけの偽者である。剣聖の弟子と呼ばれたのはこの世にただお一方ひとかたのみ、剣聖の再来と言われる者もただ一人である。


 そしていよいよ、我が不名誉について記す。

 今でこそ真実を知ることができているが、あの時の私は、奴隷の格好をさせられ鞭打たれようとしているカルナリア様を、カルナリア様と見抜くことができていなかったのだ。

 盗みを働いたとして風来の剣士が罪に問われ、その剣士が所有していた奴隷である少女が主人に代わって罰を受けるという、ありふれた罪人の処罰に立ち会うだけとしか思っていなかった。悪党どもにより偽装させられていたとはいえ、あのカルナリア様をただの奴隷と信じこみ、いと貴きお方が鞭打たれるところを見過ごしていたということこそ、我が人生における最大の不名誉である。

 私は見抜いており最悪の瞬間に身を挺して王女殿下をお守りし代わりに鞭を受け傷ついたとされている芝居や物語を見聞きするたびに深く恥じ入るばかりであった。直接賞賛された場合はできる限り訂正するようにしてきたが、謙遜と思われるばかりでほとんど効果がなかったことはお前たちの知る通りである。

 カルナリア様が本当に鞭打たれる瞬間に私が止めようと声を上げ飛び出したことは事実である。鞭を振るう獄吏は見世物として場を盛り上げるべくふざけた装いをしていたが、実際は並々ならぬ手練れであり魔導師でもあった。その後のフィン殿とその者のやりとりからするとフィン殿が奪回に来ることを想定して配置された強者であったのだろう。装いと裏腹にその構え、漂わせる殺気は常人ならざる鋭さであり、その手になる鞭の威力は魔法が付与されていたこともあり恐るべきものであった。か細き少女はそれに打たれれば間違いなく骨を砕かれ絶命するであろう。奴隷とはいえそのような光景を見るのは忍び難くつい体が動いてしまった。しかし飛び出したことはまったく自慢にはならない。誇ることもできない。私はフィルマン様の護衛騎士であるのにその立場を忘れ、フィルマン様の背後の席にいたために間に合わないという、二重の無様をさらしただけであったのだから。

 私が実際に行ったのは、強烈な鞭を浴びてしまい体を砕かれ苦悶するカルナリア様の拘束を解き、抱きつかせられていた丸太を放り捨てたということだけである。剣を振るい不届き者を成敗し恐ろしいものを片づけタランドン侯爵に堂々と口上を告げた後に血を吐くカルナリア様を抱き上げ魔法具で飛び逃れていったのは、すべてフィン殿おひとりでのことである。その後の有名な一騎討ちもフィン殿単独で戦ったものである。私がフィン殿あるいはエリーレア嬢と共にカルナリア様を逃がすためにタランドンの騎士たちを相手に大立ち回りを演じたというものは全て嘘である。

 その後のカルナリア様がどのように行動なされたのか、物語として流布されているあの想像を絶する冒険行がどこまで事実であるのかは私にはわからない。また私がフィン殿とお会いしたのはそれが最初で最後であった。フィン殿が我が城下に滞在しているという噂を耳にし探させたことはあったが、まったく見つけることはできなかった。したがって私がエリーレア嬢、フィン殿、あるいはカルナリア様それぞれと思いを交わし、恋に落ち、その後結ばれたというようなものはすべて作り話であり、まったくもって事実ではない。私が愛した女性は生涯で我が妻ただ一人である。


 私が伝えておきたいことは以上である。

 あの時にあの場におられた方々はもうほとんどが亡くなられた。私もこれから風に乗り懐かしい方々のところへ行く。その前に、最後の心残り、自らの恥をこうして書き記しておくものである。

 我が子孫たちよ、お前たちはこのような恥辱をさらすことなく、正々堂々、天と風と『神眼』がお守りするカラントに忠誠を誓い、勇敢に、貴き祖国を支え続けてくれ。さらばだ。





【後書き】

ついに、救われ、再会し、そして『王の冠』も戻ってきた。カルナリアはこれから、外で何が起きていたのかを教えられることになる。テランスの手記の中にも重要なことが色々と。次回、第94話「観客の話」。暴力的描写あり。



※余談

今話のテランスの手記で言及されている「エリーレア冒険譚」を実際に書いてみたのが、先に投稿した「女騎士エリーレアの冒険」です。口頭で伝えられたり街角で演じられたりしたものが色々とあり、徐々に統合されていってあの形にまとまった、という体裁です。「史実」であるこちらの展開と、後世に伝わったものとの違いを楽しんでいただけると嬉しいです。

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