088 北の騎士
※視点変わります。新キャラ登場。
第四位貴族、テランス・ペンタル・サン・コロンブは、
領主の家に生まれたが、五男であったため、家を継ぐ道は最初からなかった。
しかし、だからこそ兄たちよりもより優秀に、より剛強に、そしてより騎士らしく高貴であらんとし、自らを律し、鍛え続けた。
その甲斐あって、親の領とは違うが、カンプエール領の領主に仕える騎士に採用されて。
王国の北西部に位置するカンプエール領で、北方から海を越えて時々襲撃してくる蛮族との戦いを幾度も経験し、堂々たる武勲と見事な立ち居振る舞いにより、「騎士の中の騎士」と賞賛されるようになった。
領主の信認も得て、共に王都へ上り、国王陛下より直々にお言葉をかけていただく栄誉も得た。
王族の方々はみな麗しく、素晴らしく、テランスはこの国と王家への忠誠をあらためて誓った。
――その王家の方々が、王太子ガルディスによって討たれるという、驚天動地の大事件が起きた。
主のカンプエール侯爵はすぐに兵を集めたが――王国北西のカンプエール領から軍勢を中央へ送るには、どうしてもタランドン領を通らなければならない。
またカンプエール領単独では、中央へ遠征に出せる兵は三千が限界で、それだけでガルディス率いる十万を超えるともいう平民兵士軍に対抗するにはまったく足りない。
タランドン領は、中央で何があっても一切関わらないという方針を長年貫いている、よく言えば
しかしこの領ならば出せる兵は三万を余裕で超え、しかも精兵だ。
ここを動かすことができれば、各地の貴族領と連携し、「反乱」を鎮圧することができる。
カンプエール侯爵は、テランスおよび腹心の部下数十名だけを連れて、タランドン領に入った。
その数ならば、貴族の従者としては当然で、立ち入りを断られることはない。
領主は軍勢の通行許可を求めるという名目でタランドン城に入り、タランドン侯爵に直談判した。
猛烈に詰め寄った。
この国難、国王陛下
幸い、レイマール第二王子が無事でおられる。この地はレイマール殿下を迎え入れるに最適な場所である。殿下の帰国を促し、殿下のもとに各領主の力を結集して、正当なるカラント王国を立て直すべきであろう!
随員にすぎないため一切口出しはしないテランスだったが、
カラント王国の一員であり、国王陛下に忠誠を誓った身ならば、何をさしおいても陛下の仇討ちのために戦うべきではないのか。
正しき国王のもとにまとまっていてこそ、カラントはカラントとして四方に武威を広め、大国足りうるのではないか。
それを、自領大事で引きこもっているというのは、テランスからすれば臆病者の振るまいにしか見えなかった。
もちろん、自分の思いを、主を差し置いて口に出すような真似はしない。
だが強い
――そうして、数日をタランドン城で過ごしたある日。
夜に、ただならぬ気配を感じた。
下町の歓楽街、ラーバイで火事が起き、延焼し、大勢の犠牲が出たという。
その騒ぎの翌日――城の中はいつも通りだが市街地の方がどうにも落ちつかない気配でいる、その昼過ぎ。
「侯爵閣下にお目通りを!」
主が、いつになく気色ばんで城内を突き進んだ。
カンプエール侯爵も領主にして同格の三位貴族であるので、タランドン侯爵はその要求を断ることができない。
「街の噂で耳にしましたぞ! カルナリア王女殿下が、この街に逃れてこられたというではありませんか! 昨夜の火災も殿下を巡っての争いだとも! もちろん、お助けなされておられるのでありましょうな! このカンプエール侯爵、フィルマン・ファスタル・ファス・カンプエール、ぜひとも王女殿下にお目通りを願う!」
「いや…………王女殿下が、この街においでなされたということは、確認できておりませぬ。
タランドン侯ジネールが言った。
昨日までは何を言っても跳ね返す、壁のような迫力を宿していた人物だったのが。
同じ者とは思えないほど、一日にして、老衰していた。
それ自体が、裏で何か重大なことがあったと推測するに十分すぎる材料だった。
自分たちと同じようにこの城に押しかけていた、他の貴族たちも続々とやってきた。
「知らぬ! 王女殿下は参っておらぬ! おらぬのだ!」
大勢に詰め寄られたタランドン侯は、そればかりを繰り返した。
必死の形相に、かえって疑惑は深まった。
「……隠しておられるのではないか?」
「噂では、王女殿下を反逆者ガルディスに引き渡すつもりだと。まさかそのような非道な真似をなさるタランドン侯とは思えぬが」
「そういえば、この城にはガルディスの使者も来ているそうだな」
「ラーバイが炎上したのも、そやつらのしわざという話も」
「すでに引き渡したのでは!?」
「平民どもが、王女殿下の御身を手中に!? 許せぬ!」
集団の勢いもあり、盛り上がった貴族たちは好き勝手に移動し始めた。
タランドン侯は精根尽き果てたように椅子に座りこみ、それを止めようともしない。
むしろ周囲のタランドン家の騎士たちが、止める指示が出ないことにうろたえていた。
テランスも、カンプエール侯に従い城内を歩き始めた。
ガルディスの使いがどこにいるのかは知っている。
その正使は、一応は貴族だが下級も下級の第六位、随員もほとんどが平民ということで、カンプエール侯はけがらわしいと嫌っていた。
そのためテランスは、主がガルディス側についたと思われないためにも、一切接触させないように気を配っていた。
だからこそ居場所はわかっており、彼らの行動も把握している。
偶然を装って城内で接触されてしまう危険はあらかじめ排除しておかなければならないからだ。
テランスは女性に多大なる人気があり、それが情報収集に大いに役立った。
そのおかげで、今朝の早い時間帯に、その第六位が滞在する離れで火災かそれに似たものが発生し、タランドン侯爵が第六位を呼びつけたこともわかっていた。
人払いをし、何かを密談したそうだ。
侯爵の変貌はそこで話された内容のせいだろう。昨日までは剛毅な武将そのものだったのだから。
(第六位、セルイ・ラダーローン。お前は一体何をした)
場合によっては斬り捨てるつもりでテランスは歩を進めた。
主は最初からガルディスと全面的に敵対する覚悟を定めている。
ならば自分も、その使者を斬ることに何のためらいもない。
彼らの居座る城内の離れに向かう自分たちに、他の貴族たちもついてきて、大行列となった。
「これは、皆様方、ようこそおいでくださいました」
見た目だけはなまじな貴族の子弟より優美な男が出迎えた。
貴族たちに対する礼儀、仕草も文句のつけどころがない。
「お話はうかがっております。確かに私どもは女の子の身柄を預かっております。ですがその子は、噂で言われているような王女殿下などではなく、主人とはぐれた奴隷にすぎません」
「うそをつくな!」
「では、連れて参りますのでお待ちを。教育のなされていない者ゆえ、お見苦しいところをお見せすることになるかもしれませんが……」
胸の大きな若い女性に連れられて、粗末な貫頭衣だけをまとった、首輪をつけた
「むう…………」
主も、他の貴族たちも、うなった。
主たちは王族の方々を直接存じ上げている。夜会や会食を共にし、言葉を交わしている。
テランスもまた、それらの場に同席し、貴顕の方々のお姿はみな目にしたことがあった。
押しかけた者たちすべてが、相手を、カルナリア王女と認めることができなかった。
まず、出てきた時の足運びがもう、貴族のものではなかった。
「違う……」
主がつぶやいた。
髪の色合いが違う。顔の形が違う。
殴られて変形した、十分な食事が取れずにやせ細っている、しばらく会わない間に成長した……などというわけではなく、耳や唇の厚みや目の形が違う。
魔導師を連れている別な貴族が、魔法での偽装が施されていないか確かめさせていた。
何もないとのこと。
精神操作系の魔法も疑った。だがこれも、少女にも自分たちにも、使われている形跡一切なし。使っているとわかればそれだけでセルイを斬っても許されるのだが。
「…………」
そして当の奴隷少女は、セルイの言った通り、頭が弱いのか、居並ぶ貴族たちの前に出されても眠たそうにぼうっとしているばかり。
「皆様方の疑念を晴らすために、『天地定め』を行いましょう」
セルイは、小箱から棒が突き出ている魔法具をみなの前に示した。
天か地か、すなわち正か否かを明確にさせるもの。
質問し、相手の答えが嘘であれば棒が動く。動作としてはそれだけだが、非常に有用なものなので、同類の魔法具は貴族や商人がよく持っている。
これを持っていないということを示すために、真剣な取引や交渉の場ではゆったりした服を身につけないのは常識だ。
「これとは別に、皆様方で使われても構いません」
すぐに魔導師が手をかざし呪文を唱え、また貴族が何人も、自分で持っているものを奴隷少女に向けて作動させ始めた。
「では……ルナ。答えなさい。あなたは、奴隷ですね?」
「……はい」
初めて奴隷少女が口をきいた。
これも眠たそうな、頭の弱そうな声だった。
そして『天地定め』の棒は――動かなかった。
つまり嘘ではない。
本当にこの少女は奴隷だ。
「あなたは、誰の奴隷ですか?」
「私は、フィン・シャンドレン様の、ものです……私のご主人さまは、フィン様といいます……」
棒は――動かなかった。
他の貴族たちも、うなるばかりとなった。
一切、嘘はないと証明された。
この少女は奴隷である。
「待て! こちらからも訊ねさせろ! あなたは、カルナリア王女殿下ではございませんか!?」
貴族のひとりが強く迫ったが――。
「ひぃぃぃぃっ!」
奴隷少女は、返事よりも先に悲鳴をあげ、おびえて、自分を連れてきた女性の背後に隠れてしまった。
「こっ、こわいっ、こわいですっ、助けてください、ご主人さまっ!」
その反応にも、棒は動かない。
本当に怖がっている。
王女であるなら、この場の貴族たちの何人かは顔を知っているはずなのに。
「奴隷の子供をいたぶるのはそのくらいにしていただけますか」
セルイが、憎たらしいほど優美に割って入り、奴隷少女を下がらせてしまった。
「では、疑念が解けたところで、あらためて我が主のお言葉を皆様にお伝え――」
「帰る!」
耳をふさいで露骨にガルディス側との交渉を拒み、テランスの主はきびすを返した。
他の者たちもセルイに、たかが六位がお前たちには必ず報いが正義の裁きがなどとと口々に嘲りの言葉を浴びせつつ、主に続いて退出していった。
本館に戻り、タランドン侯爵にあれはカルナリア王女殿下ではなかったと告げると、タランドン侯爵は大きなため息をつき、背中を丸めてぐったりとなった。
客用の区画へ戻るあいだも、主はひたすらイライラし続けていた。
「まったく、不愉快だ! あの男もタランドン侯も!」
「はい。ですが――あなどってはなりません。これだけの大逆を行った上で、敵地になるやもしれぬここに乗りこんできた者たちです。自分たちが討たれる覚悟があるのはもちろんでしょうし…………先ほどまで、我々は実に危ういところに立っておりました」
「どういうことだ?」
「あのセルイという者、優男に見えて、かなり腕が立ちます。周囲にいた者たちも並々ならぬ腕前」
「お前よりもか」
「劣るとは思いませんが、苦戦は免れません。閣下を守り切るためには、命を捨てる必要があるでしょう」
「平民のくせに……」
「それよりも、真に警戒すべきは、姿を見せなかった者たちです。あの場に、一切姿を見せず気配も感じさせませんでしたが、他の誰かがおりました。命令があれば我々を襲うつもりでいたことは間違いありません」
「何だと!? このわし、第三位貴族たるカンプエール侯爵をか!? い、いや、国王陛下にすら手をかけた者どもだ、あり得たか……」
「暗殺や毒殺を主に行う、忍び組織があると聞いたことがあります。そやつらがガルディスについたのかもしれません」
「ぬう……」
「そして――あの奴隷が言っていた、フィン・シャンドレンという名前…………聞いたことがあります。騎士たちとの、今の世で最も強い戦士は誰かという雑談の中で、名を上げた者がおりました。『剣聖』とも呼ばれている、とてつもない手練れの剣士だとか。街の噂でも、その者がカルナリア王女殿下を守っておられたということになっております」
「となると……その『剣聖』の奴隷を、あの平民どもが保護していることになるな。どういうことだ?」
「はぐれたのを保護したというのが本当ならば、恩に着せ自分たちがその者を雇おうとしているのかもしれません。あるいは低劣なる平民どもですから、奴隷を盗む真似をやらかして敵対状態にあるのかもしれません。いずれにせよ、タランドン侯爵閣下の変貌に関係があるのは間違いないでしょう。調べさせます」
「まかせる」
だが、情報が入るより先に、カンプエール侯爵のもとに手紙が届いた。
タランドン侯爵からの、招待状だった。
「……この後、『剣聖』なるくだんの人物を呼び出し、すべての疑念を明らかにする。我々には証人となっていただきたい……か」
タランドン城には、祝賀の際などに侯爵一家が領民に顔を見せるのに使う、街に張り出した広いバルコニーがある。
そこに、奴隷の少女を連れ出して見せつけ、主人の剣士を呼び出して話を聞くのだという。
「出席なさいますか?」
「奴隷とはいえ女の子をエサにしてその主人を呼び出すとは、趣味が悪いにもほどがあるが……行かぬわけにもいかんだろう。噂とはいえ王女殿下が関わっておられる話でもあるし、ジネールがどうしてああなってしまったか、わかるのだろうからな……」
趣味が悪いということについては、テランスも完全に同意見だった。
男として、騎士として、人間として、高貴なる者として、あらゆる意味で賛成できることではない。
しかし、街の噂といいタランドン侯の変貌といい、とにかく真相を知りたいのは事実。
主は
騎士としてのテランスの仕事は、会場であるバルコニーの警備態勢を城の騎士たちと打ち合わせることである。
カンプエール侯爵の席はどこになるのか。その周辺の警備はどのように。自分たちは何人の同行を許されてどこまでの武装を認められるのか。他の出席者の面子とその者たちの随員、武装について。
あらかじめ知っておき、準備しておかなければならないことは山ほどある。
――最悪、集められた自分たち国王派の貴族が、民衆の前で一網打尽にされて、タランドン侯爵や何人かの裏切り者たちが高らかにガルディスにつくと宣言する展開すら想定しておく必要があった。
今度はテランス自身が複数の従者を引き連れ、忙しく動き回っている、そこへ――。
「コロンブ閣下。閣下にお会いしたいと、お客様が」
城の者が言ってきた。
「私に? 誰だ?」
主たるカンプエール侯爵を狙う者が、まずその騎士である自分に近づこうとしてくることはよくある。したがってテランスもうかつに他者に会うことはしない。
「以前にお目にかかったとのことで――東より逃れてこられた、アルーラン家のご令嬢、第四位、エリーレア・センダル・ファウ・アルーラン様が……れっきとした身分証と紹介状もお持ちで………………すばらしくお美しい方にございます」
【後書き】
セルイはカルナリアに何をしたのか。王女は何をされて奴隷と名乗るようになったのか。そして……来た。エリーレアの身分証を持つ者。しかし美しいとは。どういう姿の者が来たというのか。
次回、第89話「剣聖釣り」。
※騎士テランスは、「エリーレアの冒険」で主人公を助けてくれる騎士です。ここから起きることが後世あの物語になって語られるようになってゆきます。
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