087 授乳訊問
来た時と同じようにレンカのマントをかぶせられたカルナリアは、城の離れに戻ってきた。
周囲のものの全てから色が消え、人の声は聞こえるが何を言っているのかよくわからない。
「さて、少々順番が変わりましたが、朝食にいたしましょう」
「…………」
目の前に湯気を上げるものを並べられても、何一つ心が動かない。
色々見えるし、懐かしい香りもしたが、したというだけ。
西方ではなく中央の味つけだとか、我々には必要ですがあなたには毒見はいりませんから温かいうちにとか、色々かけられた言葉も、ほとんど理解できなかった。
手が動いてものを口に入れていることはわかった。
しかし何も味を感じなかった。
どうやら自分は食べ終えたらしい。
眠気がやってきた。
眠いというよりも、意識が落ちる感覚。
周囲のあらゆるものが遠ざかっていって、まぶたを閉ざしきったわけでもないのに何も見えなくなる。
この感覚は前にも経験したことがあった。
でもあの時は、立ち直ることができた。
首に『
自分にはこれを届けるという使命があったことを思い出したから。
そのために命を落とした人たちに引っ張り上げられたから。
今はもう、それが、ない。
ここまで来たのに、すべて無駄だった。
たのみにしていたジネールは、国と自領の安定を優先した。
そのために自分を見捨てた。
『
カルナリアは父王が討たれたところを見ていない。
掲げられたという首を見たわけでもない。
だから、「じい」の豹変と落涙、別人になってしまったのを見た今こそ、本当の衝撃を受けていた。
父も「じい」ももうこの世にはいないのだという現実を叩きつけられた。
これなら王宮で死んでいた方がよかった。
早々に追いつかれてガルディスのところへ連れ戻されていた方がよかった。
さっさとガルディスが『
(もう…………何もかも…………どうでもいい…………)
意識が薄れ、何もわからなくなった。
――目覚めると、質素な小部屋に寝かされていた。
「あ、ルナちゃん起きた。ここは、
椅子にかけていたメガネ巨乳魔導師が立ち上がる。
「…………」
目の前でおっぱいが揺れたが、何も思わない。
「まー倒れちゃうのもわかるけどねー、ここまで来ればって必死に逃げ続けてきたのに、頼った相手があれじゃあねえ」
「…………」
「おーい、聞こえてる? まあ聞こえてなくても一応言っとくね。今は昼過ぎ。ルナちゃんの世話は基本的に私がやる。でも扉の外にはギリアちゃんとレンカちゃんがいるから、逃げようとしても無駄だからねぇ。男の人は近づけないように気配りはしてあげてるから、そこは私たちの慈悲に感謝してね。男の方がいいというならそれはそれでよいのですぞムキムキモリモリの筋肉連中に世話される少女というのもなかなかの
「…………」
「だめだなあ。面白くないなあ。しょうがない、反応ない相手にやってもあんまり楽しくないんだけど……」
触れられ、魔力が流しこまれてきた。
カルナリアの体が勝手に起き上がり、寝台から降りた。
体を操作されている。
だが逆らう気持ちどころか、何ひとつ思うこともなかった。
そのまま床の上で、膝の屈伸から始まり、体のあちこちを曲げ伸ばしさせられた。
「寝たままじゃ体に悪いからねー」
「フッ」
はじめて、わずかに心が動いた。
「……どうせわたくしは首をはねられるのでしょうに、口数が多い割に冗談が下手ですね」
「あー、そう来るかー」
これは知っている。屈服した犬の姿。山を下りた時の村で見た。
両方のふとももを開いている、とてつもなくはしたないポーズ。
そこから、起き上がり、自分の手でスカートを大きくめくりあげさせられた。
さらに、壁に向かって、床に手をつき勢いよく脚を蹴り上げ、逆立ちさせられた。カルナリアの体はよく動いて、きれいな姿勢をとった。もちろん衣服はすべて逆さになって下半身が完全に丸出しになる。
「う~ん、恥ずかしい格好させても、目が死んだままで無反応だと面白くないんだよなあ。むしろこっちが悪い感じになっちゃう」
「……こういう風にわたくしは、しばり首の縄の輪に、自分から頭を突っこむことになるのですね? あるいは断頭台に自ら首をさしのべるのでしょうか」
逆さまのままカルナリアは訊ねた。
もはや、自分の末路しか頭に浮かばない。
「それなんだけどさー……うちの鬼上司から聞いてるガルディス様の方針って、ルナちゃんを殺すことはしないらしいんすよねー」
「……なぜ」
「ルナちゃんじゃ、貴族どもをまとめるなんてことできないからね。何の力もない女の子を吊す必要なんてないってこと」
「…………」
「王宮攻めた時は、騎士どもがその下でまとまりそうな、王族や十三侯家の連中、とにかく急いでぶっ殺して回ったけど、もう一段落ついたからね。いま、可愛い女の子をぶら下げても、人気落ちるだけ。だからそんなことはしないで、貴重な生き残りの王族として、使えるだけ使おうってこと考えてるみたいなんですわー」
「使う……」
「王族ってのをありがたがる連中はまだまだ多いからさ、そういう連中には王女様ってのは都合がいいわけ。王家を復興できるかもと野心持ってる連中を集めるエサにしたり、集まってまとまろうとしてる領主どもの誰かとの結婚をほのめかせて仲間割れさせたり。
私でも色々使い道思いつくんだから、あの鬼上司なんか、もっと意地の悪い、えげつないこと考えてるんじゃないっすかねー」
「さっさと殺していただけないのですか?」
「そんな楽になること、してやるわけないじゃん。私たち、お貴族さま大っ嫌いなんだから」
カルナリアは逆立ちから解放され、ファラに服を整えられてから、寝台に戻った。
横たわるのではなく腰かけて、ファラが椅子を持ってきて正面に座る。
そこで体の自由が戻ってきた。
だからといって何をする気力も湧かないのだが、体を動かしたことで確かに少しだけいい気持ちになっていた。
「で、今の状況も教えとくね。おじいちゃんが、『剣聖』さんお城に出頭しなさーいって、おふれ出したみたいだけど、まあこの街も広いからね、今のところまったく気配なし」
「……そうですか……」
フィンのことは、他の何よりも鮮明に頭に浮かんだ。
いま、この世にいる、本当に自分のことを気にしてくれているだろう、唯一のひと。
しかし、さすがにこの城には入れまい。
来てくれたからといって、何がどうなるわけでもあるまい。
ジネールが自分と『
いくらフィンが妙ちきりんな道具や手管を使ったとしても――あの『流星』をもってしても、ここに『流星』持ちが七人もいる以上、逃げきることは不可能だ。
本当に、何もかもおしまいなのだ。
「あのひとが、出頭してきたら、どうなりますか?」
ファラのメガネがきらっと光った。
「そりゃ、逮捕だねえ。
『
持っていたら、国の宝を盗んだ罪でそのまま牢屋行き。
もちろんそんなこと全然言わずに、出頭すればルナちゃんを返すって話だけを広めてるはずだけど」
「きたないですね。あなた方の手口って、何もかも」
「私たちじゃなくて、おじいちゃんがやらせてることだよ?
さすがお貴族さまだねえ、後ろ盾のない流浪の剣士をだますことに罪悪感なし」
「…………」
「まあうちの鬼上司は、国宝の盗難容疑を棚上げにする代わりに自分たちに雇われなさい、って話持ちかけるつもりらしいっすけどねー」
「無理でしょう」
カルナリアが言うと、ファラの目がじっとりした光を帯びた。
「そういうことがわかるくらい剣聖さんとずっと一緒にいたルナちゃんさあ、剣聖さんが行きそうなところ、寄りそうなところ、この街での知り合い、そういうの何か知らないかな?」
これだけ露骨に聞いてくるということは、本人の出頭はおろか、居場所すらまったくつかめていないのだろう。
乾ききった心の中で、フィンの姿を、振る舞いを、言動を、思い出す。
大半はろくでもないものだが。
少しだけ温かいものが湧いてくる。
「…………陽あたりのいい、温かくて静かなところ。めんどくさいことのないところ。人里離れた土地に建てた小屋の中に、寝心地のいい寝台を用意しておいたら、フラフラとやってくるんじゃないかと思います」
「何て言うか、王族の冗談ってのは難しいねえ。もうちょっと、具体的にないかな?」
「この街だったら、食べ物の手に入りやすい広場の、人が近づかない
「ん~、なにかい、剣聖さんってのは、虫か何かかい?」
「言われてみれば、そうですね、それほど違いがないように思えてきました」
結局最後まで顔は見せてくれなかったし、正体もわからないままだった。路傍で肩に止まった虫と同じ。もう関わることもないだろう。
「……私は直接は見てないんだけど、どんな感じ? 布を巻きつけて、針葉樹みたいな格好してるって聞いたけど」
「はい、それで合ってます」
「その中に、剣を持ってる」
「はい」
「美人さんなんだよね」
「そうらしいです」
「らしいって」
「一度も見たことがないので」
「………………」
ファラの笑顔に、冷ややかなものが混じった。
「嘘はひとつも言っていないのですけれど」
「そうなんだろうね、王族さま的には。
これはだめだね、穏やかに聞いてもまともに答えてくれないんじゃ、ちょっと強引に行くしかないねえ」
暴力をほのめかされても、カルナリアの心は動かなかった。
やるならやればいい、としか思わない。
ギリアやレンカが自分を痛めつけたいというなら好きにすればいい。
あの猫背の男でもかまわない。
「あ~、なんかもう、覚悟決めちゃってる顔だねえ。本当に痛い目にあったことはないんだろうけどさ……でもまあ、今は、痛いことなんかやらないよ。おじいちゃんと約束してるし、痛めつけて言わせたことなんて、どこまで本当かわかったものじゃないからね」
「では、何をするつもりなのですか?」
「ルナちゃんと、仲良しになるんだよ。つらいこと、痛いこと、苦しいことなんて何もなくて、ただただ、幸せに、楽しくなるの。気持ちいいよ~~~」
魔力がはしって、またカルナリアの体は自分の意のままにならなくなった。
とはいえ、今度はそれほど変な動きをさせられたわけではない。
顔を上向け、口を開いただけだ。
そこにファラが、小さな丸薬を入れてきた。
「はい、お水。しっかり飲みこもうねー」
コップを渡され、体が勝手に動いて、飲んでしまう。
飲みこんで少しすると、体がほわほわ温かくなり、宙に浮き上がるような、眠たいような、ぼうっとなる感じがやってきた。
「はーい、それじゃー、一回眠ってー、目が覚めたらー……」
ファラが額に手を当ててきて、何らかの魔法が行使された途端に、吸いこまれるような眠気がやってきて、言葉の後の方は聞こえなくなった。
額を押されて、そのまま寝台に後ろ向きに倒れたことだけはわかったが、そこからはもう、とろとろの闇の中。
……心地良く目が覚めた。
頭の中は幸せでいっぱいだった。
いやなことなんかどこにもなかった。
「起きたかな、ルナちゃん?」
「……はーい!」
元気よく返事した。
目の前にいるメガネの、おっぱいの大きな魔導師さんは、友だち。いちばん仲良しの相手。
隣に座ってくれたので、すぐにしがみついた。
顔と手が幸せになる。
「ふかふかー。むにむにー。きもちいーい♪」
「……やられる側に回るのも新鮮だけど……やり返せないのはつらいなあ。それに思ってたのと違ったなあ。これが素だなんて。ま、いいや。さてルナちゃん。おねーちゃんといっぱいおしゃべりしようねー」
「はーい」
「仲良しだから、ひみつはなしだよ。何でも言えるよね?」
「はいっ、言えますっ!」
「そうだよ、仲良しさんに知ってることお話ししたら、とーっても気持ちよくなるんだよ。だからいっぱい教えてね」
「はーいっ!」
「『
「知ってます! わたくしが昨日まで持ってました!」
「今、どこにあるのかな?」
「わかりません! ご主人さまが持ってるってあのネチネチ男から聞きましたけど!」
「……私は何も聞いてないし同意もしないっす。おしおきはいやっす。で、ご主人さまって誰のこと?」
「フィン・シャンドレンっていう、わけのわからない、わたくしのご主人さまです!」
「えーと、ルナちゃんって、王女さまなんだよね?」
「はい、カルナリア・セプタル・フォウ・レム・カランタラ、『
「まさか、王族の名乗りを、乳首いじられながら聞くことになるとはこのファラちゃんも想像できなかった……この国で一番えらい王女さまに、なんでご主人さまがいるの?」
「それは、わたくしが、奴隷になったからです! 怖いひとたちから逃げるために奴隷の格好して首輪つけてひとにまぎれて逃げました! でもご主人さまの役をやってくれていたレントもエリーもいなくなってしまったせいでわたくしはこの国の決まりで近くの村のものとなって、そこの村長さんがフィン様にわたくしを譲ったからわたくしは今あのひとのものなのです! なんかみんな勘違いしてますけどあのひとはわたくしの護衛じゃなくわたくしがあのひとに持ち歩かれ連れ回されているのです! 本当にあのひとはわたくしを持ち上げて荷物みたいに運ぶのです! あのひとは自分の持ち物を奪おうとする悪い人たちから逃げたり追い払ったりしているだけなのです! わかりましたか、ファラちゃん?」
「…………………………うん、わかったよ!」
「それ、わかった顔じゃない~~!」
ほっぺたをふくらませて、カルナリアはファラの胸元をはだけにかかった。
自分がこれだけたっぷりしゃべったのだから、服の中に隠しているものを何としても生で拝み、しがみついて顔を埋めなければならなかった。
友だちなのだから当たり前のことだ。これだけ見事なものを持っているのに、友だちに差し出さないなんてありえない。
「わ、わかった、わかったから、よくわかったから! そっ、それでっ、その、ご主人さまは、どんな顔してるの?」
「ん~~~」
そのことを思い返したせいでカルナリアの頬は猛烈にふくらむ。
「見たことないの! すごい美人だって自分で言ってたし、他の人に見せたときはみんな見とれて変になったから美人だってのは本当だと思うけど、いつもわたくしの頭の上かわたくしの視線をさえぎるかで一度も見せてもらえなくて、いつもそのせいでめんどくさいことに巻きこまれるからってできるだけ隠してるし頭の中を探る魔法とかもあるから見せないってわざわざ言われて! 何度も見ようとしたんだけどぜんぜん成功しなくって! いじわるです! あのひと、本当にいじわる!」
胸の谷間までは露出させることに成功して、ふくれっ面をそこに押しつけて思いっきりにおいをかいだ。気分が良くなった。
「うひぇぇぇぇぇ…………そっ、そうっ、じゃあっ、持ってる剣はどんなので、どんな風に戦うの?」
問われて、柔肉の谷間から口にした。
「見たことありません! というかそもそも、抜いたところも見たことなくって、剣だって鞘に布ぐるぐる巻きで、自分じゃ剣士だって言ってたけど本当かどうかもわたくしは疑っています!」
「え? 見たことないの? あれだけの…………その…………ものすごい……何人もまとめて……ギリアちゃんもそれで……なのに……?」
「わかるように言って! わたくしは見てないの! 見せてくれないの! あのひとはとにかくぐうたらで、めんどくさがりで、いじわるなんです! そのくせお食事はきちんと分けてくれるし、おいしいし、触ってくるし、撫でるし、抱きしめてくれるし、あちこちいじるし、口と口を合わせることだってしてくれたのに!」
「ええええっ!? 王女さまに、そんなこと!?」
「魔法具を使うために必要だったからです! 罪にはなりません! ふけーざいのてきよーは許しません! わたくしが許します!」
何でわかってくれないのだろう。仲良しさんに気持ちが伝わらないいらだちのままに、ファラの下着を強引にずらして、ついにまろやかなものを両方とも発掘するのに成功した。
「わーい♪ むちゅーーー」
「うっきゃああああああ!」
――少しして、扉の外にいたギリアは、悲愴な声で助けを呼ばれて入室し…………膝の上に体を丸めて横座りしたカルナリアにがっちりしがみつかれ、ひたすら乳首を吸われているファラの姿に笑い転げた。
さらにしばらくして…………げっそりしたファラが、セルイの前に報告に現れる。
「……あなたが振り回されるなんて珍しいですね」
「あれは…………ただものじゃないっす…………よこしまなこと何も知らないはずなのに、上手すぎるっす……天然の、ある意味天才で、好きにさせたら災厄そのものになるやつっす……」
「あなたがそれを言うとは」
「ルナは、薬と魔法が効きすぎて、逃避もあるのでしょう、赤ん坊に戻って、今は眠っています。レンカがついています」
疲れ果てたファラに代わって、ギリアが状況を説明した。
「それで。聞き出せましたか」
「はい……まあ色々、沢山、聞いたんすけど、理解が追いつかないっす。何から何までめちゃくちゃっす」
「詳しいことは後で聞きます。簡潔にまとめなさい」
「はいっす。ええと……『剣聖』さんとは本当に何一つ、事前の交渉も接点もなし。同行してるのは、本当の本当に、ただの偶然っす」
「そう……ですか。あの訊問法で語ったのなら、嘘ではないのでしょうね。偶然で、あれほどの人物を引き当てたということになりますか……」
「奴隷の格好をして逃げていたのが、色々あって『剣聖』さんのものになって、今のあの子は『剣聖』さんの所有物なんだそうっす」
「それは、本当ですか!?」
「わっ!?」
「あなたを疑っているわけではありませんよ。しかし大事なことですから確認させてください。彼女自身が、自分は『剣聖』どのの奴隷だと言ったのですか? 間違いありませんね?」
「は、はいっす! 顔近いっす! 確かに、わたくしはあのひとの持ち物なのです、あのひとがわたくしのご主人さまなのですと、何度も何度も!」
ファラはそれから、言いづらそうにギリアを見た。
「で……その…………『剣聖』さんがこれまで沢山戦ってきたのは、全部、王女を守ってではなく、自分のもの、自分の奴隷を奪おうとする悪党どもを撃退しているつもりだったという話っす……そもそも『剣聖』さんは、奴隷のルナが、実はカルナリア王女だってこと、知らないかもしれないっす……」
「!」
室内の温度が急激に上昇した。
ギリアが右腕どころか全身を炎と化していた。
「ふざけるな! そんな理由で、私たちがあんなに振り回されたのか!? みんなが! バンディルまで! あんなことに!」
「事実なんだから仕方ないでしょ! 文句はあちらに言って!」
ファラも魔法を放ってその火を押さえこんだ。
「ギリア。落ちつきなさい。私やファラを焼き殺しても、何の復讐にもなりませんよ。むしろ向こうが喜ぶだけです」
「…………くっ………………はい…………申し訳ありません…………」
「少なくとも、ルナがそう認識しているということは事実として認めましょう。
そして……その解釈は、成り立ちますね。これまでのあなた方の報告と合わせてみても、矛盾しません。
『剣聖』フィン・シャンドレンは、王女を守っているのではなく、単に自分のものを守ろうとしているだけ……元々、あちこちの国から手配されている身でもありますから、我々のことも、誰かに雇われた賞金稼ぎと思っている可能性は否定できません」
「そんなこと、あるんすか?」
ギリアを警戒したまま、ファラが訊ねた。
「王女と知っていて、この国の状況も知っていて、任務として王女の護衛についていたのなら、カルナリアがこの城に入り侯爵の庇護下に入ったと耳にした時点で、依頼は完了ということになりますから、隠れる理由はなくなるはずです。堂々と姿を現し、報酬を要求すればいい。彼女にはその権利があるのですから。法務官も彼女の味方につくでしょう。
『
しかしそうしないのは――本当に『ルナ』を王女と知らないままで、自分のものと思っていて、我々のことを不当に所有物を奪った盗賊と思っているからかもしれません」
「いやいやいやいや、それは、無茶苦茶っす! 『流星』で追いかけてきた相手を盗賊だなんて! それにこっちはお城にいるんすよ? どう考えてもうちら、盗賊じゃないでしょう?」
「『流星』を持っている流浪の剣士ですよ? 出身地という
「むうう…………何なんすか、東の方って……」
「じっくり説明してあげたいですが、今はそれどころではありません」
「え?」
「状況が、想定外の方向へ動いています。城の中にいたのでは気づかないのも無理はありませんが――街が、大騒ぎです。『ルナ』をここから連れ出さなければならなくなりそうです」
「何が起きたんすか?」
「『剣聖』を出頭させようという布告に対して……あれは嘘だ、カルナリア王女がこの地に逃れてきたのに、タランドン侯は怖じ気づいてガルディス陛下に引き渡そうとしているのだ、『剣聖』はこれまで王女を守り続け、今も王女を取り戻そうとしている正義の剣士なのだ……という噂が広まりはじめたのです」
「な…………どっから漏れたんすか!?」
「前からこの城に押しかけて、タランドンは貴族側として立てと強要している貴族およびその私兵どもが、何人も、城内や貴族街で騒ぎ立て、人々を扇動し、今にも戦闘が勃発してもおかしくない状況になってしまっています」
「大変じゃないっすか!」
「ええ。したがって、ここに第四王女がいるということを、絶対に知られるわけにはいきません。ですが今、この城内だけでも、私たちの存在を知っており、ここに踏みこんできそうな上位貴族が何人もいます。隠しても、隠していること自体が怪しいと突き上げられてしまいます。
そこで、この後、彼女を人前に出して、これはカルナリア王女ではないと納得させる必要があります」
「そんなの、どうやるんすか?」
「ファラ、あなたはいい話を聞かせてくれました。それを利用します。やり方ですが――」
【後書き】
もはや何をされても抗えない、人形も同然のカルナリア。セルイは彼女をどうするつもりか。そして城の外ではどういうことが起きているのか。次回、第88話「北の騎士」。
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