086 転落


「…………え?」


「何だと!?」


 カルナリアは理解が追いつかず、侯爵は怒りに目をむいた。


「はい。ドルー城を襲い、『流星伝令』を斬って『流星』を奪った者が、一度はさらったカルナリア王女殿下を奪い返そうとこの城に入りこんできたところを、我が手の者が撃退したのが先ほどの騒ぎにございます」


 泣き顔のまま、カルナリアはぽかんとした。


「昨日申していた不埒ふらちなやつのことか!」


「はい。恐るべき手練れ、なれど一介の流浪の剣士。この国の混乱に乗じて、逃亡中の王女殿下に近づき、その好意を得て、これまで犯してきた無数の罪を相殺させようと、さらには多額の報酬まで求めようとしている無頼の者にございます」


「ぬうう、そのような下賤げせんな者が我が城に入りこむとは! 我が部下たちは何をしておった!」


「ちがいます!」


 カルナリアは慌てて叫んだ。


「フィン・シャンドレン様は、賊などではありません! 縁もゆかりもないわたくしを、ご自分には何の得もないのに助けてくださり、ここまで守って連れてきてくださった、義侠心に満ちた方なのです!」


「なんと!?」


 カルナリアは涙をぬぐい、キッと眉を吊り上げてセルイをにらむ。


「ラダーローン卿! でたらめを言ってはいけません! フィン様に助けられ逃げるわたくしを追ってきたのがあなたたちではありませんか!

 ドルー城に入りこみ、暴れて、火をつけ、たくさんの人を殺したのもあなたたち! その中のひとりが、先ほどまでここにいたギリアという魔導師ではないですか!」


「な…………なんですと、姫様、まことにございますか!?」


「見たのです、わたくし自身が、この目で! この者の部下たちが、そのギリアが、ドルー城に入りこむところを! 城の者たちを殺すところを!

 この者が言っていることはすべてでたらめです!

『流星』も、フィン様が元から持っておられたものと、この者の部下の猫背の男が持っていたものです! タランドン家のものを奪ったわけではありません!

 先ほどの爆発も、ギリアとそこのファラとの、仲間同士のいさかいです!

 自分たちの罪や失態を、この場にいない方に押しつけているだけです!」


 侯爵は、怒りの形相からスッと、目を厳しくした、怜悧れいりな表情になった。


 カルナリアはそれを、自分の正しさが受け入れられたと見た。


「…………、カルナリア様?」


「風神ナオラル様にかけて、我が名にかけて、我が父と王家の誇りにかけて、真実であると誓います」


「そうですか…………」


 侯爵は立ち上がった。

 老年にさしかかっているが、その肉体は今なお鋼のようであり、戦場ではなまじな若者などたやすく粉砕してしまえるだろう。


 その魁偉かいいな武将が、セルイを向いた。


 セルイも背丈なら負けておらずかなりの武の才も持ちあわせてはいるが、戦士としては侯爵に比べて細すぎる。


 しかし表情は、細いどころか、ふてぶてしく――どこまでも貴族的な儀礼は外れていないが――笑みをたたえて侯爵の凝視を受け止めた。


(…………あら?)


 セルイは糾弾され、その部下とはいえあの怖い者たちがしてきたことの責任を取らされ、処刑は無理としてもこの場から追い払われることになるだろう……と昂揚感のままに想像し期待していたカルナリアだったが。


 ふと、既視感をおぼえた。


 今の状況、大人ふたりにはさまれている状況は、前にも経験がある。


 そう、あの村――ローツ村で、フィンとランダルが、頭の上で、自分という奴隷の扱いを勝手に決めていたあの時……。


 なぜそれを思い出したのだろう。


 あの時は、まだ自分を所有していなかったフィンと、自分をどう扱うつもりかわからないランダルとにはさまれて不安しかなかったが。

 今は違うはず。


、ラダーローン卿」


「はい、その通りです。ガルディス様は、全てをこちらに向けるおつもりです。さもなければ破滅しかないのですから」


「?」


 意味のわからないやりとりを大人たちが交わす。

 これもまた、ローツ村でのあの時と同じ……。


「………………」


 ジネールが、この剛毅ごうきな人物が、肩を落とした。


 元から老年ではあったが、その一瞬で、一気に年を取り、老いてしまった。


しか…………ないのだな…………」


「ご決断に感謝いたします」


「あの、一体、何の話を……」


 さすがにカルナリアは口をはさんだ。


 だが、返ってきたのは――自分に向けられたのは、セルイの余裕の微笑と。


「申し訳…………ございません…………姫様!」


 ジネールの、泣きながらの、だった。


「じい……?」


 先ほどの感涙とはまるで違っていた。


 涙の量は多いのに、そこにまったく温かさを感じられなかった。


 そして、あふれる涙を拭こうともしないままジネールは訊ねてきた。


「姫様ご自身のお口よりお聞かせいただきたいことがございます」


「…………なんでしょう?」


「姫様は…………『王のカランティス・ファーラ』を陛下より委ねられたとうかがっておりますが………………まことでありましょうか?」


「!」


 ぞっとした。


 老人の涙目には、武人のものではない、セルイと同類の、計算高く冷徹な光が宿っていた。


 この人物は、名高い武人であるのと同時に、西方国境の守護者たる大領、タランドン領の領主、宮廷内の派閥争いに引きずりこまれないために情報を集めしたたかに物事を進める政治家でもあるのだ。


 今のジネールは、そちらのかおをしていた。


 そしてその問いは、きわめて重要な意味を含んでいた。


 この国の王である証、『王のカランティス・ファーラ』。

 それをガルディスが手にしていないことを、知っている!


「うかがっている」と言った。

 ガルディスが『王のカランティス・ファーラ』を入手し損ね、カルナリアが所持して逃亡中だということを、セルイが伝えたのは間違いない。

 カルナリアを追ってきた者たちと合流している上に、昨日も侯爵と会っていると言っていたのだから。


 なのに、ここでそれを問うてくるというのは……。


(わたくしの誠実さを試そうとしているのでしょうか?)


 逃れた王女が、西方の雄であるタランドン侯爵をたのみとし、動かそうと目論むのは当然のこと。


 そのために『王のカランティス・ファーラ』を持ち出し言うことをきかせようとしてくるのかどうか、カルナリアの目論見を推し量るための問いなのか。


(でも…………)


 自分の目的は、兄の第二王子レイマールに『王のカランティス・ファーラ』を渡すことであって、タランドン侯を動かすことでもタランドン領に居座ることでもない。


 ならば、正直に話しても、問題ないのではないか?


「…………はい」


 カルナリアは認め、あの夜の王宮での顛末てんまつを語った。


 血まみれの侍従が持ちこんできて息絶えたこと。

 それを持って逃れ出たこと。ずっと所持していたこと。


 ――首輪に隠したことは言わなかったが。


 そこからの逃避行もかいつまんで語った。


 隣のノーゼラン領で平民兵士に襲われ従者を失ったこと。

 単身逃げこんだ村でフィンと出会ったこと。

 フィンが自分を守って山を越え、何度も敵に襲われながらもどうにか撃退しここまで連れてきてくれたことは強調して告げた。


 ただ、自分が奴隷に偽装したことは語ったが、フィンのものとなったということは言わなかった。それを言って侯爵がフィンにいい印象を持つとはとても思えなかったからである。


「……そうして、わたくしはここまでたどりついたのです」


 手短に語り追えると、カルナリアはセルイを見上げ、手を差し出した。


「セルイ・ファスタル・ラダーローン。わたくしがここまで持ってきた『王のカランティス・ファーラ』を出しなさい。あれは正当な王が持つべきものです」


 これでセルイが断るならば、それを理由にジネールにセルイ一行を拘束するよう命令することだってできる。


 そのくらいにカルナリアは、語っている間に、王女である自分を取り戻し、これまでの自分の苦労が報いられることになる、この局面での自分の勝利を確信していた。


「それについてなのですが、カルナリア様」


 しかし美男子が返してきたのは、哀れむような、幼子をなだめるような、眉を垂れ下げた苦笑だった。


のです」


「…………ごまかさないでください。わたくしがここにいるのですから、わたくしが持っていたものも手に入れているのでしょう?」


「それが――先ほど、『剣聖』どのとつなぎをつける方法についておうかがいした理由でもあるのですが………………『王のカランティス・ファーラ』は、現在、『剣聖』フィン・シャンドレンどのがお持ちなのですよ」


「………………え?」


 思わず、王女らしからぬ声を漏らしてしまった。


 目を丸くしてセルイを見て、理解の助けを求めてジネールを見て、何一つ助けを得られない表情を見てしまって、またセルイに目を戻す。


「我々も、『王のカランティス・ファーラ』は所持していないのです。お持ちである、あなたの護衛の『剣聖』どのに連絡を取る方法を、ご存知ないのですか?」


 本気の凝視を向けられて、今度こそカルナリアは完全に硬直した。


(持っていない? あのひとが持っている?)


 頭の中をかたちにならないものが濃厚に渦巻いた。


「…………そういうことです、侯爵閣下」


 固まったままのカルナリアから視線を外し、セルイはジネールに向いた。


「昨日申し上げたことが、王女殿下のお言葉でと思います」


「ぬうっ……」


 ジネールは強くうめき、拳を握り、震え……。


 そして苦渋の表情で、言った。


「わかった。

 …………うっ………………くぅっ…………認めよう…………第四王女、カルナリア様は…………!」


「…………………………………………えぇぇ?」


 カルナリアは、今度こそ素で、王女にあるまじき声を漏らした。


「お許しください!」


 剛毅な武人は、号泣しつつも政治家の顔で言った。


「あなた様だけならともかく、『王のカランティス・ファーラ』を持ってこられては、こうするより他にないのです!」


「…………!?」


 理解が追いつかず固まるカルナリアの肩を、背後から、やわらかい手が抑えた。


 ファラ。


 ――魔力が流しこまれた。


 カルナリアの全身が麻痺した。


 ジネールの背後の魔導師が反応するが――主君と状況を見て、動きを抑えたという流れを視界の隅でとらえた。


「…………!」


 体が動かなくなり、当然舌も口も動かなくなり、言葉を発することができなくなったまま、カルナリアは必死に考える。


 幸いというか何というか、麻痺させられることは何度も経験していたので、驚いて思考が止まることなく、すぐ次の思索へつなげることができた。


(どういうことですか!? 『王のカランティス・ファーラ』を持ってきたら、わたくしを拘束するというのは!)


 答えは、涙をあふれさせ続ける侯爵本人が教えてくれた。


「お許しください…………王女殿下と『王のカランティス・ファーラ』が同時にこの地にあるというのは、最悪の状況なのです……!」


(最悪って!?)


「王女殿下ただお一人が逃れてこられたのならば、我が命にかけてお守りしておりました……


 ジネールが、たくましいが老いた肌の拳を握りしめたのは、麻痺したカルナリアの視界にぎりぎりで入った。


「『王のカランティス・ファーラ』がいけません…………『王のカランティス・ファーラ』をガルディス王太子が手に入れておられたのならば、我がタランドン領は、新王のもとでこれまで通りに西方国境を守る任を続けることができました……しかし、それがのでは!」


「う……あぁ…………!?」


 カルナリアはその意味を問いただそうとしたが、漏れるのはうめき声と、はしたないよだればかり。


 自分のその有様を見て、ジネールがさらに涙をあふれさせる。


 強大な肉体を震わせながら、彼は言った。


「あなた様は、今の時点で、ガルディス王太子を除けば、この国内で最も高い王位継承権を持つお方にございます。その上で『王のカランティス・ファーラ』をお持ちとなれば――反逆者ではなく正当の国王にお仕えするのだと、各地の領主たちが、軍を率いて、こぞって押しかけてくることとなりましょう。

 レイマール殿下が帰国なされても同じこと。新たな王のもとに駆けつけるのが速ければ速いほど高く評価されると判断して、全力で軍を動員してくるでしょう。

 いくら我が領が豊かで精兵をかかえているといっても、各地から次々とやってくる、敵というわけでもない軍勢を全て押しとどめるのは不可能……そして、ガルディス殿下も、『王のカランティス・ファーラ』がこの地にあるとなれば、他の方面の戦を放り出し、全力で攻め入ってくることでしょう。

 我が領が軍勢に踏み荒らされ、戦場となってしまうのです。

 領主として、そのような状況を作ってしまうわけにはいきません」


「…………!」


(それでは、あなたは、ガルディスにくみするというのですか!?)


 カルナリアは必死に声を出そうとしたが、やはり唇がわずかに動くのみ。


「さらには、ガルディス殿下は、恐ろしい者たちを使っておられます。わずか数名で城を落とせる者たち。

 この城や我らを討つことはかなわずとも、戦の経験にとぼしい、領内のあちこちの城や街が、その者たちに襲われると――ガルディス殿下が本気でタランドン領を攻めるとなればそうすると、このラダーローン卿は言ってきました。それが可能であると、他でもないのです!」


「!」


 悪事を糾弾するつもりで語ったことが、ガルディス軍の脅威を証明するのに使われてしまった。

 セルイがフィンのしわざであると言い出したのは、カルナリアの口から自分たちの強さを語らせるためだったのだ。


「私は、国王陛下を敬愛し、この国に忠実であることを誓っております。

 しかし同時に、先祖代々受け継いできた我が領を守り続けることも誓っているのです。

 そのために――あなた様にどれほど憎まれようとも、ひとりの男としてどれほど自らを恥じようとも、私は、決断しなければなりません」


 あふれ続ける涙があごからしたたり、床で跳ねた。

 カルナリアの頭上から、老貴族の痛々しい声が降ってきた。


「カルナリア王女殿下は、この地には至っておりません」


「……!」


「これより、動かせるすべての者を使い、あなた様の護衛をつとめていた剣士から、『王のカランティス・ファーラ』を取り戻します」


「あ…………おぁ……!」


 カルナリアは必死に声を出そうとし、よだれをしたたらせた。

 動かせない体の中で心臓ばかりが猛然と暴れ、全身が燃え、汗が噴き出てきた。


「そして、『王のカランティス・ファーラ』を…………ガルディス殿下に、お譲りいたします」


「むぉぁぁぁぁぁぁ……!」


 カルナリアは心で絶叫した。

 全身が破裂すると思った。してもいいと思った。

 体が動けば、目の前の老人につかみかかり、全力で殴りつけていた。


「それで丸くおさまるのです。ガルディス殿下が新たな国王となり、タランドン領はこれまで通り。新体制のもとでもタランドンの立場は変わらないと、このラダーローン卿が確約を伝えてきております」


「はい。私はこの地に派遣されたのです。ガルディス様の信任厚く、侯爵閣下とも顔見知りである私が」


 振り向けないカルナリアの後ろで、セルイが言った。

 実に嬉しそうな声音だった。


 自分の目的は達成されている、と言っていた意味が今にしてわかった。

 カルナリアがどうしようと構わない、と笑っていた意味も。


 殺意というものを初めてカルナリアは抱いた。

 今なら、セルイの処刑命令書に喜んでサインできる。

 セルイが首を吊られるところを喝采しながら見物できる!


 完全にこの男の手の平の上で転がされていたことも、理解できた。


 殺意全開の者たちを警備につけ、起きがけに怨み言を聞かせたのは、カルナリアから正常な判断力を奪い、認識阻害のマントを羽織らせるため。

 危険から守るため、という信憑性がありすぎる理由のために、疑うことなくこれをまとい……これをまとってここまで来てしまったために、この城の者は、第四王女が城内にいるということをまったく知らないままになってしまった。

 カルナリアを見かけた騎士や侍従たちから噂が流れ、それにより何かが動くということすら期待できない。


 衣服を用意できたのだから、普通のマントを用意することもできたはず。

 護衛を兼ねているとはいえ、ギリアとレンカではなく普通の侍女をつけることもできたはず。


 自分を激烈に憎んでいる者をつけたこと、それ自体が策略だった。


 気づかなかった自分のうかつさをカルナリアは呪った。


「姫様。国王陛下の弑逆しいぎゃく、王都の焼亡しょうぼうは、決して許してはならないことです。ゆえに私は、この命ある限りは、新王ガルディスを許しませんし、陛下と呼ぶことはせず、お目通りも拒ませていただきます。

 しかし――領主としては、王がダルタス様であろうとガルディスであろうと、神々より認められしカラント王国の長であることには変わりないと判断し…………。

 領主たる我は、新たな国王陛下の『色』の旗をかかげ、何もかもこれまで通り、西方国境を守備し続け、領民たちに安全と豊かさを与え続ける道を選択いたします……!」


 言い終えるとジネールはその場に崩れ落ち、号泣した。


 長年仕えてきた、友人でもある国王の弑逆を受け入れざるを得ない上に、その愛娘にして自分を頼ってきたいたいけな少女を見捨てざるを得ない身の、魂からの慟哭どうこくだった。


「……では、『王のカランティス・ファーラ』を取り戻す算段をいたしましょう」


 ジネールが感情をほとばしらせる時間をたっぷり与えてから、セルイが静かに声をかけてきた。

 何の感情もこめられていない平坦な声で、今のジネールにはそれがありがたいことだろう――相手によく配慮しているそうしたところもまた、とてつもなく憎らしかった。


「侯爵閣下には、街に人を出して『剣聖』どのを探し、出頭するよう命じていただきたく存じます。

 その際には、連れていたルナという女の子を城で確保しているとお伝えください。

 もちろん『王のカランティス・ファーラ』のことは一切触れないままで。どのような駆け引きに使われるかわかったものではありませんし、他領や他国の者が狙ってくるでしょうから」


「…………わかった……」


 先ほど一瞬で老けこんだところから、さらに年を重ねた、弱々しい老人となったジネールが身を起こした。


 すぐに背を向け、もう決してカルナリアを見ようとはしなかった。


 ずっと置物となっていた筆頭騎士と魔導師は、主の変貌と心痛に愕然とし、涙した。


「王女殿下、いえは、引き続き私どもの元に置かせていただきます。侯爵閣下のもとに身元定かならぬ女の子が滞在しているというのは、余計な憶測を呼ぶばかりでありましょうゆえに」


「ひどい真似はするな。絶対にだ。どんなことでも、許さぬ」


「はい。しかし…………『剣聖』どのが現れない場合には、この子を使しか手がなくなるやもしれません。その時にはどうかご容赦を」


「…………くっ!」


 老人の背中が震え拳が握られた。

 しかし止める言葉は最後まで出てこなかった。


「さあ行きましょう、ルナちゃん♪」


 ファラに触れられ魔力が流しこまれ――カルナリアの体が勝手に動き出した。


 歩き出す。

 背後から触れられたまま、向きを変え、退室する方向へ。


 肉体の麻痺は解けたので、口も動かせるようになった。


 だが、もう憤激は遠くなり――哀しみだけが胸に満ちていた。


「……じい。あなたをうらむことはいたしません。領主としては、きわめて真っ当な判断です。でも…………軽蔑します。とても、残念です。さようなら」


 老人のすすり泣きが聞こえてきた。


 カルナリアも涙を流した。

 それと共に、自分の中のあらゆるものが流れ出ていって、カルナリアは空っぽになった…………。






【後書き】

ここにさえたどり着ければ。この人物にさえ会えれば。その希望は打ち砕かれた。カルナリアを助けてくれる者は、この世にはもうただ一人。救いの手はいつ、どこから。次回、第87話「授乳訊問」。性的な表現あり。



※解説


カルナリア視点なので、タランドン侯爵が『風』の者たちにビビりまくって屈服したように見えていますが、実際は各地のガルディス軍と貴族軍の戦況、タランドン領内でもあちこちで平民が不穏な動きを見せていることなどから判断したものです。またこの面会の直前に『風』に対抗しうる『台』の本拠地ラーバイが陥落した(炎上し腕利きが多数死亡)ということも耳にしていますので、現実的判断としてガルディスとの宥和を選択しました。

無理矢理日本史にあてはめれば「豊臣秀頼の遺児が三種の神器を持って家康子飼いの伊賀忍者に追われながら逃げこんできたのを迎え入れた薩摩藩主」のような状況ですから無理もない。

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