089 剣聖釣り
※視点変わります。レンカ視点。
「うまく行きましたね」
貴族どもが出ていったあと、セルイが満足そうなので、レンカは何も言えなかった。
さんざん見下し、
ひどかっただろうに我慢できるのかこの人はと、尊敬すらおぼえてしまう。
自分は、『目よけ』の布をかぶってすら、同席を許されなかった。
近くにいることも許されず、外側での警備を命じられた。
自分でもそれで正解だとわかっている。
同席していれば間違いなく、殺気をぶちまけ、貴族どもに斬りかかっていただろうから。
『風』の一員としてはたらくために、色々な掟を厳しく教えこまれたが、貴族への憎悪はどうしても抑えることができない。
男であり女であった自分を、ただ興味だけで男でも女でもなくして、両親も家族も皆殺しにして、村を略奪した。
あれが貴族というものだ。
だから貴族はみんな殺さなければならない。
その思いは今でもまったく変わらない。
しかし――。
その貴族の、最上位、国王の娘であり、自分をこの体にしたランバロの妹、これまで自分に散々煮え湯を飲ませてきたカルナリアが。
「あ~~~~♪」
目をうつろにして、幸せそうに、へらへら笑いながら体を揺らしている姿を見ると、憎むべき相手なのに、何とも言えない妙な気分になってしまう。
見た目が、まず、憎まずにはいられない美しいものではなくなっていた。
「あなたの技術あってのことです、見事でした、ギリア」
「ありがとうございます」
「ファラも、よくやりました」
「うへへ~~~ほめられたっす~~~♪」
カルナリア王女の見た目は、別人にされていた。
魔法で体を変化させられたり、ひどい暴力でそうされたわけではない。
ギリアの技術だ。
『風』の者が使う変装技術。
髪をわずかに染めたり、
『風』の女たちがよく言っていた。
「女は、化粧で、男が思っている以上に変わるのよ」と。
自分も時々、それを狂おしく研究する女たちに捕まって、仲間なので殺すわけにはいかない中、あれこれ顔面をいじられて――ほう、と変なため息を突かれ、目を潤ませて見つめられるようになったことは何度か経験していたが。
高い技術を持った者が、逆方向へ――美しくなくする方向へ全力を尽くすと、こうできるという実例を目の当たりにさせられた。
元の顔を知っている自分ですら、いきなりこの相手を目の前に出されたら、仇敵本人であるランバロの同母妹、カルナリア王女と判別することができそうにない。
実際、王女の顔を知っているはずの貴族たちがあっさりだまされた。
化粧とは美しくするためのもの。その先入観があるために、元の顔をできるだけ美しくしたのがこの顔だ、本来の顔はもっと醜いと思ってしまったのだ。
体に染みついた優雅な動きも、ごく簡単な方法で、できなくした――股間に太い縄を通して縛ったのだ。そうすると無様な歩き方しかできない。
ギリアがそういう「逆方向」の装いをさせた一方、ファラはカルナリアに精神操作を行った。
これも、魔法で無理矢理精神を書き換えたというわけではない。
そんな真似をすれば貴族どもの魔導師にすぐ見破られる。自分たちが操られた場合の被害が甚大なので、やつらは呪法と呼ばれる精神系の魔法にはきわめて敏感だ。
また王族であるカルナリアには、肉体そのものに呪法への対抗処置が植えつけられているという。
だから、施されたのは、魔法ではない。
「訊問」の際に、薬と魔法でファラと「仲良し」にさせた。
それには対抗処置は発動しない。他人と仲良くなること自体は何の問題もないからだ。
その状態に入りこんだカルナリアに、ファラが話しかけ、ある技術をもって誘導し、ファラの言葉を何でも受け入れる状態に陥れたのだという。「魔睡」もしくは「催眠」というそうだ。
魔法ではなく言葉と
そのようにしたカルナリアに、「自分はフィンの奴隷」という認識を強く植えつけた。
カルナリア自身がそう言っていたことなので、たやすかったそうだ。
自分が王女だということも忘れさせた。
人間は割と簡単に、物事を忘れる。必要なことが頭に出て来ないのはよくあること。もちろん時間をかければ思い出すが、貴族どもと顔合わせしている間だけ頭に浮かばなければそれでよかったので、これも簡単だったという話だ。
さらに、前についていた従者を殺された恐怖を思い出させて、それを『大人の男は怖い』という認識にすり替えた。
かくして、『ルナ』は、頭の中がぼうっとした状態のまま、よたよたした歩き方で貴族どもの前に出て行き、自分はフィンの奴隷であると心から語り、詰め寄ってきた者をひどく恐がって、やつらにこれは王女ではないと思わせることに成功したという。
その後ファラは、怖がる『ルナ』をなだめるためにも、徹底的に甘やかして――。
その結果、仇敵であるはずのカルナリア王女はこの通り、赤ん坊になって幸せにユラユラしているばかりとなったのだ。
「だ~~~♪」
自分を殺したいという理由と怨念を叩きつけられたギリアのことも、まるでわかっていない状態で、ニコニコしながらしがみつこうと手を伸ばす。指をくねくね動かす。おっぱいが欲しいようだ。
――この、何もわからなくなった状態の王女に、どれほど怨念をぶつけ、痛めつけて殺してやっても、何一つ理解しないまま死ぬだけだ。
それはまったく面白くない。
ギリアも同じ気分のようで、白けた目で王女を見ている。
「……これ、元に戻るんだろうな?」
「もちろん」
ファラが歩み寄り、カルナリアの肩を抱いた。
「はーい、ルナちゃん、おねむだねー、眠たくなってきたねー、おでこをなでられると、すぐ眠っちゃうよー……」
軽く揺すってから額に手をあてがうと、たちまちカルナリアの体から力が抜け、寝台に仰向けに倒れていって、すやすやと寝息を立て始めた。
「起こす時に、元の自分に戻るように言い聞かせると、あの生意気な王女様に戻るから」
「それで、セルイ様、こいつをどうするのですか?」
ギリアが訊いた。
「もちろん、『剣聖』どのを招く材料にします。それも、この子をさらった悪者はタランドン侯爵ということにして」
セルイは計画を語り始めた。
すでに街には、侯爵の名で、フィン・シャンドレンなる者よ城に出頭せよという布告が出ている。
そこにさらに追加する。
剣聖よ、出頭しないのならば、我々が保護しているお前の奴隷に罰を与える。日没までに城へ出頭せよ。
その上で、城のバルコニー上に『ルナ』を連れ出し、剣聖を待つ。
来なければ、侯爵の配下に命じて、人前で鞭打たせる。
「その場に、先ほどの連中を招きます。
この娘が王女なのではないかという疑惑、街に流れている噂の真偽を確かめるためにぜひともと、侯爵から誘わせて、集めます。
そうすることにより、『剣聖』が怒って襲ってきても、人質かつ盾にすることができます。
貴族どもがまとめて斬られ、タランドン侯爵は評判を地に落とし、剣聖は大罪人となり、我々に『
「えげつないっす、さすが鬼上司。いたたたたたた!」
「なんかファラって、わざといたぶられようとしてねー?」
「その辺りの機微がわかるようになれば、大人よ」
「……続けますよ。
我々にとって最も都合が悪いのは、『剣』が『板』を持ったままどこかへ立ち去ってしまうことです。
出頭しないならば罪に問い賞金をかける、というだけでは弱い。元から賞金首の人物ですからね。それこそ単身で他の国へ逃げられたらきわめて面倒です。
そうさせないために、街の住民たちの前に『ルナ』を見せて、鞭打たせ、『剣聖』への助けを求める声を聞かせるのです。
自分のものを取り返しに来ないのならば、全然『聖人』でも何でもないじゃないか、あんな少女がひどい目に遭わされるのを見過ごすなんてと、悪評が広まる。それは剣で身を立てている者にとっては避けたいことでしょう」
「あのおじいちゃんが、そんなことさせるっすかねえ?」
「侯爵は、脅すだけにしろと命じるでしょう。鞭打ちを担当する者にも、実際には絶対に当てるなと厳命するでしょう。
しかし実際は――ギリア。鞭打ちは、あなたがやるのです。
入れ替わる。『風』の技を見せてください。今、この地の忍び『
「わかりました……ありがとうございます……うふふ……」
ギリアは、眠るカルナリアを見やってほくそ笑んだ――が。
笑みを消して訊ねた。
「その際に、もし現れたら…………『剣聖』を――あいつを、殺してよろしいですか?」
「ええ」
セルイは快諾した。
「我々の仲間になってくれればそれに越したことはありませんが、お互いが相手を憎み合い、ひそかに首をかこうとし続ける状態は良くありません。あなたがどうしても許せないのならば、あなたの全てをかけて挑んでください。その結果『剣聖』を得られなくても仕方ありません。私はどのような結果になろうとも受け入れます」
「わかりました」
ギリアは自分の右腕を顔の前へ持ってゆき、耳まで裂けるような笑みを浮かべた。
その表情も気配も、レンカが知っている姉のような女性のものではなかった。
彼女がそうなってしまった理由はわかっている――自分もそれを目の前で見ているのだから――それでもなお。
「手伝ってね、レンカ」
こちらを向いて微笑んだ、その笑みは、きわめておぞましかった。
【後書き】
自分の目論見どおりに他人が踊るのを見るのは実に楽しい。セルイの笑みはいつまで続く。次回、第90話「大舞台」。
ちなみに今回、置かれている状況はとにかく、カルナリアは本人的には今までで一番幸せな状態だったりします。一話丸ごと頭の中が赤ん坊のまま。よだれだらだら。描写していませんがお漏らしも。いいのかヒロイン。
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