082 怨嗟

※残酷な描写あり。苦手な方は注意。





「いいの?」

「ああ。こんな機会、もうないだろうからな」


 子供は、女魔導師と同じく、フードを外して顔を出した。


 自分と同い年ぐらいか、年下。

 本当に子供だ。


 笑っていればさぞ愛らしいだろう、よく整った顔かたち。成長すれば眉目秀麗な佳人かじんとなることは疑いない。

 もっともそれにしては、目が危険すぎるが。

 室内に入ってきただけで暗殺者と誰もが断言するような、剣呑すぎる目つきと瞳のぎらつきをしていた。


か、当ててみろ」


「……ええと……」


 男か、女かということだろう。


 髪は――首の後ろまでの長さ。

 この国の風習として、男子にしては長く、女子にしては短い。


 体は――マントで隠されているが、この年代では胸のふくらみがなくて当たり前なので、見たところで判別できない。


 それでもカルナリアには自分の特異な目で、見える「色」で、容易にわかる――はずだったのだが。


「……?」


 


 才能は見える。恐ろしい相手だが、すばらしい。とてつもない輝き。濃厚な悪い色はともかく、それ以外の様々なことにきわめて秀でている。何をやらせてもできる、まぎれもない天才だ。


 しかし今問われている、男女の別が……わからない。


「あなたは…………?」


 返事の代わりに、布ずれの音がした。


 認識阻害のマントが揺れて、開かれて。


「え…………!?」


 生脚が出た。


 下半身の服がずりおろされており、大事な部分を丸出しにしていた。


「きゃっ!?」


 思わず悲鳴を上げるカルナリアだったが、目をそらす前に、見てしまっていた。


 そこには――。


 あの猫背の男の股間にあったものでも、自分にあるものでもなく…………。


 何も、なかった。


 いや、赤黒い染みがあった。

 張りついていた。

 カルナリアはそれを見たことはあった。

 鏡の中で。

 自分の顔に、昨日までへばりついていたもの。


 


「自分には――


 服を直しながら子供は言う。

 幼い顔立ちからは信じられないほど冷え冷えとした声音で。


「両方……?」


「昔話をしてやろう。お前が聞かなければならない話だ。お前に聞かせたくて、こんなものまで見せた」





 ――あるところにひとりの子供がおりました。


 男のまたぐらにぶら下がっているものと、女の割れ目が両方ある、体で生まれてきた、不思議な子でした。


 通りすがりの物知りな旅人が教えてくれたところによると、ひとつの国にひとりぐらい、本当にごくまれに生まれてくるという、奇跡の存在であるのだというのです。


 大事にされたその子は、すくすくと育ちました。

 他の子よりも力が強く、動きは速く、頭も良く、体のことをからかってくる相手を遠慮なくぶん殴って黙らせてやっていました。


 そうしたある日、お貴族さまがやってきました。

 まだ子供だけど、でした。


 男でもあり女でもある珍しい者がいると聞いた。我が屋敷でので差し出すがよい。

 子供を愛していた両親は断りました。

 すると、子供の目の前で両親はお付きの者たちにひどく叩かれ殴られ、骨を折られ血反吐をはいて、何もできなくなりました。


 さらわれた子供は、裸にされて、無理矢理脚を開かれて、貴族の子供にのぞきこまれました。

 いじられ、叩かれ、もてあそばれました。


 こんなことをされる怒りと、大好きなおとうさんとおかあさんを痛めつけられた怒りのままに、子供はもがき、暴れました。ぜったいにこんなやつのおもちゃにされるのはいやでした。


 子供が暴れ続けるので、貴族の子供はお付きの者に言いました。

 これはひどい。馬は、をするとおとなしくなるという。この者もそうすればおとなしくなるか。

 


 すぐに道具が持ってこられて、まず子供の、男のものが根元から切り取られてしまいました。






「う……」


「……おい、この程度で気分悪そうにするな。これからが本番だぞ」





 子供はぜったいに許さないと貴族の子供をにらみ続けました。

 砕けるほどに歯を噛みしめて、体は縛られているのでにらむしかできなくて、だからこそありったけのうらみをこめてにらみました。


 その目におびえたのでしょうか、貴族の子供は青ざめて、お付きの者に言いました。もういいや。こんなのいらない。

 お付きの者は言いました。では、どういたしましょう。貴族らしくお考えください。これもお勉強です。

 ぼくに逆らったんだから、殺していいと思うけど、はできるだけ大事にした方がいいと教わった。それなら、殺すことはしないで、でもこんなのが増えるといやだから、してやろう。


 いいお考えですとお付きの者は言いました。

 別な道具が持ってこられました。

 よく焼けた鉄の棒でした。


 それを、今度は子供の女の部分にねじこんで、奥深くまでさしこんで、ぐりぐりかき回して、もう子供ができないようにしてしまいました。





「ひ……!」


 カルナリアは、相手の股間の火傷の意味を知った。





 きぜつした子供は、お屋敷の外に捨てられました。

 そのまま死ぬだろうと思われたのですが、強かったので、息をふきかえしました。


 立ち上がることもできないまま、それでもせめて家に帰りたいと、ひたすら地面をはいずって、はいずって。

 一晩かけて家に戻ってみると、手足を折られてひどい姿になった両親が、杭に縛りつけられていました。もう生きていませんでした。


 家が燃えていました。思い出のものも、大事なものも、何もかも火の中に消えていきました。


 お貴族さまの手下たちがその前で勝ち誇っていました。


 村中を襲い、金目のものや女の人をさらった上で、そうしていました。


 そいつらは堂々と言いました。

 この家の者は、ランバロ様に危害を加えた罪で、全財産を没収することとなった。またここまで我らが出向いてくる手間をかけさせた罰として、村のものを徴集する。





「嘘です!」


 思わずカルナリアは叫んだ。


 ランバロ。

 第三王子、自分よりひとつ上の、仲良しの兄!


 ガルディスが反乱を起こす前の日にも直接会って、おしゃべりして、お菓子を一緒に食べている。


「嘘じゃない。四年前だ」


「四年……………………!」


 カルナリアは絶句した。


 血の気が引き、いやな汗が猛烈に噴き出してきた。


 思い当たるふしが…………


 四年前となるとカルナリア八歳、ランバロ九歳。


 小さい頃からいつも一緒に遊んでいたランバロは、その頃になると男女の差を意識し始め、側近たちもそのあたりについて教え始めて、カルナリアと別行動を取ることが増えてきた。いわゆる男らしいと言われる遊びや馬の遠乗り、剣の稽古などに励みだした姿を何度も見た。


 そしてある時、遠乗りから戻ってきたランバロが興奮して、すごいことを知ったぞ、もいるんだな、ぼくはとカルナリアに矢継ぎ早に言ってきて、側近に慌てて止められたことがあった……。


 何のことかまったくわからず、後日ごじつ訊ねてもはぐらかされたので、気にはなったが忘れてしまっていた。


(あれが……………………!?)


「おぼえがございますか、王女さまぁ?」


「………………」


 カルナリアは口を引きつらせるばかりで何も言えない。

 心臓が危険な勢いで打っている。


「……で、死にかけていた自分は、せめてそいつらに食らいついて死のうと這いずって近づいていったけど、途中で意識を失い………………気がつくと、うちの師匠のところにいたというわけ」


「最初に診たのは私」と女魔導師。


「師匠は、その時は王子様を影から守る任務についてて、本来なら何一つ関わっちゃいけないんだけど、自分の体力や生命力を見こんでくれてね。

 自分は、もちろん貴族どもをぶっ殺すために、鍛えて、師匠から技を学んで、強くなって。

 そしてガルディス様のおかげで、次から次へと貴族どもを殺せる時代が来て、いま最高に幸せってわけ!」


 シャランと鋭い音がして、子供の両手にあの曲剣があらわれた。


 カルナリアの目の前で人の首を飛ばした、恐るべき威力の刃。


 それを空中で何度も振るう。


「貴族の中でも一番上の、王族をぶっ殺せる! 最高!」


 歓喜の声をあげつつ、カルナリアを狂気の目で見てきた。


「ランバロは殺せなかったけど、お前がいてくれた! 王都に連れ帰ったら、ランバロの骸骨と並べて、同じように穴に焼け火箸突っこんでかき回してから、うちの父ちゃんと母ちゃんがやられたように、杭に縛りつけて高々と掲げてやるよ! ああ楽しみだ! 楽しみだ!」


「ひぃぃぃ…………!」


 カルナリアはすくみ上がり、ベッドに逃げこみ身を丸くする。


 次の瞬間、布だけが切り裂かれた。

 視界が戻ってきてしまった。


「いやああああぁぁぁぁ!」


 男であり女であったのが、男でも女でもなくされて、家族も家もすべて奪われた子供と。

 祖先のものも親のはなむけも全て踏みにじられ殺されかけた女魔導師。


 貴族を憎んで当然の者が左右からこちらを見ている。


「ひっ、ひぃっ! わっ、わたくしではありませんっ、わたくしは、あなた方に、何もしていませんし、しようとする者がいたら、止めていました!」


 必死に言いつのる。

 みっともないなどと考えている余裕もない。


「何かやった平民の、家族も同罪だと、散々好き放題やってきたお前ら貴族が、それを言うか?」


「ランバロ王子に危害を加えた者の家族が罰せられたと、王宮で聞かされたのなら、あんたはとすまして答えたでしょうねえ。ほんと、焼いてよかった」


「ひっ、ひっ……!」


 おびえきるカルナリアに対して、子供と女魔導師は互いの顔を見合わせて。


 二人同時に、牙をむいて笑った。


「……今のは、昔話だ」


「ええ、私がしたのも、昔の話」


をしようか」


「ええ、には、ご主人さまが責任を取らないとね」


 激烈な殺意が再びカルナリアに向かってくる。

 怨念の洪水は、これほど浴びたというのに、まだまったく終わりではなかった。


「飼い犬って何ですか! 知りません! わたくしは何もしてない! !」


「ふざけるな!」


 子供が激昂した。


「みんな、新しい家族! バンディルはかっこよかった! じーさんは時々甘えさせてくれた! キモいけどディルゲだって犬と遊ばせてくれた! みんな、たくさんのことを教えてくれた! それが、お前の、のせいで! ギリアなんかバンディルが……!」


「王女様。あんたはまだ知らないだろうけど、本当に愛しく思う相手ができたらわかるわよ。愛しい相手を目の前でのがどういう気分か……!」


「何の話ですか! わかりません! わたくしは何もしていないのです! うらまれる!」


「おぼえがない…………?」


 二人とも、ほぼ同時に、怒りの表情がスッと消えた。


 目が細まり、穏やかに見えるほどの無表情になった。


 致命的な失言をしたことをカルナリアは悟った。


 この二人が、これまでの殺意と脅しが優しく思えるほどに、自分への寛容さを一切なくしたことを肌で感じ取った。


「ひっ…………やっ………………こ、来ないで! いやああっ! 助けて! 助けてください、ご主人さま! 助けてええええっ!」


 カルナリアの悲鳴に応えるように、扉を叩く音がした。

 乱暴に、ドンドンドンドンと。


「お姫さま、準備いいかな? 準備できてなくてあられもないお姿だったりしないかな? その方が嬉しいんだけど、どっちにしても入っちゃうからねー、ギリアちゃんもレンカちゃんも攻撃しないでねー私が入るよー入っちゃうよーお姫さまの大事なところに侵入しちゃうよーぐふふ」


 カルナリアが心から望む相手ではなく。


 やたらと早口で下品な女性の声と共に、扉が開いた。


「お姫さまのお目覚めと聞いて、ファラちゃん参上!」


 入ってきたのは、貴族女性らしい豪奢なドレスを身につけた、メガネをかけた、胸の大きな、これもまた魔導師だった。




【後書き】

第47話参照。目の前でランバロが流れ矢で死んでしまったレンカの喪失感。人間は、何をやってもよいとなると本当に何でもやるというのが、歴史が証明している悲しい事実。

貴族に踏みにじられた者たちの憎しみを叩きつけられた、貴族の代表たる王女の前に現れたシリアスブレイカーは救いとなるのか。次回、第83話「王女の体の秘密」。少々の性的表現と下品な表現あり。

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