074 夜の姫
※性的表現かなり多め。苦手な方は注意。
「これからあんたの世話をする子たちを紹介するよ」
オティリーが扉をリズムをつけてノックすると、外から開かれて、女性がぞろぞろと入ってきた。
四人。
みな若く、美しく――妙になまめかしい。
身につけている衣服は、布面積が小さいというわけではないが、胸のふくらみや谷間を強調したり、服のあちこちが網目あるいはくりぬかれたようになっていて卑猥なところぎりぎりまで素肌をのぞかせていたり、体のラインを浮き上がらせくびれた腰や下半身を見せつけるデザインだったり、王宮ではまったく見たことがない種類のものばかり。
「色」は四人ともなかなかのもの。少なくとも邪悪な才能持ちはいない。
ただ、ひとり、明らかに武と智の才能が輝いている子がいた。ただ者ではない。こういう場所なので周囲は真価に気づいていないのだろう。
「選ばせるつもりだったけど、逃げようとする悪い子だってわかったから、こちらで決めさせてもらったよ」
扉が閉ざされ、縛られたまま寝台に横たわるカルナリアは、四人の少女に見下ろされた。
「いいかい、お前たち。この子が、これからお前たちが世話をすることになる、リアだ。カルナリアの名前で売り出すことになる。相手は貴族、それも四位以上が専門の、ラーバイでも特別な『人魚』になるだろう」
「私は、そんなものになるつもりは……」
抗弁したが、ニンマリされた。
「今日は、この後、『夜の姫』がいらっしゃる」
ああ……と、四人の少女たちは、それぞれ納得顔になった。
そしてカルナリアを見下ろす視線に、オティリーと似た、どろどろした――悪意と、
「すごい……きれいな子……」
「いきなり『夜の姫』ですか。マノンさんも本気なんですね。でもわかります。これは、早々に『仕立て』た方がいいでしょう」
「どんな声で泣いて……叫んで……助けを求めるんでしょう……」
「かわいい唇……食べちゃいたい」
「ひっ……!」
「おびえる必要はありませんよ、王女様」
オティリーの猫なで声は、マノンのそれよりもはるかにおぞましかった。
「この子たちは、お姫様をよりきれいに、より魅力的にしてくれるお手伝いをするだけなんですからねえ」
「私はっ、お姫様なんかじゃありません! 言うことききますから、ほどいて、離してください! 逃げませんから!」
フッ、と鼻で笑われる。
「いや、あんたはお姫様になるんだよ。これから、ここで、きれいな服を着て、お化粧して、誰が見てもお姫様だと思うようにしてあげるから」
「そんなの、していただかなくて結構です! 私は、ご主人さまのもので、お姫様じゃないんですから!」
「ああ、こんなのつけてるからいけないんだね」
オティリーの手が首に伸びてきた。
「!」
首輪が――何よりも大事な首輪が、外されてしまった。
「まっ…………待ってください…………それはっ!」
暴れかけて――自制した。
自分がとても大事にしているものだと気づかせてはいけない。
気づかれると、返してほしければ言うことを聞きなと、いいようにされるだけだ。
ランダルの時も、フィンにも、勝手に外されたが、最終的には戻ってきた。大丈夫、落ちついて対応を……。
「勝手に外すと、罪になってしまいます。怒られます、捕まります、外したオティリーさんが悪いことになっちゃいます!」
「お姫様が、こんなものつけてちゃだめさ。なあに、ここを出るときには返してやるから」
寝台脇の
オティリーは首輪を、その中に入れた。
「ほら、他のものもここに入れてあるから、安心おし」
見せてくれた。
中には、レントの短剣、エリーレアの身分証、細長い小箱や、荷物袋の中に入れてあったものがいくつか入っていた。
本当に取り戻してくれたようだ。
少しだけ気が楽になったが……状況は何一つ変わっていない。
「まだ陽が落ちるまでは時間があるね。じゃあ、まずは着替えといこうか。『卵』のその格好のままじゃ、『夜の姫』だってがっかりするよ」
「あの、『夜の姫』って、どういう方なのですか?」
とにかくその情報を得なければ。
「日がある間は出て来ない、夜と共にいらっしゃる方だから、夜の姫さ。あとは、会えばわかるよ。ふふふ……」
オティリーに続いて、他の四人もそろってニヤニヤした。
やはり、おぞましさと粘つくような悪意しか感じない。
絶対にその人物が来る前に逃げ出さなければと、あらためて決意した。
その後、カルナリアはひたすら着せ替え人形にされた。
裸にされた上で、色々な下着を着用させられる。
暴れたところで、細く小さな自分では五人いる相手のただ一人にすらかなわないだろうから、無駄なことをして体力を消費し痛い目に遭うことは避ける。
衣装部屋から持ってこられる服を次々と着せられ、寸法を詰めたり調整されたりし、アクセサリーも好みかどうかを訊かれ、似合うかどうかをあれこれ試され――。
それ自体は、王宮でも日常的なことだったので、つらいことはなかった。
『若魚』たち四人も、みな手際良く、動きはきびきびして、センスも良かった。『稚魚』たちの優秀者が昇進した存在だというのがよくわかる。
しかし……。
「ほんと、肌、きれい……たまんない……」
「このふくらみかけが、もう、最高……!」
「大きくなりそうでなってないお尻、これ……!」
「脚よ、このすべすべの脚!」
やたらと触れてきて、撫でてきて、いじってくる。
それも変に体がビクッとなり、ぞわっとなる場所ばかり。
まったく乱暴ではない。それどころか優しい。
優しく――
「やっ、やめてくださいっ! んっ! やっ! やめてっ!」
抗えば、手を離してはくれる。
しかし、次の時にまたやってくるので――何度も何度も抗い、止めるうちに、カルナリアはへとへとになってしまった。
逃げ出す方法を考える間を与えられないまま、時ばかりが過ぎて――恐らく『若魚』たちの悪戯もそのためだろうが……。
窓から差しこむ陽光が、角度を失い、途切れて。
空の色がくすんできてしまった。
『夜の姫』がやってくる時が近づく。
「どんな具合だい?」
マノンが様子を見に来た。
扉は開かれたが、閉じられると中から開けることができない室内には入ってこない。
「いい感じです。割と敏感ですし、これなら間違いなく『夜の姫』の手にかかって、堕ちるかと」
「……
意味の分からない言葉。
「まだ教えてないのかい?」
「一番美味しいものは、最後に残しておきたくて」
「気持ちはわかるけど、もう日も暮れるし、そろそろいいんじゃないかい?」
「そうですね…………では」
カルナリア以外の全員が、邪悪そのものの笑みを浮かべた。
そして、『若魚』四人が総出で、カルナリアを羽交い締めにする。
「な……!」
四肢を絡めとられて完全に動けなくなったカルナリアに、オティリーが、どろどろそのもののような顔を近づけてきた。
「……『夜の姫』様というのはね……」
指を伸ばし、うすものを羽織らされただけのカルナリアの、きわめて敏感な部位を布の上から的確に刺激する。
「ひゃうっ!」
「こういう、気持ちいいことが……最高に上手な方で……その方にたっぷり体をいじっていただくとね………………それまで身につけてた、育ちとか、信念とか、誇りとか、そういうのが……全部溶け落ちるのさ……………………体も、心も、頭の中のすべてが、とろとろにされる……」
オティリーの目が、自分で口にしている通りの、とろけきったものになっていった。
「あたしもね、前は、ここから逃げる、自分を買い戻す、故郷に戻る、家を再興するって思ってたんだけど………………あのひとに、いっぱい愛してもらったらね……そんなことよりも、あのひとの手の方が、あのひとの口づけの方が、大切になってね………………ここから逃げようとしても、あのひとを思い出すだけで、あのひとの指の動きを少し見せられただけで、外のことなんてどうでもよくなって……」
今度こそ、オティリーの口からよだれが垂れた。
「すごいんだよ……本当に、すごいの……それまで大事だと思っていたことが、全部、どうでもよくなる……あのひとに愛してもらうこと以外、何もかも、頭から消える……消される………………頭の中を、きれいにしてもらえるの……」
「ひぃっ……!?」
カルナリアは相手の醜態にすくみ上がったが、オティリーは自分の体を抱き、腰を震わせながら続ける。
「何度も、何度も……一晩中……愛され続けて…………大事なのはあなただけですって、ずっとここにいますって、何度も宣言させられて…………家も領地も家族も、心からどうでもいいって思うようになって…………それ以外のことが全部なくなって、頭の中があのひとだけになって、それがもうたまらなく幸せで、幸せで、あなたの言うとおりに何でもしますって、心から誓って、ほっ、ほめてもらえてっ、ごほうびに、いちばんっ、すごいことをっ…………はひぃっ!」
声を上ずらせ裏返らせたオティリーは、魅惑的な腰を激しく震わせて、その場にへたりこんだ。
「ひ…………!」
カルナリアにも理解できた。
女性を――恐らく男性も、とてつもない悦楽を与える技量によって屈服させ、支配してしまう力の持ち主。
貴族令嬢だったオティリーも、このように『
他人をそうすることのできる異常技能の持ち主。
それが『夜の姫』。
このラーバイという場所に、女性を縛りつけるための存在。
相手の心身すべてを徹底的に溶かして、この場所に染みつかせ、ここから離れられないようにする役目の者。
最悪だ。
想像していた以上、いやそれ以下の、極悪な相手!
「やっ…………やあああっ!」
悲鳴をあげたが、『若魚』たちに拘束されている。
彼女たちも明らかに、『夜の姫』の能力を知っていた。
知っているから、自分たちをすぐ追い抜いて『人魚』に昇格するだろう美少女が、めちゃくちゃに
どろどろしたものはそれか、とようやく理解できた。
理解できたからこそ、恐怖はすさまじいものとなった。
「いやあああああああっ!」
「はぁ、はぁ……だめですよ、お姫様……」
へたりこんで腰をカクカクさせていたところから、起き上がってきたオティリーが、おぞましい目つきで言ってきた。
「あなたは、カルナリア王女様、ご本人です…………!」
「!!!」
「所作が……奴隷などでは、あり得ない……本物の、王族の、美しさ…………。
本当のお顔を見て、確信しました………………わたくしは、前に、フェルミレナ様にお声をかけていただいたことが…………あなた様は、第三王妃様に、よく似ておられます……」
「な…………!」
母后の名前がこんなところで出てきた。
オティリーの出自が聞いた通りなら、あり得ること。
ということは――自分が本当に王女だと、見抜いているのなら……!
「そ、そうと知って、このような真似をしますか! 無礼でしょう!」
偽装も何もなく、王女として叱咤した。
しかし――。
「だからこそ、ですよ……」
オティリーはどろどろの顔つきで、カルナリアの頬に手をあてがって言ってきた。
「本当の王女様だって、わたくしと同じように、
言葉を重ねながら、頬を押さえる手に徐々に力がこもってくる。
「あなた様が、王女様が、本物の王女様が、わたくしと同じように、何度も何度も達して、歓喜に泣き叫びながら屈服して、
「ひぃっ! やめなさい! やめて!」
抗うカルナリアの口が、頬を片手で鷲づかみにされて、封じられた。すさまじい力。
オティリーのもう片方の手が、カルナリアの微妙な部位に這ってくる。
「うー! ぐぅぅっ! もがーーっ!」
「ああ、王女様が、わたくしに、必死で抵抗する…………最高…………いってしまいます……!」
涙をあふれさせて、オティリーは豊かな体を強く痙攣させた。
その震えが指に伝わり、カルナリアも強く刺激される。
「もあああああああぁぁぁぁぁ!」
あまりのおぞましさに絶叫した、そこに――。
「……あ、あの、マノン様!」
室外から、声がかけられた。
「なんだい! 今いいところなんだよ! 邪魔するんじゃないよ!」
「ですが、大事なお話でして」
姿は見えないが、よく通る声質で、言っていることが丸聞こえ。
「『ひとつ星』様のご紹介です。ここで一番偉い方にお会いしたいと――」
その者としては声をひそめているつもりなのだろうが、カルナリアにもはっきり聞こえた。
「ぼろぼろの布をかぶった、変な人が……!」
【後書き】
体ではなく心を殺しに来た。カルナリア最大の危機。しかしついに救いの光が射した。ぼろぼろは果たして間に合うのか。次回、第75話「桃色の雲」。性的表現あり。
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