009 欲望の化身
※視点変わります。
「十二歳の娘っ子連れてくだけで金ぇ!?」
ミルズは耳を疑った。
おいしすぎる話だった。
だが指揮官は、その通りだと繰り返して伝えてきて。
兵営には、街の人間がぞろぞろと女の子を連れてきて、行列となっていた。
女の子を捕まえておく建物確保しろ、と指揮官は部下に大声で命令して回る。
「どんなのでもいいのかな?」
「そりゃ、きれいな方がいいんじゃねえか?」
「やっぱそうだよなあ」
「ガルディス様の好みなのかな」
「どうなんだろ。背が高くて立派な方で、きれいな奥方様と、お子様が三人いらっしゃるって聞いてるけど」
「いやあ、そういう人が、裏じゃ実は……なんてことも」
「それ隊長の前で言うなよ。ぶっ殺されるぞ」
「とにかく、娘っ子だ!」
兵士たちは色めきたった。
だが、このビルヴァの街の少女は、すでに所在を知っている住民たちに根こそぎ連れてこられていて、兵士が駆け回っても今さら新しい少女を見つけられそうにない。
「外だ!」
ここノーゼラン領の領主はまだ領都にこもって抵抗を続けており、ガルディス派の平民軍が攻めかかっているが。
前線から離れたこの街の周辺には有力な貴族勢力は残っておらず、ミルズたち平民兵士が好きなように動き回ることができる状態になっていた。
たちまち兵士たちは街から外へあふれ出てゆき、近隣の村々へ殺到し始める。
「お前たち、勝手な真似をするな! 持ち場に戻れ!」
指揮官が激怒する。当然のことだ。
その前にミルズは進み出た。
「自分は、この近くの、ローツ村の出身であります! 故郷へ戻り、指示通りに十二歳の女の子を集めつつ、兵になりたい者たちに声をかけ、また兵糧の供出も命令してこようと思います! 馬の使用許可を!」
「うむ、それはいい心がけだ! 良き兵とはそうあるべきだ! 許可しよう!」
勝手に動く連中ばかりの中で、筋を通し納得いく理由を示したことで指揮官の好感を得て、たやすく軍馬の使用許可を得ると、ミルズは急ぎ駆けだした。
城門を出て道を走る。
一騎、追いかけてきた。
同僚だ。
「お前だけおいしい思いさせるかっての」
「地元に戻っておふくろの顔見てくるだけだぜ?」
「お前のことだ、なんか企んでるんだろ。一口かませろよ」
「企む、なんてもんじゃねえけどな……。
あの娘っ子狩りな、あれ、本当に十二歳なら誰でもいいってわけじゃねえだろ。いくら若いの好きな変態にしても、何百人いるかわかったもんじゃねえんだぜ。戦が終わってからならともかくよ、まだあちこちで戦ってる最中に好みの女選びなんて、馬鹿貴族じゃあるまいし、ガルディス様はやらねえだろ」
「ほう。じゃあどういうこった?」
「つまり、だ。《本当に》十二歳の子とやりまくりてえってわけじゃなくてな、十二歳の誰か、まあ貴族のお姫様だろうな、この辺に逃げてきてるんじゃねえかって俺は見たわけよ」
「なるほどなるほど」
「で、そういうのがいたとして、街に隠れるわきゃあねえよな」
「まあそうだなあ」
「それで、うちの村と、まあ近くのとこをいくつか回って、それらしいのを探してみようかなってわけさ。道も村もよく知ってるからな、他のやつらより先に回れる分、何か見つかるかもしれねえ。ま、おふくろや弟たちの顔見に行くってのも本当だが」
「なるほどなあ。じゃ、つきあってもいいか?」
「図々しい野郎だな。でもまあ、本当に何かいたら、護衛とかそういうのついてるだろうし、俺ひとりじゃちょっとな。手伝えよ」
「賞金は山分けだぜ」
「道案内と言い出しっぺの分、俺が七、お前が三だ」
「せめて六四にしろよ」
「うるせえよ。七三と言ったら七三だ」
二騎は、兵士が群がる近くの村をさっさと通り過ぎ、ふたつ目、みっつ目の村も無視して、壁のように横に伸びる山地に近づいていった。
細長い岩に木の根がからみついている、奇妙な岩塔があった。
「蛇みてえだな」
「ああ、まきつき岩ってんだ。あの上に生えてる薬草が高く売れるってんで、貧乏な家のガキがよく登ろうとしては、落っこちて、くたばってな」
「お前は」
「やってねえから生きてんだよ」
その岩を道沿いに迂回すると、山に囲まれた村が見えてきた。
「あれが俺んち、ローツ村さ。あれでもけっこう陽あたりよくて、いい感じに色々育つんだぜ」
同僚に説明しつつ――ミルズの目が、ちらりと横に向いた。
「どうした?」
「いや」
ミルズは馬を急がせた。
「おーい、誰か来たぞーーーっ!」
村の入り口で、暇そうに座りこんでいた老人が、驚くほどの大声をあげた。
門番と、警報を兼ねている。
「俺だ、ガライの息子のミルズだ! うちの母ちゃんの顔見に来た!」
「おお、お前か。久しぶりだな」
「じっちゃんも、まだ生きてたかよ」
「うるせえ。しかしそのなりは……戦か?」
「この辺は大丈夫だよ。それより、村長さんいるかい?」
「ああ、さっき戻ってきたとこさ」
ミルズの目がスッと細められた。
「ふうん、さっき戻ってきた、ねえ……」
村長のランダルは、村の集会場で、ビルヴァの街で見てきたもののことを村人たちに語っていた。
「よお、久しぶり」
「何しに来た」
じろりと見られた。
(うちの隊長よりよっぽど強えし、怖えんだよなこのおっさん……なんで戦に出てねえんだよ)
ミルズはひるんだが笑顔を作った。
「いやあ、俺も軍の一員なんでな……村に金が入る美味しい話持ってきたんだ」
「女の子を差し出せって話なら、もう知ってるし、断るぞ。うちの村の子をスケベどもに差し出すような真似はできん。ふざけるな」
「いやいや、手ぇつけるってことじゃねえんだ、連れてくだけでいいんだぜ? それも、今はビルヴァに集めてるけど、都から人来たら、この辺も回ってくれるらしいから、そん時になって慌てないように先に集めとこう、それだけでひとりあたま銀貨一枚か二枚、気に入られたら金貨たっぷりなんだぜ! 悪いこと何もねえだろ、な?」
「断る。貴族を倒すと言っていたくせに、悪徳貴族と同じことをしようとする根性が気にいらん」
「おいおい、そんなこと言って、貴族側だって思われたら、この村襲われるぜ? 略奪されるぜ? 俺だってやだよ、そんなの」
「お前が村を回って、女の子の顔を見ていく分には構わん。戻って報告するのも、俺から止める方法はないから構わん。だが連れて行くのは絶対に許さん。反抗だと思うなら正々堂々、軍を率いて来い。今の時期にそんな無駄なことをする余裕があるのならな」
「いいのかよ、おい、知らねえぞ」
「自分を大きく見せようとするな。でかいことやりたいと言って村を出たのだから、本当に大きな男になれ。人を脅して、小さい頃から知ってる女の子たちを無理矢理連れていくのが、お前のなりたかったでかい男か?」
「…………」
「村の者が飢えない限りにおいて、食料供出には協力する。だがそれ以外の、道理の通らん、正義ではない要求は断る。上の者にそう伝えろ。母親の顔はちゃんと見ていけ」
「わ…………わかったよ、くそったれが!」
ミルズは
言われた通り親のところへ行って小言を言われここでも罵倒して出てきて、村内の少女たちをじろじろ見回して逃げられ――。
「おい、そろそろ戻らねえと、夜になっちまうぞ」
「ああ……くそっ、何だよどいつもこいつも、腹立つわ」
帰ろうと馬小屋に近づくと、村長が家で使っている奴隷がふたり、馬たちの世話をしていた。
「あれは、かわいそうだったなあ」
「仕方ないけどなあ」
「ちょっと怖かったよな、ご主人様」
「色々あげちまったよなあ。新しいのもらえるならいいけどさ」
「……何の話だ?」
ミルズに気づいた奴隷たちは、慌てて会話を止めて頭を下げる。
その態度に、ミルズは怪しいものを感じた。
「……ランダルさん、今日、ビルヴァから帰ってきたんだよな。俺に声かけてくれりゃいいのに……様子見に、こっそり潜りこんだって感じかい?」
「へえ、まあ、はい」
「今言ってたのは、何のことだ? 何かあったのか?」
「いや、へえ、まあ、別に」
奴隷たちは言を左右にして、ビルヴァに行って泊まって先ほど戻ってきた、以上の情報を漏らそうとはしなかった。
「わかった。悪いな、仕事の邪魔して」
ミルズは謝り、自分の馬にまたがると村を出た。
「……いいのか、なんか怪しかったぜあいつら」
「いいんだよ。村長さんの方が俺より怖いから、すごんでもあれ以上何も言わねえよ。でもな、途中で何かあったってことはわかった。一緒に行った連中に口止めするようなことが、な」
「ってことは、つまり?」
「…………ここだ」
ミルズは、帰り道の途中で馬を止めた。
まきつき岩を反対側から見る場所だ。
馬から下りて、路傍の草むらに踏みこんだ。
「何してるんだ?」
「二人か三人、この辺で転がってから、登っていったな。へへ……こいつぁ、当たりかもしれねえ」
「何の話だよ」
「俺の馬、見ててくれや。暗くなる前に戻る。俺ぁガキの頃、この辺よく駆け回っててな、ちょいと詳しいのよ。うまくいったら分け前やるからよ、馬、頼むぜ」
「おい、何のことか言えよ、なんかずるいぞ、おいミルズ!」
わめく同僚を無視して、ミルズは山の中に踏みこんだ。
「……もうすぐ日が暮れる。この道は俺らしか知らねえ。知らねえ道を無理に進むとも思えねえ。逃げてるなら火は
つぶやくと、ミルズは口元を大きくにやつかせた。
「待ってろよ、お姫様……賞金は、俺のもんだ」
【後書き】
ついに気づかれた。欲にかられた追跡者が王女一行に迫る。次回、第10話「襲撃」。残酷な描写あり。
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