005 山賊
「よお。ランダルってもんだ」
と、
入ってきただけで室温が急上昇した。
レントよりずっと背が高く、肩幅広く、胸板も厚い。
服装は粗末だが、腰の剣には使いこまれた雰囲気がある。
親衛騎士のような戦闘の専門家ではなさそうだが、あらゆる意味で力に満ちた人物だった。
「この兄ちゃんと酒場で仲良くなってな。うちの奥さんがもう美人で美人でたまらんって散々自慢するもんだから、先に顔見に来たってわけだ」
「そういうことぉ。ふへへ。な、きれいだろ? 自慢の妻だ」
「確かに、こりゃあ美人だ」
「そんな……見ないでください」
ぎりぎりごまかせる態度で、エリーレアは赤くなって顔をそむけた。
内心が、平民風情に言われるなどと、という怒りであっても、とりあえずここは赤面できて正解である。
「そっちのは?」
ランダルはめざとく、扉の影に隠れている奴隷少女を振り向いた。
「あ、ああ、エリーのな、世話をさせるために買った……ルナってんだ、言っただろ、ちょっと、癖があって、まだ仕込んでる途中でさ……」
「ふむふむ」
遠慮なく、髭もじゃは奴隷少女を上から下まで見回した。
カルナリアは、おびえたように体半分を戸板に隠したまま、
だが……ほどなくして、小動物のように、隠れ場所から静かに出てきた。
髭もじゃを見上げ、レントに目をやり、また髭もじゃを見る。
「俺の顔がどうかしたか?」
「おひげ……」
と、カルナリアはこの数日で練習した、たどたどしい口調で言った。
「ああ。似合うだろ?」
「さんぞくみたい」
「こらっ」
「ははは、山賊か、いいねえ」
豪快に髭もじゃは笑うと、勝手にどっかりと椅子に腰を下ろした。
「よし、大体わかった。まあ問題ねえだろう。いいぜ」
「……お、おお、そいつぁありがたいねえランダルさん!」
「え、あの、レント、あなた……いったい?」
レントは、恐らく安酒場で一晩飲んだくれていたのだろう臭気を漂わせつつ、ふらつきながら荷物をまとめ始めた。
「準備しろー、すぐに、出るぞー」
「あなた!」
「あー、言ってなかったっけ? このランダルさんさあ、近くの村のひとでさあ。俺たちを、しばらく、泊めてくれるって……」
レントは髭もじゃから見えないところで、一瞬だけ真顔に戻って、安心しろと言うようにうなずいた。
そこに酔いの色はなかった。
「……ほらぁ、街はあぶないだろー、兵隊さんもぞろぞろいて、大事なエリーに何かあったらって思ったらぁ、そしたら、ランダルさんがさ、夫婦ひとくみぐらい問題ない、うちに来いよって……」
すぐへべれけな顔に戻って、ぐだぐだとした口調で語り続ける。
「ごしゅじんさま、おみずです」
奴隷少女がトコトコと近づいてきて、
酔っている主人に対して、何の不思議もない行動。
だが。
「さんぞくさんも、どうぞ」
続いて、髭のランダルにも差し出した。
「お、おう、あんがとよ」
「さんぞくさんのところでは、おいしいもの、いっぱいたべられますか?」
殴られて腫れぼったくなっているまぶたの中から、きらきらした光を放って、訊ねた。
後ろで、レントとエリーレアが固まり、うろたえる。
「ああ、うちの野菜はこの辺でも評判だぞ。まわりを山に囲まれてるから荒らしに来るやつもいなくて、水はきれいで、みんな働き者でな! まあ時々、こわい獣が山から下りてくるんだが、うまくやっつければ肉もたっぷり食える」
「わあ、たのしみです! よろしくおねがいします!」
「お嬢ちゃん、名前は?」
「ルナです!」
間髪を入れずにカルナリアは答えた。
「賢そうな子だな。でも――ちょっと、動くなよ」
いきなりランダルの手が少女の首に伸びた。
首輪に触れ、少し引っ張り――奴隷少女の首筋に鋭い視線を
カルナリアは驚いているが、身動きしない。必死で耐えている。
エリーレアが悲鳴をあげかけてぎりぎりで口をふさぐ。
レントはかろうじてだらしない顔を保ち続けて、問うた。
「ランダルさん、何してるんですかぁ……?」
「ああ、勝手にすまねえ。だが自分の目で確認しとかねえとな」
「言った通り、ないでしょぉ?」
「ああ、安心した。『線入り』だとちょっとな。そういうやつ連れてくのは、うちのやつらにいい顔されねえ」
首輪は奴隷の証である。
だが、奴隷の中には、犯罪者が罰として奴隷に落とされたという者もいる。
そういう奴隷は、首輪とは別に、首のまわりに
軽い罪なら細い線を一本ぐるりと巡らせるだけだが、それだけでも買い手は敬遠し、値段が下がる。
重犯罪者となると、線ではなく文字が刻まれ、色がつけられ、まともな者はまず手を出さない。鉱山や、領主が行う治水工事、道路開削現場など、過酷な場所で使いつぶすためぐらいにしか買われることはない。
それを隠すためにしっかりした首輪をつける奴隷は珍しくなく、少しでも高く売りたい奴隷商人も協力するために、知識のある買い手なら奴隷を買う前に首筋を確認するのは必須事項だった。
「すまねえな。問題ねえことはわかった。もうすぐうちの馬車が前につくから、兵士どもに目をつけられねえように、乗ってくれ」
ランダルは立ち上がった。
彼が出ていくと、途端に部屋は元の広さを取り戻す。
「……どういうことですか」
エリーレアが目を釣り上げつつ、小声で問うた。
扉の向こうにまだランダルがいるかもしれないので、声を張り上げない警戒心は持っている。
レントは真顔に戻り、荷物を全てまとめて背負う。
「平民兵士たちが仕切っていて、貴族狩りも横行しているこの街にとどまるのは危険です」
「それはわかっています。あの男のことです。いきなり、何ですか」
「言った通りです。情報を得ようと、我々と同じような立場の旅商人や近くの村人が集まっている酒場に潜りこんで、出会いました」
エリーレアやカルナリアの衣服、フードの角度も確認する。
奴隷が手ぶらなのはおかしいので、小さめの背負い袋を背負わせた。
「平民兵士もいる場だったので、お互いに素性は明かしていませんが、彼は恐らく、貴族です。私の親と同じ、村長ではないかと。第六位か、七位ですね」
最下級ではあっても、貴族は貴族。盛り上がった平民兵士が大喜びで血祭りにあげる存在だ。
「同類はわかり合うってことね」
「はい。同類ではないものもわかります。お気をつけを」
レントの言葉は皮肉への反撃ではあるが、必要な警告でもあった。
どうしても上位貴族の態度や気分が抜けないエリーレアはもちろん。
カルナリアが、奴隷に
「ルナは特に、よろしいですか、できるだけ関わらないように」
「でも、あの人は、いい人よ――いい人です。レントと同じ。私にはわかります」
カルナリアは微笑を浮かべ、大人ふたりを困惑させた。
一晩を経て顔の腫れが少し引いてきていて、そこには本来のすばらしい美貌の片鱗が見えてしまっている。
「あ、ありがとうございます。ですが――疑うわけではありませんが、話が違います。あの者の供にも奴隷がいるかもしれません。話をすると絶対にぼろが出ます。できるだけ口をきかないで、人見知りするように黙っていてくださいませ」
「わかったわ」
三人は宿を出た。
おかみさんに心配してもらいつつ宿の前で待つと、馬に乗ったランダルと、二頭引きの荷馬車がやってきた。
馬車には、御者と、荷台にひとり男が乗っており、それとは別にふたり、屈強な男が荷を背負って徒歩でついていた。
――そのふたりは、奴隷だった。
「よお」
ランダルはひらりと馬から下りる。
「そんだけなら、荷物は荷台に乗せていいぞ。奥さん寝かせる場所は作っておいた。今のこの街じゃ大して買えるもんもねえし、隙間はたっぷり空いてんだ。で、レント、悪いがお前さんは歩きだ」
「ああ、エリーを乗せてもらえるだけでも十分だよ」
荷台の男と協力してエリーレアを乗せ、布を敷いてくれているところに横たえる。
わかってんな、とランダルは荷台の男にすごんだ。変な目で見るな、おかしな真似すんな。男はうなずくとエリーレアに背を向ける姿勢で座った。安心してレントはエリーレアの手を握ってみせてから離れる。口をきかなければ大丈夫だろう。
問題は、カルナリア――ルナだ。
妻の面倒を見させるため買ったということにしてあるし、小柄な少女なのだから大人の男たちと一緒に歩かせるのは無理があり、荷台に乗せていいと思うのだが、それを決めるのはレントではない。
ルナは、見知らぬ男たちを怖がるように、レントのかたわらに立っている。
ランダルに彼女を乗せていいか訊ねようとすると。
「お嬢ちゃんは、俺と一緒だ」
レントの承諾も得ず、抱き上げて、自分の馬の鞍に乗せてしまった。
目を丸くしているルナの後ろに、すぐ自分もまたがる。
そして――首の後ろで留めている革の首輪を、外した。
粗末な革帯を、自分の服の内側に入れてしまう。
ルナが、身動きこそしないが、顔色を変えて、蒼白になっていった。
「え!? あ、あの!」
レントも似たような顔になった。
「悪いが、後で話す。行くぞ!」
ランダルは馬を走らせ始め、馬車と荷かつぎ奴隷も続いて、レントは慌てて後を追った。
【後書き】
何者か。どういうつもりか。まさか、気づいているのか。だとすればどうする。どうすればいい。
次回、第6話「少女狩り」。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます