006 少女狩り
土の路面を馬蹄が踏む。
車輪がぎしぎし音を立てて回る。
「おかしら、ずるいっすよ! こっちだと思ったのに」
馬車の御者ががらがら声で言う。
「うるせえ。役得だ。娘欲しかったんだからこのくらいいいだろ。うちのはあんなだし」
「そりゃそうですけど!」
「まったく、なんであんな風になっちまったのかねえ。俺に似てんのは体つきだけ」
「親のしつけが悪かったんでしょ」
「てめえのガキのツラ、思い出しながらもういっぺん言ってみろ」
「ああくそっ何も言えねえよ!」
乱暴に言い合い、豪快に笑いながら街をゆく。
街に活気はない。
あちこちの建物から炊煙は上がっているが、路上に出てくる人の姿はまばらで、それもたいてい周囲を警戒し、最低限の行動ですませようと足早だったり、物陰を伝うように隠れ歩いている。
「あのっ! それはっ! うちのっ!」
レントは小走りでランダルの馬に追いつき、抗議した。
ランダルの前に両脚そろえて横座りさせられているカルナリアは、口を引き結んで人形のように身動きしない。
「……悪いが、街を出るまでこのままだ。でないと危ねえ」
真顔でランダルは言ってきた。
「危ない?」
まさにその瞬間。
悲鳴が響いた。
「返して! うちの娘を!」
「うるせえ!」
女性の金切り声と、男の罵声、それに少女の助けを求める声。
複数の男が、縛った女の子をかつぎあげて逃げている。母親らしき女がすがりついて、蹴飛ばされる。父親はどうしたのか――男たちにも母親の服にも、血がついていた。
あちこちの窓から顔がのぞくが、すぐ引っこんでしまう。
男たちは路地へ入りこんでゆき、母親は泣きながらさらにその後を追って消えていった。
「あれだ」
「人さらい……ですか」
「女の子を狩り集めてやがる。兵士どもがな。さっき、上からそういう命令が出たらしい。十二歳の女の子をガルディス王子が欲しがっているとか何とか。連れていくだけで金が出るらしくってな、耳の早い連中が、知ってる限りの十二歳ぐらいの娘っ子をかき集めて、あんな風にさらってでも、兵士どもの所へ運びこんでるってわけだ」
「十二歳……!?」
レントは絶句した。
カルナリア王女は十二歳。
ガルディスが求めている。
つまり、カルナリアの生存を確信し、賞金をかけたということだ。
「子供何人もいる王子がそんな趣味なんて聞いたことねえから、その息子か誰かだろ。自分の天下ってなったもんで、大喜びで好みの子集めさせてるんじゃねえか?」
「そ…………そうかも……しれない……な……」
「あんたらはこの街のもんじゃねえし、宿のおかみさんもまだ知らねえようだったから無事ですんだが――街を出る時が危ねえ。あんたらは俺の親戚。あんたの奥さんは、この街で働いてた。そういうことで合わせてくれ」
ランダルは道の先をあごで示した。
市街壁の門。
そこには、兵士たちが十人ほど詰めていた。
レントの血の気が引いた。
「止まれ」
「よお。ローツ村のもんだ。麦と野菜を売りに来て、帰るところだ」
ランダルは通行証らしき板を取り出して兵士に示した。
「なるほど。一応、確かめさせてもらうぞ」
兵士たちは一行を取り囲み、荷台をのぞきこむ。
「この女は?」
「親戚だ。子供できてな。しばらく実家に戻すことになったんだ」
「……いい女だな」
「手ぇ出すなよ。
「うわぁ。わかったわかった……その子は?」
「妹の子だ。ここで見習いさせてたんだが、まあ、色々あってな」
「……なるほどな」
殴られたルナの顔を見て納得したようだ。
ルナも、兵士を怖がるように顔をそむけランダルにしがみついた。
ランダルが首輪を勝手に外した理由が理解できた。
奴隷の女の子では、言い訳が苦しくなるところだった。
「じゃ、いいか?」
「ああ。逃げてる貴族見つけたら知らせろよ。賞金出るからな」
「先払いしてくれねえか?」
「馬鹿言え」
苦笑する兵士に笑い返すと、ランダルは馬を進め、他の者も続いた。
街に入ってくる近隣農村の荷馬車とすれ違い、外へ。
広々とした空間、一面に広がる畑と草むらという開放的な景色に、レントは思わず大きく両腕を広げ思いきり息を吸った。
「あいつら、ずっと門に詰めてたから、まだ女の子狩りのことは知らなかったようだな。ひとまず助かった」
「礼を言う。俺たちだけじゃ抜けられなかった」
「引き受けるって決めたんだから、当然のことだ。気にすんな」
「この恩は、必ず返す」
「そういうのは、村についてからにしてくれ」
ランダルは背後の街を目だけで見やった。
「賞金のことを知ったあの連中が追いかけてくるかもしれん。いきなり急ぎ足になったら怪しまれる。あの坂を越えたら
「わかった」
しばらく駆け足が続いた後、農村に入った。
まだランダルの村ではないが、当然ながら顔見知りのようで、出てきた村長に、ビルヴァの街での少女狩りの話を伝える。
村の人々が情報を求めてランダルに群がってきて、ランダルも丁寧にそれに応対し続けた。
レントは汗をぬぐい、村人から水をもらって思いきり飲み干した。
「だいじょうぶ、ですか?」
馬から下ろされたルナが小声で言ってくる。
「この程度なら、まだまださ。三日連続で移動し続けたこともある」
あくまでも主人という態度でレントは答える。
「くびわ、返してもらえますよね?」
「奴隷のものを盗むほど貧しくはないだろ」
村人たちの中から頭ひとつ飛び出している
ここまで、ランダルには
振る舞いこそ粗野だが、信頼していいと思わせるものがある。
――しかしそれも、カルナリアの正体を知らないからこその話だ。
今ランダルが持っている奴隷の首輪の中に隠されているもの。
それがここにあると知れば、ガルディス王太子はあらゆる貴族との戦いを中断して、動かせる全ての兵力を差し向けてくることだろう。
数万の軍勢が襲ってくると知っても、ランダルがなお自分たちを守ってくれるとはとても思えない。
自分と家族を守るために、積極的にカルナリアと『
ここで王女と国宝を守るために命を懸ける忠誠を期待するのは虫がいいにもほどがあり――今も国のあちこちで、そういう都合のいい忠誠を求めた貴族が裏切られ、捕らえられ、殺されていっていることだろう。
本当に幸いなことに、カルナリアはそういう貴族とはまったく違う、
荷台のエリーレアも、庶民の荷車に寝かせられて背中が痛いようだが、致命的なミスは犯さずにすんでいる。
この調子なら、ランダルの村までは問題なく到着できるだろう。
そこから先のことを考えておかなければならない。
「そろそろ行くぞ」
ルナはまたランダルの前に乗せられた。
馬車に乗せるよりはその方が移動速度が出るからということだが――街で言っていた、娘が欲しかったというのが案外本音なのかもしれない。
「もういいだろ」
首輪をつけてくれた。
レントは心底安堵した。
ルナも嬉しそうに指でさすった。特に喉のところを。
「……つけない方がよかったか?」
「い、いや、俺が買った子だし、外さないでくれ」
それまでよりは幾分ペースを落として、一行は進む。
左右は畑や草原、林といった相変わらずののどかな光景だが――。
行く手に山が見えてきた。
――カラント王国は、広い国土に、網の目のように山地がはしっている。
山の連なりによって区切られた地域それぞれに領主が存在し、小王国が乱立する状態であったのを、現在の王家が征服しあるいは婚姻で取りこんで、今から三百年ほど前に統一カラント王国を成立させた。
それらかつての小王国君主の
もちろんカラント王国として統一された法制はあるのだが、独特の文化を保っていたり、『領』内の『郡』を治める郡主の決め方がよそと違ったりと、『領』ごとに雰囲気がまるで違う。
王太子ガルディスは、自分に与えられたトルードンという『領』で、身分差をなくし平民を
カルナリア王女も、成人の際にはどこかの小さな『領』を与えられ、名前にその領地の名が入る予定だった。
行く手に見えてきた山は、そういう『領』を区切るものであり。
真西へ向かうのは危険と、国境へつながる街道を離れて、南西寄りに移動してきたレントとしては、何とかして越えたい境界線でもあった。
あの山の向こうの『領』なら、ここノーゼラン領、背後のビルヴァの街のように平民兵士が好き勝手に振る舞うことはできない。
まだ反乱の手が及んでいないし、これからも及ぶことはないだろう土地なのだ。
ランダルの村は、山に囲まれているという話だ。
あの領境の山沿いにあるのだろう。
それなら、山を越える道を知っているのではないか。
地元の民しか知らないような、隠された道を。
都合のいい展開を期待してはならないと自分に言い聞かせつつも、レントは正解を引き当てたかもしれないという昂揚感を抑えることができなかった。
――しかし。
レントは、ランダルという人物を甘く見ていた。
【後書き】
……果たしてランダルは信じていい相手なのか。都合良くことが運んでくれるのか。次回、第7話「露見」。
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