第五章[ざまぁみろ]その1

 幾度も育んだ生物を進化させ、高い知性を持つ種族をその地に誕生させる。生まれた彼らは、星を破壊しかねないほどに文明を発展させる。

それによって多くの生物は消えるだろう。環境は壊れるだろう。星は灰になり、どんどんと壊れていくだろう。致命的なまでに。


………だが、それでよい(・・・・・)。


 そこまで発展することが、必要なのだ。そんな種族を使っていかなければ、究極の星を構築することは叶わない。

 進み過ぎた文明、進み過ぎた知。それらを持つ彼らは、強制的に進化させたとき、究極の星の構成要素たる者たちとなる。届いた英知を、自身で全て行えるような、およそ万能と言える存在に近づいていくことで。

 究極の星には、その特別性を示すため、そういった優れた生物が必要だ。だが、星を名乗る以上、存在する生物は単一種だけではいけない。多様性こそ、星が抱える自然の本質。だから、何度も何度も、知能の高い種族を育んでは、窮地に追い込むことで進化せざるをえなくする。そして進化に成功した者に星の構成員として加える。

 そうして究極の生態系の完成に近づいていく。

 時がいくらかかろうが構わず、何度も、何度も。彼らを絶望的状況に追い込むことで。その中で、脱落する者は無視する……自動的な、生命の選別を行いながら。

 それが世界、星の在り方。いつか、星が滅ぶその日まで。生物が世代を重ねるために子を当然の様に産もうとすることのように、当たり前に繰り返されること。

それは誰が決めたのでもなく、意志など介在する余地はない、星と言う存在に取って当然の事だ。

 そして、宇沙のような自然王というのは、その当たり前を実行するための補助機関のようなもの。その存在が様々な要因で朽ちるたび、別の者に権能と使命感を与えられ、新たな自然王を生み、システムの補助を行い続けるモノだ。

 

 

「御枝ちゃんは今回の種族進化における第一号。三年前、世界で初めて進化した人間だよ」

 万能と言えるのかどうか。それは分からないものの、少なくとも進化していることは確実だった。まず、体の燃費が異常なほど良い。体も成長することもなく、老いることもなく、ずっと変わらない。それは、ただの人間ではなく、よりよくなった…進化したという事なのだ。

「ちなみに、花枝と詩は二番目と三番目だね。……マスターも、一応四番目」

 彼らも、見た目の特徴などを除けば、御枝と同じような状態になっていた。

「御枝ちゃんは、折角の初めてだったのに、何か知らないけど、狂っちゃった。あんな妙な狂い方されると、星にはふさわしくないし、最初から躓いているようじゃ、前途多難に思えたからね?」

 だから宇沙は、今回の事の全てを起こしたらしかった。

アソシアードは御枝の狂気の原因となった心を理解することで、それを封じ込める器として想像された。その理解と言う目標達成のため、全ての舞台装置は作り上げられた。上総達も含め、全員が誘導されることで。

「まぁ、面白そうだから、いろいろあるようにしたわけだけどね」

 このような形で御枝の理性の復活がなされたのは、宇沙の性格の悪さも、多いに関わっているのかもしれない。

「コードAも折角だし、全部明かしてあげたら?勝ったご褒美代わりに」

「……拒否する理由はない。協力者たるそなたがそういうのであれば」

 コードAとは、例の二つの目的をもって存在するものだ。今コードAは、それを満たしていると判断している。

「三年前まで、当機は思考のるつぼにあった。そして、当機の存在理由を否定そたままであった。そのような状態にあるとき、宇沙が声をかけ、全てを明かした。当機はそれに同意したのだ」

 人類が万能になるなら発展と捉えられるし、進化することで人という種は、多少形を変えてでも存続が可能。そして、今の会えない世界は、星が自身のシステムによって構築した者であり、変更はできない。ならば、機械であるコードAは、宇沙に協力する以外にしようがなかったのである。

「………ご褒美は、こんなものでよかったかな?」


▽―▽


「…………なん、なの……」

 宇沙の言った話など、半分どころかその断片をほとんど理解できていない。

 本来、彼女はただの幼子だった。両親を失ってからすぐに今の世界になったことで、まともな思考力自体が育ちにくかったのもあった、なおさらである。精神年齢も、肉体年齢に対して、そこまであるわけでもない。

「……全部、私のため?」

 そんな御枝に分かったのは、それだけだった。

「そうだよ」

「………」

 彼女は大粒の涙を流しながら、唇をかんだ。

(……自分のためにされることって……こんなに苦しかったっけ……?)

 アソシアードが本心から御枝を心配し、一緒にいてくれていたことは、本当にうれしかった。だが、宇沙のやってきたことはそうではない。

 こんなに、自分のためにされて苦しい事が、嫌なことがあろうか。悪質なのは、大切な人を失う羽目になったのに、自分のためにされたために攻め難いところだった。

 怒ることもできない。

「……うぅ………」

 もう。ただ、ただ、苦しかった。全てが。

「なんなの……なんなの……」

 泣くしかない。どうしようもない。やるせない。他に何もしようがない。

 大切な人は消えて、仲間の最低な思いを知って裏切られ。そんな中でどうしろというのか。

「そんなに泣かなくてもいいよ、御枝ちゃん」

 宇沙はいつもの表情で御枝のところに歩いてくる。そして、彼女の顔を両手で触れてあげる。

「……」

 御枝は泣いたまま、満面の笑みを浮かべた宇沙をただ見つめるしかない。

「……全部忘れて自然界に行かせてあげる。安心して、確実に全部忘れるから」

「………それって…どういう…」

「御枝ちゃんは今こうして理性があって、そのおかげで体が暴走なんてしない。まともな感じだけど、それは自然になったわけじゃないからね。それは良くないんだよ、究極の星の自然界の住人としては。やっぱり自然じゃなきゃ。だから、そういう事実はなかったことにするんだよ」

「………そんなこと、しなくても」

「しなきゃいけないんだよ、今代の自然王としてね?ようやくの初仕事だし」

 宇沙は自身の頭に乗っかっているヘッドドレスを指差した。

「結局、全て予定調和的に終わるんだよ、御枝ちゃん。自然のシステムに従ってね」

「…………」

 御枝は俯く。

「御枝ちゃんはアソシアードの事も、世界を変えること(・・・・・・・・)も忘れて、自然界へ入る。それで今回のお話は終わり」

 宇沙は、締めくくる様にそう言った。御枝を諦めさせるためか、そうする反応を楽しむためか。

 だが彼女はそこで。

「………せ」

 ピクリと反応した。世界を変えること、という言葉に。

(私のずっとやりたかったこと………アソシアードが)

 彼女は、村での討論の時の事を思い出す。

 彼が、彼女のその目標を大切にして、馬鹿にされて怒ったことを。

(会える世界にするって目標………)

 それは、仕組まれたことではない。彼女が最初から持っていた物だ。そして失われたことではない。アソシアードという仲間が、大切にしてくれた、ある種の想い出の結晶とも、言えなくもない。

 彼女はほとんど全てを失った。得たのは理性のみ。

 喪失感と悲しみでどうしようもない中、掴めるとしたら何か。

 その目標だけだ。

(このまま……全部忘れて……いるほうがいいの、私は……?それとも…)

 忘れるのは、とても気持ちがよいかもしれない。心地が良いかもしれない。今の傷ついた自分には、最高かもしれない。

 けれど、けれど、けれど。

「………」

「うん?どうしたの?」

 宇沙がそう言うのを聞かず、御枝は倒れたアソシアードの体を見る。

「……あ、そ……し……あ……ど」

 いつも自分を気遣い、一緒にいてくれた大切な彼を忘れてしまうのか。その時間を捨ててしまうのか。向けられた気持ちを忘れてしまうのか。例え全てが仕組まれていたとしても、彼が自分へ向けた思いは確かにあって、本物なのに。

 このまま泣いているのが、いいのだろうか。そうして全てを委ねてしまって。

「………………私、忘れるなんて…………嫌……」

「ま、そうであっても消すけどね?」

 その宇沙の言葉も耳に入らず、御枝の心は動く。

(ああ……私は)

 忘れるなんて言語道断。

出来れば、もう一度……会いたいのだ。いなくなった彼に、また会いたい。お礼をして、また一緒に過ごしたいと思う。その幸せをかみしめたい。それなのにどうして、忘れるなんてことできようか。

 彼といた時間は暖かかった。その時は分からなかったが、一緒にあちこちにいって、食べて、寝て。思ってもらって。とても楽しくて、幸せで。それが今は分かる。もはや過去の事であっても、思い出すだけで自然とそう思えるの。

 しかし、幾らそう思っても、どうしようもない。消えたしまった存在と再び会うことなど、叶う事ではない。そんなことは考えなくても、すぐに分かった。

 けれど、けれど、けれど。

 

(それでも………アソシアードに会いたいの)


 もしそれが、今の世界で叶わないのならば。今の世界の法則がそれを許さないのであれば。……自分の思いを遂げるのを、邪魔するのであれば。

(そうだ………)

 世界を変える。こんな誰にも会えない世界を変えて、誰とでも、

(…アソシアードとも会える世界に変える……こんな世界…は嫌だ……)


 その思考に辿り着いたことで、今まで感じてきた世界に対する不満を、彼女は思い出す。

会える幸せを、会えない苦しみを知っていて、そして誰にも会えないことが続いた彼女

はこの世界に嫌悪感を抱き、変えようと考えた。

 それは何も変わっていない。今までと異なったのは、そこに特定の誰かに会いたいという強い感情が加わっていたこと。

それは子どもの我が儘のようなものかもしれないけれど。

 異常なほど強いならば、固まっているのならば、彼女の背中を押すに足る。

(……この世界のままじゃ……ダメ…変える……変える……会える世界にする……)

 絶望の淵の彼女は、最後に残った、会える世界にするという目標に手を伸ばす。

「私は………アソシアードと…会うの……そういうふうにしてやる…」

……しかし本来。彼女は、絶望の淵にあってそんな決断ができる、なんてことはない。そんな強さなど持っていない。御枝と言う少女は、狂気などの強力な後押しをしてくれるものでもなければ、何もできないほど心が弱い。三年前に狂って家から飛び出すまでの九年間、何もできずにいたことから分かるように。

それでも出来たのは。その心の隅にいつの間にか、彼に会いたいと、それに向かって猛進する小さな狂気が生まれていたからだ。そして、それこそが、彼女の背中を押すに足るものである。

 しかし、今この場において出あがった強い感情程度では、狂気などと言うものはそうは生まれない。誰にも会えない今に対する不満が九年かけて積み上がり続ける、などのような異常事態でも起きない限り。

だから、もしかしたらそれは。狂気を封じ込めるために消えた彼の意識の残滓が、彼女を進ませるために、封じていた狂気を少し漏らしたのかもしれない。その弱さを理解して。

「さっきからブツブツ呟いてるけど。まぁ、未練何てなくなるし。それじゃ忘れてもらおうかな」

 宇沙は宣言するように言う。

「………!」

 その言葉にビクリとする御枝を心底楽しそうに見ながら、宇沙は続けようとする。

「御枝ちゃん。全部をわ…」

 その時だった。

 突如として宇沙が御枝の背後の壁が黒ずむ。瞬間、薙刀が宇沙の顔面に向かって突き立てられる。

「!?」

 命中。その衝撃で彼女は御枝から離れさせられ、床を転がる。

「来て!」

 御枝は抵抗する間もなく、誰かに引っ張られてその場から消える。その直前、床に落ちたアーフの爪を拾ったマスターが黒ずんだところに飛び込んだ。

 そして、宇沙とコードAの端末以外、誰もいなくなった。

『してやられたな。はやく忘れさせて自然界に返しておけばいいものを』

「……上総かな。まぁ、別に問題ないよ」

 宇沙は起き上がり、顔面にめり込んだ薙刀を抜きながら言う。

『最後の仕上げがまだだが。あのまま逃げられたらどうする』

「だから大丈夫だよ?何の問題もないから、別にいいんだよ。十分泳がせてから、忘れる恐怖でもあげるかな?」

 顏があっさりと戻った宇沙は、楽しそうに言う。そして、彼女が慢心していることは誰の目にも明らかだった。

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