第四章[本当のお話]その4

「本当に、さようなら、アソシアード」

 彼女は全てが思い通りに運んだことに、いつも通りの微笑を浮かべていた(・・・・・・・・・・・・・・・)。

「もう、何もしなくていいよ?だからじっとしていて」

 彼女は、自分の近くに侍らせている三人にそう言った。それは彼女等に対し、絶対的な力として働き、三人は従う他なかった。

「……何なのよ、あんなことさせて」

「……そうだぜ。アフレダの解決法は………」

「さぁて。そんなの、意味なくなるけどね」

 彼女は口もとを長すぎる袖で隠す。

 そんな彼女を、一人は黙ったまま見ていた。


▽―▽


「……………それはそうだったけど?」

「…………」

「どうしたの?アソシアード?会えなくなるって……」

 御枝は彼の体をゆする。しかし、反応は帰ってこなかった。損傷は酷く、大丈夫とはとても言えない状態であるものの、彼の体自体は今も稼働している。……ただ、そこには。

「ねぇ……会えないって………」

 もう、彼の意識はなかった。体が壊れたから、ではない。頭脳であるコンピューターが壊れたから、ではない。

 元より彼の意識は、その機械の体に備わっていた物ではない。マスターがつくって組み込んだのでもない。

彼女が自分の精神を分け(・・・・・・・・・・・)、変質させて入れた(・・・・・・・・)。御枝の狂気の受け皿とするために(・・・・・・・・・・・・・・・)、その機械の体に。それが、実態だった。

「…………あれ」

 御枝は自分がいつの間にか、大粒の涙を流していることに気付く。

「どうして……?」

 分からない。どうして、泣いているのか。どうして、その答えが見つからない。何故、何故、何故………分からない…分からない……いや、分かった。

(私は……)

 急速に、彼女の頭の中はクリアになっていく。

 今まで理解できず、ただ記憶だけが残っているだけだったあらゆることが、分かるようになる。真面な思考が復活し、様々なことを考えることが出来るようになり、束縛された意識は完全に自由となる。……そして狂気は、意識の奥底に沈んでいくように、封じ込まれるように消えていった。

「……アソシアード。私をあんなに心配してくれて。それなのに…私」

 今ならば、今までの彼の思い、全てがわかる気が、彼女にはしていた。

「………それで、こんな風になって…壊れちゃって…うぅ」

 御枝はアソシアードだったものに、そっと触れる。

「ありがとう………………ごめん、ね……」

 涙が、止まらなかった。自分が狂っている中、彼は必死に自分のため、いつも動いてくれた。それなのに自分は、それに報いることなく、ただ彼を、犠牲にしてしまった。

それがとても、やるせなくて、悔しくて……彼にもう会えないのが、とても悲しくて。だから涙は止まらないのだ。

「命令を遂行する」

 そんな御枝の事は気にもせず、アーフは爪を構え、御枝の方に歩いてくる。

「……。なんなの……どうして…な…の!」

 彼女は顔をゆっくりと上げ、アーフを睨みつけた。それから視線を移す。自然王へと。

「自然王!」

『…ほう、理性を確かに取り戻したようだ。半信半疑だったが、成功した様で何よりだ』

「……どうして……!こんな……!」

「そんなことは気にしなくていい。狩るのだから」

「!」

 アーフは跳躍。一気に御枝へと迫って来た。

「…………もう、なんなの、なんなのぉ……!」

 彼女は叫び、そして。

「バカな。動力部……機能停止」

 一瞬にして背中から伸びた腕たちが縦横無尽に空中を駆け巡り、アーフの体のあちこちを打撃。そのうち一つ、胸に接触したものは、そこを貫いた。

『これが……進化したものの力か』

 自然王が相変わらず平坦な声で言う中、アーフは床に勢いよく叩きつけられる。まるで先程の意趣返しのようだ。

『本来はこれぐらい強かったと。確かに、判断するための理性は必要だ』

 自然王は火花を上げて機能を停止したアーフを見下ろしながら言う。

「……うぅぅ………自然王っ!どうしてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 御枝は腕を戻し、泣きながら自然王を睨みつける。

 だがその視線を受けて返された言葉は妙なものだった。

『……言うことがある』

「……ふぇ?」

『これは当機の使命のため。そして今回の目的は既に果たした。これ以上、何も当機(・・)がすることはない』

「……しめ、い…もく、てき?」

「どういうこともなにも、無いけどね。そこの自然王……いや、コードA(・・・・)の端末が言った通り、目的は果たされたんだよ?御枝ちゃん」

「……え?」

 彼女(・・)は、自然王と言われたものの隣に、床から湧き出てきた。

 影のような黒い人型が徐々に分厚くなっていき、色も変わっていく。

 そしてそれは、袖が十メートルの漆黒の着物に、頭には銀色のヘッドドレスがつけた少女のような存在………宇佐へとなったのだった。

「宇沙…………」

「よかったね、理性を取り戻せて。ずっと頑張ってきたかいが、あったなぁ」

「……どういう……」

「どうしたの?」

 宇沙はいつも通りの表情で、いつも通りの動作をする。

「ああ、状況が分からない?なら全部教えてあげるよ………全部、仕込んだんだよ?」

「…な、なにを……」

 御枝は混乱する。

「………アソシアードの事も含め、何もかも、ね?想定通りにすべて済んでよかったよ。アソシアードに関しては……残念だったね」

「………………」

 その言葉に御枝が絶句し、言葉を失う。

「……アソシアードは役に立ったし、楽しかったよ、煽ってて。最高のおもちゃで、道具だったね…………」

「……あなた……」

 御枝の声が衝撃で震える。

 彼女にはちゃんと、これまでの記憶がある。だから、今まで仲間として過ごしてきた宇沙が、アソシアードをそんな風に言うのが、信じられない。だが、彼女の言い方は、雰囲気は、態度は、一切の嘘偽りが感じられなくなくて。

 きっとそれは、彼女の本心であるからこそ、聞いた御枝にはショックであり、絶望にも近い感情が、湧いてくるのはどうしようもなかった。

 それを見た宇沙は、目を三日月形に歪める。

「人間と言う種の進化(・・・・・・・・・)っていう目的のためには」

「…え…………しん、か……?」

 唐突に出てきた、その言葉。それはあまりにも場違いであり、規模の大きすぎる、飛躍し過ぎた話。御枝はさらに混乱せざるを得ない。アソシアードの犠牲が仕組まれた理由が、そんなことなのであるというのは。

「仲間のよしみで教えてあげるよ。どうせ忘れて生きることになるしね?」

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