第四章[本当のお話]その3

「………そうか、そうだったのか」

 会える幸せを。誰かに、いつも会える幸福を。

 今、自分は二度と彼女と会えなくなろうとしている。だからこそ、いつものように会えていた時の幸せを実感した。

(あの時の……も)

村で御枝と再会したあの時。彼の心に広がった暖かな感覚は、彼女にまた会えたからだろう。きっとその時には、彼は会える幸せを理解していた。

「………ああ、全部、そうだったのか」

 世界から人が消えていってしまうのも、アフレダと化してしまうのも。全て、分かった。

「………だから、誰もが…」

今の世界のせいで、今の彼のような苦しみを誰もが味わって、孤独に心を犯されて消えてしまう。そういうことだったのだ。御枝が狂ってしまえたのもきっと。

「……………。何だよ、これは。そういうこと(・・・・・・)なのかよ、私の存在は(・・・・・)」

 彼は突如、立ち上がっていった。

 その時、彼の頭の中には先ほどの者とは全く別のことにたいする理解が広がっていた。

 自分とは、アソシアードとは何故作られたのか、御枝と出会ったのか。

「………だとしてら、私にできることなんて」

 彼は右腕をやや陥没した壁に再び当てた。

「……せいぜい御枝を守って……消えるぐらいだな(・・・・・・・・)……!」

 彼は感じていた。自分の意思が、心が……薄れ、消えていくのを(・・・・・・・)。

「なら、体が壊れても……いいよな。安全装置解除」

 既に、彼は諦めていた。そうするしかなかった。認識した現実に対して。

 そして、無理に腕の機能を使って壁を破壊した彼は、御枝の目の前へと躍り出たのだ。



「無駄。中破に等しい状態で、何ができる」

「できやしないさ……私には」

 アソシアードはどこか諦めを感じさせる声で言う。

「……?」

『気にするな。女神機関よ。それも破壊して、殺せ』

「了解」

『………この流れのどこにおもしろいさとやらはあるのやら。当機には理解しかねる』

 自然王の呟きをよそに、アーフは腕装甲の爪を煌かせ、アソシアードに迫る。

「…あそ、し……あーど」

 御枝は何も理解できない中で、ただ彼を見ている。

「…撃破に時間はいらないと判断する」

「……どうだろうが、お前の戦闘能力を、削るぐらいはさせてもらうぞ!」

 双方駆ける。アーフの方が圧倒的に早い。彼女は右腕を振り上げ、アソシアードの体をもぎ取らんとする。

「…………!!」

 彼は半ばコケるようにして、それを如何にか回避。僅か上を行くアーフの腕装甲に、咄嗟に右腕を接触させる。

「む」

 アーフは咄嗟に床を蹴って離脱するが、其の時には腕表面の装甲はバラバラになっており、爪だけが残っていた。それも離脱の振動で取れて床に転がった。

 それを確認するが早いか、彼女は背中の羽を動かして浮遊し、回し蹴りをアソシアードに見舞う。

「ぐ…………っ!?」

 彼は勢いよく吹き飛ばされていき、御枝の近くの壁に激突する。

「………体が……。腕も使えるのは…一度……か?」

 ぎこちない動作で、彼はどうにか起き上がる。その様子から、彼の圧倒的不利は間違いがなかった。………そもそも、彼では逆立ちしてもアーフに勝てないのだ。彼よりも強い御枝が敗北寸前まで追い詰められている以上。

「……あそしあーど………分かって……くれて……嬉しいけど……」

 そんな状況でも、彼がどうして立ち上がるのか、今の御枝には分からなかった。例え分かりたくても、どうしようもない。今のままでは。

「うぅ………」

 いまだ痛みで全身がうずく。彼女はただ、目の前の負けが確定している戦いを見ているしかなかった。

「……こんのぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 アソシアードは走った。何度もアーフに突き飛ばされたり、蹴り飛ばされたり、殴り飛ばされたりしながら、何度でも。少しでもアーフを弱体化させるために。

「勝てないのに向かってくる。ただの無駄」

「おぉぉぉぉ!!!」

 ほとんど一方的に傷つけられ、体の動きは時間がたつごとに明らかに悪くなっていく。それでも彼は挑み続けて……………最後には。

「おぉぉ………く!?」

「無理だけはした、何の意味もないが」

 アーフは淡々と言う。そんな彼女が前に突き出した腕の先には、アソシアードの胸があった。そしてそこは、見事に貫かれていた。

「くらえ!」

「……む」

 体中から火花を上げながら、彼は右腕を咄嗟に伸ばし、アーフの胸に手のひらを思い切り叩きつけた。

「胸部装甲損傷。しかし問題は無し」

 そう言うと、アーフの両目がバイザーの奥で怪しく光る。彼女は腕をアソシアードから引き抜くと、彼を蹴り上げ、空中で回し蹴りをして彼を御枝の目の前に叩きつけた。

「………」

 彼は無残に、床に転がった。

「………あそしあーど?」

 どうにか動くことはできるようになった御枝は、目の前の彼に話かける。

「………」

「ねぇ?」

「………御枝」

 彼はまともに動くこともできないのか、視線だけを如何にかよこしながら、御枝に話しかける。

「……はは。……一つだけ、私が消える前に言っておく」

「うん?」

 やはり、彼女は理解できないまま。

「…お前と会えてよかったよ。お前の笑顔を見れて、喜ぶ姿を見れて。楽し、かったさ………」

「うん」

 御枝は真顔で聞く。

 その様子に物悲しくなったのか、視線を意味もなく彷徨わせたのち、彼は小さな声で言う。

「………これが全部、仕組まれたもの(・・・・・・・)じゃなきゃ、もっと……嬉しかったんだけどな」

 彼は静かに笑う。

「……今なら、お前が世界を変えたかったのも、まぁ、分かる……」

「そう?」

「ああ」

 彼は頷く代わりに瞬きする。

「……変えた、かったな……誰もがあんな苦しい思いするっていうなら、確かに…」

「うん」

「……私はもう二度と、お前に会えないけど……そうなる前に聞かせてくれ」

「……うん?」

 御枝は首を傾げた。

 

「……お前は、私と会えて、よかったか…………?」

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