第四章[本当のお話]その2
……それは随分、昔の幼い頃の事だった。
いつも、お母さんとお父さんは目の前にいる。
朝起きれば、「おはよう」の言葉と共に、抱きしめてくれた。
食事の時は、笑いかけてくれた。他愛のない会話をして、食べ終わって。私が頑張って一人で着替えて。それから一緒に幼稚園に行ってくれた。
昼下がり。幼稚園が終わるころには、どっちがいつも迎えに来てくれた。
夜には全員が揃っている。ご飯がいつも、一緒に食べられるわけじゃなかったけど、寝る時は、いてくれた。笑顔の二人の手の温もりを感じながら、いつものように眠った。
三人で寝られる時もあった。そんな時はいつも興奮していて、なかなか寝付けない。二人に「早くおやすみしないと、ね?」って怒られるのがいつもの流れだったかな。
また起きて、朝ごはんを食べて。それが休日だったら、一緒に出掛けることもよくあった。
そういう時に行くのは、おっきな公園とかが多かった気がする。二人の万歳されて、まるで木に掴まるお猿さんみたいになったり。二人と手をつないで、花畑の中を歩いたり。
コケて膝をすりむいちゃうときもあって。そんな風に怪我をした時には、二人とも泣きそうな顔で、痛くて泣く私を介抱してたなぁ。
車に乗って都市の中を行くこともあって。都市の端っこに行って、外の大自然を見たりもした。
雨が降ったりしたときは、家で一緒に、双六とか、簡単ゲームをしていた気がする。二人ともうまくて、つい熱くなって、勝てない私を泣かせちゃって。それで焦ってるのは、………正直ちょっと面白かった。
いつも、一緒。いつも笑顔。私が不安になった時に手を伸ばせば、二人はそこにいた。
そこに………いた(・・)。
分からない、分からない、分からない……分からない!
いつの時だった……かな。二人はもう、いなかった。
公園からの帰りの電車に乗っていたとき、トンネル崩落による事故が起きた。………勿論、私たちは巻き込まれた。
おっきな音。強い、強い衝撃。初めての、その初めてすらあって欲しくはなかった、分からない恐怖。創造の範囲を超えた、その出来事。
私が本能的に縮こまって声を上げた時、二人は咄嗟に私を突き飛ばした。
何も分からない中、私は手を伸ばす。けどその時には、車両の半分を、落ちてきた岩が粉々にして、私は二人を見ることが出来なかった。
………二度と。
一人になって。ある夜に、私は夢を見た。走っても、発しても、手を伸ばして、伸ばしても、二人が遠ざかっていく。気づいたら壁があって。その向こうに二人は消えていって。私はそれを破れなくて。ただそこに崩れ落ちるしかなかった。
起きた時、私は涙ですっかり顔を濡らしている。そしていつもいた……会えた二人は。
いつも、いつまでも当たり前のように会えていたのに……。
蘇る記憶。それは走馬灯なのか。ただ懐かしんでいるだけか。敗北し、殺されることになるであろう彼女の。
「あぁぁぁぁ!!」
「首尾は上々」
御枝は壁に叩きつけられた。全身は傷でできている、と言えるぐらいに傷だらけだ。血もあちこちから流れており、痛々しいにも程がある。
そんな彼女がいるのは、塔の最上階。屋上の真下だ。レンガ造りのそこは、形は完全な円形であり、天井は高く、窓はない。壁は一面灰色で、一か所だけ色が違う場所があった。
そこで彼女は、アーフから一方的に攻撃を受けている。そもそも相手だけが武器を持っているというだけで不利なのに、御枝は本能的に、直感的に動く以外の事しかできない。考える理性がないのだから。
「………自然王」
『中々にしぶといものだ』
高い所から自分を見下ろす自然王を、御枝は睨みつける。
「…えて」
『なに?』
「…………会えるようになる、方法……おし、えてぇぇぇぇぇぇぇ!」
御枝は痛みを無視しながら飛び上がるように起き、背中の腕を前方のアーフに向かって伸ばす。
「単調」
それを彼女は、腕を素早く振るって全て切り裂く。その動作は必要最低限のものであり、
もはや御枝の攻撃が脅威ですらないことが見て取れた。
「いたぁぁぁ!?」
御枝は叫びながら後退る。
自然王は相変わらず彼女を見ろしながら平坦な口調で、
『言っている間に、そなたは死ぬ。我はそれでいい。……しかし、万が一……いや、奥が一にでもお前が勝てたら、教えてやらんこともない』
「そ、う………なの?」
御枝は荒く息をしながら視線を自然王に向けなおす。期待を込めて。
(……会える世界に、したい……人に会いたい……のに)
三年前から彼女は誰にもまともに会えていない。いつも会おうとして体の一部でも見せた時、相手はいつもアフレダとなって消えてしまったから。
いつまでも、絶対に、会えない。その苦しみはとても耐えられるものでは無い。
彼女は、会える幸せ(・・・・・)を知っているから直の事。
『………もっとも、その前にそなたは死ぬが』
「その命、刈り取る」
アーフはそう言い、両腕の装甲を変形させ、巨大な剣のようなものを形成させる。直後にダッシュ、御枝を両断しようと迫りくる。
「……!」
彼女は本能的に逃げる。ボロボロの体を引きずって。背中から腕を適当に伸ばしてアーフの邪魔をさせながら。
けれどそれはすべて、意味がない。全部が切り裂かれ、宙を舞う。落ちた腕は崩れて消えていく。
「痛い………いたい……いたぁぁぁぁいいぃぃ……!!」
順調にアーフは逃げ回る御枝に迫っていった。そしてついに、彼女は壁の色違いの部分に崩れ落ちた。
アーフは最後に伸びてきた三本の腕を掴み、容赦なく引きちぎる。
「………っ!?」
御枝は激痛に顔を歪める。
「今度こそ終了だ」
『言ったであろう。そなたは死ぬと。諦めよ。女神機関』
「了解」
頷くアーフは両腕を振り上げる。
御枝は息を粗くしたまま、僅かに視線を上げるだけ。背中も静かで、新たに腕を伸ばすことはなかった。
「………会うことって、とっても……」
アーフの両目が赤く、強く光る。
そしてその両腕が、勢いよく彼女に振り下ろされていく。
理性がなくなり、狂ってしまった彼女はここでなにも成せずに消えてしまう。無残に肌を切り裂かれ、血を噴き出し、肉を砕かれ、内蔵が飛び出、最後には骸となって……壮絶な最期を、そうされる理由も分からずに、迎える……。
はずだった。
「待てよ……」
突如、御枝の背の壁……いや、施錠された扉が崩れ、傷だらけの腕が姿を現した。
それは迫りくるアーフの二つの剣が交わる瞬間、その交点に接触。そこから折ってしまう。
「何?」
驚いた様子のアーフは咄嗟に地面を蹴り、後方に飛ぶ。
それと同時に、彼(・)はその場に姿を現した。
「………御枝、すまん。ようやく………分かった」
現れたのはアソシアード。全身に傷を負い、片目を潰されながら、力強く立ち、静かに言う。
そんな彼はその時、自分に関する全てを理解していた(・・・・・・・・・)。
そして今は、ただ御枝を守るために、戦うしかなかった。
「御枝……」
彼は彼女を踏み越え、立ちふさがるように堂々と彼女の前に立つ。そして鋭い視線で、自然王を見た。
その頭の上のマスターは、いつの間にかいなくなっていた。
「……何故、殺す」
『……ほう。ここまでよく来たな、おもしろい。教えてやってもいい』
自然王は、相変わらず平坦な声で言う。
『人類が……勝手に滅ぶのを、待っていたのだがな。それなのに、我が世界を変える方法を知ることを聞きつけたそなたらが、現れてしまった。非常に困るのだ。折角世界を、こうしたというのに』
「………まさか、アフレダの問題を起こしたのは………」
『さて、どうだろうな』
その言葉に、アソシアードは目を細める。
『女神機関よ、そこの機械人形を壊せ。そして娘も殺すのだ』
「了解」
アーフはアソシアードの前に立ち、構える。
「……あ、そ」
御枝は顔をゆっくりと上げ、彼を見る。
「……どうして。あん…なこと言ってたのに。どうして、来…たの。会う事を……」
「………」
「バカにしたのに!」
御枝は、衝動に身を任せて叫ぶ。無理して声を張り上げて言うほど、そのことは彼女に取って嫌な事だったのだ。
そして、その言葉を受けた彼は。
「すまん……だが、今は分かる……」
言いながら、彼女に顔の半分を向け、申し訳なさそうに目を閉じた。
「………え?」
アソシアードは敵わないと分かっていながら、戦うために構える。
「……会えること。それはとても……幸せなことだ……」
彼は、つい先ほどの事を思い返す。自分がついに、その価値を理解するに至ったことを。
ボロボロだった。
宇沙の助けで上へと言った彼は、塔の中に入ることに成功した。そこまでの入り口、通路、その他全てが狙ってそうされたかのように(・・・・・・・・・・・・・)、開かれていたからだ。
その奇妙さに、彼は気付くことが出来なかった。
なぜならば、
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
何度も、何度も、御枝の悲鳴を聞いたから。好きな彼女の苦悶の声を聞くのは堪えがたく、ただただ不安に駆られ、彼は必死に進んでいった。
塔に入り、御枝のところに辿り着くため、ひたすらに。
「どこへ行くのよ」
「!」
その道中、花枝が強襲をかけてきた。彼女は壁際に階段が設置され、中央に大穴が開いたそこで、アソシアードを破壊せんと何度も攻撃を仕掛ける。薙刀を乱雑に振り回し、階段を時には破壊しながら、彼を何度も傷つけた。
「く……そっ」
常人と変わらない性能しか持たない彼は、それを対抗する術もなければ、防ぐ術すらない。ただ逃げるだけ。そして確実に彼の体は傷つき、ダメージの蓄積は止まらない。
それでも彼は、止まらなかった。
いつも気にかけ、笑顔を見ることに幸福を感じるという、彼女への思いから。彼女と二度と会えなくなるのではないかと言う不安からも。
だから必死に階段を駆け上がり続けた。だが、ついには花枝の薙刀の剣閃に捉えられ、左腕をもがれ、床に叩きつけられ、破壊されそうになってしまう。
それでも彼は止まらなかった。その時も御枝の苦しむ声によって奮い立ち。
彼女の元へ行きたい、行かなければ、一緒にいたい、いなければ。
そう思い、湧き出る衝動に従い、まるで操り人形の様にただそれを求めて。ついにはどうにか花枝を塔の下に落とすことに成功した。
「…ただの思い付きでこんな……あんの……!」
彼女が悪態をつきながら落ちていくのを横目に見ながら彼は、
「悪いとは思ってない」
さらりと言いつつ階段を昇り、御枝を助けるために、叫びの出所と思しき部屋の付近に到着したのだった。
「………御枝……」
其の時だ。
肉が裂ける音が聞こえたのは。
「………は?」
ブチり、ブチり、ブチりと。またはスパッ。何かが分断されると思しき音。それと同時に聞こえるのは、御枝の滓かな、言葉にもならない苦痛故の呟き。
「御枝!」
彼は急いで彼女を助けに行こうとし、そして気づいた。目の前にある部屋。そこに御枝がいるのは間違いがなかった。しかし、そこには。
「………入れ、ない」
入り口が、なかったのだ。入り口のような形の、色が変わった壁はあるが、あくまで壁であり、当然のことながら通れるものでは無かった。
「……く、そ……!」
彼は壁の向こうから漏れる御枝の苦しそうな声を聞きながら、壁を如何にかしようと殴りつけたり、蹴ったりする。
しかし、どれも無駄だった。
目の前の壁が、彼を泡嗤うかのように立ちふさがる中、御枝が痛みで叫んだ。
「いたい、いたぃぃぃぃぃぃ!!」
「御枝ぇぇぇぇ!」
彼の焦りは加速する。すぐ近くに、壁一枚隔てた向こう側と言う、たったそれだけの距離に、大切な彼女はいるのに、手が届かない。
「くそ……なら!」
彼は残った右手の平を、壁に押し付ける。
「崩れろ………!」
秒間想像もできないような振動が壁に送られ、その表面が少しだけ陥没する。けれど。
「……使用限界!?」
どんな機械であろうと、連続使用するには限界時間や回数と言うものがある。彼の腕の装備は非常に繊細な物であり、長時間使用すれば、それ自身さえも分解しかねない。だから、自動で停止するようにできていた。
「……ちくしょう!」
彼はくやしさで顔を歪めながら拳を震わせる。
その時にまた、御枝の叫びが………。
「痛い………いたい……いたぁぁぁぁいいぃぃ……!!」
「!」
彼は壁をどうにかしようと、何度も攻撃を繰り返すが、やはり彼の性能では、太刀打ちできるわけもない。壁が木などならともかく、レンガのようなものであるのだから。
「…ぅ………つ…ぁ」
そして。次に聞こえた御枝の声は、息も絶え絶えと言ったものだった。
「……っ」
何もできず、ただ不安だけが彼の心に広がる。
再び肉が裂けるような音が聞こえる。
不安が煽られ……そしていつしか無力感が、彼の心に広がっていた。
「………私は」
大切な彼女に、どうやっても手が届かない。近いようで、二人は遠かった。どんなにそこに行きたいと思っても、強く、強く、強くそれを望んでも、絶対に叶わない。
その思いは、現実の前に届かない。
「…………御枝……!」
このまま、彼女は理不尽に殺されてしまうのだろう。そして二度と……会えない(・・・・)。
「……そんなの……は」
彼はどうしようもなくなって崩れ落ちる。彼には自身が、とても孤独に感じた。
「……み、え………」
もう時間はない。今すぐにでも、二度と、あの笑顔を見ることは叶わなくなってしまう。
「……………………………………………」
彼はただ手を伸ばす。彼女に、御枝に、ただ。
「…………会えないなんて嫌だ………お前にはまた会いたい………」
御枝の笑顔が、彼女と過ごした時間が思い起こされる。幾つも、幾つも。もう、その先はないのか。きっと、ないのだろう。
「……みえ……」
どうして、大切な人に、二度と会えなくなるかもしれない苦しみに耐えられようか。
………そしてだからこそ彼は、理解した。
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