第三章[彼女の思い」その6
「なにこれ」
相変わらずの悪天候で波があれ、危なかった中、対岸の港に付き、フェリーを降りた花枝たち。そこを出、小一時間歩いた森の中に、それはあった。
「で、でけぇぜ」
詩がそう呟くのも当然だった。
そこに在ったのは、ドームのような建物で、幅は数百メートルはあった。窪んだ場所にあり、それ故他の場所からは見えにくいが、下の幅もかなりある様だった。
そして、随分と寂れているように見えた。
「上総、本当にここなの?」
「おそらく。正確な地図があるわけではないから、断言はできないけれど」
上総は、あちこちに湧き出て、場所と方角を確認することで、自然王の示した場所まで、花枝たちを案内していた。後はどうも勘のようだが、これはそれなりに目的中率が高いものだった。自然界の住人は、そういう事に長けているのかもしれない。
ちなみに、宇沙も同じような方法で案内をしていたようだ。
「仮にも自然界を統べる、なんて大それた名前を持っているのが、こんな廃墟にいるのかしら」
「……こういうところだからこそ、いるのかもよ。行っちまえばお話に出てくる溶解みたいに。何でここにいようと思ったのか、よくわからんけどさ」
「取り敢えず、入り口を探しましょう」
アーフの提案がきっかけで、ここで喋っていても仕方がないと結論付けた一行は、ドームの出入り口を探して、あちこちを歩き回る。
「どこでしょうか。はやく終わらせて修理をしてほしいのですが」
アーフはそう言いながらドーム上空を飛ぶ。
それをみた花枝は、
「……私も、あんな風に自由に空を飛べたら楽に見つけられるかもしれないわね」
「……そういえば、さ。その妖精さんみたいな羽で飛べないのか?」
彼女と一緒に歩く詩に背中の羽を指差されながら聞かれ、
「…残念ながら、これは飾り以外の何でもないわね。だいたい、普通じゃこんなもので飛べるわけないわよ」
「それもそうだな」
彼女の羽は虫の羽のような形状であり、とても彼女の体重を支えて羽ばたけそうにない。それにそもそも、ただ生えているだけで、動きはしなかった。
「……君たち、いいかな?」
上総が、近くの木の側面からぬっと出てくる。
「うん?」
「………宇沙。サラッとくっつかれると恥ずかしんだぜ?」
「ええ、そう?」
「……そうだぜ」
顔を赤らめ、そっぽを向く詩を見て、花枝は残念そうに渋々離れる。
「……。君たち、ついてくるといい。入り口を、見つけた」
「分かったわ」
花枝はドームの上を旋回するアーフを呼び、上総の後について行く。
ドームの外周を回っていくと、一か所、植物に覆われていて見にくかったが、階段があった。幅が広めのそこを降りていくと、これまた植物に覆われてしまっている、舗装された道があり、そこを少し歩く。
するとすぐに彼女等は屋根の下に入り、そのせいでただでさえ悪天候で暗かったのに、余計暗くなる。
「なんかジメジメしてるわね」
「自然、って感じだな」
「これはただの廃墟なのでは」
そんなことを言いながら進み、一度曲がったところで、彼女等はガラス張りの入口に突き当たった。どうも、自動ドアらしい。
「……まぁ、動かないわよね」
さすがに、自動ドアまではコードAは関わっていないが、ドアを動かすための電力供給システムは関わっている。それに異常が起きたのだろう。そしていつものごとく、放置され、電気が来ていないのだ。
「割るか」
「そうね」
「君たち……」
「必要経費よ」
一行は、ドアのガラスをアーフに叩き割ってもらい、中に入る。当然、中は真っ暗だ。
道標は、アーフが暗闇で光らせる瞳のみ。
まずは突き当りのスロープを上がり、入場受付のカウンターを無視して中を進んでいく。
「へぇ。ここは歴史資料館なのね」
どうも、人類の進化や地球の生命に関する展示を行っていたようで、いくつかそれに関する展示物や、情報の書かれたプレートが壁に吊るされていた。電光掲示板も数多くあったが、漏れなく電源が落ちていた。
「……ところで、忘れてないんだろうか。目的を」
「ええ、大丈夫よ」
そんなことを言いながら、花枝と詩はアーフに展示物を照らしてもらいながら、それらを見ている。
巨大ロボットを作り出せるぐらい、二人は研究者として優秀だ。同じ優秀な研究者が残した研究結果を見ると、つい興味がそそられてしまうのかもしれない。
「自然王よね」
「呼んでみるか」
『おーい、自然王。いる?』
二人は活きぴったりで言う。
返事は帰ってこなかったが。
「う~ん。いなのかしら」
「まだ、言っていない所もたくさんあるようだ。とりあえず行くしかないだろう」
歩きながら何度も自然王に呼びかけながら、四人は動き回り、広い一階を探索しきった後、二階に上がる。だがここも空振りで、それから何度も階を昇る。
「……つ、疲れてきたぜ」
「……そうね。……久しぶりに(・・・・・)、何か食べたくなってきたわね」
詩と花枝は、アフレダになってからというもの、食事の回数がだいぶ少なく済んでいた。日の始めに少し食べれば十分だし、一度多めに食べておけば、それが持ち越され、結構な間もつようになっている。ちなみに、それは御枝も同じだった。
「いるかい?」
上総はそう言いながら、服の中から数個の果物を出した。
「ありがと。いただくわ」
二人は指し出された食べ物を受け取り、おいしそうに食べながら、階段を昇っていく。
そして、いつしか四人は最上階に到達していた。
「ここまで来ていなかったら、完全に無駄ね」
「無駄ではないと思う。何かいる」
上総が目はいつもの死んだような物のまま、警戒を露わにして言う。
「なんだって?」
四人は階段を出る。その先には、少し長めの廊下が続いていた。とくに何の飾りもない。
周囲をちらちらと見ながらそこをゆっくりと進み、突き当りにある扉を開ける。
すると、そこには。
「……でっけぇ」
高いドームの天井が直接見ることが出来る、大きな空間に出るのだった。
そして、声は聞こえてきた。
『よく来たな』
『!自然王!いたのね!』
『うむ』
その声は、空間を半分に仕切る、大きな壁の向こうから聞こえてきていた。見れば、壁の両端には、両開きの扉があるのが、如何にかわかる。ここは、二つの投影イベントを同時に行う展示場など他だったのかもしれない。
『我はここにいる。今、我の姿を見せてやろう』
自然王がそう言うと、照明が落ちたドーム内が淡い光に満たされ始めた。
さらに、そびえ立つ巨大な壁も、表面のシャッターのようなものが徐々に下に消えていく。すると、その下には透明で厚い、新たな壁が姿を見せる。そこから、自然王の姿を見ることが出来た。
『そなたらが先に着いたか』
巨大な玉座のようなものに座っていた自然王は立ち上がる。
「……よかった」
実は、ないとは思いながら、花枝は先を越されることを心配していた。相手は都市の地下深くに落として生還した連中なのだから、そんな不思議と言うか奇跡が起こる可能性は否定しきれない。
「………ところで、自然王。試練は、行うのですか」
いつのまにか跪いていた上総が問う。
『当然だ』
自然王は大仰に頷く。
「……こちらが先に着いた以上、教えてくれてもいいと思うのですか」
「………それもそうね。あの時は気にしなかったけど…なんで試練なんかいるのかしら」
詩も加え、三人は首を傾げる。
自然王が以前村で言ってきたことを考えると、ここにこうしている以上、別に教えてくれてもいいように感じられるのは当然だ。わざわざ試練などと言う過程を踏む必要性が分からない。
『なに、ただの体力テストだ』
『?』
自然王は依然、彼女等の事を見てきたことを言っている。ならば、体力があることは分かっているだろう。何度もアソシアード達と戦ってきた彼女の様子を知っているはず、なのだから。
『……そう、それは』
その時だ。
自然王が続きを話そうとした瞬間、シャッターが下がりきり、花枝たちの視界に自然王の全身が入る、その時だった。
「はぁぁぁ!」
『!?』
突如、何かが落ちてきた。天井を突き破って。
「な、なんだ……!」
天井のカバーや骨組みである鉄骨や配線類のパーツがいくつも、花枝たちの頭上に落ちてくる。
「に、逃げるのよ!」
全員が驚き、逃げようとする中、彼女(・・)は勢いで持ってきたオールを投げ捨て、上総の真上に。
「不味い」
彼女は慌てて地面に沈む。直後、大量の腕を下敷きに相手は落下。
その衝撃と振動で、床がひび割れて、少し陥没する。
他三人は驚きと警戒を持って、急いで落ちてきた者から距離を取る。
「………な、御枝ちゃん!?」
上総が別の場所から湧き出、落ちてきた者の姿を見とめて驚きを露わにする。
「………う。うぅぅぅ」
「……ど、どんな登場し方よ!?」
花枝がツッコむ中、御枝は下敷きにした腕を背中に戻していきながら、ゆっくりと立ち上がる。
「………あ!自然王!」
『来てしまったようだな』
自然王は、特に驚きもせずに言う。
一方御枝は自然王の方を見つめ、叫ぶ。
「教えろォォォ!」
それと共に、背中の腕が、透明な壁に向かっていくつも放たれた。
「あ!何をするのよ!」
花枝がとっさに懐からお手製の銃を取りだして引き金を、伸びていく腕に向かって引く。
「……いたぁい!?」
まぐれで数発が当たって腕が千切れ、御枝は涙を浮かべて数歩下がる。そして花枝たちに気付いたのか、警戒心を露わにし、彼女等を睨みつける。
「……あなたたちも、邪魔を………」
上総以外の全員が、戦闘態勢を取る。
一触即発の雰囲気だ。自然王からアフレダ解決の方法を聞き出す権利を得るための争いを始めかねない。
「……待て、君たち。先にここに辿り着いたこちらに知る権利がある。それは変わらないはずだ」
上総は、御枝を傷つけたくないのだろう、仲間たちを宥めに掛かる。
「御枝ちゃんには悪いけれど………」
話し合いの時のことを思い出したのか、どこか残念そうに上総は言う。
彼女は、宇沙から御枝を開放するには、アフレダの解決策を握ることが重要だと考えていた。それをちらつかせれば、今の会えない世界を変えたいと同じように望む彼女は、宇沙といる必要がなくなり、上総達の側につかざるを得ないだろう。
気が引けるような手法だが、それしかないと判断した彼女は今、アフレダの解決策をぜったに握ろうと、自然王に言っているのだった。
『ああ、悪い、などという心配はしなくていい』
「え?」
変なところに言及した自然王に、眉を顰める上総。
『ああ。そこの御枝に悪いは、心配しなくてな』
「どういうこと?」
花枝が首を傾げながら質問する。
『心配など、しなくていい。そなたらは、操り人形なるのだから(・・・・・・・・・・)』
『は?』
御枝以外全員が、唐突な自然王の奇妙な発言に呆ける。
その隙に、であった。
「………ふふ」
誰かが、彼女等に囁いた。一人一人に、一瞬のうちに。
それを理解した時には、彼女等の体は意志とは関係なく、動き出していた。
「………え、何?ナニ?」
周囲に殺気を払っていた御枝は、突然の事態に混乱する。
「な、なんなのよ、これ………!?」
『試練を与えよう』
自然王は、淡々と言う。
『御枝よ』
「どういうこ……とだ、しぜん……!?」
上総が、驚愕で目を見開いた。
『開始せよ、女神機関よ』
「……。識別。命令者を本体と確認。当機は女神機関第三十二号機。ただちに戦闘行動を、開始」
「どういうことよ………!?」
アーフが空中に上がる。同時に、ドームのあちこちが分離し、彼女と合体していく。
背中に浮く翼はゴツゴツとした、発光部分の多いものに変わり、腕は大量の装甲に覆われ、手は鋭い爪型の大型武装に覆われる。脚も装甲に覆われ、胴体は胸部分のみが各所が尖った、大きめ装甲に覆われる。頭には左右に角のようなものが付き、真ん中には赤いバイザーが装備される。
そして、全身に線状赤い光が満ちる。
「追加武装の装備、システムの連結を確認」
『勝ってね、御枝ちゃん』
「…………」
女神機関第三十二号機は、真っ赤なバイザーの奥の瞳を、御枝を見る。
そして、その足元には武器を構えさせられた花枝たちが並んでいた。
『試練を、開始する』
「指令、受諾」
アーフがそう言ったときには、御枝の首は、既にアーフによって掴み上げられ、御枝は宙にぶら下げられる形になっていた。
「なんなんだ、これは。……自然王!」
上総の問いに、自然王が回答することはない。
状況は、多くの者が想定していた物とは、全く別の方向に向かい始めている。
そして逆に、一部の者にとっては、想定通りのものへと変わっていた。
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