第三章[彼女の思い」その4

「デカいな」

 雲行きが怪しくなり、影が落ちる港を見たアソシアードは呟く。

 彼らは知らないのだが、目の前に広がる港は、かつては各都市に水産資源を送ったりする、大型の物資輸送拠点だった。船も大型艦含め、相当数が入港可能になっている。

 ここから陸路を通って、都市を運営するための物資を送っていたが、トラブルでも起きたのか、もう何も輸送していない。さらに自動で行われる最低限度の整備しか受けていないので、使われず、直されずで全体的にくたびれた感じが溢れ出ていた。

「……橋の類は………」

 彼が遠くを見て見れば、近くに巨大な橋を見て取ることが出来たが、どうも途中から崩れているようだ。橋の柱部分に輸送船のぶつかる事故でも起きたのかもしれない。

「それなら……船か。おい、御枝」

「……え?あ、うん?」

「女神機関潰しは後でもいいだろ。いいから九州に渡る船を探すんだよ」

「あ、分かった」

 御枝はコクリと頷き、アソシアードに手を引かれて歩いていく。宇沙はその様子をいつものように見、マスターは眠そうにあくびをしながらついて行く。

「……まぁ、操船なんてできないんだけどな」

 それでも、徒歩が使えないことが判明した以上、船などを使うしかない。ここは本州と九州との距離が最も近く、対岸までの距離が六百メートルと意外と短い所であるが、それでも泳いで渡れる距離では、当然ない。

 この際、小型のボートでもいいので見つけて利用した方が良い。

「しかし、都合よく使える船なんて、あるのか……?」

「さぁて」

「うん?とにかく自然王、自然王の所に……」

「きゅ……きゅ……」

 そんなことを言いながら、一行は港を歩き出した。

大きなところ故、そこら中に船を接岸する場所や貨物船にコンテナを乗せる巨大クレーンがあるのが見て取れる。コンテナはそれなりの数が残っており、一個一個が大きいのでその存在感はかなりのものだ。

 船に関してだが、一応数隻が残っている。貨物船が一隻、フェリーが二隻、モーターボートのようなものが、格納庫で埃をかぶっているのが四隻。何故か手動の丸木舟も別の格納庫にあった。オールもある。その格納庫は港の橋の端の端にあり、もしかしたら個人の所有物だったのかもしれない。もはやそんなことは言っても仕方がないが。

 しかし、船はあるが、管理しているロボットを壊して中に侵入してみると、どれも操縦席の画面には、機器の異常を告げる表示があったり、そもそも船自体がかろうじて浮いているだけであったりと、まともなものが残っていない。

 船の管理や修理を行うロボットは、やはりコードAの不在で情報共有が出来ず、問題は放置状態。一つの有能なものに頼り過ぎた体制である以上、こうなるのは必然だった。

 一つに頼り過ぎる状態は、それが抜けた時に一気にすべてが終わる。それをまた起こさないためにも、アフレダを解決したら、御枝の言う通りコードAからの脱却のため、それの破壊は必要なのかもしれない。

「近いのに……」

 御枝は小型船の接岸地点で立ち止まり、目の前に広がる海の向こうにそれなりにはっきりと見える九州へ向かって手を伸ばす。

「………会えるように…そうだ」

 彼女が対岸を見つめながら呟いたとき、アソシアードが彼女のとこにやってくる。

「どうしたんだ。まだ使えそうな船は見つかってないぞ。あいつらに先を越される前に行かなきゃな………先を越されてるとは考えたくないが」

「越されてるかもねぇ。だからないのかも、使える船」

「な、宇沙!不安を煽るな!」

「……だったら」

 御枝はそう言い、海に飛び込もうとした。

「ちょっと待て!」

「あ、ああ!なに、なにするの!」

 アソシアードは間一髪のところで彼女の左腕を掴み、自分の側に引っ張る。彼女は背中の腕を振い続けたために、体の筋肉量は上がっているのだが、それでもやはり、基本の筋力は子どもの域を出ない。それで三年間変わっていない(・・・・・・・・・・・・・)。

 なので、十代後半の青年ぐらいのパワーはある彼には、あっさりと引かれてしまった。

「船がない?よくわかんない?わかんない!けど泳げば行ける!はやく、はやく!行かなきゃ!」

「い、急ぐ気持ちは分かるが…危ない橋を渡るな!波がないわけじゃないんだし、お前の形じゃ泳ぎづらいだろうし、行けるわけないだろ!」

 ジタバタと暴れる御枝を押さえつけるアソシアード。それを見る宇沙はいつもの表情だった。ロクでもないことになると分かってやり、なっても悪びれずに微笑を浮かべたままなど、やはり性格が悪いにもほどがある。

「……危ないだろ!行くなっての!」

「行く、会える世界にするの、するの、するの!いつでも…そうできるように……!危ないって何?知らない!」

「………お、お前なぁ!」

 心配されていることを理解できず、闇雲に進もうとする御枝のあまりの無謀さに、アソシアードが望む、望まないに関わらずに不満を募らせ、声を荒げる。

 その時だった。

「………随分余裕があるようね!そっちは!」

 聞き覚えのある声が響いてきた。

「……え?」

 勝ち誇ったようなその声に反応したアソシアード達は、声の出所に目を向ける。

「な……」

 彼らから少し離れたところに停泊していたフェリーの一隻が、動き出していた。その中には、花枝たち一行の姿が見える。

フェリーは数個の階層に分かれており、それぞれの階層の外周には展望用の廊下がある。上下階層と階段でつながるそこに、彼女等は立っていた。

「何にしろ、お先に行くからね!」

「残念だったな!油断してるからだぜ!」

「……煽らなくてもよいのに。君たちは存外小さいな……というか幼い」

 調子に乗って叫ぶ花枝と詩にちらりと視線を向け、上総はため息をつく。

 フェリーは安定した動きで港を出ていく。彼女等の乗るその一隻は、アソシア―ドが確認したときは、確かに壊れたままだったはずだったのだが。

「……まさか、修理したのか!?」

 アソシアードはそう思い、思はず叫ぶ。

「そうよ!舐めないでほしいわね!アンタ達とは持ってる、血と汗と涙と才能の結晶たる技術が違うのよ!」

 そんな叫びが聞こえる間にも、フェリーは徐々に動いていき、港を出ていく。

「………っ!」

 突如、御枝がフェリーに向かって、衝動的に駆けだした。

 先程宇沙に不安を煽られたことや、アソシアードに行くのを邪魔されたことが絡んでいるのかもしれない。

「!?御枝……!何をする気だ……!」

アソシアードが驚き、叫ぶ中、彼女は背中から腕を数本、勢い良く伸ばして地面に叩きつける。硬いコンクリートの地面をたたいたせいか、返ってくる衝撃に涙を浮かべながら、彼女は叩いた勢いで十数メートル、フェリーに向かって飛んでいく。

咄嗟に思いついたことを、何も考えずに実行しただけなのだろう。ただフェリーに取り付かんがためだけに。

「ええ!?」

 突発的に迫る御枝に花枝たちは驚く。

 御枝の射角から見て、フェリーに激突するのが確実に見えたので、四人は慌てて、廊下と分厚い扉でつながった、長椅子が並んでいる客用のスペースに引っ込む。

 直後、御枝は花枝たちのいる階層の廊下に頭から突っ込んだ。

「あぁぁぁぁぁ!!」

 彼女が突っ込んだところには扉もなかったので、彼女は勢いのまま壁にぶつかってしまう。それを、客用スペースのガラス窓を通して見た花枝たちは胸をなでおろす。

「……ぶつからなくてよかったぜ」

「……。死んでないかしら」

「いや、生きて……」

 詩がそう呟く中、御枝は頭を抱えながらふらふらと立ち上がる。

 激突はかなりの速度だったので、普通なら粉々に粉砕し、五臓六腑や骨、皮、肉がバラバラになって試算してもおかしくはなさそうだったが、彼女は額から血を流しただけだった。

「………私は……」

 ただ、ダメージは確かにあり、決して軽くはない。足元おぼつかない様子で、彼女の歩みは不安定極まりなかった。

「御枝!」

 アソシアードは、不安と恐怖にかられながらフェリーのいた接岸地の方へ走っていく。

(また、アイツは無理を………)

 しかも、今までの比ではない危険さだ。彼女がただ人間のままであったなら、死んでおかしくなかった。もっとも、ただの人間であったのなら、狂いもない以上、このような行動はとることはなかっただろうが。

「……くそ」

 彼は歯を食いしばりながら走っていく。フェリーでふらふらと歩く御枝を常に視界に入れながら。

「……あぁ」

 一方、御枝は意識もはっきりしていない状態で辺りを見回す。必死に走り、彼女の名前を呼ぶアソシアードが目に入ったが、ダメージの大きさと、理性の消失で、その意味も、思いも分からず、何も浮かんでこなかったようすで、あっさりと視線を別の所に漂わせた。

「……ええと。ええと」

 出血量が上がっていた。彼女はだいぶタフな体にはなっていたが、それでも失血は耐えがたいものがある。意識が朦朧といるようで、目も半開き。背を丸くしながら、本能的に安全なところに入ろうとし、下への階段があるそこを、客用スペースの扉に向かってずるずると動いていた。

 だが、

「あ」

 突如、雨が斜めに降り始めた。そして強い風が吹き、それによって、即時濡れてしまった床に一歩を踏み出した時、御枝の足はつるりと滑る。

 そのまま、斜め左前にある階段の所に滑っていき、転げ落ちる。その衝撃で、彼女は背中の腕を、また勢いよく突き出した。ただ、衝動的にそれを行った弊害か、それは彼女を上階へ跳ね上げるモノではなく、下の階を通過し、海に投げ出すものだった。

「な……御枝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 フェリーの展望用の廊下は、落下防止の柵こそついているが、それは天井までの半分ぐらいの高さだ。天井の高さも、二メートルほど。小さな彼女が、柵の上を通過するには十分だった。

「御枝!」

 雨水でびしょ濡れのアソシアードが顔面蒼白になって叫ぶ中、御枝は咄嗟に背中の腕で手すりを掴む。

 だが、急な雨で手すりは既に濡れきっており、彼女の手はあっけなく離れてしまう。

「御枝ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 彼の叫びが木霊す。

 彼女は状況も分からないまま、強い風に揺られ、雨に打たれながら海に落ちていった。

「…………行きましょう」

 主に上総の出したため息で船内の雰囲気が重苦しくなる中、それを振り払うかのように強く言う。

「少し、かわいそうだけど。……でも、競争相手が消えたんだから、私たちにとってはいい事よ」

「…ま、そうだな」

 詩は花枝の言葉に頷く。

 アーフと上総は黙り込んでいた。

 結局、船は雨の中を進んでいく。海に落ちた御枝を置いて。

「く……そ。マスター!」

「きゅうう………グルゥゥゥ」

 アソシアードは大きくなったマスターの頭の上に乗り、彼は海に飛び込む。

「御枝……どこだ!」

 アソシアードは焦りを口調に諸に出しながら、彼女を探して、暗くなっていく空の下、視線を動かし始めたのだった。

 それを、宇沙は。

「………実にいいね。本当にアソシアードは必死だなぁ」

 こんな状況なのに、何も変わらない。いつものように微笑を浮かべ、その口もとを長すぎる服の袖で隠し、楽しそうに目の前の光景を見ている。

「……これで、いい。このままいけば……あははは」

 意味深に言い、彼女はアソシアードを見ながら嗤っていた。

 それから、半日が過ぎた。

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