第二章[相容れない二つ]その2
「……朝?……ん?どこだ、ここは」
窓から入ってくる光に、アソシアードは目を覚ます。
彼は貯蔵したエネルギーを使って稼動しているのだが、それが今までは切れていた。内蔵された太陽光発電システムが自動展開し、発電を行って稼動に十分なエネルギーが集まったので、今再び目覚めた、というわけだ。
「……自然界の村、か……?」
彼は窓から外を見て言う。
周囲には、草木が生い茂っており、道となる部分のみ、草木が取り除かれ、その端には木でできた柵が並んでいた。
道の遠くの方には、毛が植物の者たちがアソシアードたちのいる宿屋を遠巻きに見つめているのが見えた。
「…あいつらを追って五日、六日……だったな……」
彼は自身が倒れていたベッドを見る。そこにはマスターが寝ている。アソシアードはマスターを少しゆすってみたが、眠りは深い様子で起きる気配が全くない。
「……マスターにはあんな巨大化なんて、無理してもらったしな。ありがとな、マスター」
アソシアードはそう言い、ベッドを降り、部屋を見回した後、一つだけある扉に近づく。
「木の扉……久しぶりに見たな……」
呟きながら、彼は外の様子をみてみようと、何気なしに扉を開けた。
見れば短い廊下が部屋の外にはあり、彼が明けた扉の正面には別室の扉がある。
そこもまた、ほぼ同時に開いていた。
だからこそ、彼らは対面せざるを得なかった。
『……………』
アソシアードが見るのは正面にはパーカーにシャツに下半身に前掛けの少女。
花枝が見るのはマントを羽織った自動人形の男。
そしてお互いに、絶対に相容れることのない、許せない相手を見ていた。
「お前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「アンタはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
故、双方驚き、
『こんのぉ!!』
ぶつかり合うのは必然以外の何物でもなかった。
「まさか、ねぇ!」
「見つけたぞ、この!」
お互いに鋭すぎる視線を交わし、額をこすりつけ合い、悪態をついた。
「…な、なんだ花枝……ってあぁ!!」
二人の叫びに目を覚ました詩が出てくる。
「……ここであったが百年目ね。今度こそ」
「ブッ倒してやるぜ」
花枝と詩は揃って同時に、アソシアードを睨みつけて言う。
一方彼は、
「……なんだか知らんが、御枝はどこだ……」
ぎらついた眼を二人に向ける。
あまりにも張り付いた空気が場を支配していた。
そんな中、花枝が唐突に床に、パーカーの奥から取り出した何かを叩きつけた。
「これは……!?」
叩きつけられたもの、変な形状の球体が、床との接触と同時に大量の煙を噴き上げる。
周囲は一瞬にして黒い煙に埋め尽くされ、視界は完全に塞がれる。
「み、見えない………」
彼は視界不良でドアノブの位置が分からなかったので、ドアを閉めずに部屋の中に下がり、入口の方を警戒する。
だが、意味はなかった。
「獲った!」
「!?」
突如、アーフの剣が、煙を突き抜け、一気に迫ってくる。
距離はない。時間もない。避けるのも守るのも無理だ。
鈍く光る剣の先端が、彼を刺し貫かんと迫る。
「っ」
彼は咄嗟に右腕、鍵破りが付いている所を正面に向けた。刹那、剣が彼に突き刺さるというところで、彼は手を握りこんだ。
「……く。私じゃ、これがせいぜいか」
剣は、貫通はしなかった。彼の手が接触して振動を送ったことで軌道がやや逸れ、また振動による分解にも成功したことが理由だ。
だが、それを無傷で行えるほど、彼の体は戦闘において繊細な動きを発揮できるものでは無い。
それゆえ、彼の右手と、消滅直前の剣が通った右わき腹には、鋭い裂傷が走っていた。
「まだダメですか。はやく退場を」
直後、剣と同じような動きで現れたアーフがアソシアードに体当たりを敢行。
彼はその勢いのまま、背後の窓を突き破り、外の宿の庭を越え、敷地外に落下した。
「…………」
瞬間的なダメージでしびれた様になっていて、動けない彼は浮遊するアーフを見上げる。
「こちらを睨むとは。執念だけはありますね。ですが宇沙の手下である以上、感心はしても容赦はしません。破壊しますね」
そう言ってアーフはアソシアードを蹴り上げ、回し蹴りを放って近くの木に叩きつけた。
「…………」
(……私じゃ、叶わない………)
所詮、アソシアードは戦闘用の機体ではない。
明らかに戦闘用のアーフに、叶う道理はないのだ。
気合などでは競り合う事もできない。双方機械である以上、設定されたスペック以上の事は出来ないのだから。無理何てしようものなら、生物のような回復作用もない以上、自壊以外の未来はない。
だから、勝機などアソシアードには一切ありはしなかった。そう、ただの機械であるなら。
「終わりです」
アーフは剣投擲しなかった方の剣を握り、振り上げ、勢い良く、彼の脳天へと叩きつけ………られなかった。
「…なんと?」
「…………………私は、あいつを……一緒にいなければ……、彼女は……」
「何を、言っているのですか?何を?というかこれはなに?なんですか?どういうこと?こと?あなたはただの、宇沙の操り人形ではないのですか?」
アーフは動揺した様子で後退る。
彼女の目の前のアソシアード。そこから、謎の光があふれ出ていた。
煌く緑のオーロラのような。
まるで翼のようなそれは、彼を中心に展開しており、アーフの剣はそれに吸い込まれるようにして消えてしまったのだ。受け入れるように、あっさりと。
「……な、なにあれ。あれ、ただの機械人形じゃないの!?」
詩とともにアーフを追って出てきた花枝が衝撃を露わにする。
確かにおかしな話だった。自我が何故かあるとはいえ、所詮はただの機械である彼が何故、こんな摩訶不思議なことをしているのか。
「………私は、御枝を取り戻す。そのために、私が消えては意味がない……」
アソシアードはそう言いながらゆっくりと立ち上がり、三人の方へ歩いていく。
「……私は、絶対に……しなければ。彼女の思いに応えなければ……応えな…」
三人が混乱し、判断を迷う中、彼は近づいていく。
その瞳は焦点が定まっていないように見える。
だからこそ、花枝や詩には少々恐ろしく感じたのであろう、二人はアソシアードが近づくたびに体を強張らせていった。
「待て。手出しはさせない……」
その間に、上総が地面から湧いてきた。
『上総!』
花枝と詩が嬉しそうに声を上げる。
「……自然界のもの?何故、そんなものがただの機械から……」
上総が眉を顰める中、アソシアードは彼女の眼前まで来る。
ぼんやりとした様子の彼の姿をじっと見つめ、彼女はさらりと呟く。
「………宇沙、どういうこと」
「………さぁてね?とにかく、アソシアードは中身を出すのはやめようか」
そんな声と共に彼は引っ張られたかのように後退る。
いつの間にか、彼の背後には宇沙がおり、彼に何事かを囁いていた。
「…………!?なん、だ……今の」
「気にしないでいいよ。大したことじゃ、ないんだから」
宇沙は妖しげな声でそう言った。
「……な、なんなのよ……………とにかくこいつらを倒さなきゃ……戦いを続けるのよ!」
そんな花枝の声とともに、詩とアーフは戦闘態勢に移行する。
だが、上総はその言葉に脂汗を流し、
「やめておくんだ、君たち」
「なんでそんなこというんだ?あいつらは人を間接的っていっても殺してる、最悪なレン流じゃないか。だったらやるしかないぜ」
「……違うんだ、そうじゃない」
首を振る上総に三人が怪訝な表情をしたその瞬間だった。
「な、なんということをぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!してくれたのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『なんだ!?』
宇沙と上総以外の叫びが重なった時、彼らの頭上に巨大な丸太が振り下ろされていた。
『ギャァァァァァァ!!??』
自然界の二人以外はそれをもろに食らう。……要は下敷きになった。
「……な、なんだ……ぜ」
「何よ………」
「バカなことを言うでない」
全員がその声の主の方を見る。
丸太を踏みつけ、射殺されるとすら思ってしまうほどの鋭い視線を放つ者。
上総が脂汗を浮かべながら見る者。
それは。
「……怒れる宿の管理人だよ?」
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