第二章[相容れない二つ]その1

「………居場所は気づかれているか」

 突っ立っている上総はボソリと言う。

(さっき覗いていたな。すぐに消えたけれど………)

 彼女がいるのはうっそうと木々が茂る、夜の森の中だった。

 一行はアソシアードたちと同じように九州にいるらしい自然王を求めて移動しつつ、撮道中の都市の異常を直している。

 真っ先に障害となる可能性を持つ勢力を排除したと、上総以外は思っているため、都市の修理には時間をかけていた(異常個所の情報が事前に入手できないので、現場で収集したのもある)。

 今は一つ目のそれを終え、次の都市の間にある巨大な森の中だ。都市部以外は自然が多いので移動も大半はそこを通る事となっている。

「…先兵と言うだけはある」

上総の頭上に、巨体が座って屋根代わりになっていた。その胸部は上下に割れており、そこからは明かりと、

「詩君、裸の付き合い、するわよ?大丈夫よ、お風呂完備だから」

「……ば、バカ言え!できるか、そんなこと!」

「なら私の裸エプロンでも見る?妖精みたいで可愛いわよ?」

「ヤダ!俺は絶対、そう言うのが嫌だと言っておくぜ!もうガキじゃないんだから……」

 そんなくだらない会話が聞こえてくる。

「………もうそろそろ二人の寝る時間ですね。人間でなくなったのに、それでも十分な睡眠と、多少の食事は必要とする。意味が分かりません。夜も進みたいのですが……」

 アーフは巨体の頭の下に座りながらそう言っている。

「……こんなのを選んだのは間違いだったか……?しかし、他に選択肢はなかった。宇沙の行動は古い……もう、新しい時代だというのに……」

 仲間たちの好き勝手な言動に、一抹の不安を感じる上総であったが、目を閉じ、その思考を止める。

「……宇沙を仕留められなかったのは残念だ。獲った、と思ったのだが。さすが、というところか。………なら、他の連中も助かっている可能性がある?あれのことだ。抜け目はないだろうな………」

 ブツブツブツブツ。死んだ目のままひたすらに呟く彼女は、はたから見ると結構不気味だった。

 そんな彼女の近くには、ロープに巻かれた御枝が転がっている。上総はある陣営に所属しており、その主張に同意しているからこそ、彼女を殺させはしていなかった。

 保護すべき、共存すべき対象と、考えているのだ。

 ……しかし、ふとした時、その御枝が既にいないことに、上総は気付いた。そして、背後から近付いてきた者の正体にも。

「うれしい!会えたね!」

「……」

 その声に、上総はゆっくりと振り向く。

 彼女の目の前には、御枝がいた。それも大変うれしそうである。

 周囲にははじけたように散乱したロープの残骸があった。

「うれしいな、うれしいな!また会えた!こんなにうれしい事ってないよ!会えるって………本当に幸せ」

 最後の方に、何か思う事頃でもあったのか、妙な間があった様子の御枝だが、基本的には元気な感じだ。

「……初対面のはずだけど」

「うん、初対面。あったことない。っていうか誰?……でもいいんだ……会えるだけで幸せだから」

 御枝は可愛らしく笑いながら、軽く踊っているようにも見えた。

 上総はその奇妙な反応に首を傾げていたが、その後、徐に口を開く。

「君は…………この世界……いや十二年前までの世界が好きかい?」

「……………………え?」

 上総は、目こそ死んだような様のままだが、口調は真剣に、ゆっくりと問う。

「知っている、これだけは。君は今の世界が嫌なんだろう?」

「それはそう……イヤだけど……それが?」

 御枝の放つ雰囲気は、先のような、どこか不気味であっても明るいものから、ただ暗いようなものに、少し変わった。

「……なら。一緒に来ないか?あの宇沙は危険だ。どうにかして排除しなくてはならない。あれは生かしておいてはいけない」

「…………どうして?」

 御枝の放つ雰囲気が、より暗いものに変わる。

「……危険だと言っただろう。あれは世界を壊すことで目的を達しようとしている。君はこのままだと、数多の人間を殺すことになり………君もやがては殺されるだろう」

「……………」

「それはいけない。こちらとしては、人類にそんな目に逢ってほしくはない…」

「……?」

 妙な言い回しに首を傾げる御枝。

「……自然界は知っているだろう?宇沙がいるのだから」

「うん」

「………なら、自然界が二つに割れていることは知っているか?」

「知らない」

 御枝は首を振る。

 その反応を見た上総が御枝に話したことを要約するとこうだ。

 自然界とは、基本的には生態系全てを指す言葉だが、上総がこの場で言った場合では、別の意味を持つ。自然界とは今村をつくるような人類以外の知性生物の全てを指すのだ。

 彼らは、人類の文明発展で生活圏を追われた者たちであるが、世界がコードAによる管理社会になってからはある程度生活圏を取り戻せた。

コードAが無駄を省くために、人類を特定の地域のみで農業その他を行うようにしてことで、多くの地域から人の文明が引き、自然が復活したためだ。

 コードAの開発は、人によるもの。即ち、これはある意味で、人による自然への配慮ともとれなくもないし、実際その側面もあって、政策はなされたらしい。

 それによって自然界の者達の大半は、人間に好意的になっていき、交流を試みて、アイルランドにあるコードAの本体と接触をしていた。

 だが、ファーストコンタクトが間近に迫った時、アフレダのことが起こった。原因は自然界の者たちにも分からない。それで世界は現在の状態になり、コードAも応えなくなった。

 そんな中、自然界は二つの勢力に割れた。一つは上総が属するような、人を救うため、世界を元に戻し、彼らとの共存を目的とするもの(いわば穏健派)。

 もう一つは、かつてのそれぞれの種の栄華を取り戻そうと、人類をこれ幸いと滅ぼすため、世界の都市を破壊しようとするもの(いわば過激派)だ。

 二勢力は今まで均衡を保ち、水面下で小競り合いをしていたが、三年前ほど前から、過激派が徐々に活気づいてきている(都市への自然の侵食もそれだ)。その状況から見ると、彼らの主張と同じことをする宇沙は恐らく、彼らの先兵だとのことだ。

「………分かったか?……分かったなら、一緒に来ないか?今を変えたいなら、あんなのと一緒にいることない。過激派の考えは古い。あれは、君の脅威になるだけだ。だから……」

 上総は穏健派の中核となる考えに賛同している。だから、心の底から御枝の事を思って、その話をしている。

 彼女は、それをただ突っ立って聞いていた。

「……答えを聞かせてくれ…」

 上総は、その死んだ瞳を御枝に向け、答えを待った。

 まもなくして、彼女は口を開いた。………だが、その言葉は肯定ではなく、まして否定でもない……質問だった。

「……アソシアード、宇沙、マスター、とは、会えないの?そうなっちゃうの?」

「………は?」

 的外れなことを言う御枝に驚いてアングリと口を開ける上総。

「そうなの?ねぇ」

「……最初のはあの機械か……最後のは、あのデカブツ……。それはそうだろう、基本的には。万が一生き残っていたとしても………どうも宇沙の手下や操り人形ではないとはいっても……なぁ。結局意見が合わず、行動を許せない間柄。行動を共にするなんてありえないからな」

「それは……」

 一気に、御枝の放つ雰囲気がどす黒いものに変わる。

 目線は一気に鋭くなり、背中の杭が震え始める。

 だが、上総の続けた言葉で、それはある程度収まった。

「……宇沙が残っている以上、無事だろうし。こちらと一緒に動いていれば、いつか会う事になるのは、確実だろう……」

「……なぁんだ。また会えるんだね。あぁ、よかった」

 御枝の雰囲気がある程度明るくなり、彼女はほっと溜息をつく。

 そこまでの一連の流れを見ていた上総は思った。

(なんなんだ、君は。……会話が出来ているようで、君は重要なところに関してはほとんど理解していない……的外れだ………どうして、そんなに)

 あまりにも哀れなような、そんな気持ちがした上総だった。

「……。結局、一緒に来るのか、来ないのか?」

「……うん?」

 御枝は可愛らしく首を傾げる。

「……答えを」

 死んだ目を彼女に向ける上総。

「………。そうしたら。いつでもアソシアードとかマスターには、会うってことは、できないんだよね」

 静かに言う御枝は、それを言外に嫌と言っているように聞こえた。それは上総の求める、返答と言う者ではないし、結局それが出されることもなかった。

 理由は単純だ。異常事態が発生したからである。もっとも、御枝がまともに答えを返すのかは、かなり怪しい所であったが。

「そんなバカな……………ありえません。ありえない!ああ、どういう?どういう?do you? えええ?」

「……あ、花枝!花枝!見ろ、あれ!」

「…詩君、誤魔化そうったって無駄よ?私は、今日!詩く…」


「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンンンン!!!」


 突如として発せられたあまりにも大きな咆哮に、その場の全員が驚き、その発生源の方角を向く。

 そしてそれは、いつの間にかそこに、当然のように存在していた。

 

『だ、大怪獣ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?』


 それは月を背にそびえ立っている。そして、あまりにも大きい。距離は相当あるはずなのにあまりにも大きい。デカい、などという表現でも到底表せない。それはもはや、大きいやデカい、などという表現の枠を飛び越えている。もはやそこに在る存在は巨大という概念すらもふさわしくない。

『………』

 一同はあまりの衝撃に、先の叫び以降、呟きも漏れなかった。



『ギャァォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!』



 それは、その存在感は、もはや神とでも表現するしかなかろう。

 二つの足に二つの腕。それに鋭い形の顎を持ち、体のあちこちを白い殻のようなもので覆う大怪獣は、ゆっくりと一歩を踏み出した。

 それだけで大地が割れるのではないかと感じるぐらい、あまりに大きな揺れが生じた。

「なん?なん?」

 アーフは慌てて森の木々の上まで上昇し、

「やばいぜ……逃げるしかないぃぃぃぃぃ自然の驚異って恐ろしい!!!」

「最悪のタイミングで邪魔が……ってそんなの気にしてる場合じゃないわねぇぇぇぇ!!」

 詩と花枝は泣き叫びながら急いで巨体の胸部を閉め、飛び上がらせた。

「………」

 上総はというと、揺れが生じたと理解した途端、何も考えずに地面に沈んで消えた。その際、御枝を引きずり込んではいたが。


 大怪獣のたった一歩が、理不尽な脅威となって襲い掛かる。

『グルァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』

 木々が揺れる、折れる。土が盛り上がり、吹き飛ぶ。

 川の水が竜にでもなったかのように激しく暴れ狂い、丘は崩れ去る。

 崖は抉られたように崩れていき、滝は過剰に過ぎる水を吐き出す。

 それは、嵐のような、ただの災厄だった。

「入って入って!急いで急いで!急ぐのよ!」

 花枝の駆る巨体は跳躍して地響きを避けたのち、着地してアーフを中に収納する。

「……コックピット増設して良かった……」

「俺もそう思うぜ……」

 花枝と詩は抱き合って息をつく。

 アーフは家の一室のようなデザインのそこで、静かに浮遊していた。

「……あんなのは、自然界にもいない……」

 そんな呟きと共に床から湧き出てきた上総は、抱えていた御枝を静かに床に降ろす。

「……今こそ、新実装の飛行機能を使う時ね!」

 花枝はそう言うとコックピットの二つある操縦桿の片方を握り、開いた手でコンソールパネルを操作した。

「詩君!」

「分かったぜ!やってやらぁ!」

 詩はもう一つの操縦桿を握り、花枝と同時に前に倒した。

『飛べ!』

 その声と同時に巨体の背中の装甲が開き、鋭い羽が生え、透過性のある赤色に変わる。

 素早く動くそれによって、巨体は空へ飛びあがる。


「ギャォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 大怪獣が吠え、走り出す。

 花枝たちののる巨体も、肩の剣を両方抜き、合わせる。

『くらえ!この必殺わ……』

「グルァァ!!」

 しかし、悠長に技名を叫んで攻撃を放つ暇なく、大怪獣が迫って来た。

『速いぃぃぃぃぃぃ!?』

 その大きさゆえの歩幅の大きさもあるのだろうが、それにしても大怪獣は速すぎた。

 最早理不尽にも感じるぐらいに。

 遥か遠くにいた神のごとき威容は既に、花枝たちの目の前に迫り、その左拳を突き出していた。

 その剛腕は、山を砕くのではないかと思ってしまうぐらいの勢い、大気を裂く音を否応なく認識させる。

 震え、唸り、突き進む鉄拳。

 情け容赦なく、それは花枝たちに襲い掛かる。

『な、なぁ!?おたす…おたすけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

 泣き叫ぶ花枝と詩。

 眼前の拳は、それでも止まってくれず、ついには………それた。

『あれ?』

 とは言っても、横を拳が通り過ぎた際に起きた突風は、花枝たちの乗る巨体を遠くへ弾き飛ばすには十分すぎるものだった。

『無事じゃなかったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 巨体が遠くへ吹き飛んでいく中、大怪獣は重く息を吐きながら左腕をさする。

「フゥゥゥ………」

 大怪獣がふと辺りをみると、遠くの方に吹き飛ばされた巨体(大怪獣からすればハエにも等しい)が、フラフラと飛んでいくのが見えた。

「ギャォォォ!!」

 再び咆哮。

 規格外の大きさの足が大地を踏みしめ、それは地響きを立て、突風を起こしながら、巨体に向かって走り始めた。

『追ってくる!?』

「逃げるしかないですね、ですね、ですね……あははは」

「……なんて状況だ」

「……?会えた、うれしい、こんにちは!」

 御枝は花枝、詩、アーフに会えたのが嬉しいだけらしい。

「ちょっと、状況分かってるの!?」

 思わずツッコむ花枝。

「……え?新しい出会いがあった。じゃないの?」

「緊張感ないわね!出会い何て……会うなんてどうでもいいじゃないの!」

 特に考えなく発せられたであろう彼女の台詞に、御枝はその雰囲気を急に暗いものにして、

「………どうでもよくない……私は、会う……会うの」

 震えながらそう呟く。

「ギャォォォォォォォォォォ!!」

 そんな中でも大怪獣は迫ってくる。

 既に、逃走劇は始まっていた。同時に、二つの勢力の二度目のぶつかり合いも、である。

「このまま追いついて捕まえるぞ。そしたら御枝を助け出す。……できればあいつら、潰したいな」

「圧倒的戦力による蹂躙。一方的な攻防。同じことをしようなって、まるで意趣返しだね」

 大怪獣……かなり無理をして巨大化したマスターの頭の上に掴まるアソシアードと、余裕そうに座っている宇沙が口々に言った。

 そして、何気に花枝たちが粘り強く粘り逃げ続けるため、彼女等を捕まえられず、それでも追いかけ続け、長い時が過ぎた。


 一日目。

 天までそびえ立つ大怪獣は、花枝たちを追いかけ続ける。

 

二日目。

 月の下までそびえ立つ大怪獣は、疲れがたまって来た彼女等を追いかける。


 三日目。

 そこらの山々と並ぶ大怪獣は、花枝と詩が倒れたので代わりにアーフが操る巨体を追って走り続ける。


 四日目。

 丘に匹敵する大きさの怪獣は、もう限界が近づき始めている巨体に追走する。


 五日目。

 巨体より少し大きい大怪獣は、上総の助けで自然界の村に逃げ込んだ巨体を追い、自然界の村に入った。


 そして六日目。

 隠れ、探しの応酬が繰り返され、ついには体力と精神の限界である。花枝、詩、御枝、マスターの。

 エネルギーの限界である。アーフ、アソシアードの。

 ピンピンしている。上総と宇沙は。

「面白いシーンだったね、上総」

「……宇沙」

 唯一動ける二人は、集落の中にある宿屋の屋上に座り、お互いに視線を投げていた。

 その下の宿屋には、二つの使用中の部屋がある。

 一つはアーフたち側。

 もう一つは、アソシアードたち側であった。

 それぞれ上総と宇沙が仲間を休ませるために用意したものだった。

「…君とは絶対に仲良くできない。だからこそ、ここで、仕留める」

「おもしろいことを言うね、上総。それが出来ないから、今のこの状況が出来てるんじゃないかい?」

 上総はその言葉に頬と眉をピクリと動かす。

「……煽るな。君の発言は他の誰のものよりも不快だ……」

「そうかい?そうかな?それは嬉しいことだね」

 宇沙は袖で口元を隠しながら、いつものように微笑を浮かべているだけだった。

「……宇沙!今ここで、そのくだらない一生の続きを、断つ!つまり君を、殺す!」

「試してみるといいさ。できるといいけどね」

 彼女は余裕綽々といった様子だった。

「だって、ねぇ」

 宇沙は視線を、上総とは全くの別方向に投げかける。

 その先には、

「…すまんが、うちの宿でそう言う物騒なことは…困るんじゃが」

「……………」

 毛と言う毛が植物になっている、宿屋の管理者である老体が、目を光らせていた。


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