第一章[対立の原点]その6

「……あいつらは、何なんだ…仲良くできない相手だってことは分かるが」

 場所は都市の下層の一角。ハエトリグサもどきに遭遇したところより上の部分だ。そこは、物資運搬の管理を行う場所であり、今なおそこのコンピューターは稼動している。そのため、時節、コンテナが上がっていくのが見える。

「…御枝ちゃんが心配なんだ。だから襲撃者を警戒する。いいね、そういうの。強い思いっていいものだね」

 三人は有事の際のサブコントールルームにいた。

やや広めのそこには人を補助するロボット群もいるのだが、既に機能停止している機体も多く、もはやただの置物である。ただ単純に邪魔であった。

「きゅきゅ」

 マスターはアソシアードを整備、修復をしていた。背中が開かれ、彼の体の各部は内部の機器が覗いている。

 すでに人の手を持たないマスターではあるが、随分と器用に、そして効率よく作業している。

それは、彼がアソシアードを造った故だった。ただ、何故作ったのかは分からない。彼が目覚めたとき、マスターは完成の喜びで今のような、人語を発すことのできないバケモノになってしまったからだ。

「上手いんだね、マスター?」

「………きゅきゅ」

 先の休みのない逃亡劇と、落下からの損傷で、戦闘用の機械でもなんでもないアソシアードは、実はかなり不味い状態にあった。うっかりすれば内側からバラバラになりかねないぐらい。

なので、こうして整備、修復をしているわけだ。工具は宇沙が持っていたので、材料はルームのあちこちを解体して持ってきている。

 アソシアードは、別に特殊な機構があるわけでもないので、大抵どうにかなるのである。頭脳に当たるコンピューターでさえ。それなのに何故、普通は宿るはずのない自我があるのかは、少なくとも彼には分からなかった。

「うまいうまい」

 宇沙は微笑を浮かべながら言う。

「……」

 マスターはそんな彼女を、ちらりと見た。その瞳の形すら、元とはやや違うので、その奥にある意志は伺い知れなかったが。

「……ありがとな、マスター」

 十数分後。マスターはアソシアードを修理し終えていた。凄まじい手際である。

「……さて。ようやくだ。………御枝を取り戻しに行くぞ。それであいつと一緒に旅に戻る」

 完全回復した様子の彼は力強く言う。

 今まではそれを望んでいても、体に損傷があることやハエトリグサモドキのことのせいで出来なかったが、今はそれらの問題も解決された。

 ひとまずはそこを出、御枝を攫った者たちの行先を探さなければならない。

「良いよな?仲間を取り戻しに行くんだ、拒否することはないだろ?」

「勿論だよ」

「きゅきゅ!!」

 宇沙とマスターは頷く。

 それを見たアソシアードは立ちあがってすぐにルームを後にする。

 他二人はその後に続く。

「……結局あいつらは何なんだ。まさか私たちを消すためだけに、集まったとも思えん……私たちの事を知る術もないはずだ…………御枝をあそこで殺しもしなかったし……あいつら、他に目的でもあるのか」

「さぁて。どうだろうね」

 宇沙は茶化すように言うのを無視し、アソシアード奥に階段のある廊下を歩いていく。

「まぁいい。とにかくだ」

(絶対に取り戻してやる…一緒にいるって約束をしたし、それに………それに…)

 御枝を大切に思っていることは間違いない。だから彼女を奪われたことに怒りを覚えるのは当然の事だ。

 そして、取り戻さなければならない、一緒にいたい、いなければならない。そんな衝動も沸々と湧き上がってくる。

 ……しかし、ただの同情で、そこまでの衝動が、果たして沸くものなのか。ある種執着のようなそれが。

 彼の頭の隅の隅には、そんな疑問が付きまとっている。

だが、それは衝動や怒りに押されて表面には出てこなかった。

「さてね。……上総ったら、面白いことするんだからなぁ」

 地上へ続いている階段を昇りながら、アソシアードは鋭い視線を、意味深に呟いた宇沙に向ける。

「お前、何を知ってる?何かを隠してるような気がする」

「………知りたい?」

 愉快そうに、宇沙は目を細める。

「隠すな、もったいぶるな。いいから言え。悪ふざけに付き合ってる暇はない………あいつを、取り返さないと……」

 そう言うアソシアードの声には、少し焦りがにじみ出ていた。

「何故?」

 突如、宇沙がアソシアードの目の前を浮遊しながら言う。

「何故?」

「……前から何なんだよ、その質問は」

 浮かぶ宇沙の顏は真剣そのもの。それは、余りに奇妙に過ぎた。

 アソシアードたちを出合わせ、いつも怪しい笑みを浮かべているだけの彼女は、いつも質問する。今の仲間が出来てから、ずっと。その真意は、測れない。

「………そう。まだ。……ま、いいよ。教えてあげる。御枝ちゃんの居場所。あまりにも都合よく、ご都合主義的に」

 数瞬の後、宇沙の表情は、いつものようになっており、ゆっくりと長すぎる袖で口元を隠す。

「………どうしてそんなことを、お前が」

「……顔潰されるの、見たよね?だから裏切り物とかじゃないよ……ただ、知っているだけ」

アソシアードが疑いの目を向ける中、宇沙はそれに構わずに微笑を浮かべたまま、続きを話した。

 

▽―▽


今日も世界は回る。究極を目指して。そこに意味はない。それを目指すというシステムだけが、あった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る