第一章[対立の原点]その5

「素晴らしい!なんて吾輩好みの奴なのだ!……自然界の外の者なのが、唯一不満な点だが、良いだろう!では、お主を吾輩の伴侶と認めよう!」

 アソシアードたちが女神機関を破壊した都市の地下深く。そこには、巨大な植物の根のようなものが張り、各所に苔類が生えていた。

 その一角、うろの様になった場所に、その男は叫んでいた。

 彼は渦を巻いたひげを生やし、草で出来た王様のような意匠の服を身に纏い、目の前に倒れている男を見ている。

「………ほらほら起きたまえ。そうと決まれば即刻子孫を残すのだ。……出来るかは知らんが、まぁどうにかなるであろう!ナハハハハハハハハ!!」

 男は尻に繋がった茎のようなものを揺らしながら、目の前の男の肌に触れる。

 その直後。

「グルァァァァ!!」

「……なぁぁぁぁぁぁぁ!?肉食動物!?な、やめるのだ!吾輩をかむなぁぁぁぁぁぁ!」

 突如物陰から現れた、いつもより少し大きいぐらいのマスターが、ひげ面の腕に嚙みついたのだ。

 その目はらんらんと光り、異常なまでの敵意を、ひげ面に対して持っている。

 ひげ面は動揺し、十歩近く後ろに下がる。

「グルァ!グルァ!」

「ひいぃぃぃぃぃ!?千切れるぅぅぅ!?吾輩の体がぁぁぁぁぁ!!」

 ひげ面の腕が千切れた。植物の茎を折った時に出るような、透明な液体が飛び散る。

 続いて足をかみ砕かれ、ひげ面は前のめりに転倒。間髪いれず、ひげ面の頭はマスターの口内。

 と思った時には既に食料として消化されていた。

「グルルルル……」

 マスターは、ひげ面の残骸を踏みつけ、勝利をかみしめるかのように笑う。

 彼の足の力で、残骸はぐちゃぐちゃになり、尻の茎のようなものも千切れていた。

 しかし、彼はそんなことを気にも留めず、倒れている男の方に歩いていく。

「キュウ………きゅ!?」

 マスターはその際にうっかり壁に当てた左腕をかばう。

 どうやら、先の落下の際、怪我をしてしまったようだ。

「………」

 しかし、彼は歩みを止めず、男……アソシアードの所に辿り着き、自身の顔を、彼の顔につけ、頬ずりのようなことをした。

「きゅう」

 なんだか気持ち良さそう………というよりは、なんだか興奮しているように見て取れた。

 そんな彼は、頬ずりを終えたのち、アソシアードの顔を正面に見る。

 そして、無理に顔の形を変え、キスのようなことをしようとし………。

「……マスター、やめてくれ」

 アソシアードに顎したからむんずと掴まれ、放り投げられた。

「……チッ」

 そんな声と共に、マスターは体をやや大きくして着地した。

「今舌打ちしなかったか?」

「キュウ?」

「……とぼけるなよ。…まぁ、こんなことは些事か。そんなことより………」

 アソシアードはそう言い、ゆっくりと立ち上がる。

「体は………フレームの一部が変形、一部表皮融解。以上の事が、問題か。まぁ、しばらくは動けるか、私は……」

 彼は起き上がって周囲を見渡す。

 そこは、数種の植物がそこらに生えており、自然の中と言う感じだった。

 洞窟の一角の様にも思えるかもしれない。壁は岩石ではなく木のようだが。

「……経緯を確認するか。まず、私は御枝を奪われ………。奪われ……。地下に落とされた。そしてこうやって無事だった理由は………」

「吾輩のおかげである!」

『!?』

 二人が驚く中、ひげ面の尻の茎が続く、空間の奥の方から、さらに声が聞こえてくる。

「そこな獣!よくも吾輩の伴侶ゲットチャンスを潰した挙句、素晴らしい外向きの体を食いつぶしたくれた!ぶっ殺してやるぅぅぅぅぅぅぅ!吾輩のプライドにかけて!」

 その長ったらしい台詞とともに、奥の方から何か重いものが動いた音がした。

 と、彼らが感じた時には、

「……勿論!そこな男は貰うがな!」

 巨大なハエトリグサのような怪物が彼らの目の前に降り立ち、複数の触手をうねらせていた。

「御枝じゃなくてこんな食虫植物!?いらん!」

 アソシアードはそう叫び、その場から逃げだした。

「待つのである!吾輩は一度決めたらこの身滅びるまで諦めたことはない!つまり、絶対に諦めないのである!」

「知るか!」

 根の外はいくつかの空中通路があった。それが様々な方向からかかっており、その間にはいくつも巨大なエレベーターがあった。どうやら物資搬送用の場所であるらしい。

 アソシアードはマスターともにその通路を駆けていく。

 触手は当然のことながら追ってくる。

「御枝…御枝のことが重要だってのに!最悪だ!」

 衝動的にそう言う彼。

 だが、悪態をついても構わず触手は追ってくる。

 二人は上に向かい、いくつも通路を飛び移る。

 通路を走り、走り、飛び移り、走る。その繰り返し。終わらない逃走劇。

「自然界の連中ってのは何でこう……面倒くさい奴ばっかなんだよ!」

 自然界。それは文字通りのもの、この星の自然の領域である。

 世界がコードAによって人が人に会えないよう変わった数年後に、それは人間の世界の一部を侵食した。

 都市を飲み込んだり、一体化してしまったり。そうなったところは世界にもそこそこある。

さらにそういったところや各地の都市の間の森には、自我を持った人間以外の生物が多数存在し、ついには集落すら構築している。

彼らは究極の星の構成要素たる者たち、と宇沙は言っていたのだが、アソシアードを含めた全員がその意味することを理解できていない。

自然界にまつわることで他に分かるのは、彼らの頂点にある、自然王という存在が、今の世界を変える鍵を握っているらしい、ということだけだった。

 だから、それを追って彼らは九州へと向かっていたのである。

 ………それよりも、今は迫りくる触手から逃げることの方が重要だ。

「……くそ!私じゃどうにもならん!マスター、なんとかならないか!?」

「きゅ……」

 マスターは肩をすくめる。

「そりゃそうだよな……せめて最初逃げていなけりゃ……のわ!?」

 残念がったその瞬間、一瞬の隙をつき、触手がアソシアードの足に絡みつく。

「や、やめろ!」

 さらには胴にまで触手が伸び、ついには腕や顔にまで伸びてくる。

「………悪い子はお仕置き……である!」

 するするする……茎の触手が彼の体を丁寧に、そして迅速にからめとる。

 一瞬にして動きを封じられ、彼は空中に掲げられ、さらには締め付けにあう。

 少しずつ、少しずつ力が強くなる。

 圧迫、圧迫。無慈悲な力が、彼の全身を舐めまわすように、ゆっくりと、丁寧に締め付けていく。

「……や、やめろ……私は、そんなに、強くない……ああ!」

「きゅ………きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ……」

 体の骨格が徐々に歪んでいく音に不安を感じて叫ぶ彼を見て、マスターは助ける………

どころか目をカッと見開き、はぁはぁと息を漏らしている。

 完全に変態である。

「さてさてさて。吾輩の元に来る気になったかな?悪い子はメっ!当然のことだから、反省して吾輩の元へ。伴侶となることを誓い……」

「……イヤに決まってんだろ!お前みたいな雑草より、御枝のことの方が重要だってんだよ!今の私には!」

 必死に叫ぶアソシアード。

「……ふざけるでない!吾輩を、どんな植物からでも栄養を奪い取る窃盗植物と一緒にするでない!」

 触手の締め付けがさらに強くなる。

 さらに一本がアソシアードの顔を、舌でアイスクリームでも舐めるかのように、ゆっくりと、丁寧に、やわらかく、すっと撫でる。

「!」

 もう一度。もう一度。もう一度………。

「……や、やめろ……キモイ……くそ、なんで手には触らない……そうすれば痛い目に……」

「きゅきゅきゅきゅきゅ……」

 マスターの救援は期待できないそうにない。そもそも届かない位置にあり、大きくなるには通路が狭すぎるのがあるとしても、彼自身が興奮して魅入っているのだから。

「吾輩、テクニシャァァァン!!」

 そんなハエトリグサもどきの声が響く中、彼女(・・)はぬっと現れた。

「どこの同人誌のシーン?需要はどこかにあるのかな?」

 それは宇沙である。

 相変わらず微笑を浮かべながら、彼女は逆さに空中から現れ、アソシアードの顔を見つめた。

「知るか!この場でお前がやるべきことは一つだ!」

「……はいはい。しょうがないなぁ。特に意識は問題ないから、助けてあげよう」

「……?」

 彼女の後半の発言に眉を顰めたアソシアードの前で、宇沙は姿を消し、

「……な、なんなのであるか!?」

 ハエトリグサもどきの所に現れた。

「ちょっとした命令だよ。彼を開放してあげてね?」

「断る!吾輩は……」

 それが言い終わる前に、宇沙はその生え際に移動し、何かを囁いた。

「……な」

 直後、触手が一斉に引いていき、アソシアードはマスターの上に落下した。

「きゅぼぉ!?」

 マスターはその衝撃で伸びてしまった。

 助けるそぶりも見せずに傍観していた彼には、良い罰かもしれない。

「……助かった」

 起き上がり、ため息をつくアソシア―ドの目の前、空中から突如出てきた宇沙が言う。

「…………一、応、ありがと、な。………まさかとは思うが、もう少し早く助けられたとかはないよな」

 疑いの目を、宇沙に向けるアソシアード。

「………あったりするかもね」

 彼女は微笑を浮かべたまま、背を向けて答える。

「……この野郎」

 アソシアードは彼女を睨みつけながら呟いた。


▽―▽


「……!?宇沙の体はどこ」

「……はい?あの意味もなく袖が長い娘ですか?」

「そうだ」

 アーフ、詩、花枝の三人に加え死んだ目の少女、上総を加えた四人は、例の巨体の肩に乗り、既に先の都市から離れていた。

 彼女等の目的通りなら、都市機構の内部に入り、諸々の整備機械から情報を抜き取り、それを元に詩と花枝の手で修復を行うところだった。

 しかし、この都市は元よりアソシアードたちを打倒するために訪れた地だ。情報源のアーフによれば、もう人はいないとのこと。彼らが修復の行うのは、生き残っている人を助ける、守るため。その対象がいないのであれば、最早やる意味はない(情報共有できないアーフが何故そんなことを把握できているのかは謎だが)。

 故に、放置して離れた。女神機関は、完膚なきまでに破壊されていたので、どうしようもない(油断を誘うためと、襲撃の準備のために泳がせていた結果なのだが)

「……あれは放置してはいけない。あれはまだ古の思考のままだ。太古の思想に従ったままだ。どんな危険なことを引き起こすか」

「…どういうことよ」

「………危険としか言えない」

 上総は死んだ瞳のまま、ため息をつき自身が抱えている御枝を見つめる。

「……もう駄目か。いないなら放って置くしかない。…………さて。宇沙が言いふらしてた娘。………確かに、そこ二人より質が良い」

「は?」

「ちょっと、それどういうこと?人を質云々で判断するのやめてくれない?」

「……やかましい」

 上総は反発する花枝に視線だけ向けてボソリと言う。

「な、なによ!」

「まぁまぁ。仲間同士仲良くしましょう。この方と良好な関係なしには、できないでしょう?」

「…そうなんだけど……」

「………」

「な~んかムカつくのよねぇ」

 花枝が見つめる上総は、自然界の存在だ。一行の旅に出立時に現れ、あることを教えた者でもある。

 現れた彼女は開口一番、「今の世界を変える方法を教えてあげる」と言った。

 その言葉は、今の状況を変えることを望む詩と花枝には、無視する事などありえない事柄だった。アーフは、彼らが旅にさえ出てくれれば、どうでもいいといったふうで、興味を示さなかったが。

「……花枝。とりあえずほっとこうぜ。あの女の子がそのままなのは気になるけど…」

 詩は御枝を見る。

「……君は何か文句があるのか?こちらで預かることで納得しただろう?」

 上総がどこか鋭い視線を彼に返す。

「文句なんてありませんよ、上総さん」

 アーフは仲を取り持っていた。万が一にも、不和で上総が離脱し、それによって世界を変える目的の達成が困難になり、詩と花枝がやる気をなくすことがないように考えたのだろう。あくまで保険程度だろうが。それに仲が良いに越したこともないというのもある。

「まぁまぁ皆さん。仲間間の不和なんて百害あって一利なし。はやく次の都市を修理しに行きましょう。人類存続のため」

「九州までの道中は、とりあえずね」

「ああ。絶対に九州にはいくんだぜ?そうすれば、分かるんだからな」

 花枝と詩は頷き合う。

「アフレダの解決法、分かるといいわね……」

 それこそが上総が教えた、今の世界を変える方法だ。彼女はその場所への案内をすることと引き換えに、仲間入りを果たしていたのだ。


目的の一つは、二つの勢力は全く同じ。だが、もう一つが、致命的にかみ合わない。気持ちは同じでも、その先に求める者は致命的なまでに食い違っている。

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