第一章[対立の原点]その4

 アソシアードたちが三個目の女神機関を壊す数日前。

 そこはとある都市の、女神機関本体の中枢部にある空間だった。

「ある日、人が化け物(のちにアフレダと名付けられる)に変貌し、消滅する事件が起こりました。それもただ一回ではなく、幾度となく、ですね」

 一人の女……に似せた機械が抗弁を垂れている。

彼女は藍色の、機械っぽさのある意匠のドレスを着ていた。

「そのことで多くの人が次々とアフレダになってしまい、さらにはコードAは結局、策を見つけ出すことはできず、思考のるつぼにはまりました。明らかに科学の域を超えた現象に、科学的見地から挑むしかないそれでは、できなかったからですね」

 その前の前には、少年と少女がいた。前者は童顔で頭に枝のような触手を巻き付けており、後者は背が高く背中に歪な羽のようなものを持っている。

 少女がぐりぐりと少年にくっつきつつ、二人は目の前の機体……女神機関の端末を見ていた。

「それにより、コードAは何の処理も命令も出さなくなりました。世界は、その複雑かつ繊細な構造故、十二年前なんて昔のプログラムのままでは、生まれる異常にも対処できないのです。何も改善できない状態ゆえに、世界の状態は悪くなっていったのです」

 女神機関の端末、アーフは長い台詞を終え、息を吐く。

「そんな状態になってるなんて、知らなかったぜ……」

「悲しいものね……」

 二人は消沈した様子で言う。

 一方でアーフはまた口を開く。

「世界の都市は整備をできていない。これではじきに自壊を始める可能性があります。そのため、天才でもあるあなた達にはそれによる世界の崩壊を防ぐため、修理をしてもらいたいのです」

「それが俺たちを引っ張り出した理由か」

「その通りです。お二方は、もう怪物になったので消える心配もありませんし」

 アーフは笑顔で言う。

「怪物とは失礼ね。変なものが付こうと、私と愛する詩君はれっきとした人間よ」

 そう言い、少女は少年にくっつく。

「……く、くっつくなよ、花枝。まったく。恥ずかしいぜ……」

「いいでしょ、くっつかせなさいよ」

「いや苦しいんだよ」

「……く、くっそぉ~!詩君め!」

 少女、花枝は渋々距離を少年、詩を離す。

「……そんなことはどうでもいいですけど。どうです、幼少時より天才然としていたあなた方は、この世界が好きらしいじゃないですか」

「それはそうだけど?」

アーフは笑顔で手を合わせ、姿勢を低くし、首を斜めにして二人に、

「それじゃぁ、この世界を守るため、協力してくれませんか?」

『………』

「おや?」

「……怪しいんだよな。女神機関が自我を持って話をしてくるのが変だし、コードAの絶対命令の解除もないのに、勝手に動くなんて」

「そうね。……もしやこれはコードAの陰謀?」

 二人はその他様々な考察、予想などなど、アーフの腹の内を推測した。

「え、いや協力してください、お願いします」

『信用できない』

 疑いの目を向けながら、同時に言う二人。

「……え。信用?お願いじゃダメ?一二三で聞いてくれません?命令とは使っていい?困ったくまったこもった…なんと想定外、ショックな状況なぁんでしょう?」

『なんだこいつ』

 想定と違ったせいなのか、アーフは意味不明なことをいいながら頭を壁にぶつけ始めた。……本当は、思惑も陰謀もなく、ただ彼女が壊れているだけなのかもしれない。

『…………』

 そんなアーフを見ていて、二人はなんだか哀れに、かわいそうに思えてきた。

「……演技だと思うか?」

「……壊れてるだけじゃない?」

「……けど、自我はしっかりある様だぞ」

「それはそうだけど……」

 相変わらず、アーフは意味不明なことを口走りながら壁に頭を打ち付けている。

「……なんかこのまま壊れるのまで見るのは……」

「後味が……目覚めが悪いな……」

 二人はため息をつく。それから少し話した後、アーフに声をかける。

「……確かに、俺たちはこの世界が好きだ。……いや、正確には十二年前までの世界、がな」

「……はい?」

 アーフは一度止まり、二人の方を向く。

「私たち、この世界がこのまま壊れてしまうのは、確かに嫌ね」

「俺たちが好きな人たち……何人残ってんのか知らんけど、そう言う奴らも、都市が壊れたら死んじまうもんな。……だから修理の旅ぐらい、してもいいぞ」

 二人は同時に手でOKの形を作る。

「……ありがとうございます!」

 アーフはひしゃげた額からスパークを弾かせながら、笑顔になり、そして頭を下げた。

『……変な奴だ』

 二人はそんな彼女を見て、同時に呟いた。

「ところでですね」

「?」

 アーフが顔を上げ、笑顔のまま言葉を続ける。

「それに関して、もう一個、凄く重要なことを教えておこうと思います。これを言う前に承諾してくれて、よかったですよ」

『……怪しい』

 二人が警戒する中、アーフがあくまで笑顔のまま言う。

「実は…………この世界を破壊しようとするものたちの存在について。これは、激しい戦闘を行う必要があるかもしれないので」

 それから数分後。

「…なんて奴らだ。自分たちのやってること、分かってんのか!」

「全くね!許せないわ!」

「おおっと?以外にもやる気満々ですね」

 聞いたことに憤慨し、俄然やる気になった二人に、アーフが驚いた顔をする。

「そうときまったら出発だぜ」

「ええ、そうね」

「よかった。杞憂で助かりました。戦闘は拒否される可能性がありますからね……」

 そうして一行は、女神機関の中枢の空間を出た。

 今は、女神機関のある塔のエレベーターで、下層に下っているところだった。

「そう言えば、私と詩君だけで、旅に出るってことよね?」

 花枝が振り向き、後ろのアーフに尋ねる。

「あ、いえ。私は本体とは別なので。独立行動可能です。バクで生まれた不要物がこの機体に入って出来ているので。いっしょに行けますよ」

「なにそれ」

 驚きと混乱が混じった様子で、花枝は言う。

「ま、いいじゃないですか。とにかく、修理の旅に出かけたましょう!」

 と言うアーフに対し、二人が待ったをかけた。

「はい?」

「修理の旅って、だけじゃないぜ」

「ええ。私たち、さっきも詩君が言ったようなものだけど、私たちが好きなのは、この、人が人に会えない世界じゃなくて、十二年前みたいな世界なの」

「だから、アフレダの解決策も探すぞ」

「そういうことでね、これは世界を変える旅よ。修理も確かにするけど、それはあくまで時間稼ぎ。アフレダの解決策を探し出し、コードAに提示して世界を元に戻させる。ということよ……コードAが無事なら、だけど」

 一切の仕事を、コードAは止めているため、そもそも無事なのかさえ定かではない、ということだ。

「……別に、人類が存続してくれるなら、一向にかまいませんが……。それでは、お願いを聞いて下さったのは……」

「女神機関のアンタのお墨付きなら、邪魔なく都市を出られると思ったのもあるの。私たち、ずっと計画してたんだから……単独行動の説明聞いた限り、お墨付きは意味ないかもだけど…ま、出ること自体は楽にできそうね」

 アーフが驚いた表情をする。

「…出ることは勿論簡単にできます…それはそれとして。今まで、監視の目を盗んで文通でもしていたということですか?」

「お前も言っただろ、俺たちは天才だって。それぐらいできるぜ?」

「なんと」

「とにかく行くんだろ?なら行こうぜ。世界を変える旅に」

「そうね!詩君!」

 また詩にくっ付く花枝。

「………なんてこったい」

 ため息をつく詩。

「……いいでしょう。管理者としてのプライドが泣いていますが」

 敗北感に苛まれ、残念そうなアーフ。

 そんな世界を変えるようとするもう一つの仲間たちは、旅立とうとしていた。

 ただ、その前に。

『なんだ!?』

 花枝と詩が驚く声とともに、

「……………」

 死んだ目をしている、少女のような存在との出会いがあった。

 

 そして一行は、アーフから聞いたアソシアードたちを倒しに、まず行ったのだ。安心して世界を修理に行くためにも。


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