第一章[対立の原点]その3
「……しかしだ。何故分かったんだ?」
「どういうこと?」
彼らがいるのは都市の端。大きなビルや巨大倉庫が並ぶ、輸送者のための道幅の広い場所だ。
そこを走る、巨大化したマスターの頭の上に乗りながらアソシアードは言った。
「女神機関は何故現れた」
「……?……」
御枝は彼の言葉を理解できていない様子だった。
(理解、出来てない……御枝は)
会う事、会えるように世界を変えること、それに直接関係すること以外は。女神機関の方から襲ってくる理由は、人を会えるように自由にすることに直結するわけではないから、分からない。重要なのは、女神機関を破壊できるかどうかなのだから。
「……。どうして私たちの居場所を知ることが出来たんだ?」
「……?……えっと……女神機関…情報収集?……音?……なんのこと?」
首を傾げる御枝。
「……違う。あんな都市の端の、端の音なんて感知できない。それが常時できる機械とのデータ共有は、もう駄目だからな。なら、あれは情報を集められないし、気付くわけがない」
そう。この管理社会にまつわる世界の機械の数々は、その情報のやり取りを、コードAを通してのみ、行っていた。それが最も効率が良くなるよう、コードAが頑張っていたからだ。
それの助けありきで、女神機関も整備を含めた諸政策を実行していた。
だが、すでに十二年前から情報の送信は途絶えていた。機械間のネットワークは非常に強固かつ効率の非常に良いものであったものの、要のコードAが抜けてしまったことで、何の意味もなさなくなった。
それによって、情報の共有が出来なくなり、各所の実情が把握できなくなり、何をするべきかの判断もまともに下せなくなった。
女神機関は実際の政策などの指示をするのであって、それそのものが物理的に何か出来るわけではない。そのため、自由に扱って問題ない物理的に動ける端末は、先程の非常時用の物(活動範囲は都市内のみ)ぐらいしかなかったので、複雑な都市を運営するための情報など、もはや手に入るわけもなかったのだ。
なので、女神機関は過去の最も新しい命令の維持を行った。非常事態としてコードAから直接出された、人を人に会えなくする絶対命令もそうした(これはコードAが撤回しない限り覆らない)。
結局、状況は変わることなく、十二年が経ってしまっていたのだ。
「……それも、そう?」
「私たちの事すらも、知っているわけがない」
女神機関が判断を下すための情報の収集も難しいのに、何故アソシアードたちのことを知り、一度騒音を出しただけで、あそこまで明確な目的をもって即座に襲撃を敢行できたのか。
「………奇妙だな」
「………いるんだろうね、黒幕が。仲良しお二人さん」
急にマスターの脳天から湧き出てきた宇沙がいう。
「……どういうことだ」
アソシアードが目を細める。
「おそらく次は絶対出てくる。いつまでも、自由に破壊はしてられないってことだね」
「?」
御枝は首を傾げていた。
宇沙のそれなりの頻度で出てくる深いようなそうでないような発言に、御枝はいつもそんな反応だった。
「……気を付けるべきか」
マスターは駆けていく。次の都市に向かって。
彼らの現在地は日本の島根県あたりであり、向かう先は九州方面だった。そこに彼らが会う事を目的としている者がいるからである。案内人は宇沙なのだが、そのせいで幾らアソシアードが嫌っていても、彼女と別れることはできなかったのだ。
「…………話は変わるんだが……あれ(・・)は、どうなんだ?居場所は分かったのか?」
「……さてね。……ああ、気になるならちょうどいい機会だね。道中に自然界の村(・・・・・)があるよ。立ち寄ってみたら?」
「……情報収集も兼ねてか。ちょうど都市を一つ破壊したところだしな。…また同じことをしに行くのも………。どうする、御枝」
アソシアードは彼女の方を向いて言う。
「うん。行く。……邪魔者は、気になる…けど……そっちも重要……」
この情報収集も、彼らの目標達成のために必要なことを成すために、疎かにしてはならないことだった。
「よし。宇沙、案内を頼むぞ」
「分かったよ。さぁて、どんな面白いことが待ってるのやら……」
「待ってはいないわ!アンタたちはここで終わりよ!」
『!?』
突如、空から少女の声がする。
「誰だ!」
アソシアードが警戒心を露わにして叫ぶ。
直後、走るマスターの前に、謎の巨体が地面から湧き出るかのように現れる。
「……これは、さっそくだね」
宇沙が微笑を浮かべる中、
「グルゥン!?」
マスターは驚いて思はず歩みを止める。
巨体はマスターに匹敵する大きさがあった。道路にずっしりと構える水色のそれは、細身の人の形をしており、両肩には短い(巨体に対して、だが)鞘のようなものが付いている。
一本角が生えた頭部には、二つの目のような光が灯っている。
「なんだ?こいつは……」
そうアソシアードが呟いた直後だった。
「な、なに!?ってわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「御枝!?」
いつの間にか飛行して接近していた何かが、御枝を攫って巨体の肩に降り立つ。
そこには他にも、三つの人影が見えた。
「……な。なんだ、お前らは!御枝を返せ!」
アソシアードは必死になって叫ぶ。
「返すわけないぜ。そんなことしなくても、お前らは終わるから」
「何だと……?」
彼はそう呟く中、目の前の巨体が一歩前に出る。そうすることで、それまでビルの影に隠れていた者たちの姿が見えるようになる。
「……一体…」
「へぇ。いいもの見つけたんだね」
一人目は御枝を抱える女性……を模した機械。灰色の体に張り付く、ところどころ露出のある戦闘装束を纏い、背中には透明な刀身の大きな刀が二振りと、羽のようなものが浮いている。
御枝は既に気絶させられていた。
「アンタらみたいな最低な奴らは、ここで終わりよ!」
そう言うのは、背中にいびつな形の羽が生えた少女だ。薄ピンクのパーカーに、真っ白なTシャツ。そして下半身には白衣を改造したように見える前掛けをつけている。
「それは俺も、花枝ちゃんに同意だ。徹底的にやる」
三人目は頭に枝のような見た目の触手を巻き付けた青少年。学校の制服のような、藍色の服装をしている。
そして四人目は、ノースリーブの丈の長すぎる和服を着、死んだような目をして無言で佇む少女だった。
「申し訳ありません。突然ですが、あなたたちにはこの物語から退場していただきます」
「……な、ふざけるな!」
「ふざけていないわ。真剣よ」
羽つきの少女は真剣な眼差しでアソシアードを見ながら言う。
「むしろ、私達の方が、アンタたちにふざけるなと言っておきたいわね」
「何?」
彼は眉を顰める。
相手側の手にある御枝のことが心配であり、今すぐにでも取り戻したいのは間違いない。
だが、同時に気になっていた。目の前の者達は何なのか、ということに。
今は誰にも会えない世界。人は外に出られない世界。それを変えようと彼らが行動を始めてから日も浅く、人はまだ、ほとんど自由になっていない。その状況下で、ここに集まった相手側の三人は何者なのか。人のものでは無い妙なものが付いているのが、気になるところだった。
アソシアードたちは宇沙の手によって今の様に行動できるようになっている。なら、相手は何なのか。
「………お前らは、なんだ!」
「……私たち?………どうせアンタたちはここで終わるわけだし、別に教えてあげてもいいわ」
羽付きの少女は余裕綽々の表情で続ける。
「そうね、一言でいうなら……アンタたちの敵ね。アンタたちの行動を否定し、妨害し、そしてアンタたちを倒す者たち。……あり得ないはなしだけど、アンタたちがここで消えなかったら、対立する陣営同士にでもなったかもね」
「………対立する。お前らは、何故………」
「アンタたちの行動が、主張が、私たちとは致命的なまでに合わず、また、許せるものでは無いからよ。言ったでしょ、ふざけるなと言っておきたいって」
羽付きの少女はびしりとアソシアードたちの方を指差し、そして息を大きく吸い、
「もっと正直に言うとね………アンタらの考えは、行動は、全部最低なものなの!くだらない!しょうもない!最悪!そんなことを最初に考えた奴は誰か知らないけど、本当に腐った思考をしているわ!」
半ば睨みつけるようにしながら叫んだ。
その言葉を聞いたアソシアードは。
「……………そうか。私たちの目標を、御枝の思いを否定するのか…御枝を、馬鹿にするのか。なら……私もお前たちを許せるわけないな!」
怒りを露わにして叫び返す。
結局、敵であるということ、決して相容れないものであることしか、彼には分からなかった。
「あっそ!アンタがどう思おうと、ここでアンタ達はお終いよ!」
羽付きの少女がそう言うと、女性を模した機械が、
「とにかく、理不尽に、問答無用に消させていただきます」
機械は御枝を四人目に引き渡す。背中に浮かぶ羽を動かし、剣を両手に構え、一気に加速した。
(速い!)
この速さで接近され、攻撃を加えられては、一般人と同程度の耐久力しかないアソシアードは一瞬で破壊されてしまう。
ならば相手の接近をひとまず防ぐしかない。
「……マスター!吠えてくれ!」
「…スゥゥゥ……ガァァァァァァァァァァァァ!!」
即座に応えたマスターの咆哮が、周囲一帯に響く。
大気が震え、建物にひびが入る大音響が、眼前まで迫ってきていた敵の動きを止める。
「……なんと」
「頭がァァァァァァァァァ!割れるゥゥゥゥゥゥゥゥ!嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!」
のたうち回る羽付きの少女。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
右に同じ青少年。
「……騒音」
意に介さず、突っ立っているだけの死んだ目の少女。
あらかじめ自身の聴覚センサーを切って置いたアソシアードは相手がマスターの咆哮の残滓に苦しんでいる間に、彼に巨体に向かって走るように頼む。
「宇沙!御枝を助け出してくれ!」
「………はいはい」
そう答える宇沙の口もとは、いつになく歪んでいた。
「グルァァァァ!!」
疾走する巨躯。唸り声を上げるマスターが拳を振りかぶり、巨体を倒そうとする。
「………つぅ!応戦!」
羽付きの少女が叫ぶ。
直後、巨体が即座に両肩の剣を引き抜く。現れた刀身が鈍く光り、次いで高音の金属のような鮮やかな色合いになる。
一歩前進。応戦は間に合う。正確無比の斬撃が、マスターを襲う。
「ガァ!」
引き分け。両者ともに攻撃は入らない。マスターの拳は巨体の片手の剣を押させ、顎はもう片方の剣を挟み込み、双方組み合う。
「さて。頂かせてもらう……よ」
そう言いながら、宇沙が巨体の肩から湧いてくる。
「……上総と同じような!?」
「上総……ああ、やっぱり。……そういう」
宇沙が驚く青少年を無視して倒れている御枝に手を伸ばした時、彼女は何かに弾き飛ばされる。
「宇沙……考えが古い奴」
死んだ目の少女が、笑ったままの宇沙の顔面を掴み、足元に打ち付ける。
「……いたいよ、これ」
「知らない。君は潰れているといい」
瞬間。宇沙の頭が容易く潰れた。つい数瞬前まで顔の形だった何かが飛び散る。
『……げ』
その光景を間近で目撃した二人がドン引きして後ずさる。
それと同時に、巨体がマスターを蹴り上げ、続いての回し蹴りで弾き飛ばす。
御枝のいるところに乗り込もうとしていたアソシアードは落ちないよう、諦めてマスターの頭に掴まるしかなかった。
「ぐるぁぁ……」
マスターは転がっていきながら四足状態でのっそりと立ち上がる。
その瞬間だった。
目の前の巨体が両手の剣を併せて空に掲げた。
「くらえ!断罪の灼熱剣(ゴッズフレイスラッシュ)!」
気づいた時には遅い。
合わせられた剣より溢れ出た業火が、マスターとアソシアードに突っ込み、激しく包み込んでいた。
「……なん、だってんだよ………」
熱い、熱い、熱い。
彼らを取り巻く炎は、容赦なくその熱で持って彼らを襲った。
「グルァァァァ……!」
マスターは苦悶の声を上げながら何歩も後退る。
「終了の時間です」
「……なん、だとっ!?」
いつの間にか機械の女が再び上昇し、手に何か持っていた。
「はい、ではここまでのシーン、ありがとうございました」
彼女はそう言って笑い、手に持っているもの……何かのスイッチを押した。
直後、マスターが踏みしめる地面の各所で火花が散った。
炎に巻かれ、彼が気付くことが出来ない中、火花のラインに沿って、地面が崩れ始める。
「……く、返せ!御枝を、返せ!殺すなんて、許さないぞ!私は絶対に………!」
アソシアードは炎に巻かれ、表皮を徐々に溶かされながら叫ぶ。
彼女を奪われるわけにはいかない。彼女と一緒にいなければならない。彼女を一人にはしたくない。放って置けない。
ただ、その気持ちが沸々と湧き上がってくる。
彼の精神の根底に、それがあるかのように。
「そんなこと知らないぜ。どっちにしろ、お前はそこで、化け物と一緒に終わるんだ!」
「さぁ!世界を変える生贄となりなさい!私と詩君が目指す世界への!」
マスターの巨体が、崩れる地面に飲み込まれてゆく。
その数秒後に大きな衝撃。瞬間、彼らは地下の大穴に突入してしまう。
抵抗は無意味。一切の慈悲なく、重力は深い穴の底へと、彼らを呼び込む。
「…待て、待てよ!御枝!御枝ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
叫びは虚しく響くのみ。
彼らはただ落ちてゆくほかなかった。
それを、謎の襲撃者たちは満足そうな顔で見つめていた。
敵と宣言した彼女等は一体、何なのか。
それは、数日前に遡れば分かる事だった。
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