第一章[対立の原点]その2

「何?」

 それは突然の襲撃。

「破壊者を排除する」

 そんな事を言いながら、それは彼らの目の前に落ちてきた。

 彼らがコードAの決定に逆らい、禁断の行為を過去二度もおこなったから。

 ただでさえ減っている人口を(・・・・・・・・・・・・・)、さらに減らしかねない活動(・・・・・・・・・・・・)をする彼らを排除するため、それは現れたのだ。

「……相手側から来るとは……」

 三人は警戒を露わにし、立ち上がって後退する。

「あんな爆音を出せば分かる」

 目の前の存在は淡々と言う。

「……そうか。すまん、私のせいだ、御枝」

 アソシアードは目の前の存在を睨みつけながら言う。

 だが、既に彼女はその言葉を聞いておらず、

「……会えなくしてる奴」

 その目をすっと細めた。

「……状況分析。アフレダ(・・・・)が二体。自動人形が一体。それと……視覚情報のみ?正体が不明……」

 目の前に降り立ったもの。神話の女神のような風貌のそれは、アソシアードもそうであるが、純正の機械。

 自律する機械、自動人形である。

「……兎に角。排除すべき対象である。そう認識する」

「……邪魔者。許さない……」

 御枝が睨みつける女神機関とは、コードAの端末である。

 信仰心などが人をある程度統制しうると結論付けたコードAは、一定の秩序維持のため、信仰対象、また代理の統治機構としてそれを配置した。

 全ての事を一括管理するコードAは、他にも処理すべき事柄が多数あるため、場所ごとに違う政策を本体で一々行っている余裕はない。

 なので、各所から上がって来た都市の諸情報をある程度それが整理して送り、それを元に、ある程度の自己判断を行える疑似的な意思をもつ端末に、実際の命令を出させる、と言う形で都市を管理していた。

 今の会えない世界に不満を持った御枝は、現状を変えるため、その女神機関を破壊しようとしている。そうすれば、女神機関と言う司令塔を失った監視役のロボット群も、何もかもが停止し、人が自由を手に入れることが可能になるからだ。

「……不意打ちをしたかったところなんだけどな。そううまくいってくれないか」

 御枝のために作戦を、不慣れながらも練っていたアソシアードは残念そうに言う。

「……不明の点あり。されど問題なし。対象は目の前にいる。故、排除する!」

 女神機関が姿勢を低くし、アソシアードたちの方へ接近してこようとする。

 その時だった。

「………会う。会うの、だから…………邪魔するナァ!」

 御枝が叫ぶ。その瞳は狂気だけの状態。その声はただ相手に対抗して張り上げただけのものでは無い。そこには、彼女の思いが詰まっていた。

「御枝、落ち着け!危ないぞ!」

「そんな暇。与えない」

 女神機関がそう呟いた直後、御枝の背中が裂けた。

 そこから幾つもの、手の甲に目玉のようなものがついた腕が現れ、女神機関に襲い掛かった。

「何?」

 直後、勢いよく吹き飛ばされた女神機関は部屋の壁にめり込み、そのまま壁を何枚も貫通していく。それとほぼ同時に壁が崩れ、瓦礫と煙でその姿は見えなくなった。

「………さて。このまま、とどめでもどうかな?速くしないと相手が態勢立て直すよ」

 宇沙はまた微笑を浮かべながら、御枝を煽った。

「おい、宇沙!焚きつけるな!」

「……そうする」

 威容に声のトーンが低い御枝は背中の腕をまとめ上げ、二つの巨大な腕をつくる。

 その瞬間。

「排除する」

 現れた。それは女神機関。レーザ―ソードを両手に持ち、息を吸う暇なく迫りくる。

 抵抗など、無意味以前に不能。

 圧縮されたエネルギーの刃が、たまたま突き出されていた御枝の背中の右こぶしを貫き、その付け根を切断する。

 接触面が溶ける。肉は離れ、千切れ、燃え、溶ける。

 つい一瞬前まであったはずの腕は何の前触れもなく、無情にも消滅する。

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「御枝!」

 御枝は女神機関の衝突の勢いのまま飛ばされ、アソシアードはそれを受け止める。

その直後、女神機関が一瞬にして距離を詰める。

「………終りだ」

彼は傷ついていた御枝を見て、立ち尽くしていた。

「……御枝」

女神機関が迫る。

右足を軸にし、その躯体が勢いよく回り、強烈な速度で、空気を震わせる回し蹴りが、彼を破壊せんと迫る。

絶対の脅威。

逃げることは不可能。

耐えきれることも不可能。

だから彼は待つしかない、はずだった。

「……はぁぁぁぁ!!」

「御枝!?」

 アソシアードが驚く中、彼女は巨腕をほどき、個別に女神機関に当てる。

「……!無駄なことを」

 対処にかけられたのは一瞬だったが、それで十分だった。御枝がアソシアードを突き放すには。

「何を……!」

「トドメ」

 女神機関が平坦な声で発したその言葉とともに、剣が御枝に向かって振り下ろされる。

 先の一撃で苦しそうな表情をしながらも、御枝は女神機関を敵意のこもった目で見ながら新たな腕の集合体を造り、盾にする。

 が、直後、女神機関の回し蹴りが腕の集合体に直撃、それと同時に腕の集合体が生々しい音を立てながら、妙にあっさりと千切れる。

 そして、渾身の回し蹴りを放ったことで、その勢いゆえ、女神機関は、次の行動を起こすまでにどうしても隙を生じさせてしまった。

 そのときだ。

「ます、たぁ……」

 御枝が痛みに耐えながらマスターを呼ぶ。

「ガァァァァァ!!」

 彼は即座に応えた。突如体を大きくした彼に体を掴まれ、女神機関は完全に動きを封じられる。

「アソ…しアーど……、お、願い…」

「……分かった」

御枝の眼前で拘束された女神機関と彼女の表情を見たアソシアードは、彼女の言わんとしていることを理解し、即座にその右手を、女神機関の側頭部に当てた。

「震えろ」

 一瞬の時間もなく、激しい衝撃が女神機関の頭部を襲った。

「バ………」

 瞬間、彼の手との接触部分が内側から暴発し、マスターに突き放された女神機関はふらふらとしながら、壁を背に崩れ落ちた。

 アソシアードの右手の手のひらには、瞬間的な振動で接触した構造体を分解する、錠前やぶりとしての装置が付いている。本当にそれとしての機能しかないが、何分発生する振動が強く過ぎるため、このように使えば十分凶器足りえるわけだ。

 だが、それは今、彼にとってはどうでもいい事だった。

「御枝!なんて危険なことを……!」

 アソシアードは叫ぶ。

 確かに、彼女は一歩間違えば、心臓を貫かれるか体を両断されて死んでいただろう。

 あまりにも、危険すぎる賭けに違いはなかった。

「死んだらどうするんだ!前も言ったろ!危険なことは……するなって」

「………でも、会えるようになるには……仕方ないよ……」

 御枝はやや粗く息をしながら、呼吸を整えつつ、視線を俯ける。

「……っ。お前っどうしてそんなにそれに……」

 アソシアードは、懲りない御枝をさらに攻めようとする。だが、それを宇沙が遮った。

「なんにせよ、全てが丸く収まってるんだから、良かったね」

 宇沙はその様子を、とてもうれしそうに見ていた。

「よくはない……」

 アソシアードは不満そうにため息をつく。

 彼は既に、怒る機会を逃してしまっていた。

「……全く」

 それからしばらく、御枝の回復のために休みをとる一行。

十数分が経過した辺りで、アソシアードは御枝に話しかける。

「………御枝。大丈夫か?」

「……うん。治ったよ、背中。もう、元気だよ」

 彼女は頷き、勢い良く立ち上がる。

「…仕上げ、行くか?」

 アソシアードも立ち上がる。

「勿論だよ。完全に破壊するの」

 彼女は力強く頷く。

「…分かった。行こう」

 アソシアードが、座っていた御枝を引っ張り上げる。

 宇沙はその横を浮遊している。

 マスターがアソシアードの肩に乗る。

「さぁ、破壊しようか」

 一行は、都市の中心に向かって静かに歩いて行った。

 


 それから数時間後。世界の都市が、また一つ破壊されたのだった。徹底的に、完膚なきまでに。



▽―▽


宇沙は微笑を浮かべたまま、住宅街の屋根の上で、崩壊する都市の中心部を、遠目で見ていた。

アソシアードたちは既に女神機関の本体であるそこを破壊し、巨大化したマスターに乗って脱出していた。

「もう、ここもおしまいの運命ね」

 この世界の都市は、全て巨大な構造体の上にあるものであり、それはコードAの判断で、効率的にことを進めるため、一つの機械化のような構造体として構築されたものだ。

各地、各階層が密接にリンクし、精密機械のようなそこは、あらゆることが以前より効率的に行えた。

 そんな巨大構造体は、精密機械のようであるからこそ、こまめな整備が必要だ。それの命令を出すのも女神機関の役割の一つ。

なので、女神機関が破壊されると、都市にとっては異常に対処できないという、非常にまずい状態となる。

ちなみに、各所の細かく、膨大に過ぎる情報を元に整備をするのだが、それは女神機関のスペックでは処理するのが不可能である。よって、コードAがそれを行っていたのだ。

……しかし、コードAがデータ提示をとめていた(・・・・・・・・・・・・・・・・)ために、新しい整備の指示もほとんど出せていなかったので、悪い状況のまま、代わっていなかった。

「……さて。また冒険に行くかな。九州までのお楽しみ旅」

 彼女はそう言いながら下に降りる。

とその時、轟音と共に目の前の家の壁を突き破り、くたびれた様子の男が転がり出てきた。

「………へぇ。まだ残ってたんだね。ここはもう、誰もいないと思ったんだけど」

 宇沙は彼を静かに見つめる。

 転がって来た男は、のっそりと起き上がる。

「や、やった…これで僕も自由の身だ……誰でもいい誰でも……」

 壁からは、世話役のロボットの残骸があるのが見えた。焼け焦げているところから、男はこれを爆発させ、壁を壊して出てきたのだろう。

「今の内だ。監視はいないし……どこにだって僕は……いけ…」

 彼はそう言いながらあたりを見渡し、そして。

「……あ」

 すぐ近くの宇沙を見つけた。

 それと同時に、男の目から涙があふれ始めた。

「………会えた。十二年ぶりに、誰かに……やった、やったぞ…」

 男はそう言いながら宇沙の方に、無意識で近付いていく。

 彼女はそれを、微笑を浮かべて左腕の袖で口元を隠しながら、それを見ていた。

「……僕はなんて。なんて」

「…………」

「………最高だぁ……」

 その直後、男は怪物になった(・・・・・・・・)。

「………やっぱり、ダメだね」

 男が何かするまでもなく、その体は一瞬にして盛り上がり、狼男のような巨躯を形成した。だが、直ぐに体は、氷が解ける工程を圧縮したかのように、一瞬にして溶けて消えた。

 後には、ほとんど何も残ってはいない。精々、服の断片と、一時的に増大した男の質量によってひびが入った地面のみだ。

「やっぱり、御枝ちゃんみたいのじゃなきゃ、ダメだね。アフレダになっても、それで消えちゃうんじゃぁね……進化には。入れるには、ねぇ」

 宇沙は気にせずに地面に沈み、その場を後にした。

 分かっていたことだから。

 人は感情が激しく動いた時、アフレダと言う化け物になって、大抵は消えてしまう事を。


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