第3話 鬼


「私が開けたの」


 と、私は言った。


「私が殴って開けたの。金槌とか包丁とかで。窓も何回も割れてるし本棚も机も全部壊れてる。ゲームもスマホも全部壊しまくってる。下に降りたらもっとすごいよ。電化製品も柱も車もお風呂も玄関も台所も全部滅茶苦茶。私が金属バットで暴れまくったから」


 私は鼻に皺を寄せて水川を睨んだ。

 真実を教えてやろうと思った。

 私の鬼のことを教えてやろうと思っていた。

 この脳天気な男に。

 何一つ悩まずに生きてきただろう猿に。

 人間の本当の苦しみを。

 病に犯された脳みそのどうしようも無さを。

 狂った精神の救いの無さを

 不出来な人間の絶望を。

 説教師となって叩き込んでやろうと思った。


「へー」


 それなのに。

 水川はこともなげにそう言った。


「……ヘーってなによ。信じてないわけ」

「え? いや、信じてるよ。つか、嘘なの?」

「嘘じゃない。私、今は普通にしてるけど、スイッチが入ったら、どうにもならないから」

「へー」

「親とか殴ってるから。殴りまくってるから」

「へー」

「弟を刺したことあるから」

「へー」

「嘘じゃないから」

「嘘だなんて思ってねーって」


 水川はまるで興味のない様子で応えた。

 私はそれが少し癪だった。


「どう? ヤる気、失せたでしょ」

「んーん」


 水川は首を振った。

 それからやはり、ニカっと笑う。


「そんなんどうでもいいよ。水川がどんな性格とか、そんなんどうでも」

「そんなことないでしょ。私はイカれてんのよ。私は人間の容(かたち)をしているけれど、中はバケモノなの」

「イカれてても良いよ。中身がバケモノでも良いし。つか、何度も言ってんじゃん。俺はセックスしたいだけだし」

「つまり、身体だけあれば良いってこと?」

「うん」

「私の中身はどうでもよくて、性格も病気も過去も未来も、全部どうでもいいわけ?」

「うん」


 水川は躊躇いなく頷いた。


「全部どうでもいい! 死ぬほどどうでもいい!」


 叫ぶようにそういって親指を立てた。

 馬鹿だ。

 分かっていたけど、もっと分かった。

 話せば話すほど分かった。

 この男は馬鹿だ。

 死ぬほど馬鹿なんだ。


 だけど――


 私は少し俯いた。

 すると、両眼から涙が落ちた。

 私は泣いていた。

 何故だかわからないけど。

 泣いていた。

 けれどそれは多分きっと。

 嬉しかったから。


 多分、嬉しかったから。


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