第7話

 ……


「なるほど、やっぱいいとこの出だったんだな。で、両親が死んでそこを叔母に乗っ取られて追い出される形で逃げて河原へ。そこに今の奴らが来てお嬢様、あの子を連れて帰ったと。ったくシンデレラもびっくりだぜなぁ。んで、奴らの目的。なんだと思う?」喜一きいちはハンナアカムに話を振る。


「追い出したのを無理やり連れ戻したのだろ?おそらくだが、よくある政略結婚の道具だろうな。金の利益が出るようなことでなければ動かんさ。もしくは銘柄指定の人身売買。後者の場合助けるならば早い方がいいだろうな。即座に売り飛ばされてもおかしくはない。」


「人身売買、まぁあってもおかしくない社会の感じだとは思うがそこまでか。」喜一は顔をゆがめはがゆむ。

「政略結婚に間違いない。以前から言い寄っていた男がいた。旦那様はお嬢様が幼いことを理由に頑なに拒んでらっしゃった。」ラティーナは絞り出すように言った。

「なるほどね。まー、見た目通りにいろいろ相応に腐ってんな。この世界。さて、どうしたものか。」

「まぁ、私たちにとってはどうでもいいことだ。さ、行くぞ。」ハンナアカムは関わり合いになりたくないとばかりに話を切って終わらせようとする

「ああ、行こう。助けに。」喜一は即断する。

「はぁ?」ハンナアカムはこの世界に来た時と同じようなあんぐり口を開ける

「いや、だからあの子を助けにだよ。あっそ。大変ねぇ。それじゃーねーでこのままどっか行ったら俺は気にしすぎて生きていけん。だから助ける。」

「お前はそうやって面倒ごとを。!?」ハンナアカムは喜一の度重なる独断専行についに声を荒げた。

「なんだ!?俺はあの子をどうにかするまでここから動かんぞ!」真っ向から受けて立つ喜一。剣呑な空気が河原に流れ始める。

「ハンナ、キャルが誘拐されたらどうする。」キャルがハンナの袖を引きながら尋ねる。

「キャルお前も何を言って。」

「ラティーナにとってのナオはハンナにとってのキャル。キャルにとってのハンナ。一緒じゃなきゃダメでしょ。嫌でしょ。ね。」そう言ったキャルは泣き出してしまう。

「あーもうわかった!好きにしろ!!」さすがのハンナアカムも泣く子には勝てなかった。



「言われなくてもしてる。なぁラティーナさん。その叔母についていくつか教えてくれ。」


「お嬢様、ナオ・カルアック様の叔母、レドンナ・カルアックは旦那様ご夫婦が不慮の事故で身罷られるとすぐに家長を名乗り実権を握りお嬢様を追放しカルアックの力をほしいままに振るっている。私は傷つき倒れていたのを旦那様に拾われお嬢様の御守りを仰せつかっていた。だからずっと彼女と。」


「なるほど、それであんただけがあの子についているのか。で、そのレドンナについては?家族は?」喜一は混乱した長い会話にならぬよう必要な部分だけを尋ね、彼女から引き出そうとする。

「家族は居ない。一度結婚していたらしいが今は独り身だ。」

「じゃぁ、趣味や嗜好は?」


「趣味というか好んでいるのは服や装飾品、金銀宝石に眼がない人だ。細やかな刺繍を入れさせたきらびやかな服を仕立て屋にいくつも作らせては日に何度も着替えているほどに服と着飾ることを好んで楽しんでいる。」よほどにレドンナなる女が気に入らないのだろう。話がすすむにつれラティーナの表情は厳しいものになった。


「作らせてた、か。仕立て屋かなんかに頼んでるんだろうけどそれってどこかわかるかな。」

「懇意にしている仕立て屋が一つある。趣味に合うのか、ネレンマークという仕立て屋をよく呼び寄せていたよ。」


「ふう。私も手伝おう。じゃないとまたキャルが泣く。」キャルをあやしていたハンナアカムが話に加わってくる。

「助かる。ありがとな。けども、レドンナの相手は俺一人で行く。」

「それでいいならそうするが、大丈夫か?勝算はあるのか?」

「見つけるもんなんだよ。勝算ってぇのは。ミュー。またでわりぃが今度はラティーナさんが言ってた仕立て屋に案内してくれ。」

「ラティーナさんが案内してもいいんじゃないの?」ミューは彼女が気になったことを訪ねてくる。


「いや、彼女は店に面が割れてるかもしれねぇから、俺らが一緒にいると警戒されかねねぇ。だからやめといた方がいい。ってことでラティーナさんはここにいてください。俺らで必ず連れ戻しますから。」喜一はラティーナの手をギュッと握るとそう宣言した。




 ラティーナから聞いた仕立て屋は街の中心の大通りから路地一本入った場所に小さくあった。なるほど、いい生地を使っているのだろう。その店には彼の居た日本でも結構な値段がしそうな拵えのよいしっかりとした服がいくつも品よく並んでいる。


「いらっしゃいませ。旅の御方とお見受けいたしますが、変わったお召し物をなさってらっしゃいますね。」眼鏡をかけた店主の青年は笑みをもって声をかけてくる。

「ああ、まさにだ。今まで使ってた外套やらなんやらが使い物にならなくなっちまってなぁ。それで一式見繕いたいんだが。」喜一はそれらしく会話を続けた。

「これからの時期は寒くなる。高くはなるが外套はしっかりしたものを選んだ方がいいよ。」喜一の話し方から、フランクな方がいいと判断したのか店主の口ぶりは気さくになった

「あぁ、そこらの見立てもあんたに頼みたい。ここがここらで一番いい店だって聞いたもんでな。予算は8万から10万デナンあたりで頼む。」

「8万。それだけあれば万年白髪のデュナック山の頂でも快適なものが用意できるよ。少し待っててくれ。」店主は裏へ声をかけ出てきた子供にいくつか言伝をする。


「あとそうだ、ここらで羽振りがいい人って誰か知らないかい?次の旅の支度と仕入れを整えたらどうにも路銀が尽きそうでなぁ手持ちのモノを金に換えたいんだが。」喜一きいちはあえて店主を見据えず手近にあったきらびやかなドレスに手を添え品定めするように眺めたままで、いわば世間話のような体で軽く言った。


「ふぅん。旅をしているとは言っていたけども商人かなにかなのかい?君は。それで、どんなものを扱ってるんだい?」

「ナニとは決めずにいろいろだが、今手元にあるのはこんな宝石や後は服飾品や髪飾り、それと嗜好品そのあたりだな。」喜一はレドンナ狙い撃ちの商品ラインナップと領主から受け取った代金の宝石をポケットから出して店主の返答を誘導する。


「あぁ、それならカルアック家に行くといい。最近不幸があって家長が変わったんだがあそこの新しい家長になったレドンナ様はそういうのに目がないし眼も利く。君の商品にいい香りがするものはないかい?もしあるなら彼女は間違いなくそれを何よりもほしがるはずさ。」


「香りのするもの?」一つのキーワードが喜一の胸に止まる。

「あの方はいつもいい匂いをしている。なんでも海の向こうにいい香りのするものがたいそうあるらしくてね。それを好んで集めては日々の男漁りに使っているらしいよ。」


「なるほど。海の向こうからの物を好むとは何とも羽振りがよさそうな人だ。いいこと聞いた。ありがとよ。ああ、あと追加でだが男用のローブを一つと外套を5つ。女用の冬衣を十着。あぁ、あと子供用も同じく十、それとリュックをいくつかいいのを頼む。」


「やけに買い込むね。」稀に見る大口購入に店主は目を丸くする。


「商人だって言ったろ?あんたの売ってるものを見てると次の場所で売れそうだと思ったからだよ。細かいところまできっちり真っ正直に縫ってある。長く使えそうだ。こういう確かな物はどこにもっていっても売れるもんだよ。なぁに仕入れだよ仕入れ。それとまぁ、あれだ。件のレドンナ様への御目通りをあんたに頼めりゃいいなぁって思ってな。」


「…倉庫の中に年代物のコートがあるんだが二十着ほどまとめて五十万デナンでどうだい?」

「…なるほど、年代物、年代物か。いいね。響きがいい。もちろんそれももらおうか。」長々と売れずに蔵の肥やしでしかなかったろう商品を年代物と言い換え売りつけてくる店主の言葉選びに喜一は笑んだ。


「ちょっと待っててくれ。品物をまとめたら手代にカルアック家へ案内させよう。」

「馬車は表通りにあるんだがこっちまで回してこようか?。」喜一は店の入り口を親指でクッと指す。

「いや、いいよ。むしろ表通りで積むほうがうちの宣伝になる。」と手堅いことをいう店主にそうかい。と返しひとしきり商談を終え外に出た喜一は馬車へ戻り待つハンナアカムへそれを言伝る。



「じゃぁ荷物の方頼む、そのあと、他に必要な旅支度もな。そっちは俺にはなんも見当がつかん。俺はナオを取り返してくるから。取り返したらババアが冷静になる前にとっととこの街からずらかる。そのための算段たのんだ。頼りにしてんぜ。ハンナアカム。」そういって喜一は御者台をコンと叩いた。

「いいか、あまり無茶はするなよ。お前に何かあっては……その、なんだ、うん。そうだ、そう、困る。」ハンナアカムはそれとなく喜一心配して声をかけた。

「おぅ、ありがとな。じゃぁ行ってくる。」喜一きいちはハンナアカムの優しさに短く返すとリュックを一つ漁って店へと戻っていった。


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