第6話

 博物館のキュレーターは喜一きいちが見せた1円玉を鑑定しその芸術、美術、技術的価値の鷹さに驚嘆すると即座に彼らを館長の下へ。館長は彼らを領主の下へと案内すると即決し事はスムーズに進み領主へ謁見と相成り博物館から領主の館へと移動することとなった。


「とんとん拍子で話がすすんでちょっと怖いな。」博物館もなかなかに煌びやかだったが、それよりもはるかに豪奢な館の中を歩きながら喜一は薄く笑いながらハンナアカムにそう話しかける

「私は物おじもなく物事を進めてくお前が怖いよ。」

「お前らにこっちに連れてこられて、もう何もなくなったんだ。だったら後は手に入れるだけだろ? なら何を怖がる必要があるんだよ。ま、物怖じってか多少の怖さってのははあるけどもな。さすがにそこまで鈍感じゃねぇよ。俺も。」ハハっと一つ笑い返して喜一は話を切った。なぜなら目の前に大きな扉が見えてきたからだ。いよいよ領主に謁見と相成った。


「何やら珍しきモノを持ってきたとか言うのはその方らか。」広い、広い謁見の間で高い場所にある座に座るはいかにも領主と行ったひげを蓄えた壮年の男だった

「はい。さようにございます。」

「して、これはなんぞ? 」

「この銀のものはアルミニウムなるたぐいまれなく軽きものを途方もない力をかけ加工し装飾を施した真円盤。そしてもう一つは両面細密絵画にございます。」喜一は映画や漫画で見た話しぶりをまねた。

「ふむ、してこれを売りたいと申すのだな?」

「さようにございます。(さぁ、いくら提示してくる?)」喜一は領主へ深々と頭を下げる。

「では、それぞれを100万デナンで買おう。」領主がポンと提示した金額を聞いたハンナアカムは驚きピクリと身を動かす。

「(100万か。まぁ下からくるわな。)よもや買いたたきにかかられるとは。わたくしも商人。損はしとうなければこの取引はなかったことにいたしとうございます。」喜一は毅然と領主に対して取引は終わりと返す。この返答にハンナはまたも驚く。

「なんと!?100万ぞ。それでも足らぬというのか。100万ぞ!?。」見た物に対して出す額として買いたたくつもりなど領主には全くなかったのだろう。彼は喜一きいちの拒絶に激しく動揺する。

「はい。全くと言って足りませぬな。ご覧になられたようにこれは全くこの世に二つとないほどの造形美を持っております。それを100万とはこれまたとてもとても。」喜一は身ぶれ手ぶりを大きく取り最後に頭を大きく振った。その喜一の振る舞い、言動に領主の顔は渋くなっていく。喜一はラティーナから聞いた情報をここで使うことにした。


「そういえば、博物館にまいる道中でこの街の東にはアブリッタなる旧都があると聞き及びましたが。それは確かでしょうか?」ふと思い出した様にして顔を上げ領主を見据えて喜一は言う。


「ああ、確かにある。」よっぽど両都市の関係は悪いのか、渋くなっていた領主の顔が厳しく険しいものになる。

「さようですか。その街はたいそう栄えており領主も羽振りが良いと市井にて評されアブリッタ領主であればこれほど珍奇なモノ、館一つ分払ってでも買うだろうとその尋ねた者がそう申しておりました。」その喜一の一言に領主の眉が一つ上がる。


「ならばそれにも勝る華々しき発展を遂げているとその者が言う素晴らしきこの街を治めていらっしゃる領主様も悪くても同等で買っていただけるだろうと思い貴方様に商談を持ちかけたのですが――、ですが館どころか家すらも買えぬような値を言われるとはおもいませなんだ。そのような値付けではとてもとてもお譲りすることなど…ゆえに今回領主様との商談は縁なきことと諦めまする。ではこの場はこれにて。」喜一は深々と頭を下げて商談の場を後にしようとする。


「よもやアブリッタへ行くと申すか?貴様。」領主は渋い低い、怒りのにじむ声で脅すかのように喜一に問うてきた。喜一としても、その領主の気色に圧されるわけにはいかない。

「はい。良い品はより高う売ることこそ商人の誇りでございましょう。」きっぱりとした喜一の信条を聞いて彼らを連れて来た館長が領主にアドバイスを耳うつ。

「アブリッタのあやつならわたくしたちが買えなかったと聞けば何が何でも買うでしょう。それこそ、この珍妙な風体をした胡散臭い業突く張りの商人の言うがままの額ででもポンとあっさりと出す事でしょう。彼奴はイェーラウスとあなたの顔に泥を塗るためならいくらでも身を切ることもいとわない。それはあなたも良く分かってらっしゃるでしょう?」


 何をささやいているのか聞こえはしないがおそらくは思う通りに事が進んでいるであろうことに、喜一はほくそ笑むのをこらえるのに精いっぱいだった。。

「な、ならば二つで2000万出そうではないか。」破格に跳ね上がった額にハンナアカムは驚きの表情を隠せなかった

「…。」しかし喜一は領主の提案にあえて何も言わない。沈黙が謁見の間の隅々にまでじわりじわりと広がっていく。

「わかった!余の負けじゃ円盤に3000万!絵画に3500!いや!4000だそう!いかがか?。」終始言葉が強気であった領主の言葉尻の変わりようにここらが潮目であろうと喜一きいちは判断した。

「流石領主様、その値段であればわたくしも喜んでお譲りいたしましょう。そして多大なるご配慮にお応えするためにこちらをお送りいたしたく存じます。」そういって彼は5円玉を差し出す。

「黄色いのぅこれも私はみたことがないがなんというものか?。黄金にしては輝きが弱いし何より軽い。そして先ほどの銀色の円盤同様ここまで細かい装飾はみたことがないのぅ。」

「真鍮という物を用いた物でございます。私の郷里にてこれは良縁を願うお守りとして使われておりますればぜひお納めいただきとうございます。」



 その物を見て博物館館長がまたもや耳うつ。

「この商人、これほどの物を商いしておるのならば、アブリッタに取られる前に厚遇しておけば街のためにもあなたのためにもなるやもしれませぬぞ。」

「…なるほど、確かにの。」領主はその助言に一つうなずきすぐに動く。

「これほど他に無い珍しいものをいくつも融通してくれたのだ。代金以外にほしいものはないか?出せる物であれば譲ってやろう。」

「では、旅を続けるための馬車とこの地域の地図をいただきとうございます。」

「馬車それに地図か。」

「はい、運悪く失ってしまいこれから先も旅を続けるために馬車と地図がどうしても必要なのです。続けることができればまた珍奇な品を領主様にお届けすることもできましょう。ゆえになにとぞお願い申し上げまする。」喜一は掌を組んで深々と頭を下げて領主に懇願した。

 領主は髭をすきながら思案する。

 馬車は出してもいいとして地図は領主としてはおいそれと譲れるものではない。

 が、喜一が彼に売りつけた一円玉と千円札のような美術、芸術的価値が見えるものは領主の中でそれらを出してでも欲しいものになってしまっていた。少しの間をあけて、領主は決断を下す様に膝を一つパンと叩く。


「……あいわかった!それらも支度させよう。旅をするのであれば代金には宝石など他所で換金しやすい物も交えて準備させるとしよう。その方がよかろうて。」

 この商談、彼は最高の利益を得て領主の館を後にし博物館への帰路についた。




「おう、ミュー待たせたな。」博物館から少し離れた空き地に一人座り込んでいたミューはちびりちびりとミルクティーを飲んでいた。

「いや、全然。これ、おいしいから。それにしても、ホントに手に入れたんだ。馬車。」ミューは有言実行とばかりに馬車を手に入れて来た喜一に驚く。

「おー、うまくいきすぎて怖えぇ位だよ。全く。」胸を張って喜一は自らの成果を誇って見せた。

「じゃ、とりあえず河原に戻るか。まだいろいろ準備いるだろうし。」ミューを馬車に招き入れ一行は河原へと向かう。


「そうだ。お前、アレはあの値段でよかったのか? 領主が最初に提示した額やそのあとの提示にも渋ってたところを見ると貴重なものなのだろう。さらに黄色い何かまでつけていたが。」道行の途中河原に掛かる橋まであと少しといったところで、御者台にキャルと一緒にいるハンナアカムが荷台にいる喜一に声をかけた。彼女は、先ほどの商いでの喜一の商談について彼が旅のためにと貴重品をあえて安売りしたのではないかと疑っていた。


「ん?ああ、1円玉とかのことか?あれで十分、十二分だよ。それどころかできすぎだ。」

「本当にそうなのか?」心配からハンナアカムは再度短く問うてくる。彼女に向かって喜一はにんまりと笑い返した。


「おお。アレな、俺の世界だとアレが20枚くらいで卵1個買えるくらいの通貨価値だからな。ラティーナさんから聞いた価値で換算するとあれ一枚4デナンくらいが通貨としての大体の価値だろうな。絵画の方は4000デナン。後から渡した黄色い奴は二十デナン!」


「お、おまえ!それを合わせて7000万で売ったのか!?で、しかもこれとあれまでつけさせて!。」あまりのめちゃくちゃなぼったくりっぷりにハンナアカムは声を荒げ値段を聞いたミューはぷゥ!っ紅茶を吹き出し、おまけに馬は嘶いた。

「きッたねぇなぁ!」

「お、おまえ!そんなものをお前あんな値段で、しかもこれとあれを。詐欺だ!まぎれもない詐欺だぞ!この外道!!」知らぬとはいえ連れがやったあまりものな行為にハンナアカムの口と頭は混乱していた。


「落ち着けって。あっちがあれだけの値段で買うって向こうが言ったから売っただけだよ。んま、あれを通貨だって言って出さなかったのは意図的だけどな。通貨って言って出してたら両替しようとされただろう? そうなると間違いなく損だからな。なぁミューもそう思――ってどうしたんだよ怖い顔して。」

「なんか、臭う。燃えてる臭いがする。」そのミューの一言にハンナアカムは耳をそばだてる

「橋のたもとが騒がしい。」そう言って彼女は馬の足を速めた。




 喜一きいちらが戻った河原は一時の間に一変していた。ラティーナ達がいたバラックからは火があがり、竈は崩れ。その惨憺たる中ラティーナが一人勇猛に剣をふるっていた。

「おい!何やってんだおめぇら!」喜一は怒りに任せ一喝する。

 馬車を見とがめそこから勢いよく飛び出したハンナアカムとミューを見た狼藉者はラティーナから距離をとる。


「キャル!お前はキーチと一緒に馬車にいろ!」

 ハンナアカムはキャルと喜一を馬車に留め置くとラティーナの傍に立ち加勢をする。

 すらりと抜いた剣の切っ先を狼藉者、その中でも上役と見定めた男に向けると一足で飛び、鋭く切りつける。

 男は突然の敵にひるんだがその一撃を受けて流す。

「それなりに心得の在る動きだな。貴様。」男が見せたよどみのない受けの動き。そこにハンナアカムは体系のある修練の経験を見て取った。男は答えはせねど構えを取り直しハンナアカムに相対す。緊張の糸が高まりをみせる。


「女の子!いないよ!」命の取り合いが始まるかに見えたその緊張を切り裂いたのはバラックの確認をしていたミューの大声だった

 予期せぬハンナアカムの加勢。それにも臆しなかった狼藉者どもがミューの顔を見たとたんに一目散に逃げ去っていく。よほど有名で恐ろしいものらしい。悪魔の祝福者というものは。


「おい!大丈夫かラティーナさん!!怪我は!?」ことが終わりキャルと共に河原に降りて来た喜一はラティーナに駆けよる。彼は息荒く膝をついているラティーナが心配だった。

「たいしたことない。多少打った程度だ。それよりもお嬢様が!」

「お嬢様?あの一緒にいた小さい子か。どうしたんだよいったい。」

「連れ去られた!家に!」

「家って?家出でもしてたのかよ!?」

「逃げていたんだ!家族の居ない家から!でも、あの女が!」

「落ち着いて話してくれ。な!わかんなけりゃ何もできないから!」喜一は混乱しているラティーナの肩を強くゆすった後に彼女の目を真正面から見据えてそう言った。


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