第5話

 喜一きいち達は商品を見繕うとミューの案内でラティーナ達が残る河原から土手を上がり彼女らのバラックの上にある橋に沿って町中を目指す。家が並びまた時折店も並ぶ平和な街の営みと活気が道にあふれていた。それに中てられたのかキャルは声を出しながら街路をパタパタと走り回る。



「こら、キャル。馬車も通ってて危ないからこっちに来なさい。」慣れているのだろうハンナアカムはキャルに近づくとスッと彼女の手を取って歩みを彼女に合わせた。

「結構人がいるんだな。もっと静かだと思ってたが。ここらが中心街になるのかね?」喜一は街並みを見た感想を素直に口にする。

「ここらへんはまだ外側。もう少し街の中に行くとまだ人がいるよ。そして一番中心に行くとぐんと減る。」ミューが途中道を折れたかと思うと街並みが一変する。肌をあらわにした様々な年齢の女性が、男が。上から、横から、路上から、喜一らを値踏みをするような視線と煽情的な声を投げてくる。

「おい、こんなところ危ないだろ。ここ、いわゆる色街だろ?やばいだろ。キャルもいるんだぞ。」明らかに治安と素行が下がった住人がたむろする街並みに喜一は恐怖を隠せない。

「大丈夫。だれも私に手は出さないから。絶対に。悪魔に祝福されたくないって。私といれば大丈夫。それにここを抜けたほうが博物館が近いの。」ミューは先ほどまでかぶっていたフードを取り、堂々と顔を見せ風を切って道の真ん中を歩きはじめる。ミューの言葉を裏付ける様に彼女の顔を見た色街の住人はあからさまに顔色を変えると、彼女に道を開けそそくさと建物の中へと引っ込み海が割れる様に街路から人気が消えていく。

「おーすげぇな。さっきハンナアカムも言ってたけど悪魔の祝福者それってなんなんだ?こんなことになるだなんて。」喜一の問いにミューが答える。


「やっぱり知らないんだ。彼女が言ってるように私は悪魔の祝福者。この世界ではそう呼ばれてる存在なの。悪魔の祝福者はどっちでもない存在。私は男でもないし女でもない女でもあるし男でもある。そんな変な存在なの。だから、こういう色街の人は特に嫌っちゃう。」


「あぁ、半陰陽とかいうやつか。まぁ、なぜそうかわからなかったり理解できないものに対して悪魔の所業として名前を付けて排斥する。ってのはあることだろうが。なんだ、単にそれだけか。何というか、もっとものすごいファンタジックな呪いでもあるのかとか考えたわ。俺。」喜一は元の世界の知識とミューの言葉を対照させて理解をした。

「それだけって?」そんなあっさりと済まされたことがないミューは驚いた。

「あぁ、それだけだろ。みんなとちょっと違うってだけでさ。知ってしまえばなんちゃねぇわな。」ミューは喜一の顔をじっと見たが彼の表情と言葉にはおべっかも裏表もそういうものは何も無いように彼女は感じた。



「けど、ハンナアカムも他のみんなも見てすぐわかるってことは何か外見に特徴的な事でもあるのか?」ハンナアカムがミューをパッと見ただけで彼女が悪魔の祝福者だと見抜けたことが喜一は気になった。

「悪魔の祝福者の髪は必ず地獄の炎のように揺らめく赤色をしている。それですぐにわかる。」ハンナアカムが答えを返す。喜一は前を歩くミューのうなじに揺れる紅い髪をまじまじと見る。

「あぁ、確かに。ミューの髪はホント綺麗な紅色の髪だよな。これが地獄に見えるのか。俺には夕焼けか朝焼けみたいに見えるがね。」喜一はふとさっき見たばかりの見納めになった日本の夕焼けをミューに重ねる。

「やっぱりあなたの頭は変わってる。それも大分。しかも私以上に、いや、誰よりもかも。」ミューはクスリと一つ笑う。

「ちょ!そりゃひでぇ…くもないか。よくよく考えりゃ地球人ってだけでこっちの世界で多分少数でその内日本人てなると下手すりゃ俺一人かもしれねぇ。そうなるってぇと確かに俺はなにもかもここの世界で一番変わってなきゃおかしな話だ。ミュー、お前よく気づいたな。」喜一はミューにニッコっと笑いかけた。

「ニホンジンがこの世界でお前一人であっては私たちが困るのだがな。」ハンナアカムは揚げ足を取ってくる。

「あ、そっか。通訳のために呼んだんだもんな。お前ら俺を。ん?あ。ああ、そうか。よかったな。ハンナアカム。」何かに気づいたのか喜一がいきなり言い放つ。

「なにがよかったんだ?」そのいきなりの発言にハンナアカムは怪訝な顔をする。

「ここはちゃんとお前がいた世界なわけだ。だろ?」喜一きいちはそうなるなとばかりに言う

「どういう意味だそれは。」


「その悪魔の祝福者って概念がハンナアカムとラティーナさん。そんで、ミューで一致してるんならここはお前らのいた世界である可能性が高いってことになるだろ?いやぁよかったな。位置がずれてただけで。世界そのものがずれてたらやばかったんじゃねぇか?」どうよと自信ありありの様子で喜一が説明する。


「ここがちゃんと元の世界かどうかは私も真っ先に疑ったよ。怖かったからな。街へ行ったのもそれを確かめると言うのもあった。言葉はだいぶ違ったが翻訳の魔法で何とかなったからおそらく元居た同じ世界だと私は結論付けたよ。そうでなければあの女、ラティーナと言ったか。アイツに場所など尋ねぬさ。」まずそれをするのは当たり前だろ。とハンナアカムはぴしゃりと言った。


「ありゃ。俺が初めて気づいたと思ったのに。」喜一の自信に満ちたどや顔の行き先はなくなった。

「そうでなければ彼女を悪魔の祝福者と呼ばんよ。別の世界であったらそれは失礼になるだろう。」

「それもそっか。案外考えて物を言ってるのな。」ハンナアカムが案外と気を使えることに喜一は驚く。

「当たり前だろ。そうでなければ通訳を招くなどと言う大役を任されたキャルの護衛に選ばれなどせんわ。」

「あのパワープレイなつれてき方は大役任されてるやつらがやる事かよ。」

 色街を抜けてまた大路へと出てほどなくするとミューが足を止める。



「ここがそう。」そう言ってミューが指す建物は三階建てほどの高さがある石造りの重厚な建物だった。

「ここか?なるほどいかにも博物館だな。じゃ、行くか。」ミューの顔を見ながら喜一はそう彼女を誘う。

「私はダメ。ちょっと離れたところあのあたりにいるから。」誘われたミューは喜一から距離を取ろうとする。

「なんでだよ?一緒に来いよ。」

「さっき見たでしょ。悪魔の祝福者は皆に忌み嫌われてるの。君の商売の邪魔になりたくないから。」ミューはそういうとすでにかぶっていたフードをさらに目深にかぶり直して離れていこうとする。

「そっか残念だ。じゃぁコレ飲んで待っててくれ。」喜一はリュックからペットボトルのミルクティを取り出してミューにポンと投げ渡す。受け取ったミューはそれを不思議そうに眺める。

「茶色の中身が見えてる。透明な水筒? 飲み物って言ってたけどこれどうやって飲むの?」

「あー、そっか。わからんよな。上の白い突起をねじるんだよ。それが栓でそうすると開くから。」喜一はジェスチャーで開け方を示して見せた。

「あー。開けといた方がいっか。あけるときこぼすかもだし。」喜一は投げ渡したペットボトルを一度ひき取って開栓してミューにわたし直した。


「そうだ。ハンナアカム。馬車の運転ってできるか?」

「あぁ、できるぞ。だがなぜ聞く。」

「いや、目的地まで大分距離が離れてそうなんだろ?長距離移動するならそっちの方がいいかなぁと思ってな。」

「お前まさか馬車を買えるほど稼ぐつもりなのか?。」ハンナアカムは喜一きいちの思惑に驚愕する。

「あぁ、最低でも馬車。要るだろ?絶対。そんで出来れば地図。最高なのは十二分な路銀までこのあたりが目標だな。でも、地図まではつらいかもな。あれは軍事的な情報も含むものだからなぁ。」喜一は指を折りながら欲しいものを確認して言った。それを聞いたハンナアカムは深いため息を長々一つはいて答えた。

「馬車は私がいたところでも5万ユームするんだぞ。お前。おいそれと手に入れれるものではないんだぞ。」

「ユーム?また新たな通貨単位だな。まあ、どのくらいの価値かわからんがこの1円玉はその通貨単位でいくらあると思う? さ、行こうぜ。勝負、コールだ。」喜一は胸を張って堂々と博物館の門扉を叩いた。

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