第4話

「塩コショーにシナモンにカレー粉。さっきから使ってるフライパンと雪平鍋。箸。アルミホイル。ラップ。石鹸6箱。五冊組のノート、シャーペン2本、芯3ケース。消しゴム1個。塩1キロ。砂糖1キロ。醤油。いつも読んでる漫画雑誌。その他おやつか。他には」最後の最後リュックの底で褐色の瓶がコロリと回る。それはお菓子用の香料。


「バニラエッセンス。っか。」


「あー。ホットケーキに混ぜて使やよかったな。コレ。使ってたらあいつらの反応がまだぶち上げしてたんじゃねぇの?」リュックの底に巧妙に隠れていたバニラエッセンスの小瓶。それをつまみあげて喜一きいちは笑う。


「食い物、調味料はどれもこれも価値がありそうだけども、俺にも使い道ありそうだよなぁ。特に醤油とカレー粉。売るには惜しいな。ってことは、だから、こういうこっちでも使い物になるもんじゃなくて、こっちじゃ珍しいけど使い道がない物が売り買いに適すかな。と、なると…金か。」喜一は財布の中にある硬貨や紙幣が売り物になるのではと眼をつける。


「うん、ここじゃこれらにお金としての価値は無いもんな。日本なんてないし。多分。ま、一応確認してからがいいか。」彼がさってっと視線を戻した輪ではキャルとお嬢様の二人が皿を抱えてなめていた。

「そこまでか。そこまでするのか。ホットケーキに。」その姿を見た喜一は呆れを言葉にする。

 今までの話から、ここらの事ならハンナアカムではなく髪の短い女性の方がいいだろうと喜一は彼女に声をかける。

「満足しきってるところ悪いんですが色々聞きたいことがあるんですけど。えぇっと。」

「ラティーナだ。ラティーナ。で、何が聞きたいんだ?」腹が満たされたこともあるのだろうか。ラティーナの声は先ほどとは変わってふわりとした柔らかみを持っていた。


「そっか、じゃぁラティーナさん。えっとですね、卵ってここいらで一個いくらくらいのもんです?あとあるならパンとか?小麦とか?あと馬や家の値段とかもわかれば。」喜一はモノの価格、価値観をつかみたかった。そのためには物価の優等生と言われている卵がとりあえずいいだろうと判断して尋ねる。


「なんでそんなことを聴くんだ。」ハンナアカムが即座に口を挟む。その眼には猜疑が少し見て取れる。

「いや、そのなんたらのかんたらってのに行くのにこっからどう行けばいいかわからんってぇのならさ、路銀が必要になんだろ?さっきお前そんなことつぶやいてたし。幾ら入用かはわからんけどさ。」思惑を隠す意味などない喜一はすらすらと答えを返す

「ああ、どうにかして旅の路銀を工面せねばならん。どれほどかかるかわからんからそれなりに必要だろう。」喜一の答えにハンナアカムは少し顔をしかめる。

「それについてなんだが。これみたことあるか?」喜一は一円玉をハンナアカムに見せてみる。

「いや、ないな。一見すると貨幣のようだが。」彼女は一円玉の形状と意匠から素を類推してみる。

「持ってみろよ。」喜一はピンと弾いて渡す。

「いいのか? ああ!?、なんだこの軽さは。これは、見た目からして金属だよな?まるで手の中にないかのように軽いぞ」ハンナアカムは手に取ったそれは金属の見た目に反し羽のように軽くそれは彼女の度肝を抜いた。

「おう、驚くか。コレが俺のいた国での通貨の一つだ。あとこんなのもある。」千円札を取り出し今度はラティーナに見せてみる。

「これは、なんだ!?絵?にしては細かすぎる!もしや呪いで人の顔を剥ぎ取ったか!?」ラティーナは千円札の肖像画のあまりの細かさに驚いた。

「怖い事言いますね。絵です。絵。これは絵!肖像画です。」喜一は偉人を指さし言った。

「絵なのか!?しかし、この薄さは、これはなんだ?」絵という喜一の言葉にラティーナは目をぎょろりと剥いて驚く

「紙ですよ。もちろん」

「紙?!こんなに薄く丈夫な紙などしらんぞ。」彼女は紙の質にも重ねて驚いた。

「薄さにも驚くならこれはどうです?めずらしいですか?」喜一は財布に乱雑に突っ込んでいたレシートや優待券をラティーナに手渡す。

「初めて見る物ばかりだ。先ほどの物とは触り心地が違うな。」ラティーナはレシートのつるつるとしたその表面をなで、意匠をまじまじと見つめている。

「更にこう!」喜一はしゅっと爪でそのレシートを擦り感熱紙を黒くする。

「あ!線が!?いったいどうやって??」手品か奇術か魔術でもできているかと喜一が錯覚するほどに彼女らは彼が見せるものすべてに驚いてくれる。

「で、なんですけど。こいつらにどれくらいの価値があると思います?ラティーナさん。」

「か、価値…。さぁ、私にははかりようがない。」ラティーナは波のように押し寄せてくる不思議に対して困惑を顔に表して返す。

「ハンナアカムは?」指に挟んだ千円札でピッと指して喜一は問う。

「わかるわけないだろう。それがわかるなら向こうから大量に持ってきているぞ。」

「そりゃそうだな。じゃあ、聞き方変えよう。コレはごみに見えるか?」

「いや、それがごみなわけなかろう。ごみとはこういう物だ。」とハンナアカムは割れた卵の殻を指し示す。


「これがゴミじゃないならさ、売ろうと思えば売れるだろ? さっきラティーナさんにいろいろな値段を聞いたのはこいつを売るとしたらどれくらいの値段が妥当かを考えるためなんだ。どです?ラティーナさん。コレほしがる奴。居そうでしょ?」喜一はドヤ顔に似た笑みを浮かべる。


「たしかにまぁ、権力者の中にはこのような珍奇なモノを自らの力を示すためにほしがる者もいる。ここの東にある昔の中心都市アブリッタの領主などは買うだろう。この街の領主とソリが合わずにひたすら互いに見栄と虚飾の張り合いをしているからな。」ラティーナはよほど事情通なのか領主の趣味嗜好や近隣との関係までさらりと話す。

「でしょ? この町で売るのによさそうな所をどっか知らないですかね?」

「こういうのを買い上げそうな場所は領主が立てている博物館か美術館ならなんとか…。」ラティーナは真剣に考え真摯に答えを返した。



「あと、これはどうです?」愛読している漫画雑誌を見せる。

「先ほどとはまた違う絵だな。いくつも人が描かれているが画風はどれとして一致していない。珍しい表現がされているな。」

「さっきの紙片にもあったこの直線と曲線を組み合わせたものが文字だと思うがよくわからん。内容は理解できんが。これも先ほどと同じく細密な絵が描かれているな。変わっている。」


「一番変わっているのは多分ココだと思うんですけど。」喜一は巻頭にある水着グラビアをラティーナに見せてみる。

「ひ! わいせつな!」ラティーナは水着のグラビアに顔を背けた。

「さっき俺に裸で迫った女の言うセリフじゃぁないでしょそれ。」

「これは細密や精緻では言い表せないほどに現実のものだな。先ほどの物よりもなお細かい」ラティーナはグラビアのページを薄目を開けて見入っていた。

「写真っていうやつで、見えてる光を記録した情報をものすごく小さくしたインクで印刷したものですね。大きなくくりでは絵と言っていいと思います。」

「ほぅ。君のいた世界では変わったものばかりあるのだな。」次々に様々な物を見せてくる喜一きいち。それを見たラティーナは物品の珍奇さに眼を奪われた。


「まぁ、路銀稼ぐためにこういうかわったものを売り飛ばすとして、そうなると此処らの貨幣価値が必要になるんでそれを知りたいんですよ。」


「ふん、そういうことか。ならば、まずこの地域での貨幣単位は地域名からとったデナンだ。これはアブリッタでもイェーラウスでもそれは変わらん。国は同じだからな。そして卵は1個がおおよそ80デナン。パンが300デナン、小麦が1ポルトで240デナンあたりといったところか。家などはよくはしらんが、まぁ作るとして1千万デナンあたりになるんじゃないだろうか。」


「じゃぁ、街の住人の収入は?大よそで構いません。仕事の給金区切りの単位で」

「大よそ四週から五週で十万デナンあれば多いほうだろう。大よそそれくらいで遇することが多かった。」

「なんか感触、物価たけぇな?」喜一はラティーナの話をさらさらとメモを取っていく。ラティーナはその滑るような筆記に驚嘆する。

「その紙と筆記具もすごいな。こっちには存在しないぞ。そこまでの細い線を延々と描き続ける筆記具も描きつけ続けられる紙もまずない。」

「はは、でも。これ一式はちょっと売れないですね。記録をとる。考えをまとめるために記述をすると言うのは大事ですし。」喜一は今しがた書きつけた物の値段をシャーペンでペシペシと叩きながらそう言う

「それだけ滑らかによどみなく文章や数字を操れると言うことは学問の方もかなりのものだな。君は。」ラティーナは喜一の書きつけた文字を読むことはできなかったが話の流れ的にそれは物の名と値段であろうことはわかる。そしてそれを流暢に操れる高い知力が彼に備わっていることも。

「そうですか?大体みんな読み書き算数はある程度できますよ。みんな習うんで。おし。そんじゃ、日が暮れる前に売りつけに行こう。」書きつけが終わった帳面をパンと閉じると喜一は立ち上がる。

「おい、買ってもらえるかまだ分からんのだぞ。話を通すこともなく飛び入りならばなおさらだろう。貴様は風体もここらの物とは違うんだぞ?」ハンナアカムは当然のことを聞く。

「行かなきゃどうにもならんさ。これに途方もない価値があると相手が思えば俺の勝ちだ。思わなけりゃ俺の負け。ほかの買ってくれそうなやつのところにさっさと行く。そのうちで割かし早く誰か食いつく。と、俺は思う。」喜一は一円玉をピンと指ではじいて遊ばせる。




「ってことで。ラティーナさん、その博物館へ案内してもらえませんか?」

「申し訳ないが断らせてもらう。私はここを離れるわけにはいかんし町中に行くわけにもいかん。」

「あぁ。そうなんですか。じゃぁ仕方ない。またどっかで誰かに頼むしか……」

「じゃぁじゃぁ私がする。する。」ボロローブの少女がピッと手を上げる。見ると顔を覆っていたフードがずれ、顔が見えていた。彼女の整った顔立ちは喜一の眼を引くものだったが、彼女の顔に、頬に、口元に揺れる夕焼けのような紅い髪が何よりも喜一の眼を引いた。

「……そっか、じゃぁ君にお願いしようか。えーっと」

「ミュウルマナ。あなたならミューでいい。」

「そっか。じゃ頼むよ。ミュー。」

「うん。」ミューはにっこり笑った。その笑顔は素晴らしいほどに太陽だった。

「おい、いいのか?」

「何がだよ?ハンナアカム。いきなり顔が怖えことになってんぞ。」声をかけて来たハンナアカムの顔は嫌悪を表していた。

「こいつ、悪魔の祝福者だぞ。」よく見るとミューが声を出して以来、彼女以外の全員の顔が強張っている。その反応で、ミューはフードがずれていることに気づいてフードを目深にかぶりなおすと体を小さくして顔をうつむかせた。


「なんだそりゃ?別にどうでもいいだろ。そんなこと。彼女は案内してくれるって言ってくれたんだぞ。俺らみたいな得体のしれない奴をだ。それに対してなんだお前その言いよう。俺にとってはミューは女神に見えらぁ。」喜一は、嫌悪をにじませるハンナアカムに対して堂々と言ってのける。

「それにあとな、一緒に飯食った後に相手にそういうこと言うのは失礼だぞお前それホントに。すごい。」喜一はハンナアカムにたいしそう諫める。

「ごめんな。ミュー。」喜一はミューに頭を下げる。

「気にしないで。慣れてるから。」ミューは軽く笑って返してくれたが、その笑顔は茨の棘のように喜一の心をえぐる笑顔だった。そして喜一はその茨をこえることができなかった。

「そっか。じゃぁほかにも売り飛ばせそうなもの見繕うからちょっと待っててくれ。ミュー。」視線を切るための言いつくろいをした喜一は、皆に背中を向けて一つ心に沸いた言いようのない苦虫をかみつぶすと形だけリュックの中を漁り始めた。

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