第3話

 その様を街から帰ってきた大きな方の少女が土手の上から見つけた。

「アイツ。何をして。」バラックから飛び出した喜一きいちとそれを追うように飛び出してくる半裸の女。少女が河原を離れた時間はそれほどでもない短い時間。その間に何があったのか。状況の何がどうして何でこんなことになるのか。

 いや、そもそも攫われたと言っていい状況なのにあの男はどうしてすぐにこんなことをしでかすことができるのか目に見える全てのこと、それを全くと言って彼女にはわからなかった。



「お前、いったい何をした。なんだこれはなんという状況なんだ。」土手からザッと河原に降りて来た少女の姿を見て半裸のラティーナはやっと体を隠した。

「キャル以外に二人も。お前ほんといったい何をどうしてこうした?」少女からの詰問に喜一は一瞬ウッとするが自分をさらった相手にここでまた屈するのは癪に障ると強気に振る舞うことにした。

「いや、人と仲良くなるにはまずここどうにかしなきゃだろ?」と喜一がトンと少女の腹を指でついたら、パンと彼女に頬をはたかれる。

「このふしだらが!」大柄な少女の物言いは明らかな誤解を含んでいた。

「あんたのおかげでとんでもない勘違いされたじゃないですか!何とかしてくださいよ!!」喜一は誤解の原因は半裸になって自分を追い回したラティーナに在ると決めつけ文句をつける。

「あ、あぁ。いやな、私はこの男に体を許して寝ようと。」文句をつけたラティーナはナチュラルに火に油を注ぎこむ。

「あー!もうそうじゃないでしょそれは今!今あんたがやろうとしてることで!経緯!経緯説明してあげてください!」やいのやいのと言い合っている二人ではらちが明かないと大柄な少女はキャルに話を聞く。

「キャル、どういうことだ?」

「キーチが作った料理をふるまったのだけれどそれのお礼がしたいとかであそこのバラックに呼ばれて入ったとおもったら半裸になった女の人と一緒に飛び出してきてこうなっちゃってたの。」この場でいちばん幼く見えるキャルは素直に見えたままを答えてくれた。

「そうか、わかった。お前が悪い。多分。」それを聞いた大柄な少女にズビシと指をさされ喜一は糾弾される。

「俺は悪くない!。」必死の抗弁もお構いなしに少女は性根の修正をするとばかりにまた彼の頬をはろうとするがそこにラティーナが割り込み少女の手をつかんで止める。

「ああ、この方は悪くない。私が勝手に抱いてもらおうとしただけだ。饗応に返せるものがそれしかないから。」止めたはずなのに場は一向に落ち着かない。

「だぁからぁ!返さなくていいって!」

「じゃぁ、私も。」そういってローブの少女もなぜかその裾を巻き上げだす。

「だからいらねぇって言ってるだろ!落ち着けお前ら!たかがお菓子だぞ。お菓子!子供の!!それにそんな値打ちなんてねぇよ!」喜一にとってホットケーキは簡単にできる千円にも満たないおやつである。だが、この場ではそれは違うようで

「何が子供のお菓子か。意味が解らない。私はともかくお嬢様ですら口にしたことがないのだ。これは立派な馳走だ。」ラティーナも頑なに認めない。

「あんたらにとってはそうでも俺には違うの!」

「だが、それでは私の気が収まらん。」

「あー、もう。それじゃぁコレの礼がいるときに俺が寄こせっていうから。な!それでいいだろ。今すぐの据え膳食えとかヒクわ!こっちがヒクわ!!あー!!!もう!!お前らに誘拐されてきてから飛んでもねぇ事ばっかだ!!コンチクショー!!」彼の、腹の底からの感情をこめた一世一代のコンチクショーは周囲で騒ぐラティーナらを冷静にさせた。

「む、むぅ、わかった。ならばそうしよう。」あまりもの感情の奔流にラティーナは少し身をこわばらせた。

「でだ。おい。この騒動の発端になったそのホットケーキというのはいったいどんな料理なんだ?」まだ見ぬものに興味があるのか大柄な少女が喜一に聞く。

「ああ、あんたにはまだ出してなかったな。すぐ焼くからそこで待っててくれ。」ひとしきり叫んで荒れた呼吸を整えて喜一はまた竈と対話を始める。




 大柄な少女は痴女っぷりを見せつけて来たラティーナをねまわし見分する


「ん?薄汚れてはいるがよい生地の服を着ているな。なんか、ぽくない。本当に河原乞食なのか?お前。なぁ?さっき見た裸。なかなかにいい体をしている。なんだ?貴様目つきがきつくなっているぞ。食事の場にはふさわしくない。体のことが気に障ったか?なにそういう意味じゃぁない。お前の体の肉付きが戦えると言っているそれもかなりの腕だと如実に語っている。おおよそ河原乞食に身をやつす体ではない。そしてさっきの私の手の止め方、あれは野党のような輩がやる動きじゃぁない。」大柄な少女はラティーナを値踏みする。その言葉にラティーナは黙して何も返さなかった。


「…そうか、警戒しているのか。なら、まず私たちのことから話そうか。私の名はハンナアカムという。そしてキャルと私はユーニミアのものだ。魔術の暴走でここに放り出された。それだけだ。警戒するだけ無駄だぞ。私たちはここに縁などない根無し草だ。あの男に至っては私たちが別世界から連れて来た。この世界からすら全くの根無し草な男だ。」隠すことなど何もないとばかりにハンナアカムと名乗った大柄な少女はすっぱり言いきる。


「それを信じろと。」ラティーナはそれでも少女に対する警戒を解かない。

「それはお前がする事であって私がしてほしい事ではないな。」チリっと来るラティーナの言葉をハンナアカムはサラッと流して言葉をつづけた


「…多少調べたが、ここはイェーラウスという場所らしいな。私は聞いたことがない名だ。いったいここはどういう町なんだ?街で聞いてみたがいまいち街柄や地理が判然としない。」ラティーナのあおりにも似た言葉に、ハンナアカムはお前の探るような所などこちらにはもうなにもないと言う風にさっぱりとした語りを続ける。

 ラティーナは警戒し突き放すよりも彼女らの事を知る方が得と感じ当たり障りのなさげな地理から話を切り出してみることにした。

「貿易都市だよ、ここイェーラウスは。」

「貿易か。確かに幅の広い道が幾本も長々と伸びていたな。」


「その内いくつかはここらの聖地を結ぶ巡礼路だ。ここは、その巡礼路の交差する場所にできた宿場街が少しづつ広がってできた雑多な街さ。雑多だけども人が往来するからか昔からそれなりには発展している。それを今の領主がさらに道を整え発展させている。ここらの地域、ウーラデナンにある街では今最も華やいでいると言っていい。富める者は富。堕ちる者はどこまでも堕ちる。そんな素直な街さ。」ラティーナの言葉尻は自嘲めいた物言いであった。


「ふむ。私たちが帰りたいのはユーニミアなのだがそれまでどれくらいかかるかわかるか?」ハンナアカムがそうラティーナに問うてくるも

「まず、そのユーニミアがわからん。この街は貿易が盛んな場所ゆえ様々な地名を見聞きするが、そのユーニミアという地名は聞いたことも見た事もない。」ラティーナにはそのユーニミアという名を全く知らなかった。その返しにハンナアカムは一つ息を深くつく。

「どうやら相当遠い場所みたいだな。ユーニミアはマーデヴァル山脈とウジーラ川を東端に擁するアルヴァンキラ地域の西にある街なのだが。」何かの手掛かりにならないかとハンナアカムはラティーナにいくつかの地名を尋ねる。

「マーデヴァル…マーデヴァル、か。それがここらでいうマーダヴァーという山と一緒ならばだが、だいぶ遠いな。東に行って大河イスンテンカに沿って川上にだいぶ行くことになる。」ラティーナは出て来た名前から類推をして仮説を立て答える。


 その二人の会話に喜一きいちが割り込んできた。

「難しそうな話してるところ悪いが、ほいよ。焼きたてだ。えぇっと。名前何だっけ誘拐犯その1。」経緯が経緯だけに敬語は不要だろうと喜一はため口でハンナアカムに話しかけた。

「ハンナアカム。私はハンナアカムという。」彼女は短く自分の名前だけを喜一に答えた。

「そっか、俺はキイチだ。じゃぁハンナお前さ。なんで俺をここに連れてきたんだ?此処って地球じゃねーよな?」とりあえず確認しておきたい疑問をぶつける。

「チキュウというのがお前がいた世界の名だというのであればそうだ。ここは違う。あとハンナっていうな。ちゃんとハンナアカムと呼べ。」ハンナアカムはぼかすことなく真っ正直に答えた。

「あぁ、わかったよ。ごめんな。でも、やっぱそっか。異世界ってやつか。で、なんで俺を連れてきたんだ。っていうか誘拐してきたんだ?」

「ある方との通訳をしてもらいたいからだ。」性格なのだろうかハンナアカムは言葉を濁しもせずすっきりと清く言葉を返してくる。。

「さっきみたいにお前が殴りゃすむ話じゃないのか? どうもお前に張られてから俺はこっちの言葉を理解できるようになったっぽいんだが。」喜一は張られた頬を指さす。


「それでできてればここまで苦労していない。どうもあの方には私たちの魔法が通用しない。だから通訳がいるのだ。それでいくつかの異世界を渡り、おそらく意思疎通ができるだろう異世界にたどり着きそこからお前を連れてきた。」それなりの労苦だった牢にハンナアカムの物言いはあっさりとしたものだった。


「なるほどね。だからコレヨメル?だったのか。自分らの魔法が通じないってことを確認してるってことはぶん殴ってんなお前。その“あのお方”って相手を。しかも何度も。まそこんとこはいいや。んで、そのある方ってのがいる場所はなんてんだ?」


「目的地はユーニミアにあるエランキアの深淵だ。正確な位置がつかめないところを見るとどうやらここからは相当遠い。」再度事実を確認して気が重くなったのかハンナは深く、重い息を吐いた。

「全く、お前が暴れてなければ位置がズレはしてもユーニミアから2,3日の範囲内につく予定だったのだけどな。手持ちで旅に足りるかどうか。」彼女は今度はぷぅと不満の吐息を吐く。

「あんなふうに連れてこられて暴れるなっつーほうが無理だっつーの。こいつ、俺に袋かぶせて担ぎ上げて連れて来てんだぞ。拉致だろもう。なぁ。」喜一は誰に同意を求めるわけでもなく言うと、

「―そういや、なんで俺を選んだんだよ。他にもいくらでもいただろうに。」次の疑問をハンナアカムに尋ねた


「ああ、それはだな。幾人か見定めた中でお前なら向こうの世界からいなくなっても問題なさそうだったからだ。私たちの目的が達成できたとして、チキュウなる元の場所にお前を帰還させることができるかわからないからな。もし、待っている人がいるような者を連れていくのは嫌だとキャルがいってな。だから時間が許す限り探してあの栄えつくしたような街の中で夕暮れに寂しげに一人でいたお前に白羽の矢を立てた。それだけのことだ。」


「とんでもねぇ理由だが。ま、大体あってるし大方その通りだな。うん。俺には家族は居ないから。まぁ、選んで当然だわな。」喜一は“帰りを待つものがいない”という地球の若者にとって普通であれば重いことをなんのことでもない軽いことかの様な物言いをして、そのうえいくつか頷いて見せた。

「お前、連れてくるときは大暴れしてたくせに今に順応しすぎだ。いったいどんな生き方をしたらそうなる。」ハンナアカムは出されたホットケーキをフォークで乱暴にザクザク切って口に放り込みながら喜一に文句を言う。


 その問いに答えようとする喜一は顔を上げ空に眼を向ける。そこにある空は、地球と何ら変わりのない青い姿と白い化粧で彼を見下ろしている。

「まぁ、起きちまってることが俺でどうにかなんとかできるもんじゃないからなぁ。もう起きちまったどうしようもない事なら、それを飲んで生きていく方法考えていくしかねぇ。あの時みたくなるなんて御免だからな。そんなら、冷静で笑ってねぇと物もモノとしてまとめられん。そういうこったな。暴れよーが怒ろーが憤ろうが失って心おられようが現状にブー垂れるだけじゃただ腹が減るだけでなんもないし。案外向こうよりもこっちの方が気が楽っちゃらくなとこがあるし。ってなんで泣いてんだよ。おめぇ!」


 河原を吹く風に乗せる様に思いをまとめることなく出した喜一。フッと一つ息を吐いてハンナアカムの方を見ると彼女が大粒の涙を流していた。

「こ、これはなんという食べ物だこ、これはぁああ。あああ」

「ホットケーキだよ。なんだまたか、またやるのか! ホントお前らオーバーだぞ。さっきも言ったけどこんなもの子供のおやつなんだぞ。粉溶いて焼いただけの。」

「似たようなものはあるがこんなふっくらとして甘く香りのいいのはない。」

「あー薄い奴みたいなのしかないのか?わかんねぇけど。まあ、気に入ったなら食え食え。どうせ日持ちしねーんだそんなにうめぇんなら全部腹に入れちまえ。まだあるから焼いてくっからよ。」

「もう焼いた。料理って楽しい。」かまどに向かおうとした喜一の前にキャルと呼ばれた少女が皿にケーキのタワーを作って持ってきた。

「おー。こりゃきれいに焼けてるな。うん、うまいぞ。すげーじゃねぇか。」喜一は一番上のをちぎって口に放り込む。

「さっきバラックにいた子も呼んで来たらどうです?金色の髪をした。」

「…あぁ。そうしよう。」ラティーナは一瞬逡巡したが彼女を輪に連れてくることにした。



 一堂に会した少女5人その中心にはそびえるホットケーキのタワー。誰が最初に手を伸ばすか伸ばしていいか。けん制し合いお互いに眼を配しガンを飛ばしあう。

「あぁ、そういやこれも買ってたな。使っちまえ。」喜一はリュックからケーキシロップを見つけると大胆にもそれをタワーにぶちまける。はちみつのような金色の蜜。それから漂う食欲誘う未知の香。

 それに中てられ、皿を囲んでいた女その全員の目の色がギラリと変わる。

 まさしく獣といった風情でもう食欲が止まらないのだろう。手が汚れることも構わずもう皆一心不乱にホットケーキをちぎり、口に放り込み、皆リスのように頬にホットケーキをむさぼり詰め込んでいく。

「これよりうまいシロップもあんだぞ。メープルシロップっつってな樹液を煮詰めて作るらしいんだが。って聞いちゃいねぇなほんと。話をしようにもこらしばらくだめだな。ま、いっか全部なくなりそうだし。」喜一は彼女らのあまりもの豹変ぶりに少し引いた。大の大人を二人も含めて女子五人がホットケーキを獣のようにむさぼり食う。大よそ元の世界ではありえない状況である。

「しっかし甘いってのはこっちじゃそれだけで価値があるんだな。安いシロップでこれだ。ハンナアカムの奴、路銀心配してたし俺の持ってるものの中にこっちじゃ価値がある物があるかもしれねぇな。いっちょ確認してみるか。」彼女らがすべてを食らいつくし心落ち着くまではだいぶ時間がかかるだろう。そこで、喜一は向こうから一緒に来た自分の持ち物について再度確認をすることにした。

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